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10話【本物? 偽者?】

 ちょっ……なにこれどういうこと? さすがに状況が呑み込めないんですけど。


 レンもどこか上の空で団長さんを見つめているし、うん、今のうちに抜き身の剣は鞘にしまっておくとしよう。

 友達が刃物で人を殺そうとしているのを見たら、止めるのが普通だと思うの。


「あ、あれ……? セーちゃん。いつの間に……」

「ワタシもいるわよ。というか、これはいったいどういうことか説明しなさいよ」


 レイも状況を把握できていないらしく、弟に詰め寄めよった。


「そう急かしてやるなよ。レンのやつだって、今はかなり混乱してるんだろう」

「あなたはたしか……夜鳴き梟の団長でしょ? だいたい、なんであなたがこんな場所にいるのよ。というか馴れ馴れしく名前を呼ばないでくれる?」


 おおう。

 強い、強いぞ。レイ。

 状況がよくわからないのに強気で攻めていけるのは、尊敬に値するぜ。


「そうか……まだわからないか。それはそれでショックなんだが……」


 そう言って、団長さんは今までずっと隠してきた顔を露わにした。

 人間というのは、相手の顔を全体的に捉えているそうで、目や鼻、耳や口といった大事な部分の位置が少しでもずれると、かなり雰囲気が違って見えるものらしい。


 そのため、口元を隠すだけでもわりと効果があり、あまり顔を知られたくない場合にはそれで誤魔化そうとするケースも珍しくない。

 そういえば夜のお店では――……いや、やめておこう。

 うん、だって行ったことないし。


 ゴホンッ……団長さんの場合、目元しか見えなかったので、たとえ見知った相手が傍にいようと気づくことはまずない。

 それぐらい、人間の認識能力はいい加減なものなのだと、俺は改めて知った。


 だって、顔を露わにしてそこに立っているのは見知った人物――というか、レイやレンのお兄さんであるリク・シャオその人だったからだ。


「は、はい!? リク兄!? な、なんで……」


 レイが驚くのも無理はない。

 だが、レンの反応はちょっと違っているようにみえる。


「な、なあ、レンはこのことを知ってたのか?」

「オイラは、その……別の意味で驚いてるよ。もしかしたら……と気にはなっていたけど、本物のリク兄がもういないんだとしたら、たぶん団長も偽者だったんだろうと思ってたから……」


 本物? 偽者?

 え……っと、ますますわからなくなってきたぞ。


 リク・シャオ=団長さん。

 ということなら、この金髪の男性は誰なのさ。

 偽者? にしては全然似てない。

 レンは、お兄さんと一緒に丘へ来てたんじゃないのか?


「あの場所に死体がなかったから……生きているかもしれないとは思ってた」

「……やっぱりお前はナイフの扱いが上手いよ。かなり深く刺し込まれていたが、急所は外れていたから、なんとか命は助かった」


 ちょい待ち、金髪男性とリクさんの二人。

 いきなりそんな、過去の想い出に浸るような雰囲気を出されても困る。


 たぶん……いやほぼ間違いなく、このメンバーの中で一番の部外者は俺だろう。

 これ以上ないというぐらいの、蚊帳の外感である。

 当然、詳しい事情を聞く権利なんてない。

 だが、たとえ野次馬と罵られようと構わない。

 頼むから、誰かもう少しだけ状況を教えてくれないか。

 だって気になるんだもん。


「ちょっと! ワタシには全然意味わかんないわよ。きちんとわかるように説明して」


 おおう、さすがだぜ。レイさん。


「……そうだな。レイには知る権利がある」


 レイの言葉に、金髪の男性――ラハルというらしい――がゆっくりと事情を話し始めた。

 部外者の俺が聞いてもいいのかとちょっと思ったが、誰も席を外してくれと言わなかったので、俺は素知らぬ顔で黙って聞いていることにする。




「――というわけだ。お前たちの両親をあんな目に遭わせたのは……俺なんだよ」


 ――――。


 ……しばしの沈黙。

 なんていうか……重い。

 胃の腑に鉛を流し込まれて、内臓が下半身に偏ってしまうんじゃないかと思うぐらい重たい話だった。


 だけど……今の話にはいくつか気になる部分がある。


 ……ん?

