本性
化け物騒動から一ヶ月が経過し、2学期となった。
意外なことに、予想に反して、あれから何の騒ぎも起こらなかった。
由一はいつものように朝のニュースを一通り眺め終え、制服を着て学校へ向かった。
今日も特に変わった報道はなされていなかった。
強いて言えば、大阪の道頓堀でショットガンを乱射した男が、通行人30人以上に逆に暴行を受け、今朝6時57分に搬送先の病院で息を引き取ったという、気の毒なニュースがあったくらいだった。
「どうなっているんだ」
もはや夢だったと思ったほうが正しいのではないかとさえ疑えるほどだった。
しかし、あれは夢ではなかった。
パールは今でも由一の部屋の引き出しにある。
文字通りの動かぬ証拠だった。
「おはよ」
教室に入ると、佳苗がそう言って由一の隣の席に座った。
「やあ」
「今日も平和ね」
佳苗はそう言って笑った。
由一は苦笑いを浮かべた。
「あの研究所の奴らが、どうにかして倒したんだろうな。すごい奴らだ」
「どうやって倒したと思う? 」
「さあ」
由一は首をかしげた。
「何か弱点を見つけたんだろうな。あるいは、ラッキーにも思ったよりも早く寿命が尽きたのかもしれない」
「まあ、よかったじゃん。何事も無くて」
「まあね」
由一はそう言って欠伸をした。
その時だった。
いきなり教室全体が揺れた。
「うわっ」
由一は反射的に机の端をつかんで立ち上がった。
「地震だ! 」
誰かがそう叫んだ。
揺れは30秒ほどで収まった。
途端に教室内は騒音の嵐となった。
みんなが口々に何やら叫ぶように言葉をかけあっていた。
「びっくりした・・・」
佳苗は緊張した笑顔でそういった。
「ああ・・・」
由一も今ので眠気が一気に吹き飛んでしまっていた。
「震度5以上はあったな・・・」
隣のクラスから恵那と本居が飛び込んできた。
「おい、今の揺れたよな? 震源地、どこだと思う? 」
本居がそう言って、開いた携帯を由一の前に突き出した。
「まさか・・・」
「そのまさかだ! 」
携帯のインターネット速報には、既に地震の規模と震源地が表示されていた。
「震源地、神奈川県南部。東京、マグニチュード7.1・・・埼玉、マグニチュード7.2。名古屋、マグニチュード・・・」
「Y地点じゃないか・・・やった・・・データが採れた」
由一は腹の底から喜びがこみ上げてくるのを感じた。
「これで2発目の予想ができるぞ! あっはっはっは」
本居が大声で叫んだ。
「やったー! 」
佳苗も叫んだ。
恵那も両腕を後ろに回し、直立不動で微笑まずにはいられなかった。
4人は輪になって喜んだ。
「バンザーイ、バンザーイ」
気がつくと、クラス中の人間が4人を黙って見ていた。
いきなり地震が起きて、その後にありえない組み合わせの4人組が抱き合って万歳三唱していたら、目立たない訳はなかったのだ。
「あ? なに見てんだお前ら? オ? もっかい揺らすぞコラ? 」
本居が一番近くにいたオタク集団に向かってそう言った。
「ああ、すいません。ごめんなさい」
太った生徒がそう言って引き下がった。
「か〜な〜え〜」
田中瑠璃が佳苗の背後に回りこみ、彼女の全身をくすぐり始めた。
「きゃはははははっ何するのよっやめてーきゃははは」
由一がふと隣を見ると、松本恵那は既に消えていた。自分のクラスに戻ったらしかった。
由一は高性能マスクを装着してから自分の携帯を取り出した。そして繋ぎっぱなしにしている自分のパソコンに侵入して、例のプログラムを久しぶりに起動した。
昨日までの記録を見てみると、今回の地震が発生する前日の感知記録がすぐに分かった。
2098回。
昨日までの全ての記録をグラフ化すると、少し歪な形の傾き正の二次グラフが現れた。
指数関数表のように、最後付近、すなわちここ数日の感知回数が6倍以上に跳ね上がっている。
明らかな事前現象だった。
野生動物は、おそらくこの部分を察知するのだろう。
由一は歯を閉じたまま思い切り口を広げ、にんやりと一人でいやらしく微笑んだ。
心の中では笑いが止まらなかった。
あーはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはあははあはあはーひゃははははあっはっはふははははあっははっはっはっはっはっはっはっはっは・・・やったぞ!やったぞ!やったぞ!
どんな面白いゲームをクリアした瞬間よりも、遥かに強烈な快感が由一の脳を駆け巡っていた。
「楽しい・・・」
由一は生まれてきて良かったと心の底から思った。
人生で初めての事だった。
さらに、よく見ると感知記録からは、新たな震源地が眠っている場所がはっきりと読み取れた。
しかも今回の地震をはるかに上回るようなデータが表示されているのだった。
「東京タワーの新しい名前は、東京記念碑タワーだな」
由一は震える手で携帯をポケットの中に戻した。
今から半年以内に、関東圏を巨大地震が襲うかもしれない。
「面白すぎる」
この時、由一は生まれて初めて、自分の感情が分析できなかった。
自分の生まれ育った街が崩れる・・・。
本来ならば、面白いはずが無い。
でも・・・
「もしかして・・・僕は悪人だったのかな」
由一はにやけながら考えた。
あるいは、人の善悪とは、状況によってコロコロ変わるものなのかもしれない。
「まあ、どうでもいいか」
さて、この情報をどうするか。
問題はそこだった。
下手に情報を発信して、もしも予報がズレた場合、由一たちはその責任を追及されるだろう。
あるいは誰も信じずに、本当に地震が起きた場合、
「なぜもっとしっかり危険伝達をしなかったのか! 」
と、被害者遺族達から猛烈なバッシングを受けることは目に見えている。刑罰に処されることは無いが、最悪の場合、日本には住めなくなってしまう可能性だってあるのだ。
問題は由一たちの周りの人間が、少数ではあるが、彼らが地震予報の活動をしていることを知っているということだった。これによって、匿名で地震予報の情報を発信するという選択肢も不可となった。不確定要素が多すぎて危険だったからだ。
「どうしたものか・・・」
由一は呟きながら考えた。
夏祭りでの本居の言葉が思い出される。
「北海道に一年間旅行に行って、東京タワーが崩れる瞬間をニュースで見ようぜ」
実は由一も、本当はそうしたかった。
しかし・・・
目の前でくすぐり倒され、泣き笑い叫んでいる吉村佳苗の無残な姿を見下ろしながら、由一はその考えを却下した。
佳苗が反対するに決まっている。
彼女と縁を切らない限り、その選択肢は選べない。
「それだけは無理だな」
由一は佳苗を見つめながら呟いた。
「げほっげほっ・・・はあ・・はあ・・はあ」
しばらくして佳苗がようやく瑠璃のくすぐり地獄から開放され、床の上で埃だらけになって両手両膝をついた。
同時に前のドアが開き、担任のテキトウが入ってきた。
「おー、お前ら生きてるか〜。生きてたら前を注目。転校生だぞ〜」
クラスの全員が前を向いた。
佳苗もよだれと涙を袖でぬぐいながらテキトウのほうを見た。
テキトウの巨大な背中の後ろに、小柄な白人女性が立っている。
彼女は颯爽と教卓の前まで歩き、薄汚れた佳苗の隣でピタリと止まった。
「R・ヒネイラです。よろしく」
彼女はそう言って由一のほうを一瞥し、悪そうな微笑を浮かべた。
|