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同じ目に遭わせる罰

 オリバー・セルフリッジは、その時、裁判所の被告人席にいて、虚ろな表情で告訴人である魔女、アンナ・アンリを見つめていた。

 彼はこれから行われる裁判の行方よりも、彼女を気にしていた。彼には彼女が自分を告発した事がどうしても信じられなかったのだ。何故なら、かつて彼女を保護していた彼は、彼女との間に深い信頼関係を築いたつもりになっていたからだ。

 

 少し前に革命が起こるまで、魔法使い達は当時の社会で奴隷階層にあった。彼らの魔力は首輪で制御され、所有者の為すがままだった。多くの魔法使い達は所有者によってひどい扱いを受けた。ただし、中には反抗的な態度を見せる者もいた。アンナ・アンリはそんなうちの一人だった。

 彼女は主人の為に魔法を使おうとはせず、その所為で拷問のような酷い折檻を受けるのが常で、食事も粗末な物しか与えられてはいなかった。

 魔法使い達にとって、魔法はプライドの象徴で、それを憎むべき相手の為に使う事は彼女にはどうしても許せなかったのだ。

 そして、このままでは衰弱死してしまうのではないかという危機に瀕した頃、彼女はオリバー・セルフリッジによって買い取られたのだった。

 オリバー・セルフリッジは裕福ではなかったが、主人の為に決して魔法を使おうとはしない上に死にかけていた彼女の値は安く、彼でも買い取る事ができたらしい。

 アンナ・アンリは当初、オリバー・セルフリッジに対してまったく心を許してはいなかった。どうせまた酷い目に遭わせられるのだと思っていたのだ。しかし、彼は衰弱した彼女にとても優しく接し看病までした。彼女の為に部屋を用意し、柔らかなベッドと温かい食事を与え、充分な休養を取らせた。

 ところが、それでも彼女は彼を警戒し続けた。体調が戻ったら、魔法を使えと強要されると思っていたからだ。しかし、身体が回復しても彼は彼女に魔法を使えとも言わなかったし彼女を奴隷扱いする事もなかった。家事や仕事くらいなら頼まれたが、共同生活者なら当たり前の常識的な範疇でしかなかった。

 「わたしはあなたの為に魔法を使うつもりはありませんよ?」

 ある日、不思議に思った彼女は、彼に対してそう宣言した。流石に怒ると彼女は思ったのだが、彼は少しも怒らなかった。それどころか穏やかに笑って、

 「はい。それで構いませんよ」

 と、そう応えたのだ。

 彼女には彼がどういうつもりなのかいよいよ分からなくなった。それでその時にどうして自分を助けたのかと問いかけたのだ。すると彼はこう答えた。

 「少しでも、罪滅ぼしができれば、と思っただけです」

 「罪滅ぼし?」

 「はい」

 オリバー・セルフリッジは、それから彼女に向けてこんな事を語った。自分達の社会は魔女に対してさんざん酷い事を行ってきた。だから、誰か一人でも助けたいと考えていた。そんなところに死にかけているアンナ・アンリの噂を聞いた。財力のない自分でもなんとか買える値だったので、これなら助けられると思い、彼女の所有者となった。だから、酷い扱いをするつもりはまったくないし、自分の為に魔法を使えと言うつもりもない。

 アンナ・アンリは彼の話を全て真に受けた訳ではなかった。しかし、それでもそれから彼女の態度は徐々に軟化していった。彼に対し優しく笑うようになり、それまでは前の主によって傷つけられた身体を、まるでそれが憎しみの証であるかのように頑なに癒さずにいたのに、魔法で癒した。それはまるで彼に少しでも自分の美しい姿を見せたがっているようにも見えた。

 「僕の為に魔法を使うつもりはないのではなかったのですか?」

 そう尋ねる彼に対し、「自分の為に使っただけですよ」とそう彼女は答えたが、そう答えた彼女は少しばかり照れているように思えた。

 そのようにして彼らの生活は順調に穏やかに流れ、そんな中でオリバー・セルフリッジは、アンナ・アンリをいつの間にか真剣に愛するようになっていた。単なる罪滅ぼしの保護の対象ではなく、一人の女性として。そんな彼を知った彼の友人の何人かは彼に忠告をした。

 「お前は魔女に騙されている。あいつらは誰かに感謝をするような高度な感情は持っちゃいない」

 もちろん、そんな言葉を彼は信じなかった。しかし……

 ある日、革命が起こった。

 魔法使い達を呪縛していた首輪、それを無効化する魔法技術が開発されたのだ。自由に魔法を使えるようになった彼らに、支配者側だった人間達はまったく敵わなかった。そうして瞬く間に、社会は魔法使い達のものとなったのだ。

