第14話 暗雲
エッセンにある火砲や銃などの製造で有名なクルップ社。
そのクルップ社のトップであるグスタフ・クルップと実質的な宰相にして、クリムゾン社の実質的な支配者であるヴィルヘルムが会談していた。
ヴィルヘルムがクルップ社にいる理由はレーヴァテイン計画の為だ。
彼は自分が行った方がスムーズに、かつ、情報漏れの可能性が少ない、と見てヴィルヘルム2世に申し出ていた。
クリムゾン社はキャラクタービジネスから始まり、造船業にまで進出している。
そのような事業展開の中で他の会社と提携したりするのは至極当然のことだ。
また、ヴィルヘルムが企業人として、グスタフと面識があるという点も見逃せない。
「80cm砲……?」
グスタフの問いにヴィルヘルムは軽く頷く。
「1938年までに作って欲しい。艦載砲として」
「……は?」
目を丸くして、問い返すような声を出すグスタフにヴィルヘルムは苦笑する。
彼の予想通りの反応をグスタフがしたからだ。
「それを搭載した戦艦の建造が決定されてね。その化け物大砲を3連装4基、計12門積んだ戦艦を1942年までに就役させる」
「それは何とも、壮大な計画だ」
呆れたような感心したような顔のグスタフにヴィルヘルムは笑ってみせる。
「これでまたドイツは世界各国から一歩も二歩も技術でリードできることになる」
戦艦とはその国の技術の集大成であると言っても過言ではない。
主砲となる大砲を製造する技術、各種装甲や機関を製造する技術、そして何よりも基礎となる造船技術が主であるが、これらに加えて居住性などの人間工学なども必要とされる。
故に攻撃力・防御力・速力が高いレベルで纏まった戦艦を造ろうとすればそれだけに高い技術が要求される。
レーヴァテイン計画は単に80cm砲搭載の戦艦を造るという計画ではなく、これらの技術向上も含めた計画を指す。
結果として、レーヴァテイン計画が完了する頃にはドイツの技術は他国を抜いているということになる。
グスタフはヴィルヘルムの言葉にピンときた。
技術の向上とは階段をゆっくり一段ずつ上がるということに似ている。
駆け上がるようなことはできないのだ。
「とりあえず、40cm程度の砲の試作からでいいかね?」
「問題ない。先のレーヴァテイン計画以外でも戦艦を造ると思うだろうし。おそらく1943年には13、4隻の戦艦をドイツは持っていることになると思う」
なるほど、とグスタフは頷いた。
1隻で国を潰せるような桁外れの超兵器などならともかくとして、性能が優越した戦艦を持っていたとしても、少数なら囲んで袋叩きにできる。
故にそれなりの数を揃える必要があるということは誰でも分かる。
「重さをできるだけ抑えて、射程は長く、威力は大きくして欲しい……まあ、当然の要望だ。今、海軍所属の造船技師と民間の技師達が試行錯誤を繰り返して最適な船体とかを求めているから、詳しいことは彼らと協議してくれ」
「わかった。ところで、その艦のクラス名は決まっているのか?」
「先日の連絡会議ではレーヴァテインの頭文字のLからとって、L級となった。あくまで仮だ」
だが、とヴィルヘルムは続ける。
彼の顔は楽しそうに笑っていた。
「この艦のクラス名はもう決まっている。というか、自分が勝手に決めて、この意見を通させる」
「ほう?」
身を乗り出すグスタフにヴィルヘルムは笑みを深める。
「この艦のクラス名はグロス・ドイッチュラント。それしか有り得ない」
1916年 6月24日
アーヘンに設置されている第14軍司令部。
そこでは総司令官に抜擢されたエーリッヒ・ルーデンドルフ元帥が敵味方の駒が置かれた大地図を睨んでいた。
逐次入る報告に女性オペレーター達が駒を動かしていく。
ベルギー攻略軍として編成された第14軍に所属している師団の幾つかはバルカン戦争を経験した歴戦の師団だ。
第14軍の戦力は3個軍団、計16個師団。
その内訳は以下の通り。
第4擲弾兵軍団
