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黒翼騎士団物語。

魔法が解けた。そして私は。

作者: 池中織奈

「現実は、所詮こんなもの」、「副隊長は隊長を愛しすぎている」、「エル姉が幸せだと私は嬉しい」のエルナの話。

 気づけば記憶がなかった。

 私の始まりの場所は、とある宿。私は当時十三歳ほどらしかった。

 名前だけは身につけていたものでわかった。エルナ、それが私の名前だった。

 私はボロボロの姿で倒れていたらしかった。そこを見つけてくれたのがこの宿の夫婦の二人だった。

 それから記憶のない私を二人は養ってくれた。宿の仕事の手伝いもしていたけれど、正直私はあまりそういうのが得意ではなくて失敗ばかりだった。それでも二人は「誰にでも失敗あるから」と笑ってくれた。

 それに私は体が弱くて、しょっちゅう風邪をひいていた。本当迷惑ばかりかけていた。

 そこで一年ほど生活をした。

 劇的な出会いを―――いや、再会をしたのはそのときだ。

 宿に貴族がやってきた。私が一年を過ごしたその宿は、正直貴族が利用するような場所ではなかったため、私も二人も混乱した。しかも、その貴族のかっこいい人――ロウト・バレッド様の目的は私だったから尚更驚いた。

 なんでもロウト様は「エル」というあだ名の少女と約束を交わしていて、その名にちなんだ少女に片っ端から会いにいっていたらしい。ロウト様は貴族だけれども、その「エル」は孤児院育ちで、病弱で、とても儚げで、優しい少女だったんだって。

 しばらく、何ヶ月かロウト様は宿にいた。それも私を「エル」だと思ったからだという。私は記憶喪失の中で、貴族様が迎えに来るなんてそんな出来すぎた話あるわけないって思いながらも、ロウト様に惹かれていった。

 ロウト様は優しかった。

 いつだって優しく微笑んでくれて。

 私がロウト様の「エル」だったらどんなに幸せだろうってそんな風に夢見た。

 そしてその夢は叶った。

 本当に私がロウト様の「エル」かはわからなかったけれど、ロウト様は私を「エル」だと確信したらしい。十年近くも「エル」を思っていたロウト様が「エル」を間違えるはずもないと思った。だから、私は「エル」なんだと思った。記憶喪失になった先で、幼い頃に約束をした王子様が迎えに来てくれた――そんな事実に私は素直に喜んだ。

 そして私は、ロウト様のおじい様やおばあ様に反対されたけれどもロウト様が一年間必死に説得してくれて私はロウト様と結婚した。ロウト様との結婚して、貴族の方々にいじめられたり、ちょっと大変だった。でもロウト様が全部守ってくれて、「家にいればいいんだよ、エルは。そしたら傷つかなくてすむ」ってそういってくれて。だから私は本当に限られた人とだけ会って、それにおじい様とおばあ様は最初は色々いってきたけれどその後はなにも言わなくなった。認めてくれたんだろうと思うけれど、おじい様とおばあ様とはその後中々会えない。時々事務的に会うだけ、もっと仲良くしたいのに。

 本当に必要な場だけ、ロウト様の奥さんとして私はパーティーに顔を出す。とはいっても本当に年に何回かだけ。そんな生活を三年間過ごした。

 そこで凄くかっこいい女性にあった。

 その人の名はエラルカ――《剣姫》なんて呼ばれている実力主義の黒翼騎士団の六番隊隊長。かっこいいなぁってはじめて会った時に憧れた。話しかけたいなぁとも思ったけれど、周りに《剣姫》は恐ろしい女性だからやめた方がいいと言われて諦めた。時々パーティーで見る時に、つい話しかけたくて見てしまうけれど。

 そんなエラルカ様は、副隊長のバル・トリスタ様と結婚するんだそうだ。

 黒翼騎士団は王国最強の騎士団である。貴族だろうとその六番隊の隊長と副隊長の結婚は放っておけないもので、ロウト様もお祝いの品を送ったりしていた。エラルカ様は平民だと聞いた時には、私は驚いた。平民でありながら、黒翼騎士団の実力者であり、貴族からも一目を置かれているだなんて、憧れた。やっぱり、エラルカ様と話したいなぁって平民だって知って余計思った。けれど行動には出れないでいた。

 エラルカ様とバル様の結婚式には、沢山の人が来ていた。貴族以外の、エラルカ様と同じ孤児院育ちの人も沢山居て、エラルカ様はしたわれているんだなって思った。エラルカ様の義妹らしい、シュパーツ商家のウタ様が何か言いたそうに私を見ていたけれど何なんだろうか?

