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分析魔に恋して2
作:広瀬 由一



本居健二と松本恵那



佳苗が二人を選んだ理由は単純だった。

目には目を。変態には変態を。以上。

始業式の後、佳苗は美術室へと向かい、ドアをノックした。
「どうぞ」
中から男子生徒の声が聞こえてきた。
「失礼します」
 佳苗は教室のど真ん中で一人、絵を描いている生徒の前に真っ直ぐ歩み寄った。
「なにか用?」
 本居健二は木製パレットの上で油絵の具を調合しながら言った。
「去年、久々に同じクラスだったよね。みんなでボーリングしたこともあったよね。ちょっと時間あるかな?」
 本居は顔を上げた。
「なにか用?」
 興味無さげな表情で同じセリフを繰り返す。
「ちょっと手伝ってほしいことがあって・・」
 佳苗は事情を説明した。
「名取? お前ら、付き合ってるの?」
「そういう事じゃなくて・・」
 佳苗はもう一度事情を説明した。
「あいつのどこがいいの?」
「だからそういう事じゃなくて・・」
 OKの返事を貰うまでに、佳苗は同じ事を3、4回リピートした。
「面白そうじゃん。やるよ」
「ありがとう。ところで、それは何描いてるの?」
 佳苗はキャンバスを覗き込んだ。まるで写真のような絵がそこにはあった。
「化学実験の助手が、試験管12ダースをうっかり床に落としてしまったその瞬間の絵さ。今、ちょうど最初の一本が割れて、二本目が床に触れてひび割れていくんだ。ここがポイントだよ。後ろを向いている彼が教授さ。彼は怖いんだ。彼は野口英夫って名前で、それはこの後頭部を見れば、見る人が見ればわかるんだけど・・」
 絵の解説が始まった。本居健二は何よりも人の失敗を愛する性格で、絵がプロ並みだった。生まれて始めて描いた絵は、母親が流し台で即席ヤキソバのお湯を流そうとして、麺ごと流してしまった瞬間の木炭画だった。
 確かに、彼の絵には『心』と言うか、強烈な念のようなものが込められている。
「上手ね」
 間違いなく本居健二は絵の天才だった。しかし、描く絵は全て他人の失敗の瞬間を捉えたものだけで、それ以外は絶対に描こうとしないという変態性を持ち合わせていた。佳苗が彼を誘った理由はこの一点のみだった。去年、一度だけ佳苗と席が隣同士になったことがあった。朝、教室に入って佳苗が何気なく隣の机の上に置かれていた描きかけの絵を見ると、そこには個人的なわいせつ行為を部屋に入ってきた親に目撃され、両者の目が合った瞬間の光景が展開されており、モザイクは一切入っていなかった。佳苗が驚いて絵を裏返すと、そこには『悲劇』というタイトルと、コンクール出品のためのエントリーシートが貼り付けられていた。  
この絵がその後どうなったかは誰も知らない。
「名取って、どんな失敗するのかな」
 本居は楽しそうにそう言った。
「松本恵那ちゃんって、どこにいるか分かる?」
 佳苗は去り際に聞いた。
 今年、彼らは同じクラスになっていたのだ。
「松本? あいつも誘うの? 俺、あいつ苦手だな。冗談通じないもん」
「どこにいるのか分からないのね」
「今日、あいつ日直だよ」
「ありがとう」
 佳苗は腕時計を見、恵那の教室経由でゴミ捨て場に向かった。
 用具室の前を通りかかったとき、佳苗は自分よりも切れ長の鋭い目つきの色白の小さい女の子が出て来るのを目撃した。
「恵那ちゃん」
 佳苗は声をかけた。
 少女はゆっくりと振り返った。

           *

「名取由一?」
 松本恵那は眉をひそめた。誰だっけ? という顔だった。
「手伝ってくれる?」
 佳苗は松本を見下ろしながら言った。
「もちろん手伝うよ。万が一にでもそれが成功したらスゴイじゃん」
 松本恵那は佳苗の通っていた空手道場の友達だった。正確には二人の身長が同じくらいだった小学2年生くらいがピークの友達だった。
 言うまでも無く、彼女も変態である。隠れ変態とでも言うべきかも知れない。ぱっと見は分からないのである。ただし、名取由一と本居健二が先天性変態とすれば、彼女は後天性の変態だった。少なくとも、小学一年生までは正常だったことを佳苗は覚えている。ただ、その後の経歴が特殊すぎたのだ。両親と弟と祖父祖母二人を2度の事故で亡くし、幼馴染の住んでいた隣の家が全焼してこれも亡くし(小学校4年時。ついでに自宅も半焼で取り壊し)、彼女自身も一度誘拐されて殺されかけ(中学1年時。誤認誘拐)、一昨年、一緒に住んでいた父方の祖母も病気で亡くし、今はサボテン一つと学校近くの安アパートに住んでいる。以来、彼女は驚くとか悲しむということをしなくなった。何が起きても「それが何か?」的な態度でやり過ごしてしまうのである。例えば4年前、数学の授業中に突然震度5強の地震が起きた。彼女はその時、先生の指示で黒板に方程式の解放を長々と書いていたのだが、みんながパニックで机の下にもぐりこむ間、黙々とチョークで書き続け、揺れがおさまった後に佳苗が見たところでは、彼女は壁から剥がれ落ちた黒板の上に四つん這いになりながら、ちょうど最後の解を求め終えたところだった。
「Xイコール201ですね」
松本は教卓の下で硬直している先生に向かってそう言い、チョークの粉を払って席に戻った。

 佳苗は恵那とアドレス交換をして、図書室に向かった。












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