適当
由一は昨日、佳苗に適当に話した地震うんぬんの解説に不備が無かったかどうかを放課後、待ち合わせ場所の図書室にて調べていた。
「地下の温度は30メートルごとに一度上昇する・・・知らなかった」
由一はため息をついた。
これにて地下15キロ地点に計器を埋めるなどは不可能であると断定できる。比例関係がそこまで持続するとすれば、この地点での温度は500度以上になるからだ。それに、地球上で最高の性能を誇る掘削機で掘った最深の距離がそもそも8000メートルなのである。由一がいま閉じたばかりの『地盤の全て』と言う分厚い本の139Pにそう書かれていた。
「ま、いいか」
どうせ今回埋めるのはせいぜい2メートルなのである。
「つまり、地震予知にはこの方法しかないということか・・」
由一は呟いた。深く埋めれない以上、浅く埋めて、なるべく正確に測定するより他に方法は無い。つまり、問題は電磁波測定器の精度と電源の持続時間だけということになる。
「リチウム電池を使うとして・・送信はやはり電波・・」
由一の考えでは素粒子とは周波数の極めて高い電磁波そのものだった。伝播速度に関する矛盾は、現在の技術レベルの限界だろうと見なしていた。電磁波の透過性について、由一にはその知識があった。
「周波数の高いものほど物質透過率は高いんだから、今回使用する測定器はレントゲンに使うものから調べるべきか・・おそらくX線であることは間違いないんだから、その単位面積密度が極めて低い・・しかし哺乳類が感知できるんだから、その最低値はおそらく・・・」
由一はぶつぶつ呟きながら考えを巡らした。
しばらくして佳苗がやってきた。
「二人ともOKだって」
「あ そう」
「もっと喜べば?」
「ああ」
由一は上の空だった。
「もっとかかるかもしれない」
「何が?」
「費用さ」
由一の概算では、最低200万近く必要になる可能性があった。真剣に考えると、思ったよりも色々と必要なことがあったのである。
「じゃ、まずは資金繰りからね」
佳苗が言った。
由一はここで初めて顔を上げた。辺りをキョロキョロして、
「二人は?」と佳苗に聞いた。
「呼ぶ?」
佳苗はポケットから携帯を取り出した。
二人は3分ほどして、ほぼ同時に到着した。
「よろしく」
とか
「はじめまして」
と言った社交儀礼的なやり取りは皆無と言ってよかった。
「まずお金が必要なんだ。何かいい方法無いかな?」
二人の顔を見るなり、由一はそう言った。
松本恵那は無表情に首を振り、本居健二は目を瞬いた。
いきなり何を言い出すんだろうと思ったに違いない。
「やっぱり、4人でバイトするのが堅実じゃないかな?」
佳苗は三人の顔を順に見ながら言った。
「一人50万稼ぐのにどれだけかかると思うんだよ」
由一が否定した。
「俺、持ってるぜ。貯金が200万あるんだ」
本居健二がそう言い、恵那以外の二人を驚かせた。
「何でそんなに持ってるの?」
「今まで23回、コンクールで入賞してんだぜ、俺。その賞金とか、色々さ。でも、貸さないよ」
だったら言うなよ。由一は心の中で呟いた。
「でも、お前等三人が50万ずつ出すなら、俺も出してもいいぜ」
あと150万か。佳苗は無意識に由一を見た。
由一は佳苗を振り返り、ニヤリとした。
「佳苗にやってもらうしかないな」
インターネットの裏サイトで、『人探』というものがある。簡単に言えば「誰々を見つけてくれたら100万円」と言ったもので、ターゲットはほとんどが夜逃げ者で、スポンサーは9割方、その筋の人たちである。懸賞金が掛けられているターゲット数は約3000人。その家族を含めると総数は1万人を超える。
「君の頭なら10000人全てを覚えられるだろ。後は適当にぶらつくだけさ。簡単だろ」
佳苗は断固拒否した。
「絶対にイヤよ。見つけられた人はどうなるの? 他人を地獄に落とすなんて私には出来ないわ」
「いいじゃん別に」
本居が間の抜けた声で言った。
「イヤ」
佳苗は本居を睨みつけた。
「私がするわ」
佳苗の背後で松本恵那が言った。佳苗は驚いて振り返った。そして沈黙した。佳苗の視線に対し、「それが何か?」的な表情が見上げていたからである。
「君にできるのかい?」
由一が不審そうに、この3人の中で頭一つ小さい女子に向かって訊ねた。
「たぶんね」
「じゃあ・・・・任せるよ」
由一は佳苗の方を名残惜しくもチラ見しながら、しぶしぶそう言って松本に「人探」のアドレスを書いたメモを手渡した。
「私、知らないから」
佳苗は二人を交互に見ながら言った。
「松本恵那よ。よろしくね」
恵那はそう言って由一に右手を差し出した。
「名取由一です、よろしく」
二人が握手するのを見ながら、佳苗は心の中で、自分の知っている『変態』と言う概念に、「恐ろしくマイペース」という性質を付け加えることにした。何気なく本居のほうに目をやると、こっちの変態はそれを証明するかのように、窓から景色を眺めていた。
春の日差しの暖かさの中、静かな図書室の薄暗い天井を見上げ、佳苗は一人、後悔先に立たずという諺を飲み込んだ。
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