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分析魔に恋して2
作:広瀬 由一



オーシャン・パール


 由一は心の底から驚き、危うく叫び声をあげてしまうところだった。心臓が激しく鼓動し、無意識のうちに深呼吸をしていた。
 4人の男は人形だった。
 少しだけ光源のある薄暗い部屋に4体の蝋人形がドアのほうを向いて佇んでいたのだ。
「びっくりした・・・」
 由一はドアを完全に開き、部屋の中を観察した。
円形の部屋。
広さは半径3メートルほど。
 天井には小さな穴がいくつか開いており、そこから光が差し込んできている。
 人形の立ち位置は部屋のほぼ中央だった。
 由一は警戒しながら部屋の中に足を踏み入れ、人形の目の前まで来て止まった。
「・・・記念碑。伊藤貫二、荒川零次、佐久間総一郎、九鬼英輔。ここに旧日本軍の秘密研究所を発見する・・・1969年7月7日」
 触ってみると、人形は石造であることが分かった。特殊な技術で着色されているらしく、異常にリアルだった。
4人の人形の向こう側にはまたドアがあった。
 こちらは普通のドアだった。
「第一発見者はこいつらか・・・」
 由一は呟やいた。
 後ろのほうから足音が聞こえてきた。
「うおお、なんだここ? 」
 本居が驚きながら言った。
「こいつらがここの第一発見者だってさ」
 3人は人形の前に群がった。
「若いな」
 本居が言った。
「見たところ20代くらいね」
「今生きてたら60歳くらいか」
「やっぱりここ、旧軍の軍需施設だったのね・・・」
 佳苗が顔を上げて由一を見た。
「そのドアは? 」
「まだ開けてない。これから」
「気をつけて」
 由一はドアを開けた。
 予想通り、廊下が続いていた。
 人が居る気配はなかった。
「行こう」
 4人は先へと進んだ。
 廊下の先に、またドアがあった。
「これは・・・」
 このドアは明らかに近代的な感じがした。由一はそっとノブを取り、静かに回してみた。鍵はかかっていなかった。
4人は顔を見合わせた。
「どうする? 」
 由一は佳苗を見ながら言った。
「一応、中を見ない? 」
 恵那が言った。
「もし、誰かが居たら? 」
 佳苗が言った。
「じゃあ、ちょっとだけ開けて、まず音を聞こう」
 由一はドアを1センチほど開け、聞き耳を立てた。

 TVの音(野球中継)が聞こえてきた。
ついでにワンタンメンの匂いが漂ってきている。

「・・・」
 由一は静かにドアを閉めた。そして決断を迫られた。
「帰ろうか」
 由一は3人を順番に見ながらそう言った。
 3人は同時に頷いた。

 4人は全速力で駆け戻り、鉄梯子を上りきった所で息を切らせながら座り込んだ。
「誰かな? 」
 佳苗が言った。
「さあ。あの4人のうちの一人か、あるいはその仲間か・・・いずれにしても、明らかにやばいよ。こんな地下に引きこもってする研究なんて、ろくなもんじゃないだろ」
 由一はそう言って鉄ぶたを足で押し、穴を塞いだ。
「それにしてはロックが厳重じゃないよね。なんで鍵かけて無かったのかな」
「掛け忘れだろ? 」
「これからどうする? 」
 恵那が冷静な顔で聞いた。
「さあ、でも、電磁反応はあの建物の中からじゃなくて、この坑道のどこかからなんだ」
 由一はそう言って懐中電灯の光を走らせた。
「そうなの? 」
 佳苗がそう言ってKNCのスイッチを入れた。
「・・・本当だ。さっきより反応が大きい・・・」
 佳苗はそう言って辺りを歩き回った。3人も佳苗の行動に倣い、懐中電灯とKNC片手に、坑道内を散策した。
 しばらくして4人は、反応が最も大きい地点を割り出した。
「この上だ」
 由一はKNCを上下させながらそう言った。 
そこは鉄梯子の穴から30メートルほど離れた坑道の途中だった。
「あ」
 4つの懐中電灯で照らし出されたその天井の岩壁には、よく見ると亀裂のようなものが走っていた。
「何かあるぞ」
 本居は坑道の隅に落ちていた錆びた鉄の杭を拾い上げ、亀裂部分に向かって思い切り突き刺した。
「気をつけろよ、崩れるぞ」
「ああ。ちょっと離れてろよ」
 3人が固唾を飲んで見守る中、本居はそれから30回ほど杭を天井に突き刺す行動を繰り返した。
 数分後、鉄の杭は恐ろしく硬いものに当たった。
「マジで何かある」
 本居がそう言って振り返ったときだった。
 岩の亀裂が鈍い音とともにゆっくりと広がり始めた。
「やばいヤバイ、下がれ! 」
4人が5メートルほど走り下がったとき、ものすごい轟音を立てながら、坑道内に巨大な何かが落下してきた。
 坑道全てが崩れ落ちるのではないかと思うほどの衝撃と粉塵が辺りを包み込んだ。
 4人はお互い顔を見合わせ、粉塵がおさまるのを待ってからゆっくりと起き上がった。
 由一はつなぎのポケットからすばやく取り出した高性能マスクを装着し、落下してきた『何か』に近付き、それを覆っている砂埃を手で払い落とした。
「何? 何なの? 」
 佳苗は震えながら聞いた。
「これは・・・」