 その頃、私は子供が生まれていた。もうすぐ一歳になる女の子。名前はリル。可愛い、私の子供。

 幸せだった。ロウト様に愛されて、優しい使用人たちと共に過ごせて、子供が生まれて。これでエラルカ様とお話できればもっと幸せなんだろうなって考えていた。


 ―――そんな中で、私を知るという少女が屋敷を訪れた。



 私は心が躍った。今まで記憶喪失になる前の私を知る人と再会した事はなかったから。

 私を知る人があらわれたんだって喜んだ。―――でもその再会は、四年もに及ぶ現実を打ち砕くもの、魔法をといてしまうものだった。






 「二人で話したいの」

 といって、その少女アリシャは使用人たちを下がらせた。

 その目は真剣で、どうしてそんな目をしているのか私にはわからなかった。

 「あの、貴方私の昔の知り合いなんですよね?」

 「……ええ。あの、エルナ。貴方は、紺色の名前の書かれたブレスレットを持っていたのよね?」

 「はい。そうです。それで私は自分の名前がエルナと知ったの」

 「なら、貴方は確かに私の知るエルナね。私は貴方と同じ孤児院で育ったの」

 その紺色のブレスレットは、話を聞く限り、同じ孤児院の子が私に幼い頃くれたものらしかった。

 「………今から、私は貴方に辛い事を教えるわ。だけど、これは真実だから、聞いて」

 「……?」

 私はそれが何かわからなくて首をかしげた。

 「……私は貴方と赤ちゃんの頃から一緒だけど、幼い頃のエルナの周りにロウトという男の子は居なかったわ。いたのは、シュベルだけ」

 「え?」

 「シュベル。シュベルの名前をわからないのね……。シュベルは私たちと同じ孤児院育ちの男の子なの」

 それからアリシャは語った。シュベルという男の子について。

 いつもシュベルと私は一緒にいたって。ブレスレットを照れたように私に渡してたって。

 頭が痛い。

 孤児院は貴族からの援助がなくなって潰れてしまったんだって。そこで皆バラバラになったんだって。だけどシュベルと私は一緒にいたって。

 頭が痛い。

 シュベルは「俺がエルナを守る」って私を連れていったんだって。それに私は孤児院がなくなった事に不安そうにしていたけれど、笑ったんだって。

 頭が痛い。

 その後の事は時々手紙で聞いていたって。私はお店で働かせてもらって、シュベルは手先が器用でアクセサリーとかを作る職人になってたって。ブレスレッドはシュベルが作ってくれたものだったって。

 頭が痛い。

 「……だから、エルナ。貴方は、ロウト様の「エル」ではないわ。あのね、シュベルと私ずっとあなたを探してたの」

 頭が痛い。

 頭が真っ白になる。

 「シュベルとエルナはシュベルが職人としての腕をかわれて大きな街に移動する事になって……、その途中で盗賊に襲われて。シュベルはエルナを逃がしたんだって。シュベルは殴られて蹴られて、いたぶられて殺されそうなところを助けられて」

 頭が痛い。

 「それで一年近く意識不明で…。目が覚めてエルナを探したけれど見つからなかったって。私はその連絡もらって必死に探した。でもね、貴方は見つからなかった。バレッド侯爵家の人が結婚したの知ってたけど、エルナだなんて思わなくて」

