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恋をしたら死ぬとか、つらたんです 作者:みかみ てれん

第八章 ラッブラブ☆ふたりの愛は死に至る病♡

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91限目 クライクライ・グローリー


「ふぅっ!」

 その桃色の唇から呼気とともに、わずかな黄金色の気が漏れ出た。
 ヒナの踏み込みはアスファルトを踏み砕く。

 伸ばした両腕の咆哮。その先からほとばしる破壊のエネルギーがまるで龍のように飛翔し、前方の謎のナイスミドル紳士を打ち貫いた。

 ギャオオオオオオと叫びながら巨大な黄龍に飲み込まれて消えてゆくカイゼル髭の男性。
 一体何者だったのかはさておき……。

 ヒナが拳を払うと、彼女の全身を薄く覆っていた黄金色の燐光も消え去った。

『常軌を逸した光景を目の当たりにした』

 ぽつりとつぶやくシュルツに、ヒナはその長い黒髪をゴムでポニーテールにまとめながら。

「おかしいですね、普段はあんな風にならないんですけど……」
『普段はどうなるの?』
「なんとなく目の前のものが吹っ飛びます」
『吹っ飛びはするのか……』

 ヒナも原理はよくわからないようだ。
 なんとなくやってみたらできた、というレベルをどう考えても超越していると思うのだが。

龍脈闘法クズリュー・オーバードライヴには、謎が多いみたいですからね。わたしもよくわからないんです。何十年かけても素質のない人は習得できないみたいですし」
『そらこんなことをそこらの人ができたら、地球は崩壊しちまうでしょうよ……』
「こんなにはっきりと見えるなんて、さすがにわたしにとって都合が良い世界ですね、すごいです」

 掌の上に、ヒナは先ほどの黄金の気で小さな龍を作り出してみせる。宝珠を握り締めた五爪の龍だ。
 心なしかヒナの瞳もわずかに金色の光を帯びているような気がした。

 都合が良いってそういうことなんだろうか、とシュルツは思う。

『なんかもう、地球の平和はヒナさんひとりがいれば守れそうな気がしてきた』
「危機が訪れて、わたしにもなにかできることがあるなら、がんばりますけど……」
『なんなの? なんでそんなに強くなったの? 地上最強の生物である父親を倒すために? あるいはこの星を侵略するために送り込まれた異星人で小さい頃から手を焼いて岩で頭を打ってすごく大人しい子になったけど闘いを求める血だけは収まらないの?』
「よくわかりませんけど……」

 辺りを警戒しながらも、ヒナは戦闘状態を解いて、ふぅ、と息をつく。

「わたしは好奇心旺盛な子どもだったみたいなんですよ。自分ではよく覚えてないんですけど」
『うん』
「あっちこっちふらふらして、なんかすごくいろんなことにも首を突っ込んで、両親にも心配をかけていたみたいで

『まあそりゃこんな娘がいたら、胃に大穴が空きかねないよね』

 シュルツの指示する方へと向かいながら、ヒナは語る。

「なので、護身術を身につけることにしたんですよ。たまたま近所のおじいちゃんが教えてくれましたし」
『護身術』
「合気道みたいなものですよー」

 ヒナは合気道みたいなもので、今度は両手から龍を出現させる。
 向かい合う二匹の黄龍。それはまさしく世界でもっとも美しいとされる九龍壁、天王殿の西に立てられた瑠璃碑製の照壁そのものであった。

 一瞬でそんな細工を描き、そしてかき消すヒナに、シュルツは暗い声を出す。

『とにかく、ヒナさんがすごいのはわかったけど』
「えへへー」
『……あの、はしゃいでいる最中悪いんだけど』
「はーいー?」

 ヒナは間延びした返事をする。

 シュルツがなにやら向こう側で操作をしたようだ。
 するとヒナの手首にブレスレットが浮かび上がってきた。

「あ、これ、なんか久しぶりな感じがします」

 例によって例の、ドキドキメーターである。

『ちょっとご確認いただきたいんですが』
「はーい」

 ニコニコのヒナは、手元に目を落として。
 そして、硬直した。

 これはその数値が一千万を超えると死んでしまうメーターなのだが……。

 乙女ゲーパートでもお馴染みのこのブレスレットの数字は今。

 992万5750を指していた。

『ヒナさん、虫の息なんですが』
「いやああああ~~~~~~~~~~~~~~~~!」





 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 恋をしたら死ぬとか、つらたんです。
『91限目 クライクライ・グローリー』


