level six
「信じられん・・・」
九鬼英輔はヒネイラの報告を聞きながら絶句していた。
「とにかくこの装置は、世界最高のガイガーセンサーの6千倍の感度を有しています。どのようにしてこんなものを発明したのかは全く分かりませんが、もし、これを学生生活の片手間に一人で製作したのだとしたら、彼の頭脳は異常です。普通の人間が思いつくはずの無い工夫が完璧な精度で組み込まれています。最低5個以上の新原理を、彼は独自に発見し、利用したのだと思われます」
「・・・キャペンディッシュの再来か」
「そのようですね」
「しかし・・・そんな装置があったということは、彼らはあの化け物をあそこに運び込んだのではなく、その装置を使って発見した、と考えたほうが自然だな・・・まずは名取由一がその探知機をどのような目的で作ったのかだ。それが分かれば答えにたどり着ける気がする」
「分かりました。調べておきます」
「くれぐれも気取られないように注意しろよ。人手が必要なときは遠慮なく言いなさい」
「了解しました」
ヒネイラは携帯を切り、由一の机の上に座りながら、しばらく考えた。
運びこまれたのではないとしたら、あの化け物は一体どこから来たのだろうか。
化け物の死体は現在、破壊された第四研究所から200キロ離れた第1研究所に運び込まれていた。
300人の研究者が必死で解析中だったが、化け物のルーツはおろか、動力源すら分からないままだった。
「地球外生命体? 」
ヒネイラはそう呟いた。
そしてすぐにその考えを否定した。
有り得ない。
どんな科学力をもってしても、このような『物質』が星間移動をするなど、物理的に考えて不可能なのである。
つまり、誰かが作ったとしか考えられないのである。
研究所内の各所に取り付けられている小型監視カメラの映像を解析すると、研究員ではない部外者が4人、あの騒動に紛れ込んでいたことが分かった。
最重要参考人として、研究所はこの4人を極秘手配した。
1ヵ月後、録画映像を画像認識プログラムで約3000万人の日本人と照合させた結果、東京都在住の高校生が適合者として浮かび上がった。
名取由一17歳。性別、男。血液型O。IQ121。
同校の3人の生徒も次々に適合。
研究所最高責任者の佐久間総一郎は、九鬼英輔に4人の調査を依頼した。
最初、ヒネイラは、4人の中で最もIQの高かった吉村佳苗をターゲットとして調査する予定だった。しかし、教室で彼女がくすぐり倒されている姿を見て、なんとなく、彼女を無表情に眺める名取由一が主犯格のような気がしたのだった。
「正解だった」
ヒネイラはそう呟き、調査を続行した。
*
1週間後。
松本恵那は笑顔全開でコンビニでアルバイトをしていた。
「今までで一番使える子だ」
店長は上機嫌で、恵那が勤務している時間帯は、彼女一人に任せきることにしていた。
そのかわりに自給を10円アップしてくれた。
「コピー機が使いたいんだ。絶対にデータが残らないようにするために、松本がコンビニでアルバイトをして、データを消す役目をやってくれないか。消し方は教えるから」
1週間前の放課後、名取由一は恵那のアパートに寄り、そう言った。
「いいよ」
恵那は了解し、近所のコンビニで働くことにした。
学校側は恵那の境遇を知っていたため、特別に許可が下りたのだ。
恵那にとって一番難しかったのは笑顔の練習だった。
「まず、店長の信頼を得るために、笑顔で元気よく働いてくれ。はい、参考にして」
由一はそう言って、『実録! コンビニバイト入門編』を恵那に手渡した。
「・・・ありがとう」
コンビにで働き始めてから3週間が経った頃の日曜日、恵那の携帯に由一から連絡が入った。
「今日、店員が君一人だけになる時間はあるかい? 」
「あるわよ。午前10時から、午後4時までの間は、私一人だけしか居ないわ」
「コピー機、使えるかい? B5用紙5000枚だ」
「大丈夫よ。インクのストックもあるわ。もちろん用紙も」
「分かった。じゃあ、10時に。一応、変装していくから、話しかけないようにしてくれよ」
「わかった」
「じゃあね」
由一の言ったとおり、午前10時ごろ、おしゃれな帽子にサングラスをかけた大学生風の男が入ってきた。両手にレザーの手袋をはめている。
本居健二だった。
本居はさっそくコピーを始めた。
「1987円になります。ありがとうございました。いらっしゃいませ〜」
笑顔で接客する恵那を見て、本居は吹き出しそうになっていた。彼はそのまま2時間近くコピー機の前で番人のように立ち続け、しばらくしてやって来た佳苗と交代して帰っていった。1800枚ほどのコピー用紙を鞄に詰めて帰る前に、本居は10円ガムを持ってレジに行き、
「これください」
と言って、一万円札をさしだした。
3人で計5400枚のコピーを取り、恵那は由一が帰った後、監視カメラのビデオを入れ替え、コピー機のデータ削除を実行した。
コピー用紙の一番上には、太文字でこう書かれていた。
『関東大震災再来の可能性あり』
以下に、これまでの電磁波記録、前回の地震で採取できた詳細な記録を可能な限り載せ、誰にでも理解できるような分かりやすい解説文を添えた。地震探査の方法、これまでの経緯、およそ自分たち4人につながる可能性のある情報以外、全てのデータを狭い紙面上にびっしりと書き込んだ。
