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7.It doesn't concern me.
 その日から幾日かのほとんどを、部屋から出ずにすごした。
 マンションの3階の角部屋は、窓ガラスがないのを考慮に入れても外や他の場所よりは安全な気がしたし、たった3ヶ月とはいえ住み慣れた場所から動きたくなかったから。
 ・・・そんなの、後から適当に正当化しただけだってことは自分でも分かってた。
 実のところあたしは、単に引きこもったんだ。
 これが現実だと、どうしても認めたくなくて。
 さいわいなことに、と言っていいのかどうか知らないけど、雨が降る気配すらなかったから、開きっぱなしの窓は問題にならなかった。
 ライフラインが断絶したままの不便さにも、すぐに慣れた。
 普段から自炊をあんまりしてなかったのと、水道の水よりはペットボトルの水を利用してたってのもあるのかもしれない。
 あたたかいお茶とかが飲めないのは堪えたし、お風呂に入れないのはともかく、トイレの水が流れないことに気づいた時にはうろたえたけど、マンションのすぐそばの河から水を汲んでくればいいやと思えばそうたいした問題でもなくなった。
 とにかく何かをしてないとひっきりなしに襲ってくる不安や恐怖に喰い殺されてしまいそうだった。
 朝がきて目が覚めてしまうたびに、しゃかりきになって部屋をかたづけて、布団を干したりなんかして、だけど夕方には感情が爆発するままに散らかす。
 その繰り返しで、時間はすぎた。

 そうして今。
 布団だけが聖域のように綺麗に保たれた部屋の中で、空っぽ同然な冷蔵庫をのぞいて、あたしは途方にくれていた。
 買い置きしていたお菓子も、健康食品の類も、ペットボトルの水さえ尽きてしまったからだ。
 災害時のセオリーって言ったら、『三日間だけ自分でどうにかしてくださいね。その間に態勢をととのえて国が救助に向かいますから』じゃなかったっけ。いや、それは一度も生で見たことがない国会議事堂や総理大臣やそれから防衛省とか警察とかが無事な場合であって、国自体が終わっちゃったら意味ないのか。
 ・・・首都圏って戦争の時には一番最初に狙い撃ちされるんだよね。
 そんなことをつらつら考えながら、寝っころがって天井をぼんやりと見上げた。
 思い出すまいとしてきた、数日前の光景が脳裏をよぎる。
 
 ゴーストタウン。
 
 警察も、病院も、消防も、機能しない街。
 街が壊れたあの日から10日以上は経っているのに、救助が来る様子はない。
 これからも来ないんじゃないか、と思う。
 
「・・・そっか」

 あの日、世界は終わったんだ。
 ぼんやりと、あたしは思った。

 世界の終わり。
 世界が終わった後の世界。

 そんなこと、誰が想像するだろう。

 たとえば、紀元前4000年前。エジプトはペルシアに征服されて滅んだ。
 広大な土地を支配していたローマ帝国は、395年に分裂した。
 618年。中国の隋は農民の反乱で滅亡した。
 そのあとに起こった唐も、300年後には滅ぼされた。
 同じ頃にアラビア半島を支配していたイスラム帝国だって、1258年には滅んだ。
  
 世界史選択だったから、滅んだ国の名前や戦争の名前だけならいくつもそらで言える。
 そんな遠い過去じゃなく最近だってソ連が崩壊してるし、戦争や紛争だっていくつも起こってる。

 第一次世界大戦、第二次世界大戦、インドシナ戦争、スリランカにおけるタミル人の独立闘争、朝鮮戦争、4度に及ぶ中東戦争、中国の内戦、アルジェリアの民族解放戦線の独立闘争、チベット暴動からはじまる中印国境紛争、ヴェトナム戦争、イラン=イラク戦争、湾岸戦争、セルビアの内戦・・・・・・。

 思い出しながら折りまげる指はすぐに足りなくなって、あたしは腕ごと手を床に投げ出した。本の角にでもぶつけたのか、指先が強く痛んで、それがいっそ心地よかった。
 
 だって、今思い出したのは全部、世界史の教科書の中の話でしかなかったのだ。
 いつだったかどこかの国で戦争が起きた時だって、試験範囲がまた増えるなぁ、くらいにしか思えなかった。
 日本海に爆弾が落とされたのだって、遠い話だった。
 テレビの向こうじゃ識者と名乗る人たちがいろんなことを言ってたけど、それはやっぱりテレビの向こうがわの話で。
 こちらがわのあたしには、何の関係もなかった。
 あたしの周りの世界は、そんなこと関係なく、受験だとかはじめての1人暮らしだとか、明日提出のレポートだとか、とりたい資格だとか、そのうち来る就活だとか、親友と遊ぶことだとか、そういうものでいっぱいで、戦争だとか国だとかが絡む余裕なんてなかった。

 ・・・なかった、はずだった。


 ノートには、戦争が起きたと書かれていた。
 目を覚まして窓の外を見たあの日、世界を覆っていた爆音と閃光はつまり、どこの国からかは分からないけれど、戦闘機が飛んできて爆弾を落としていったからだったんだろうか。
 だって美咲の部屋、跡形もなく吹っ飛んでた。
 ・・・あそこにも、何か大きな爆弾が落ちたのかもしれない。
 周りの瓦礫は、そのときに生まれたのかも。
 びっくりしたろうなぁ・・・
 いつもどおりの朝をはじめただけなのに、世界が終わっちゃうなんて。
 ・・・ううん、もしかしたら美咲はちゃんと逃げられたのかもしれない。
 誰もいなかったのはみんな避難してるからで、あたしはうっかり取り残されちゃっただけだったりして・・・
 あとからあとから浮かんでくる、とりとめのない思いに翻弄されるまま、あたしは横たわっていた。

 この町に何が起きたんだろ。
 どうして、誰もいないんだろ。
 これから、あたしはどうすればいいんだろう。

 答えのでない問いかけだけがぐるぐる回る。

 そのうちに夜が来て。
 いつのまにか眠っていた。
 
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