写真を撮ろう♪ エクストラストーリー1
今回は梨子視点です。
昼から降り出した雨は勢いを増して学校全体を包んでいる。
外で働いていた人たちは雨と同時に校舎内に避難していて、思い思いの場所で時間を潰していた。
私、遠野梨子は薄暗い電灯の中、廊下を小走りに駆けて図書室のドアを開けた。
「あれ、雄太お兄ちゃん、どうしたの?」
「……ああ、梨子」
図書室には、ダンボールを敷布団にした雄太お兄ちゃんがおっきな本を枕にして寝ていた。雄太お兄ちゃんは私に気づくとゆっくりと身体を起こした。
私は、わざと怒ったふりをしてお説教した。
「もう、ひょっとしてさぼっていたの? 駄目でしょ、直以お兄ちゃんたちだって頑張っているのに」
「梨子は厳しいなあ。さて、見つかっちゃったからには仕事に戻るか」
そう言って雄太お兄ちゃんは私に微笑んだ。雄太お兄ちゃんはすごい美少年だから、少しどきっとしてしまう。
実は、これは演技だ。雄太お兄ちゃんは誰よりも働いているし、雄太お兄ちゃんは、私が怒っているふりをしているのを気づいているだろう。
私は、雄太お兄ちゃんとのこういったやりとりが好きだった。
雄太お兄ちゃんは枕にしていた本を机に置くとイスに座った。重そうな、ハードカバーの本を開く。
私は、雄太お兄ちゃんの隣に座った。
「雄太お兄ちゃんは今なにやっているの?」
「……ああ。川から水を吸い上げるポンプをなんとか別系統にできないかと思って。電気用の給水塔と生活用の給水塔に分けられたら便利だろ? あ~、他にも畑用のも分けなくちゃいけないんだよな~」
「それ、聖お姉ちゃんの指示?」
「そ。あいつ、人使い荒いんだよ。俺は電気屋でも配管工でもないんだぜ。ぶっちゃけ荷が重いって」
そう言って雄太お兄ちゃんは机に突っ伏した。私は雄太お兄ちゃんのさらさらの髪を撫でてあげた。
「聖お姉ちゃんって、頭いいんだよね。自分ではできないの?」
「あいつは、確かに色んな知識を持ってるし発想もすごいけど、ひとりじゃなにもできないやつなんだよ」
「そうなの?」
「あいつは理論だけ。まあ、俺や直以が代わりに動くから別にいいんだけどな」
そう言う雄太お兄ちゃんは、どこか誇らしげに見えた。
「それで、梨子はどうしたんだ?」
「? どうしたって?」
「なんか用があって図書室に来たんじゃないの?」
「あ、そうだった!」
私はイスから立ち上がり、本棚に向かった。雄太お兄ちゃんも私の後についてくる。
「須藤先輩に本を持ってきてくれって言われてるの。えっと、ぶけいしちしょって本」
「武経七書か。それ、一冊の本じゃないよ。確か諸子百家のコーナーにあるな。孫呉韜略に尉繚子、司馬法、李衛公問対は別の場所か」
雄太お兄ちゃんはどんどんと私の手元に本を置いてくれる。持ちきれなくなった私は、一度本を机の上に置いた。
「えっと、孫子と呉子は私も知ってる。それに……」
「りくとう」
「六韜、三略、えっと、いりょうし?」
「うつりょうし」
「こんなの読めないよお。雄太お兄ちゃん、よく知ってるね」
「この辺のことは俺より直以の専門だけどね」
「え、そうなの!?」
私の食いつきに、雄太お兄ちゃんは苦笑を浮かべながらも教えてくれた。
「あいつ、バスケやってたときはポイントガードでさ。当時からリーダーシップとか戦略論とかで四苦八苦してたからなあ」
「そうなんだ。私も読んだほうがいいのかなあ?」
私は、私でも知っている孫子を手に取った。えっと、其の情を索む……、駄目だ。もう頭から湯気が出そうになってる。
雄太お兄ちゃんは私の頭を撫でてくれた。雄太お兄ちゃんの指は独特だ。横に、細い溝が入っているのだ。ギターの弦を押さえるとこうなるらしい。
「おまえが無理に勉強することはないよ。俺や聖の知らないことを梨子は知ってるだろ? 無理に同じことを学ぶ必要なんてない」
「う~、でも~」
直以お兄ちゃんと同じものを共有したい、そう思ったが、さすがに口には出せない。
「梨子は、梨子なりに直以についていけばいいよ」
「……、なんで直以お兄ちゃんなの!?」
「あれ、違った?」
私は雄太お兄ちゃんの肩を叩く。雄太お兄ちゃんは笑いながらそれを受けてくれた。
「だけど、梨子。直以と聖についていくのはぶっちゃけ大変だぞ~」
「うん。わかってる。ふたりともすごいもんね。私には、雄太お兄ちゃんもすごい人だけど」
「俺は……、これでも必死だよ。あいつらと肩並べるだけでもきついんだから」
「きっと、直以お兄ちゃんも聖お姉ちゃんも同じことを思っているよ。お互いに切磋琢磨できるいい関係なんだね♪」
雄太お兄ちゃんは照れくさそうに微笑んだ。
だけど、思う。
この人たちと一緒にいるってことは、すごく大変なんだと思う。だけど、その大変さはすごくわくわくするものだった。
まだ知り合って1週間も経っていない関係だ。だけど、私はこの人たちを心から信頼しているし、大好きなのだ。