あとはこれを東京タワーの上からばら撒くだけだった。
10月15日。
4人は佳苗のおばあちゃんの家の庭先でお月見をしながら、背後の居間から流れる報道ステーションの音に耳を傾けていた。
『先日、大変な事件が起こりました。愉快犯でしょうか? なんと、東京タワーの上から、4万枚ものコピー用紙をばら撒かれたのです。犯人はまだ捕まっていません。目撃者も今のところはいないようです。コピー用紙に書かれた内容ですが・・・なんと、今から数ヶ月以内に関東圏で大地震が起こるかもしれないという驚くべきものになっています。えー、現在、各研究者の方々が、この内容を吟味しております。おそらくただの悪戯かと思うのですが、一見してあまりにも詳しく書かれているため、それとこの手口ですね。愉快犯にしてはあまりにも巧妙すぎます。今の所、犯人に結びつく手がかりは一切検出されておりません。警視庁は4万枚のうち、1万6589枚を回収して、一枚一枚、拾った人物との指紋適合調査を施しております。ただいま8000枚を終えたあたりで、犯人の指紋らしきものは全く出ておりません。それではビラがまかれた現場付近の様子を模型でごらん頂きましょう。どうぞ』
「これでやれることは全てやったな。あとは、このビラを信じたフリをして、事前現象が起こると同時に手紙を出して、逃げるだけだ」
由一はそう言い、お団子を一つとって食べた。
「100以上のサイトや公認研究所に情報を流したけど、何の変化も起きなかった。でも、今回は大騒動になったね。やっぱり、ビラまきは効果があるね」
佳苗が言った。
3人は頷いた。
「東京タワーから撒けば、そりゃあ、大ニュースになるさ。嫌でも目につく」
「口止めは大丈夫なんだろうな? 」
本居が聞いた。
由一は頷いた。
「大丈夫だ。僕たちが地震予報の実験をしていたことを知っている14人の人間・・・校長、教頭、学年主任、担任、杉本恵美とその家族、佳苗の両親、僕の両親、田中瑠璃、に関しては、それぞれ約束・・・というか、喜んで協力してくれた。彼らが僕たちを通報する可能性は0だ。それに万が一もれたとしても、彼らはほとんど何も知らないんだ。嘘か本当か、僕たちの誰かが自供しない限り、ニュースで名前を報道されることにはならない。それに、未成年だしね」
それに、十中八九は由一の仕組んだ情報操作によって、数名の政治家が先にヤリ玉に挙げられるはずだった。
総合的に考えて、由一たちが無傷で東京から逃げ延び、その後、第三者から非難の的にされる可能性は限りなく0に近かった。
由一はそう確信していた。
「いざとなったら、発案者の僕が全ての責任を取るよ。君らは僕の命令どおりに動いていたと言えばいい。だからびびる必要は無いよ」
「ビビッてねえよ。失礼な奴だな」
本居が怒ったような口調でそう言った。
東京タワーからビラをまくと由一が言ったとき、一番ビビッていたのは本居だった。
実行犯は恵那と佳苗だった。
二人は妊婦に変装し、東京タワー最上階に登った。
1ヶ月間かけて、計16回登った。
トイレの通気孔から小柄な恵那が外壁まで侵入し、そこから貯めておいたビラを一気に蹴り落としたのだった。
この騒動で3件の交通事故が発生し、4人のけが人が出た。
幸いなことに、全員軽症ですんだ。
しかし、佳苗はそのことにすら心を痛めていた。
「どれくらいの人たちが、私たちの警告に耳を傾けるかしら」
明るすぎる満月を背景に、佳苗が庭先に佇みながら言った。
「おそらく、本格的に避難する人間はほとんど居ないだろう。みんな、気にしつつも、いつもと同じ生活を続ける可能性が高い。残念だけどね」
「そう・・・そうよね。私でもきっとそうしてるわ」
佳苗は悲しそうな表情でそう言った。
「できることは全てやったんだ。これで堂々と逃げれるだろ」
由一が強い口調でそう言った。
「うん・・・そうよね」
佳苗はそう言って、ススキを一本摘んだ。そして不安そうな表情で夜空を見上げた。
「どうなっちゃうのかな・・・これから」
4人は始めて、暗く、沈んだ気持ちを共有していた。
自分たちだけが逃げるということに対して、形容しがたいい背徳感があったのだ。
佳苗はもちろんのこと、恵那や本居までもがそれを感じていた。口で言うのと、実際にやるのとでは全く次元が違ったのである。
東京タワーからビラをまき、それがニュースとなったことで、その緊張はピークに達していた。
自分たちだけが逃げたことが、もしも誰かにばれたら・・・
平気な顔をしているのは由一だけだった。
由一は全てが自分の計画通りに進むという自信があった。
大学の願書も、進路予定していた近所の公立大学から大阪の大学に変更し、提出を済ませた。
「次は何をしようかな」
由一は二つ目の団子を食べながら呟いた。
「次って? 」
佳苗が聞いた。
「レベル5をクリアしたんだ」
佳苗は一瞬、由一が何を言っているのか分からなかった。
しばらくして、半年前の暁高原での台詞を思い出した。
「次はレベル6だ」
由一はそう言って、楽しそうに笑った。
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