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇





 道ばたにひとりの男が座り込んでいた。
 目の下に深いクマを作ったその男は、よれよれの制服を身にまとっていた。

 九条椋である。

「……僕は、どこで間違えてしまったんだろうな……ふふ、もう、おしまいだ……僕にはもう、なにも、ない……。なにも、かも、この手からこぼれ落ちてしまった……」

 設定がよくわからないが、とにかく没落してしまったらしい。
 なんて唐突なんだ。どこまでいってもこういう役どころなのだろうか。

 そんな彼のシニカルな笑顔はつつけば壊れてしまいそうなほどに儚くて、髪を乱した姿は妖しい色気に満ちていた。

 ごくり、と生唾を飲み込む。
 ヒナは右手と右足を同時に動かし、その前を通り過ぎようとする。

『いいかい、ヒナさん。声をかけちゃだめだよ。見ない振りをするんだ』
「は、はい……でも、あの」
『でもはナシだ!』
「だって、あの椋さん、困ってますよ!? 捨てられた子犬みたいで! わたしが! わたしが癒してあげたいんですけど!」
『こいつ傷ついたイケメンに弱すぎる!』

 苦悩するヒナは、精神を振り絞って椋を見捨てる。
 後ろ髪引かれながらも、両手で拝むようにして目をつむり、歩いてゆく。

 これもおそらく、ヒナの望んだ椋の姿なのだろう。
 身を崩した椋に心の底から頼られたいと思っているのだ、きっと。

 刺客は次々とふたりの元に襲いかかってきた。
 記憶にある人も、あんまりない人も、乙女ゲーの登場人物も、そうではない現実の人物たちも、である。

 心休まる暇など断じてない。

 たとえば今回は可愛い娘を連れた、ファミリーでのお出かけのパパが、突然ヒナを見て「なんてかわいいんだ!」と叫び出した。

「えっ、えっえっ」と戸惑うヒナに、パパはひざまずいて求婚をする。

「もう妻も子供もいらない! 君だけがいいんだ! なにもかも捨てて、僕は君と添い遂げ――」

 言葉の途中で切れたのは、シュルツが彼にかけたモザイクのフィールドをさらに強めたからだ。
 うにゃらららららという感じで、もはやなにを言っているかわからない。

『だ、大丈夫? ヒナさん』

 これが自分の願望なのかな、という思いによってなんとなくちょっぴり気まずそうにしてるヒナは、小さくうなずく。

「は、はい、大丈夫です……。あのモザイク、すごい効果ありますね。なんか警察24時系の犯罪に巻き込まれそうで、ちょっとだけビクッとします」
『一番エグくて趣味が悪いやつにしているからね。ヒナさんがいまだ良識を持っていてくれて助かったよ。……いや、うんそうだね、地味で平凡だもんね』

 反論しかけたヒナの言葉を先んじて、シュルツがつぶやく。

『あ、日記の反応が強くなってきたな』
「え、本当ですか?」
『うん、どこだろうな、これ。たぶん、そこらへんの家の中だと思うんだけど……』

 人様の家に入るのは抵抗があるが、とりあえずヒナは手近な一軒家の玄関を開けてみることにした。
 もしかしたら中で翔太が待ちかまえているかもしれない――なんてことは、少しも思い浮かばなかった。この藤井ヒナも、いっぱいいっぱいなのだ。

 だが、事態はもっと深刻だった。

 気安くドアを開けたヒナ。そこは――。
 ――学校の教室だった。


「え?」
『な――』

 まるでテレポーテーションだ。一軒家の玄関だと思っていたところが、教室の後ろのドアに繋がっていたのだ。
 そこは通い慣れた数星学園の、二年B組であった。

 そして――。
 直後、キャーーーー!!と黄色い声があがった。


 席に座っている美男美女たちがこちらを、もといヒナに熱い視線を向けながら、誰もが笑顔を浮かべていた。

「もー、遅いよ藤井さんー!」
「きょう学校こないのかと思って、心配しちゃったんだから!」
「やっぱヒナちゃんこないと盛り上がらないよねー!」
「まったく、藤井は本当に人気者だな。ほらほら、早く席につけー」