私はこの人たちのことをもっと知りたいし、私のことをもっと知ってもらいたい。
そのための大変さは、すごく心地いいと思った。
私は、孫子を閉じた。と、孫子の隙間から紙が落ちた。私はそれを拾った。それは、写真だった。
「雄太お兄ちゃん! これこれ!」
「お、懐かしいなあ。去年のクリスマスに撮ったやつだよ」
その写真は、雄太お兄ちゃん、聖お姉ちゃん、直以お兄ちゃん3人の写真だった。聖お姉ちゃんを真ん中に、頬をくっつけ合って笑っている。
「孫子に挟まっていたのか。きっと聖のイタズラだな。直以が見たときに驚かせようとしたんだろう」
「いいな~。私も写真撮りた~い」
「そうだなあ。あいつらが帰ってきたら一緒に撮ろうか」
「うん♪」
「実は、俺たちが一緒に写っている写真ってけっこう少ないんだよな。直以も聖も携帯のカメラ振り回すやつじゃないし」
「そうなの? それじゃあこれからいっぱい記録残していこうね~」
「おう、なんの話だ?」
と、そのとき、図書室の入り口から声がした。直以お兄ちゃんだ。隣には聖お姉ちゃんもいる。2人は、制服ではなくお揃いのユニクロジャージを着ていた。むう、ペアルック……。
「お帰り、首尾はどうだった?」
「最悪の3歩手前くらいかな。生存者はひとりだけでゾンビは大量。不幸中の幸いは物資が大量に残っているってところか」
「直以お兄ちゃん、お帰りなさい」
「ただいま。おにぎり、うまかったぞ」
そう言って直以お兄ちゃんは私の頭を撫でてくれた。胸と頬が少しだけ熱くなった。
「梨子くん、私にはお帰りといってくれないのかい?」
聖お姉ちゃんは雨に濡れたウェーブのかかった髪を払った。
普段の口調や態度から返って目立たなくなっているけど、聖お姉ちゃんはすごい美人だ。それは、いろんな意味で私のライバルであるということだ。
私は、わざと聖お姉ちゃんを無視した。聖お姉ちゃんは目に見えて顔色を変えて、直以お兄ちゃんにすがりついた。
「なおい~、梨子くんにきらわれた~~」
直以お兄ちゃんはうるさげに聖お姉ちゃんを押し退けると、机に乗っている武経七書を見た。
「なんだ、兵法談議か? 俺も混ぜろよ」
「そうじゃないよ。ほら、これ」
雄太お兄ちゃんは直以お兄ちゃんに写真を見せた。
「これ、去年のクリスマスのやつか。なんでこんなところにあるんだ?」
「どうせ聖だろう?」
みんなの視線が聖お姉ちゃんに向く。聖お姉ちゃんは、膝を抱えて床にのの字を書いていた。
私は腰を屈めて聖お姉ちゃんに言った。
「聖お姉ちゃん。一緒に写真撮ろ?」
「……いいんだ。私はこのままひとりで生きて寂しい老後を過ごすから」
「だ~め。4人で一緒の写真を撮るの♪ 一緒じゃないと嫌なの!」
「そ、そうか。梨子くんがそこまで言うんじゃ仕方ないな」
私は、聖お姉ちゃんを立たせる。聖お姉ちゃんはほくほく顔で立ち上がった。
「それで、携帯で撮るか? 後でプリンタで印刷すれば紙で残せるだろ」
「カメラはないのか?」
「写真部の部室に行けばあるだろうけど、フィルムだと現像が面倒くさい」
「それじゃ携帯だね♪」
私は携帯を取り出した。考えてみれば、使えないのに未だに充電して持っているんだから不思議だ。
「直以。戻ったか」
タイミングよく荒瀬先輩が図書室に来る。
あ、しまった。荒瀬先輩は、本を取りに行って戻らない私を向かえに来たのかもしれない。
そんなことを知らない直以お兄ちゃんは私から携帯を取ると、荒瀬先輩に渡した。
「荒瀬先輩、悪いけど、ちょっと写真取ってよ」
「……ああ。わかった」
荒瀬先輩は、少し口ごもりながらも応じてくれた。
私はこの人、怖くて苦手だけど、ひょっとしたらいい人なのかもしれない。直以お兄ちゃんはこの人のことを信頼しているみたいだし。
「ほら、もっと寄れ」
私たちは、頬をくっつけた。おしくらまんじゅうみたいにぎゅうぎゅうに寄り合う。
「ふぁ~っく!」
急に直以お兄ちゃんは叫んで中指を立てた。
「「ふぁ~~っく!!」」
私たちも叫んで中指を立てる。そこを荒瀬先輩はパシャリ。
「……おまえら。俺に喧嘩売ってんのか?」
不機嫌そうに私たちを睨む荒瀬先輩。
私たちは同時に首を横に振った。
私は、私たちは顔を見合わせて、おもいっきり笑ってしまった。
タグに孫子を追加しました。理由は最近読み直したからです。
それに伴ってストーリーも外政を中心に展開していくと思います。
ぶっちゃけると、内政向きの話は、別の小説(正確にはシミュレーションゲームの企画で漂流教室的なもの)でやっていますので。
ちなみに、ユニクロに寄った話は全カットです。
ユニクロって言葉を使いたくなかったんですが、大型の被服店に当たる言葉が思いつかなかったので。
この小説ではユニクロは企業名ではなく、大型の服屋全般の総称とお思いください。