サイハテ
あなたを乗せたロケットが雲を突き抜けどこまでも。
エンジンから吹き出す青い水素が、あなたを地表から遠ざけてゆく。
私はそれを小高い丘から、涙を流して見送った。
あなたの門出にふさわしい、からりと晴れた空でした。
目に見える全てのものが白い光を反射して、独特の浮遊感を持っている。
そんな真夏の昼でした。
From:
To:
あれから一週間がたちました。
あなたは元気にしてますか?
今どのあたりにいますか?
予定ではそろそろ月に着くころだと思います。
そこはどんな場所なのでしょうか?
地球から見上げる月とはやはり別物なのでしょうね。
月のクレーターにはうさぎが住むといわれていますが、かわいいうさぎにはもう会えましたか?
あっ、いくらうさぎがかわいくても浮気は許しませんからね。
そこから見える地球はどうですか?
きっと、目を奪われるほどきれいな青なのでしょうね。
私も一緒に見たかったな。
どんな景色もあなたといると、大切な記憶になったから。
あの日、目を失ってしまったあなたが、せめてロケットの中からはきれいな景色が見えますように。
From:
To:
こんにちは。
あなたが火星に到着したころだと思ってこのメールを送ります。
そちらはどうですか?
体の調子は悪くなったりしていませんか?
ロケットでの生活には慣れましたか?
火星はどのようなところですか?
暑いのですか?寒いのですか?
私が最近見た映画ではエイリアンが住みついているようでしたが、もう見つけることはできましたか?
映画の中では地球人が食糧として食べられてしまいましたが、いきなり飛びかかったりしてはいけませんよ。
たとえ言葉が通じなくても仲良くやっていく努力を忘れては。
私たちだってそうやって仲良くなったのですから。
From:
To:
こんにちは。
ロケットの進行速度はどうでしょうか?
今は、太陽系を抜け、次の恒星までの間のなにもない区間だと思います。
ロケットに積んだ酸素の量は足りていますか?
酸素が足りていても息がつまったりはしていませんか?
ネットで見た粗末な宇宙食だけじゃなくちゃんとした食事はとっていますか?
ロケットの整備は忘れてはいけませんよ。
あなたをあなたの行きたい場所まで連れて行ってくれるただ一つの道具なのですから。
それで…なにもやることがなくなったときにでもいいので、どうか私のことを思い出してください。
これから、どんなに遠くに行っても、私のことをどうか忘れないで。
From:
To:
お久しぶりです。
あれからだいぶ経ちましたが、そろそろ次の恒星を見つけることが出来ましたか?
ケルビン0度の世界を一人でさまようのはさみしくありませんか?
そこから地球はわかりますか?
私は、地球にいて、友達や家族に囲まれているのにさびしさを感じます。
ここにはみんないるけどあなたが足りない。
会いたい。
あなたに会いたいよ。
私も、あなたのロケットに一緒にのっていってしまいたかった。
でもでも、あなたに救われたこの命、絶対にムダにはできないよね。
私、この場所で幸せになります。
だから、あなたも元気でやっていてください。
しわしわになった手でボロボロになったケータイをそっと閉じる。
ここは田舎に建てられた病院の一室。
私はベッドに横たわっていた。
ケータイを胸のあたりで、大事に握りしめる。
体から染み出した皮脂や、薬の匂いで充満してる。
私は顔を横に向けた。
もう体はあまり動かせない。
白いカーテンがそよ風にゆらゆらと揺れている。
病室の窓は半開きになっていて、金色の日差しと、ジリジリと鳴くセミ、遠くのほうで遊ぶ子供たちの声が入ってくる。
この町の景色もだいぶ変わった。
私は左の薬指にはめられた白銀のシンプルな指輪をながめる。
「結局これをくれた人は世界で三番目に大切な人になってしまった」
私はおかしそうにクツクツと笑って、目を閉じた。
風が私のほおをなでる。
私は目を覚まし体を起こす。
白いカーテンが膨らんでいた。
とても暑くて、窓からうるさいくらいセミの声が聞こえる。
病院特有の不快な匂いが消えて、緑の、生い茂る夏草の香りでいっぱいだった。
窓の外に見える町からは人影が消えていた。
町全体がぼうっと霞んで、白く浮かび上がって見えていた。
夏の日差しがどことなく、さよならをしたあの日に似ていた。
私は額に吹き出た汗をぬぐう。
ベッドから足を投げ出し、地面に付ける。
立ち上がれた。
私はキョロキョロとあたりを見回す。
ベッドに私のケータイが落ちていた。
キズ一つないそれを拾い上げる。
そのとき、
ぶわっ
と強い風が吹き込み、カーテンを一際大きく揺らした。
手に持っていたケータイが震え、もう何十年も聞いていなかった着信音がなった。
私はケータイを開く。
一通の新着メールがあります。
はやる気持ちをおさえ、震える手で受信ボックスを開いた。
メールを読み終えると、ケータイを閉じ、小さなそれを抱きしめた。
「私、ずっと一人じゃなかった」
私はやさしく微笑んで、目を閉じた。
From Earth
To you
SFはScience Fictionの略
あなたが孤独を感じたときに思い出してほしい。
教室ですれ違っただけの、あなたの覚えていない誰かがきっと、あなたの無事を祈っているよ。
それからどうか許してほしい。
私があなたの無事を願ってしまうことを。