 そんなとき、隣にいたレイがゆっくりとナイフを構えた。


「あんたが、母上を殺した……?」

「ちょっ! 落ち着けって!」


 どうやら、今度はレイの番のようだ。

 半ば脱力した状態から、バネで弾かれたように勢いよくナイフを突き出そうとした彼女を、俺は必死で取り押さえた。


 相手が本当にどうしようもない悪人だったなら、止めなかったかもしれない。

 でも、ラハルさんの話の中にどうしても無視できない人物の名前が出てきたのだ。


 ――ヘラ。


 帝都で出会った、死んだ魚のような目をした女。

 ……俺が思い描いている人物と同一人物だとすれば、そいつは大罪スキル所持者のはずだ。

 なんらかの能力で他者を操ることぐらい、できるかもしれない。


 とはいえ、ここでラハルさんを殺しても――などと冷静なことが言えるのは、きっと俺が部外者だからなんだろう。

 母親を慕っていたレイからすれば、処刑台に送ったと言っている本人が目の前にいれば、冷静でいられるはずがない。


「離してっ……離してったら!」

「お、おい、そんなに暴れたら……」


 暴れる人間を押さえつけるのは、たとえ腕力が勝っていたとしてもかなり難しい。

 じたばたと動こうとする手足を掴むのではなく、身体の中心をしっかりと押さえて――


 あ、やわらか――


「ちょっ……どさくさに紛れてどこ触ってんのよ!? この変態!」

「はぶぅっ」


 思いっきり、グーで顔面を殴られた。

 うん、こういう場合……平手で頬を叩かれるのが普通だよね。

 鼻は……折れてない、みたいだ。


「いつつ……」


 けどまあ、なんとかレイの手から武器を奪うことには成功した。

 断っておくが、特定部位への肉体的接触についてはわざとじゃない。


「リク兄……生きてたんだね」


 レンのほうは、どうにか冷静さを取り戻してきたようで、本物のお兄さんが生きていたことを喜んでいるようだ。

 えっと……混乱しないように整理しておこう。


 つまり、夜鳴きの梟の団長が本物のリク・シャオで、今まで領主を務めていたのは姿を変えたラハルさんだったというわけだよな。

 ふーむ。たしかに言われてみれば、雷獣ヌエと戦ったときや、魔族のディノとの戦いで、団長さんは常にレイとレンを気にかけていたように思える。

 なんだかんだ、いつも危ないところを助けていたもんな。


「でも、なんで黙ってたのさ?」


 ……そういえば、できるだけ戦闘以外の場では二人と顔を合わせないようにしていた気がする。

 魔族を撃退して祝杯を挙げたときなんかも、ほとんど顔を出さなかった。

 まだ幼かったとはいえ、面識のある二人には気づかれるかもしれないと思ったのだろうか?

 実際、レンはちょっと気になっていたらしいし。


「……不甲斐ない自分が、いまさら兄貴面するのもどうかと思ったんだよ」


 リクさんが言うには、刺された傷は致命傷ではなかったものの、けっして軽いものではなく、数日は意識が戻らなかったそうだ。


 ――なんとか一命を取り留めた頃には、全てが手遅れになっていた。

 両親は処刑され、妹と弟はすでに帝都へ連行された後。

 残っていたのは、もぬけの殻となった領主館だけ。


「結局、大切なものは何一つ守ることができなかったからな」


 もしもだが……俺が留守のときに拠点が襲撃されて壊滅なんてしてたら……いや、不吉なことを考えるのはやめておこう。


「そんなわけで、しばらく死んだみたいにボーっと過ごしていたわけだが……俺にはどうしても、ラハルがあんなことをするやつだとは思えなかった。刺したときの言動も、やたらと苦しそうだったしな。復讐よりも、まず真相を知りたいっていう気持ちのほうが強かったよ」


