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2.The Watch is going.
 
 まどろみは、どこまでもふわふわでぬくぬくしていた。
 たとえてみるなら、深い海の底のようにおだやかなところで、たゆたっているような気分。
 ゆっくりと、ゆったりと浮かびあがっていく意識が息をひとつ。
 こんな贅沢(ぜいたく)、ほかにはないなぁ〜。
 くすくす笑いながら身体を丸めて、毛布のほわほわさを堪能(たんのう)する。
 目は、まだ開けない。
 朝をはじめるその前の時間くらい、まったりしたっていいじゃん。
 ごろりと寝返りをうって、その動きでずれちゃった毛布を首もとまで引きあげて。不意に脳裏をよぎった悪夢に苦笑いした。
 つかれてるのかな。あんなリアルなの見るなんて。
 にしても、身体だるいなぁ。昨日、何かしたっけ?

 とりとめのない思考の世界に遊びながら、目覚まし代わりのケータイが『新世界より』を盛大に唄いはじめるのを待つ。
 でも、いつまでたってもあの重層な旋律が奏でられる気配はない。
 なんか、変だ。
 今日の1限は遅刻厳禁な必修の英語だから、念を入れてアラームかけまくってるのに、なんで鳴らないんだろ・・・実はもう鳴ってたのに、目ぇ覚めなかった、とか?
 脳裏に思い浮かんだ、本当にありそうな(実は何度かしでかした)事態に戦慄を覚えて飛び起きる。
 枕元に伸ばした手が、違和感に気づく。
 朝はそこに置きっぱなしのはずのケータイが、ない。
 あわてて辺りを見回して、あたしは凍りついた。
 ガラスをなくした窓が、所在なさげにたたずんでいるのが目に映って。

 起きあがったばかりの上半身が、ぐにゃりと敷布団に崩れおちる。

 あたし貧血の気でもあったっけ?
 てか、これ。あの夢の続き?

 頭のなかを、クエスチョンマークがぐるぐる回る。
 自分の眼が信じられないのは・・・信じたくないのは、どれくらいぶりのことだろう。
 力の入らない体をそのままに、視線だけを部屋のあちこちに送る。
 よくある造りのワンルームは、記憶のなかの平穏さこそが嘘のような惨状をさらしていた。
 本棚と収納代わりの3段ボックスは中身をぶちまけながら床に倒れてるし、冷蔵庫の場所は壁際から30センチくらい動いてるし、その横に転がってるのは、この間買ったばかりのノートパソコンだし、その向こうの押入れの扉は空きっぱしで、中の収納もやっぱりグチャグチャだし。
 うん、それだけならまだ、あぁ地震でも起きたのか、で済んだのかもしれない。
 いや、済むはずないけど、でもそれだけの方がまだマシだったんじゃないかと思う。
 だって、割れた皿の破片と引き裂かれた(としか思えない)本の残骸が、茶色い床のあちこちに白く散らばってるとかマジありえないじゃん!
 付け加えるなら、いつもパソコンやノートを山積みにしてる机の上の付箋だらけの分厚い本・・・あれってサバイバルマニュアルだし。
 確か、本棚の奥にしまいこんでたはずなのに、ど〜してあんなところにめっちゃ丁寧に置かれてるんだろ。
 つか、あのパソ、なんか叩き壊されてない? 気のせい?
 理解力の限界に挑戦するかのような惨状を、直視しつづけることが出来なくなって窓の方に視線をやる。
 窓枠の向こうがわに広がってるのは、澄みきった青。
 その、場違いなまでの清清しさに、惹かれるように足を向けた。
 相変わらず散乱している硝子の破片を飛び越えて、ベランダに出る。
 あれ? 
 駅前の高層ビル、どこにいったんだろ・・・
 窓から見える景色に違和感を覚える間にも、無音の世界に漂う異臭が鼻をついた。
 雨でも降ったのか濡れたあとのある視界の中に、人の気配はない。
 それどころか、車の走る音とか、登校中の子どもの声とか、「ご町内のみなさま」ってスピーカーの音とか、そんなのが何一つない街は、不気味でしかたがないくらいにしんとしている。
 なんていうか、映画とかテレビとかならよくありそうなシチェーションに、一体どんな顔をすればいいのか分からないまま、あたしはよろよろと後ずさった。
 そのかかとに何かが触れて、身体がはねる。
 そろそろと振り返ってみれば、入学祝いにおばあちゃんがくれた腕時計がコンクリートの床の上に落ちているのが見えた。

 すっごく大事にしまってたはずなのになんで、こんなところに落ちてんの?
 首をかしげながら、右手を伸ばして、文字盤のところをそっとつまむ。
 瞬間、指先に鋭い痛みを感じて、思わず時計を取り落としていた。
 ひっこめた右手の人差し指を見れば、小さくてとうめいな破片が刺さっている。
 反射的に抜いた後で、それは文字盤を覆っていたガラスの破片なのだ、ということに思い至った。

「…っ…」

 プクリと盛り上がった血が、じわじわと指先を侵蝕して伝い落ちる。
 夢・・・だよね。痛いけど。
 こんなにリアルだけど・・・、ゆめ、だよね
 ごまかしようもないことは分かっていながら、何も考えたくなくて恐る恐る伸ばした手で、あたしは今度こそ腕時計をもちあげた。
 覆いのなくなった文字盤の中、それでも動いている短針と長針。
 その背後にぜんまいじかけで表示されてるのが、今日の日付。

「え…?」

 思わず、口からこぼれたのは、やっぱり疑問形だった。
 だって。
 腕時計が示している日付は、私が知っているそれより7日も先の、"未来"だったのだ。
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