 玉だった。

 表面のカーブから察するに、直径は4メートルほどである。
「こんなもの・・・見たことない・・・」
 由一は言葉を失った。
 巨大な玉は恐ろしく美しかった。
 完全に透き通ったガラスのような巨大な球の中心から、青い炎のような光が放たれている。
 由一の合図で4人は懐中電灯を消した。
坑道内は青い光で包まれた。
佳苗も恵那も、言葉を失っていた。それほど美しい光景だったのだ。
「これは・・・何なの? 」
 恵那が恍惚とした表情で言った。
 表面は恐ろしく硬く滑らかで、傷一つなかった。
「これは芸術だ・・・」
 本居が言った。
 由一は落ちていた鉄杭を拾い上げ、珠に向かって思い切り振り下ろしてみた。
「何するんだよ! 」
 本居が叫んだ。
「痛っつつつ・・」
 由一は思わず鉄杭を取り落とした。
 なめらかな玉の表面には傷ひとつ出来ていなかった。
「ダイヤモンドより硬いぞ・・・」
 由一は信じられない表情で珠を見つめた。
 佳苗と恵那は携帯で写真撮影をした。
「ねえ私たち、出られなくない? 」
 携帯をポケットに戻しながら佳苗が言った。
「ああ。完全に塞がれたな・・・」
 本来ならば、真っ先に考えなければならない問題だった。玉があまりに美しかったので、思考の優先順位が変わって
しまっていたのだ。
「しかも今の衝撃で、気付かれたかもしれないな」
 由一はそう言って人差し指を唇に当てた。
「しー・・・」
「・・・」

 遠くのほうで、ドアが開く音が聞こえた。

「ヤバイ。隠れないと・・・」
 4人は隠れ場の無い坑道を引き返し、鉄梯子の穴の部屋に戻った。
「あそこの岩の隙間に隠れよう」
 4人は大急ぎで岩壁と岩壁の間の亀裂に折り重なるように体をねじ込み、身を隠した。
「この体勢、長くは持たないわ」
 由一と佳苗の間に挟まれて足が宙ぶらりんになっている恵那が苦しそうに言った。
「俺も、違う意味でヤバイ」
 本居が佳苗と密着しながら言った。
「変なことしたら殺すわよ」
 佳苗が苦しそうに言った。
 直後、鉄蓋がずらされ、中から数名の人間が出てきた。
 全員、ガスマスクをつけている。
「粉塵の痕跡がある・・・何らかの爆発だろうが、二次災害を想定して注意して調査しろ」
 リーダー格らしき男がそう言って残りの5名に指示を下した。6人は一斉に散開し、辺りを見回り始めた。
 一人の女性らしき人物が由一たちのほうに近付いてきた。
「やば・・・見つかる・・・」
 彼女のガスマスクが由一の顔の50センチ手前まで来たとき、誰かが坑道の奥のほうで叫んだ。
「こっちだ。爆発じゃない」
 全員、そちらに向かって走っていった。
「チャンスだ」
 由一たち4人は壁の隙間から抜け出し、鉄梯子の穴に向かって走った。
 落ちるようにして梯子を降り、4人は全速力で走った。
 4人の人形の横を素通りし廊下を駆け抜けると、先ほどTVの音が聞こえてきた部屋が見えてきた。
 ドアが開け放たれている。
 飛び込んだ。
 天井には蛍光灯が光っている。
「・・・」
 誰も居なかった。
「すぐに戻ってくるかもしれない。はやく脱出口を調べよう」
 由一はそう言って部屋の中を見回した。
 見たところ、10畳くらいの広さ。ベッド、机、イス、本棚・・・誰かの部屋であることが一目で分かった。
「他に脱出口があるの? 」
 佳苗が聞いた。
「ああ。さっき、入り口には非常口ナンバー3って書いてあった。最低あと2つあるはずだ」
「探しましょう! 」
「ああ」
 部屋の奥にまたドアがあった。
 開けると、そこにはまた廊下が続いていた。
「左、右、どっちだ? 」
一見して、廊下に面しているドアは・・・たぶん100以上。
「長い・・・! 」
 本居が率直な感想を述べた。
 廊下の端から端までは、軽く100メートル以上ありそうだった。
 2メートル間隔ほどで壁にドアが張り付いている。
 全て同じタイプのドアで、ドアの横にはそれぞれ901、902と、順番に番号がふられていた。
「マンションみたいだ・・・」
 由一は声を落としてそう言った。
「まだ、かなりの人間が居るわね」
 佳苗が緊張しながら言った。
「いこう」
 4人は由一を先頭に廊下を駆け進んだ。
 廊下は回廊になっていた。
曲がり角を直角に3回曲がると、先のほうに部屋のドアとは違ったドアが見えた。
「エレベーターだ」
 4人は駆け寄った。
「階段が無いな・・・」
「ほかに出口はないみたいね」
 由一は一か八か、ボタンを押した。
「ここは地下九階で、最下層みたいだな・・・」
 ボタンを見る限り、そのようだった。 
しばらくしてドアが開いた。
中には誰も乗っていなかった。
監視カメラの類も無し。
「何階に行く? 」
 由一は、一応、聞いた。
「最上階で」
 佳苗が言った。
「よし」
 エレベーターはゆっくりと昇っていった。
「これ、明らかにヤバイよな」
 本居が言った。
「うん。・・・早く逃げなきゃ」
 20秒後、最上階、B1の文字が点灯し、ドアが開いた。
 誰かが入ってくる気配は無い。
4人は壁に寄り添うようにして隠れ、恐る恐る外の様子をのぞいた。
 エントランスホールのような明るい空間が広がっていた。
 4人は忍び足でエレベーターから降りた。
 再び廊下である。
「次はどっちだ? 右か、左か? 」
 本居がひそひそ声で言った。
「じゃあ・・・右で」
 通路の先に巨大なステンレス製のドアがあった。
 洋室のドアでも和室の扉でも、トイレのドアでも無いことは一目で分かった。
「ヤバくない? 」
 佳苗が不安そうに言った。
「仕方ないだろ。どれでも一緒だ」
 由一はドアをそっと開けた。

