意味
松本恵那の携帯に名取由一から始めてメールが来たのは三日前の4月27日の深夜だった。
「以下のメールは3人全員に送ります」
件名にそう書かれており、本文には航海日誌並みの長さの小論文が続いていた。
「ナチスドイツによって数百万人のユダヤ人が虐殺され、広島では核爆弾によって一瞬で数十万人が死亡し、一昔前までは日本人以外の有色人種は白人の奴隷で、世界中は西洋によって植民地化され、日露戦争では一分間で千人以上の鍛え抜かれた若者が機関銃によってバラバラにされた。かと思えば、300万円のネコに10万円のステーキを食べさせたり、ホストが一晩で一億円稼いだり、調子に乗ったパソコンオタクがマネーゲームで大儲けしたり、また成績不振を悩みに自殺したり、介護苦で自殺したり、そうかと思えばガソリンが安くなって喜んだり、歌手デビューしたり、芸能人になったり、20億円払って宇宙に行ったり、スポーツ選手が何十億円も稼いだり、老人が都会で餓死したり、世界中で何万人と言う子供が餓死したり、それでも人口は増え続けたりしている。何が悪で何が善かは分からないけれど、全ての人間が活発に動き回っている状況Aと、全ての人間が一生動かずに、じっとしている状況Bとでは、絶対にAが正しいと断言できる。
現代人の特徴として、何かにつけて品格やらなんやら『意味』を探し求める傾向があるけれど、前述の通り、この世界は滅茶苦茶で、滅茶苦茶な歴史の上に滅茶苦茶な未来が続いているとしか言いようがない。この状況で『意味』を求めることは、流れる泥の上に日記をつけるようなものであるから、やめた方が良いと思う。それよりも、自分自身の知力体力をことごとく駆使して、動き回っている方が、人間として生き物として理想的ではないだろうか。野生動物を見れば分かるが、彼らは必要最低限の動きしかしようとしない。無駄なエネルギーを消費するよりも、じっとしているほうが生存率が高くなるからである。つまり、衣食住を確保されている現代人がひきこもりになるのは自然な本能的現象であると言える。これを阻止する、動物には無く人間だけがもっているものが『プライド』である。プライドとは『本能に逆らう力』であり、どうやって逆らうかを考えるエネルギーそのものである。以上のことから、よく食べ、よく動き、よく考えている間は、彼は人間本来のプライドを維持していると言える。つまり、彼または彼女は幸せである」
長文を読み終えた恵那は携帯を閉じ、目を閉じた。そしてとりあえず名取由一が普通ではないことを認識しつつも、なんとなくこの風変わりな同級生に共感している自分に気がつかずにはいられなかった。特に『この世が滅茶苦茶である』という下りには心拍数が少し上がるほどに恵那は共感を示していた。
恵那は暗闇と静寂の中、ベッドから降り、玄関のドアに歩み寄った。そしてパジャマのままサンダルを引っ掛け、薄暗い街灯の明かりの下、アパートの周りをくるくると三周した。
5分間の夜の散歩を終え、恵那はベッドに戻った。
余談だが、由一が控えた本居健二のメールアドレスは間違っていたため、このメールの一つは埼玉県在住の54歳の豆腐屋店主の携帯に転送され、「またイタズラメールか!」という激怒の雄叫びと共に二秒で消去された。
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