第12擲弾兵師団
第22擲弾兵師団
第19擲弾兵師団
第23擲弾兵師団
第12擲弾兵軍団
第3擲弾兵師団
第7擲弾兵師団
第11擲弾兵師団
第5擲弾兵師団
第16擲弾兵軍団
第18擲弾兵師団
第26擲弾兵師団
第17擲弾兵師団
第4擲弾兵師団
第6装甲軍団
装甲教導団
第1装甲師団
装甲擲弾兵師団「グロス・ドイッチュラント」
第3装甲擲弾兵師団
グロス・ドイッチュラント師団は本来ならまだ存在していないが、士気高揚と戦車などの新兵器の運用に特化したエリート師団として、1913年にヴィルヘルム2世から創設するよう勅命が下され、1914年に創設され、現在に至っている。
また同じように士気高揚の為に歩兵師団は擲弾兵師団と改名されている。
そして、擲弾兵師団であったとしても完全に自動車化されており、素早く移動できる点も見逃せない。
「予想通りといえば予想通りだが……」
ルーデンドルフの呟きを彼の参謀長に抜擢されたエーリッヒ・フォン・マンシュタイン少将は見逃さなかった。
マンシュタインは軍歴こそ浅いが、優秀であると軍内部ではそれなりに評判であった。
勿論、これだけでは将官になることはできない。
彼は知らないが、ヴィルヘルムが強く推薦したが為に今のこの地位にいる。
「フランス義勇軍という名の、フランス正規軍の登場についてですか?」
「うむ」
ルーデンドルフは頷いて、見たまえ、と地図上の3点を示した。
「アイントホーフェン、アーヘン、ルクセンブルクから進撃を開始した各軍は5月20日にはそれぞれの初期目標であるシントトルイデン、リエージュ、ナミュールを占領、その後それぞれの周辺地域を掃討しつつ、手を結び、包囲網を形成。
そして、26日には包囲網内のベルギー軍を降伏に追い込んでいる。また、包囲網が形成され、ベルギー軍が解囲を目指し動き始めた段階でブレダよりアントウェルペンを目指し、第6装甲軍団を投入。6月11日にはアントウェルペンを占領している」
しかし、とルーデンドルフは続ける。
「計画ではその後はブリュッセルを目指し、各軍が進撃する筈だが、現れたフランス義勇軍により足止めをされている。
特に第6装甲軍団前面に現れたフランス装甲師団は同軍を4日以上食い止めている。これ以上、戦費を費やすと宰相殿が怒鳴り込んでくる可能性がある」
ドイツをここまで発展させた宰相の噂は軍内部のみならず国民、はては他国にまで及んでいる。
突拍子のないものではフリードリッヒ大王が蘇っただの、ローマの五賢帝が補佐についているだの、というものがある。
「噂の宰相ですか」
「ああ、その宰相だ。まあ、敢えてこうすることで宰相殿のご尊顔を拝めるかもしれんが、それでは軍人としてよろしくない」
マンシュタインは軽く頷いて、刻々と動く駒を見やる。
前線からの情報では現れたフランス軍は今のところ、合計8個師団。
うち、装甲師団は2つ。
攻撃側3倍の法則を適用するならば、あと8個師団を投入する必要がある。
しかし、それは財政上の理由からはできない。
彼はそこまで考えて、ふと気づいた。
視線を地図からルーデンドルフへと向ける。
「政府は義勇軍について抗議していますか?」
「しているが、単なる義勇軍だとフランス政府は繰り返すだけだそうだ。それにうちも同じ事をバルカンでやったから、余り強くは言えない」
それもそうだ、とマンシュタインは頷いた。
そして、再び地図を見たとき、あることに気づいた。
「元帥、一度、国境まで退いてみてはどうでしょうか?」
「国境まで?」
「はい。勿論、全軍が一斉に退くのではなく、それぞれの軍から1個師団を引き抜きます。
これら4個師団をドイツ領内へと撤収させ、打撃戦力として編成。その後、まず装甲軍団が退却を開始。
ドイツ側へと限界まで引きつけたところで装甲軍団は反転、追撃してくる敵軍を攻撃して釘付けにします。そして、その間に編成した打撃軍によって敵軍を包囲・殲滅するというものです」