 そう考えたリクさんは、エリンダルを出て各地を回り、情報を集めていったらしい。


「アリーシャの行方を探るにも、そっちのほうが都合が良かったからな」


 ちなみに、夜鳴きの梟は盗賊団とされているが、各地で困っている人たちを種族など関係なく助けていたら、それが知らぬ間に集団となっていたらしい。

 たしかに、あの盗賊団には亜人の方々も大勢いらっしゃったと記憶している。

 なにか人を惹きつける魅力というものが、この人にはあるんだろう。


 あ……もしかして、帝都からの積荷を狙ったりしていたのは、アリーシャさんの行方について手がかりを得ようとしていたからかもしれない。

 奴隷に紛れ込ませて別の場所に幽閉するとか……普通ならあり得そうな手段だし。


「そんなある日、エリンダルで新しい領主が挨拶をするっていうんで久々に訪ねてみたら、さすがに驚いた。なにせ、自分の姿をしたやつが民衆の前で挨拶してるんだからな」


 それは……さっきの話からすると姿を変えたラハルさんだろう。


「俺には、なぜかそれがラハルだとすぐにわかった。同時に……その姿で何をしたのかも、それまでに得た情報から概ね予想はできた」

「それなら……なんで、なんで俺を殺しにこなかった。憎かっただろう? 両親を殺した男が、自分を刺した男が、のうのうと領主の真似事をしている男が!」


 そんな叫ぶような言葉に――リクさんは拳を振り上げた。

 ゴンッと鈍い音が響く。


 拳はラハルさんの顔面を捉えたが、全力で殴ったようにはみえない。

 どちらかといえば、目を覚まさせるぐらいのソフトな顔面パンチだ。


「だから、さっきも言っただろ? 復讐よりも、まず真相を知りたいってな。というか、なんだかお前……やたら卑屈になってないか? 長年俺を演じてきたっていうんなら、こういうときでも女性の尻を追っかけるぐらいの気概を持てよ」

「おまっ……」 


「昔のお前なら、死んで償うなんてただの自己満足だ、とか言いそうなもんなのに。そこの黒一色の装備で固めてるカッコイイ冒険者が、レンはエリンダルに向かったと教えてくれたからよかったものの――」


 やだ……黒一色の装備って、もしかして俺のこと?

 黒鋼糸を編み込んだ頑丈なキルテッドアーマーに、黒光りする補強金具、特製の黒い指貫グローブに、刀身から鞘まで黒い漆黒の剣――はレンに貸しているから、白銀剣ブランシュだけは黒くないけど……ふっ、なんだか照れるぜ。


「たぶん、あれ褒めてないわよ」

 なん、だと……?


「――心配して来てみれば、案の定こんなことになってるんだからな」

「あ、ああ……すまん」


 差し出された手を掴み、ラハルさんはゆっくりと立ち上がった。


「言っとくが、これは貸しだからな。今度一緒に飲むときは奢れよ」


 その言葉に、ラハルさんはほんのわずかにだが、笑みを浮かべた。


「――リク……お前は、本当に変わらないんだな」


 なんというか、リクさんは顔を隠していたときよりずいぶんフランクな気がする。

 もともとこれが素なのか、昔の友達を前にしているからなのかはわからないが、俺、この人けっこう好きかもしれない。

 いや……変な意味ではなく、人間的な魅力という意味で。


「ちょっと! なんだか二人で和んでるみたいだけど、ワタシはまだそいつを許したわけじゃないからね」

「オイラも……まだ納得できないかな」


 レイとレンは、即殺モードこそ解除したようだが、剣呑な目つきをしている。

 う……ん。そりゃあ、そうなるよな。


「お前らがそう思うのも無理はない。肝心なときに何もできなかった俺には、こんなことを言う権利はないのかもしれない。だが、もうちょっとだけ俺の話を聞いてくれないか」


 その言葉に、二人は黙したまま頷いた。


「さっきの話を聞いて、ヘラという人物が危険なのは理解できただろう」


 だからといって、全部そいつが元凶ですというのは、少々都合が良すぎるのではないか……レイとレンはそんな顔をしている。


「だが、そいつが本当に人智を超えるような力を持っているとしたら……どう思う?」


 おや……?

 なにやら雲行きが……。


「七つの大罪――そう呼ばれる力だ」


 あるぇ?

 なんで……リクさんがそれを知ってるの?

お読みいただきありがとうございます。

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