 その後、何人もの人間が、魔法使い迫害の罪で裁判所に告訴された。そして、その中にはオリバー・セルフリッジの名もあったのだった。

 

 オリバー・セルフリッジは、被告人席で自分が愛した女性であるアンナ・アンリを虚ろな表情で見つめていた。

 どうして彼女が自分を罪人として告訴したのか、彼にはまったく分からなかった。裏切られた? 友人達の言葉が頭に浮かぶ。

 

 「お前は魔女に騙されている。あいつらは誰かに感謝をするような高度な感情は持っちゃいない」

 

 信じたくはなかった。彼女は本当は自分を憎んでいたのか? だが、裁判官からどんな罰を希望するかと問われた彼女は、無情にも淡々と口を開いたのだった。

 「彼を、わたしと同じ目に遭わせる罰を望みます」

 裁判官はそれに「いいでしょう」と応える。

 「では、具体的にあなたは彼によってどんな目に遭わされたのか、その内容をここで述べてください」

 冷たい表情で彼女は口を開いた。

 「まず、彼はわたしを自宅に軟禁しました」

 それは事実だった。ただし、それは彼女を守る為だ。魔女として迫害されていた彼女は、外に出ればどんな目に遭わされるか分からないから。そんな事は彼女にだって分かっていたはずだ。

 それを聞くと、オリバー・セルフリッジは、深い絶望とともに目を瞑った。これからどんな出鱈目が、彼女の口から出て来るか分からない。彼女は続ける。

 「……そして、彼はわたしにちゃんとした部屋を用意し、確りとした食事を取らせ、外に出られないわたしに本やパズルといった遊び道具を持って来てくれました」

 その彼女の言葉に、オリバー・セルフリッジは驚き顔を上げる。みるみると表情を明るくしていった。裁判官はその言葉にわずか口元に歪みをつくる。

 「何か労働を強要された事は?」

 もちろん、彼らのプライドの象徴である魔法を使う事を強要されたかどうかを確かめる為だろう。

 「はい。家事と、彼の仕事も少々手伝わされました」

 「それだけですか?」

 その裁判官の言葉に、アンナ・アンリは「はい、それだけです……」と言いかけた。が、それから思い直すような仕草をし「いえ、」と言葉を切ると、オリバー・セルフリッジを微笑みながら見つめ、

 「……性的な凌辱も受けました」

 と、そう続けたのだった。

 裁判官はそれを受けると、やや呆れたような表情を浮かべて言う。

 「以上で終わりですか?」

 アンナ・アンリはそれに淡々と返す。

 「はい。以上です。今述べたのと同じ事を、わたしが彼にする罰を望みます」

 裁判官は頷く。

 「分かりました。告訴人の訴えを認めます」

 そして、そう言ったのだった。

 

 その次の日、今はアンナ・アンリの自宅となった元彼の自宅に、オリバー・セルフリッジはいた。

 「人が悪いです、アンナさん。僕がどれだけショックを受けたのか分かっているのですか? 告訴しなければ却って僕の身が危なかったというのは分かりますが」

 彼の自室のベッドに腰を下ろしながら、立ったままでいるアンナに向けて言った。彼女はそんな彼を見下ろし、悪戯っぽく微笑むとこう返す。

 「あなたの意気地がないのが悪いのです。だから、ちょっと意地悪をしてやりたくなったのですから」

 言い難そうにしながら、「それは……」と彼は言いかける。彼女はそれを途中で止めると、

 「ええ、分かっていますよ。奴隷の立場では、本心かどうか分かりませんものね。それに、あなたはわたしを傷つけたくもなかったのでしょうし……」

 と、そんな事を言った。

 「断っておきますが、我慢するのも大変だったのですよ?」

 セルフリッジは軽い溜息の後にそう訴えるように言う。

 彼女は裁判の席で、一つだけ嘘を言ったのだ。彼女は彼から性的に凌辱などされていなかった。そしてその偽証の意味は明らかだった。

 彼の隣に彼女は腰を下ろす。それから一呼吸の間の後にこう続ける。

 「さて、わたしはあなたに性的凌辱を加えて良いのでしたね」

 彼を見る。そんな彼女の様子は、明らかに照れていた。

 「あの話は嘘でしょう?」

 「そうですね。だから、最初はやはりあなたからしてください。やっぱり、少し、恥ずかしいので……」

 それを聞くと、オリバー・セルフリッジは嬉しそうな表情を浮かべる。

 「はい。仰せのままに、ご主人様……」

 それを受けて、アンナ・アンリは「意地悪を言わないでください」とそう返した。

 そして二人は身体を重ねた。

逆魔女裁判とかあったらどんな感じだろう?

ってな発想から考えました。

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