「中々大胆な案だな」
負けている時に退くよりも、勝っている時に退く方が遥かに難しい。
成功する可能性は充分にあった。
「よろしい。早速具体的な案を作成してくれ。1時間以内に、だ」
「了解しました」
「撤退?」
アントウェルペンとブリュッセルのちょうど真ん中辺りに位置するメヘレンの街まであと10kmというところまで進出していた装甲教導団第2装甲連隊連隊長のハインツ・グデーリアン大佐は耳を疑った。
彼はバルカン戦争での功績から大佐に昇進、1個連隊を預かる連隊長となっていた。
「はい。先ほど装甲教導団司令部からそう通達がありました。領内まで退く、と」
連絡にやってきた少尉は再度、告げた。
「……妥当な判断かもしれん」
フランス軍により、手持ち戦車の4分の1を彼の連隊は既に失っている。
こちらが与えた損害も多いが、ドイツ軍にとってここは敵地だ。
フランス軍、ベルギー軍の方が補給がし易いということは言うまでもない。
「司令部には了解した、と伝えてくれ」
少尉が敬礼して退出した後、グデーリアンは溜息を吐いた。
「バルカンでの勝利に慢心していたようだ。全く、情けない」
そう呟いて、頭を左右に振る。
ドイツ軍がバルカンで戦訓を得たように、フランス軍もまた戦訓を得ている。
そして、これまで戦ってみた感触から判断すれば、徐々にその差が縮まりつつあることを彼は実感していた。
「これを教訓にして、全軍に伝えなくてはならない。それが教導団の役目だ」
教導団とは簡単に言えば先生である。
その先生が落ち込んでいては始まらないのだ。
しかしながら、彼は近い内に撤退が作戦の内であったことに驚くことになる。
少々、時を遡った6月18日の日曜日。
ニュルンベルクの市内にあるカフェは暇を持て余している学生や親子連れなどで賑わっている。
そのカフェの店内にはある1組のカップルがいた。
「ああ、エリカ。君は何て素敵なんだ。君の碧い瞳はまるでサファイアのよう……」
真面目な顔で物凄い台詞を吐く、優男にエリカと呼ばれた女性は頬を赤らめて、俯く。
「アルノルト……その、恥ずかしいわ」
蚊の鳴くような声でそう言うエリカに優男……アルノルトはかぶりを振る。
「そんなことあるもんか。君の金糸のように綺麗で長い髪、サファイアのように碧い瞳。まるで女神様だ」
トマトのように真っ赤になっていくエリカ。
今に湯気が出てくるかもしれない。
「ところでエリカ、この前相談したことなんだけど……」
エリカはアルノルトの言葉にこれ幸いとばかりに話題の転換を図る。
「そ、その件だけど、だ、大丈夫! しっかり持ってきたから!」
恥ずかしさからか、悲鳴に近い声になり、周囲の客から生暖かい視線を向けられる。
その視線に更に恥ずかしくなり……と悪循環に陥る前にアルノルトが助け舟を出した。
「それはよかった。これで教授の課題をクリアできるよ」
アルノルト、エリカの2人が関係は大学と学部が同じであったことから始まる。
もっとも、成績に関しては天と地ほどの差があり、エリカは学部内で1番だが、アルノルトは下から数えた方が早い。
そんな2人が恋人同士になっているのを周囲は不思議がった。
実際のところ、エリカは貴族の令嬢……いわゆる箱入り娘であり、蝶よ、花よ、と育てられている。
故に大学に入るまで男性からの積極的アプローチというものが無かった。
つまり、アルノルトの強引ともいえるアプローチにより、その気になってしまった、というわけだ。
このことはエリカの父親の耳に入り、結婚前にキスもしてはならん、という条件の下で交際を許されている。
「で、でも、取り扱いには気をつけて。絶対に蓋を開けたりしないように」
「分かってるよ」
エリカはアルノルトの返事に鞄から小瓶を取り出す。
一見しただけでは何にも入っていないものだ。
「しかし、教授も嫌な課題を出してくれたもんだね。肉眼で青く見えない段階のアオカビを顕微鏡で観察しろ、なんてさ」
