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鼠という生き方
作:ひゃまぐの箱


 俺は鼠。
 常に過酷な任務をこなす、成功率百パーセントの最強のスパイ。
 今日も自分の欲を満たすため、過酷な任務に挑戦する。

 今回のターゲットは、昼間この家のママが戸棚にしまっていた【穴あきチーズ】だ。
 ターゲットに辿り着く道のりには、沢山のすごい罠が仕掛けられているらしい。
 俺のスパイ仲間は、罠に捕まったり諦めるものが多かった。
 だがそこは俺。
 狙ったものは逃がさない腕前で、今回も見事任務をこなしてみせるぜ!

 て訳でまず、下見だ。何事も情報と準備が必要不可欠さ。
 だから昼間、この家のママが、どこにどんな罠を仕掛けているのか、また、どういう風にターゲットをしまったのかということを調べておかなければならない。
 その方が断然仕事がしやすいからね。
 だから天井裏に、自慢の歯であけた穴から覗き、キッチンの様子をリサーチするのだ。 今回はどうやら、それ程問題視するほどの罠も無さそうだ。
 だが、我々スパイにとって罠の上のチーズは誘惑だ。この誘惑に負けたスパイが、いったいどれだけ捕らえられたのだろう。
 だが、俺は成功率百パーセントのプロのスパイ。必ずターゲットは手にするぜ。
 余裕があれば、罠のチーズも巧みの技で頂きだ。