 頭が痛い。

 「エルナは姿なんて全然見せなくて、絵姿も見れなくて、噂を聞いて確認したかったのに、無理で。

 それでようやく貴方をこの前見た。エルナだった。私の知っているエルナそっくりで。ブレスレットもってたって知って…」

 頭が痛い。

 アリシャが泣き出しそうな声を発してる。

 「私…、シャベルとエルナは結婚するって思ってた。シュベルはずっとエルナを守ってたし、エルナはシュベルが大好きだったのに……。記憶喪失だからって…。シャベルはずっとエルナを探してたのに」

 頭が痛い。何を言っているか理解出来ない。理解したくない。

 「………ようやくエルナ見つけたのに。シュベルに言えないじゃない。貴族なんかになって、子供まで出来て……っ」

 頭が痛い。

 泣いてる。目の前のアリシャという少女が泣いてる。

 私の頭の中はシュベルという名前で一杯で、そのことを考えていたら、いつの間にか倒れてしまった。



 ―――そして、私は全てを思い出した。





 目が冷めた。

 「エル! 大丈夫か」

 ロウト様が、私を心配そうに見てる。気遣ってる。

 シュベルシュベル、シュベル、シュベル――。でも私の頭の中はずっとその一人の人の事ばかりで。

 「ああああああああああああああああああああああああああああああああぁあああああああああああああぁあああ」

 叫んだ。

 ロウト様の声を聞いた途端、見た途端、叫んだ。

 震える。体が震える。

 私は、私は―――……。

 「エル!? 何か、あの女に言われたのか!」

 「ち、違います。違います。アリシャは、アリシャはなにも悪くない」

 思い出した。アリシャは私の幼馴染。大切な幼馴染。私が失敗ばかりするのを「しょうがないなぁ」って見守ってくれた優しいお姉さんみたいな同じ歳の女の子。

 ロウト様の声からこのままじゃアリシャが何を言われるかわかったものじゃないと思わず叫んだ。

 叫んだ私にロウト様がびっくりした様子を浮かべる。

 この四年、こんなふうに声を上げた事はなかった。でも、今は声を上げずにいられない。

 「エル……?」

 「……エルじゃない」

 「何を言っているんだい?」

 「……私は、貴方の、ロウト様のエルじゃないです」

 声に出すと同時に涙が溢れ出した。

 ああ、私は、私は――、自分がロウト様の「エル」だって確信もなかったのに、浮かれて、全てを忘れて何をやってたんだろう。

 シュベルのところに行きたい。私はシュベルが好きだった。

 いつも私の事助けてくれて、私の事を見守ってくれていて。大好きだった。シュベルのお嫁さんになりたかった。

 思い出したら、シュベルへの愛情が溢れ出して、十四年間の記憶はロウト様と過ごした四年間なんて吹き飛ばしてしまうほどに濃かった。

 「な、何を、エル」

 「エルじゃないです。アリシャが……、思い出させてくれました。ロウト様、私は……、只の、只のエルナです」

 体が震える。声が震える。どちらが悪いってわけでもない。けれど、どうしてそんなに結婚したいほどに大切な子を間違えたの、ロウト様。ってせめてしまいたくなった。同時に私自身にも。記憶喪失だからってどうしてこんな事態にしてしまったんだろうって攻めたくなった。

 自分がエルだって確信もなかったんだから、ロウト様に言えばよかったんだ。「私は自分がエルかわからないから一緒に行きません」って。……ロウト様に優しくされたからって浮かれて、シュベル以外の人にはじめてを上げてしまうなんて…。

 「………ごめんなさい。私は、貴方の「エル」ではなかったです。ごめんなさい。ごめんなさい」

 謝り続ける私。ロウト様はその後混乱した。

 しばらくして私の言葉を理解したロウト様は、私を隔離した。本物の「エル」を探さなければって。子供はロウト様の子供だからって、本邸にいるけれども。

 ロウト様は私と離婚するって言っているらしい。私の頭は真っ白で、でも、ロウト様への愛情はシュベルへの愛情で塗りつぶされていて、薄情だと思うけれどシュベルに逢いたくて、逢いたくてたまらなかった。