「・・・なんだここ? 」

 本居が唖然とした顔でそう言った。
 かなり広い空間だった。
 ざっと見た限り、体育館の4,5倍はある。
 天井にはおびただしい数の照明が取り付けられていて、直視すると目が焼けそうだった。
 しかし、驚くべき点は他にあった。
 天井から床まで、前後左右50センチ間隔ほどの密度で、直径1メートルほどの緑色のボールが浮遊しているのだ。
 よく見ると、それらはワイヤーではるか頭上の天井から吊り下げられていることが分かった。
「・・・稲だ」
 由一が一番近くにあったボールに近付き、手で撫でながらそう言った。
「稲って、お米の? 」
 本居が聞いた。
「そう。・・・ここは田んぼみたいだ」
 由一は両手で稲を掻き分けてみた。根っこの部分はプラスチック製のボールの中に差し込まれているようだった。プラスチックの中は液体が入っているらしく、ふってみると、ちゃぷちゃぷと水の音がした。
「立体・・・田んぼ?」
 佳苗が遠慮がちに言った。
「みたいだ・・」
 由一はあたりを見回し、3人を引っ張って立体田んぼの中に身を潜ませた。ここなら誰かに見つかる恐れはなさそうだった。
「不思議な体験してるよな・・・俺たち。これは農業ではなくて芸術だよ」
 本居がそう言って携帯で写真を撮った。
新緑の海底で、4人は息を潜めた。
由一はこれまで目にした情報から、ある仮説を思いついていた。
辺りに人の気配が無いことをもう一度確認してから、由一は話し始めた。
「ここは特殊な核シェルターなんじゃないかな? 」
 3人が注目した。
「どういうこと?」
 恵那が聞いた。
「例えば、自国の優秀な研究員や技術なんかを将来に向けて確実に保存するために、ある一定数のそういった人材を、常に核シェルター内に交代で配置しておくことで、万が一の際、全滅を阻止するといった高等システムがあれば、便利だと思うんだよね。そいつ一人さえ居れば、ある技術やシステム、企業などがすぐに再生可能になる、そういう一部の極めて有能な人間を・・・それぞれの業種、分野から数人ずつ選んで、世界がどんな状況になっても常に最低一人が確実に存在しているようにしておけば、例え核爆弾で国民の半数が死んだとしても、10年ほどで国家経済は完全に回復させることが出来ると思うんだ。さっきの石像の4人・・・名前は忘れたけど・・・あいつらが発案者だとして・・・そして政府をスポンサーにして、そういった施設を構築した・・・のかもしれない」
 3人はぽかんとした表情で由一を見た。
「はあ? 」 
 本居が胡散臭そうに由一を見た。
「だから何なわけ? 」
 恵那が無表情に聞いた。
「だからここの連中は、そんなに危険な奴らじゃないのかもしれない」
 由一はそう言って佳苗を見た。
「それはどのくらいの確率? 」
「まあ・・・五分五分くらいかな」
「50%・・・」
 佳苗は考え込んだ。
 しばらく沈黙が続いた。
 ふと気がつくと、田んぼの匂いがした。
 恵那は目を閉じ、本居は稲を一本一本むしり取り、佳苗は難しい表情で地面を凝視している。
 由一は最大限に感覚を働かせながら考えをまとめた。
「でも、見つからないに越したことは無い。なるべく見つからないように脱出しよう」
「そうね」
「わかった」
4人は施設の探索を続けた。

 それから3時間後、由一たちが見つけた大きな『玉』は、特殊なベルトコンベアと大型ヘリで、別の搬入口から研究所内に運び込まれようとしていた。














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