 さて、只今夜の一時、ミッションスタートと行きますか。 俺はまず、天井の隅にあけた穴からするりとキッチンに入る。
 そのまま辺りを警戒しながらささっと水回りを横切る。
 この時注意が必要だぜ?
 水回りってのは、水分が少しくらい残っているものだ。
 滑って中に落ちようものなら、よじ登るだけで夜が明けちまう。
 それに足跡も残りやすい。
 もし残して見ろ、次の仕事が実に遣りづらくなること請負だ。
 よって、水回りには特に気を配ることだな。
 その先にはコンロがある。こいつも厄介だ。
 どういう仕組みか知らないが、火が付くとメラメラと熱い青い光が、鍋を沸かすってんだ。突然付いたらおそらく熱くて叶わないだろ。
 だから、出来るだけコンロには近づかないんだ。
 ただ問題は、今いるキッチンの真上にその狙いの戸棚はあり、そこに行くには、このコンロから延びているガス栓って奴をつたっていかなければならないことだ。
 俺は唾を呑み込むと慎重にガス栓に乗る。もちろん、火が付かないかどうか注意しながらだ。
 俺はそこから宙に吊ってある調味料置きかごに、ゆっくりと手を伸ばし掴んだ。
 ここも慎重に行かないとね。
 あとはウンテイをするかの如く、このかごを支えている紐を掴み、よじ登る。
 これで戸棚に到着ってわけだ。
 しかしまだ、ターゲットはガラスの向こう、どうにかして扉を開けなければならない。いくら俺の自慢の歯でも穴をあけるには、時間が足りないし、扉を外から開けられるほどの力もない。
そこで少々危険を犯すわけだ。
 俺はカラカラとかごを揺らす。すると部屋の向こうで二つ並んだ光がこっちに向かってくる。
 そう、この家には猫が居るのさ。
 猫は鼠を捕るのが仕事だ。当然のように俺に向かってくる。
 もうわかるよな?こいつを旨く誘導して、扉を開けさせようってわけ。
猫はキッチンに飛び乗った。俺との距離は、この時座った猫二匹分。
 俺は戸棚の取っ手によじ登る。猫は体を縮めると勢いよく飛び上がった。
ガッ…かごが激しく揺れ、戸棚に猫の爪痕が付いた。
 俺はさすがに冷や汗ものだが、こんな事では怯まない。
 また猫が飛び上がる。それと同時に俺は取っ手から飛び降りる仕草を猫に見せつけた。
猫は慌てて外に手を振る。 猫の爪は扉に引っかかり、外側に少し開いた。
 飛び降りるフリをした俺は、すぐさま向きを変えて、開いた扉の内側へと飛び込み、見事ターゲットに辿り着いたのだ。
 それと同時に扉が閉まり、俺は猫が手を出せない状況を作り出すことに成功した。さすが俺。
さて、どうやってターゲットを運び出そうか。
 下で猫はうろうろしているし、何よりターゲットは大きいので、持って天井をつたうのはまず無理だ。
 つまりどう足掻いても一度床に落とし、壁にあけてある穴から外に持ち出さなきゃならない。
 しかし、ご丁寧に罠が仕掛けてある。
 棚の後ろは鼠の通り道で、その先に穴がある。その真ん前に罠があるのだ。
 では早速そこにチーズを運ぼうか。猫や罠はどうするって?何心配はいらない。まあ、聞いてな。
 俺は戸棚を開ける。
 気がついた猫が見上げると頭上にターゲットが落ちてきた。
 ターゲットは猫の頭で滑り、キッチンの半分まで飛び跳ねる。 勿論、俺はターゲットに乗っかっている。猫は怒って俺の方へ駆けてくるだろ。
そしたら俺はキッチンを右へ左へ走り回る。
猫は俺を追う。
 ギザギザに走り回ることで追っ手を翻弄するのさ。そしてターゲットに体当たりをしてもらって、どうにか目的の場所に吹っ飛ばしてもらうわけ。
いい感じにターゲットを棚の方に誘導する事に成功。
 後はあの罠をどうにかするだけ。 俺は罠の前に立つと猫が向かってくるのを待った。
罠を解く方法を思いついたのさ。
猫が飛び込んで来たので俺は横に跳び退いた。
バチン…猫の手が罠に掛かった。
 見るからに痛そうだ。
 猫はもがいて、罠を棚の後ろから引っ張り出す形になった。
 猫はそのままキッチンを逃げ出した。
道を塞いでいる罠はなくなった訳。
 猫が罠と戦っている隙にターゲットを穴へ運んでしまおう。 俺は棚の裏にターゲットを押し入れた。
おっと罠から落ちたチーズも貰っておかないとね。えと、どこだったかな。
「しくしくしく…」
あれ?誰か泣いてる声が聞こえた。
「また失敗か。穴あきチーズはもうないなんて。」
 きれいな声だ。
 どうやら俺の他にもターゲットを狙ってた奴がいたらしい。
俺はこのきれいな声が誰なのか知りたくなった。
「おい。そこにいるのは誰だい。」「その声は成功率百パーセントの…」
どうやら俺は結構有名らしい。
「そうか、あなたがターゲットを手にしたのなら私には、無理に決まっていたわね。」
その声は諦めたらしく、また、泣き出した。
 俺は女の子が泣くのは苦手なんだよ。
「泣くなよ。なんだったらこのチーズ分けてもいいぜ?」
俺はチーズを戻しながら言った。
「いえ。だめです。私は自分で獲物をとることがスパイの…。」
この鼠は気高い。俺はその鼠に好感を持った。
「でももう、スパイとして失格なのかも知れませんね。」
「そんなちょっとの遅かったくらいで失格なんて決まらないよ。」
 俺は顔を出そうとした。するとその子は慌てて声をあげた。
「来ないで。顔は見られたくない。」
俺はその声を尊重して立ち止まった。
「そんな気にする必要はない。俺だって今でこそ最高のスパイだが、小さい頃はよく親に助けてもらったものさ。」
俺は棚にもたれるような座ってそう言った。
 元気付けようと思ったのだ。
「小さい頃?私は今だってそう。ひとりで狙った獲物、一つだってとれたことがないわ。」
声は悲しそうである。
「大丈夫さ。」
「あなたは有名よ。けど私を知ってる?私はスパイになれないのよ。」
「俺はスパイだ。けど俺は思うよ。失敗が多いからスパイに向いてないんじゃなくて、俺らしくスパイを続けていけばいいんだって。」
「私らしく?」
「そうさ。分けてもらうのもテクニックの一つだって思うぜ。スパイのね。大切なのは自分らしくすることさ。」
声は、含み笑いをしたんだ。
 我ながらいいことを言ったと思ったね。
「そうね。そうかもしれない。私は私らしく。」
俺への好感度アップ。任務には、恋もつきものさ。
きれいな声は少し恥ずかしそうに俺に頼んだ。
「それじゃあ、もしよかったらその獲物私に…くれないかしら。」
「ああ。喜んで。」
俺は嬉しそうに棚の向こうへとチーズを押し出した。
 そしてそのきれいな声の主を見た。

「よかったら獲物を全部くれると…嬉しいんだけど。」
俺は慌ててターゲットの後ろに伏せた。
 ドシン…音と共にターゲットはキッチンの方へ飛んでいった。俺はそのとき、チーズからすかさず手を放していた。
その声の持ち主は、猫だったのだ。
危うく俺は猫に捕まるところだった。
 なるほど猫にとっちゃ獲物は俺って事だな。
「猫は猫。鼠は鼠。スパイはスパイ。自分らしさは大切だよあなたらしい。」
猫の手は俺の方へ伸びてきた。
 仕方がない。道は塞がれているし、今からターゲットを取りに戻るのは危険すぎる。
 今回は諦めよう。命も大切だからね。
 俺は棚の後ろの穴に逃げ込んだ。

「失敗ね。ま。チーズは死守できたし。いいかしら。」

「今回は罠の上のチーズだけか。」『次は完璧に任務をこなしてやるぜ!』
二匹のスパイはそう心の中で思った。

 俺は鼠。
 狙ったものは逃がさない。成功率九十九パーセントの最強のスパイ。
今回も自分の欲を満たすため過酷な任務に挑戦する。














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