 離婚話でごたごたしているのか、私は離婚する本人なのにずっとしばらく隔離されていた。

 エルだと自分を偽り続けていればこのままロウト様の妻として安泰な生活ができただろう。でも思い出してしまったのに嘘なんて付けなかった。私はこのままどうなるのだろう。それが怖いけれど嘘はつけなかった。

 二ヶ月ほどして、ロウト様のおじい様とおばあ様がやってきた。

 「勘違いで大事にするとは」「孫の勘違いですまない」「君はどうしたい?」と二人は聞いてきた。私に冷たかった人たちだけれども、そうやって聞いてくるあたりいい人たちだと思う。

 「……私は平民に戻りたいです。ごめんなさい。自分が「エル」じゃないって思い出せなくて。迷惑かけてごめんなさい。でも、思い出したら会いたい人がいるんです」

 そういえば、おじい様とおばあ様はそれを叶えてくれた。

 子供とは別れなきゃいけないのは辛かったけれど、どうしようもないことだった。ロウト様の血を引く子供を私が連れて行けるはずもなかった。

 元々おふたりは私とロウト様の結婚に反対だった。その理由をその時教えてくれた。平民との結婚はその結婚するお嬢さんも大変だからという理由もあって反対だったらしい。そして私があまりにも貴族の世界で生きるのには甘すぎるからって。ロウト様とロウト様の両親は私を甘やかしてたんだってその時はじめて知った。

 他の貴族とも渡り合えるぐらいの強さがなきゃ平民が貴族との結婚しても大変だって。私はそういう貴族の人達と関わる努力もしてなかった。後から考えるとどれだけ貴族の王子様に迎えにきてもらえたっていう夢みたいな話に浮かれていたんだって話だなって自分で自分が嫌になった。

 それから、私はアリシャとシュベルと再会した。

 二人共泣きそうな顔をして私を見ていて、私はひたすら二人に、特にシュベルに謝り続けた。

 ごめんなさいって。シュベルと結婚するって言ってたのにって。はじめてを上げてしまったって。ごめんなさい。忘れててって。何度も何度も謝って。

 シュベルは悲痛そうな顔だった。そんな顔をさせたのが私だと思うと胸が痛かった。

 でも、悲しいけれど嬉しいっていった。私が戻ってきた事が嬉しいって。もしかしたら死んでいるかもって思ったから再会出来て嬉しいって。

 ――泣いた。

 どうしようもない思いに泣いた。

 思いっきり泣いた再会だった。

 記憶喪失だからって、こんなことになって。貴族様が優しいからって浮かれて。過去を気にせず生きていて。シュベルやアリシャがずっと探しててくれたのに。

 でも、会えて嬉しい。

 もう一度二人の元へ、二人の傍へかえってこれて嬉しいって。

 そんな思いで思いっきり泣いた。


 ――思い出したから。本当に大切な人が誰か。だから、もう間違えない。




 ―――魔法が解けた。そして私は。

 (大切な人と、大好きな人と再会した。浮かれて、四年も、四年も間違ってごめんなさい。でも魔法が解けて、真実を思い出せて良かった。思い出したから、こうして私はシュベルにまた会えたから)




エルナはある意味ロウトの勘違いの被害者とも言えます。

もちろん、貴族様に優しくされたからって浮かれたエルナも悪いですが。でも自分が誰かもわからない、これからどうなるかもわからない不安定な状態でそういう人に優しくされて、貴方は「エル」だと求婚されたら普通の人は浮かれるものだと思います。

ついでに言えば十年近く思っている「エル」をロウトが勘違いするとエルナは思ってませんでしたからね。



というわけでこうなりました。


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― 新着の感想 ―
[一言] エルナにもロウトにも同情ができませんね....。関係が薄っぺらいですし。 この話の中で子供が一番可哀想な気が。 結局母親には見捨てられ(それに近いと感じました)もきっと父親にも愛されない気が…
[一言] 所々シュベルがシャベルになってて、内容より気になってしまいました…
[良い点] シリーズ面白かったです。 とりあえず4作品の中で副隊長の話だけコメディ(笑) [一言] ウタ視点だと、黙っていれば、ちょっと問題あっても過去の事だと割り切って、とりあえずそれぞれ幸せに終わ…
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