「アルノルト、生物学部の学生として、それは言ってはいけないと思うわ」
「それもそうだ。ところで、これって何処から持ってきてくれたの?」
アルノルトの問いにエリカは小声で答える。
「2週間前に私が見学しに行ったところ。生命研究センターの分析室に置いてあったの」
アルノルトの笑みが心なしか深くなった。
「NPって札があったから、誕生したての、新しいアオカビだろうって思って……」
「ありがとう、エリカ。本当にありがとう」
アルノルトはエリカの両手を握って何度も感謝した。
それからアルノルトは用事がある、と言ってエリカと別れた。
アルノルトはニュルンベルク近郊の1軒屋に立ち寄った。
木製の扉の前に立ち、3度ノックした後、数秒の間を置いて1度ノックする。
すると中から合言葉を答えろ、という声があった。
「オルレアンの乙女」
アルノルトの言葉に扉がゆっくりと開く。
彼は素早く部屋の中に入り、扉を閉めた。
扉を開けてすぐの部屋には数人の男が思い思いに過ごしていた。
アルノルトは彼らを一瞥して、部屋の中央にあるテーブルに小瓶を置く。
「それは?」
男の1人が問い掛けた。
「情報部で話題になっている化学・生物兵器研究所のものだ。クラウツの女を誑かして手に入れてきた」
「よく手に入ったな。クラウツの女は研究所の所員か?」
別の男の問いにアルノルトはかぶりを振る。
「学生だ。クラウツの防諜体制は厳重だが、こういう事態は想定していないらしい」
実際のところ、生命研究センターに研修などということはできない。
しかしながら、エリカの父親が娘の学業の為、とコネを使ってヴィルヘルム2世に働きかけた結果だ。
また、幾つかの偶然もある。
それは分析室に通されたとき、エリカを案内していた研究員がトイレに1分だけ行ったこと、小瓶が無くなったことにドイツ側が未だに気づいていないこと、そして、エリカが小瓶を盗むなどということを誰も考えもしなかったこと。
これらはドイツ側にとって不運なことであった。
「……そろそろここも潮時かもしれん。最近、この辺をクラウツの情報部員と思われる輩がうろついている」
他の男達と比べて、体格の良い男がいった。
「少佐、次は何処に?」
「ドルトムント、ヴィルヘルムスハーフェン、ハンブルクのどれかだな」
アルノルトの問い掛けに少佐と呼ばれた男はそう答える。
そのとき扉がノックされた。
ノックの仕方は彼らのメンバーではないことを示している。
彼らは無言で各々の装備を確認すると、少佐が声を掛けた。
「誰だ?」
「宅配便でーす。ハンコお願いしまーす」
その言葉にお互いの顔を見合わせる少佐達。
「……アロワ、行け。警戒を怠るな」
「はい、少佐」
ベレッタM1915を片手に持ち、もう一方の手はドアノブを握り、アロワはゆっくりと扉を開いた。
そして、扉が開いた瞬間に無数の銃弾が撃ち込まれた。
フランス側のスパイが潜伏しているとの情報を掴んだRZIAは荒事専門のチームを送り込んでいた。
潜伏しているらしい家を包囲した後に宅配便を装って攻撃するという至極単純なものだ。
この宅配便を装うという方法はヴィルヘルムからの厳命であり、マニュアル化されている。
「もういいかしら?」
指揮官として送り込まれたアンナはそう呟いた。
ヴィルヘルムの護衛としてロンドン塔に行ったときは醜態を晒した彼女だが、人間相手なら頼りになるのだ。
機関銃まで動員されたが為に一軒屋の壁は穴だらけになっており、蹴りつけたなら崩壊しそうな程にまでなっている。
アンナは射撃をやめさせると、数名の部下を家へと突入させた。
家の中へと入った彼らが見たものは五体不満足の死体が幾つかと散乱した家具、割れた小瓶であった。
就活の息抜きに更新。
ロマノフ姉妹に関しては話の都合上、次回辺りになる予定。
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