 イケメン教師がぱんぱんと手を叩く。
 ありとあらゆる生徒たちがヒナを歓迎し、そしてヒナを受け入れようとしていた。

 夢といえば、夢らしいシチュエーションだが。
 ワナすぎる……。

『ああ、死んだ……』とシュルツはどこか他人事のようにつぶやいた。
 諦めてしまえば、今度は辺りを観察する余裕が生まれる。

 今までずっと、ずっと、心の中に押し込めてきた願望だったのだろう。
 クラスのささやかな人気者。それがヒナの夢だったのかと思うと、ほんのわずかに腑に落ちるものがあった。

 ずっとずっと『地味で平凡』というフレーズに自分を押し込めて、それで我慢してきたはずだ。
 だが、藤井ヒナはまだ16才の少女であり、青春まっただ中であり、なおかつ彼女は人一倍コミュ力もある。

 憧れていたに違いない。
 今まで千人単位で人の人生を破滅させてきたこのビッチが、だ。

 クレイジーサイコビッチの精神というパンドラの箱に最後にひとつ残っていた希望が、クラスの人気者という立ち位置だったのなら、まあ納得もできる。

 だが。

 ヒナは青い顔で俯きながら、そっとドアを閉めた。
 彼女はまだ、生きていた。


「大丈夫です……シュルツさん、生きましょう」
『えっと……ヒナ、さん? 息している? まだ死んでない? 幽霊じゃないの?』
「平気です、日記の場所はどこですか?」
『とりあえず、この学校は違うみたいだけど』
「了解です」

 ヒナはすたすたと廊下の窓に近づいてゆく。二年B組は三階だが、そんなことは今の彼女には関係がないようだ。スカートを押さえながら、ヒナは窓枠を乗り越える。
 校庭とは逆方向に飛び降りようとしながら、ヒナはつぶやいた。

「大丈夫です、シュルツさん。心配いりません」
『まあボクの心配はキミが生存のその一点のみだけど』
「あれは、わたしの生きている場所とは、違う世界ですから」
『……そっか』

 シュルツはそれ以上、特になにも言うことはなかった。
 精神世界に登場しているということは、つまりそういうことでしかないのだが、ヒナは頑と認めはしないだろう。

 ヒナは青ざめながら――なにか本当に辛そうな声で――小さく言う。

「大丈夫です、わたし、地味で平凡ですもん」

 校舎の三階から、ヒナは跳んだ。


 再び外に着地したそのとき、ふたりはとんでもないものを見た。
 ――それは、町を破壊し尽くす、二足歩行の怪獣であった。

 先ほどとは違った意味で呆気に取られて、ふたりはしばらくその方向を見つめていた。
 怪獣は歩くたびにドシンドシンと大地を揺らし、そして家々をなぎ倒しながらまっすぐにこちらへと向かってきている。

 その大きさは、数星学園の校舎の二倍以上はあるだろう。
 本当に、何の誇張もなく、まんま怪獣である。
 ぎゃおーという叫び声は空気を震わせるほど強烈であった。

『ヒナさん』
「はい」
『今までボクはキミのことをクレイジーサイコビッチとか呼んでたけど、ごめん』
「はい」
『……ああいうのも、タイプなんだね』
「待って、待って待って」

 思わずタメ口になりながらも、ヒナは抗弁する。

「た、たぶん、たぶん違う、違うと思う……。なんだろう、こう、わたしがあの怪獣に捕まったシチュエーションで、助けに来てくれる王子様を待っているとか、そういうことなんじゃないかな……」
『なるほど』

 シュルツはさらに残酷な事実を伝える。

『ちなみに日記の反応は、あの怪獣あたりから出ているよ』
「なんで怪獣が持っているの……?」
『世界で一番それを聞きたいのはボクだと思うんだ』
「そっか……」

 ヒナは大きく深呼吸をして、そして軽く握った両拳を腰に当てる。
 気を落ち着かせた彼女は、声色を改めた。

「まあ、でも、日記の場所が知れて、良かったです。はい、わかりました」
『え、なにが?』
「恋のドキドキと戦いのドキドキは違いますよね? それならたぶん、大丈夫です」
『えと……?』

 相変わらず先走って結論を出す少女である。
 あれほどの巨体に対して、シュルツができそうなことはあまりない。だが、藤井ヒナにそんなことは関係がないのだろう。

 ビグザムも一撃で叩き割りそうな巨大怪獣を見上げ、157センチの女子高生、セーラー服姿の藤井ヒナは静かに宣言した。

「――とりあえず、排除しますね」
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