ピーマン
「どういう仕組み? 」
佳苗の説明を一通り聞き終えた後、由一はそう言った。
「簡単に言えば、キャッチした電磁波の数が10個未満の場合は1回。10以上50未満の場合は2回。50以上100未満の場合は3回信号を送る。というふうにカウンターを設定してあるの。だから、これで出来るわけ」
「なるほど」
金曜日、6時間目の体育の授業が終わり、あとは帰るだけだった。担任の時東はちょうど体育教師だったため、彼はいつも、この日のホームルームを勝手に省略していた。ひどい時には、雨が降っているにもかかわらず、運動場でプリントが配布された。始業式の日、彼は、「子供のときは太ってたから、よくトキアズマって呼ばれたよ」と言って笑っていたが、みんなは彼のことを『テキトウ』というあだ名で呼んでいる。誰が言い出したのかは不明だが、4月20日頃にはすでにその代名詞がしっかり機能していた。
テキトウは適当なので、教室の鍵も開けっ放しだった。最後まで残っていても、面倒な戸締りをしなくて良いことに最近気付いた由一は、一人で考え事をしていてなんだか動きたくなくなってきた時など、よく最後の最後(午後8時ごろ)まで残っていた。余談だが、テキトウは理事長の知り合いの息子で、オリンピック出場経験があり、生徒に人気で本人にも悪気は一切無かったので、彼の行動はたいていの場合、黙認されていた。
今日、由一は一人で残っていたわけではなかった。佳苗にアンテナの説明を受けていたのだ。途中まで田中瑠璃が後ろから佳苗の胸をもんだり、そでを捲り上げたり、耳たぶをかじったり、抱きついたりして由一は目のやり場に困っていたが、佳苗が完全に無視していたので、しばらくすると居なくなった。
「由一君は手先が器用だから、簡単にできると思うわ。私はだいぶ苦労したけどね。本居君は意味分からないし」
「もうすぐ完成だな」
「意外と早くできたね」
「うん」
「成功するかな?」
佳苗はニヤニヤしながら言った。
「さあ。それだけはやってみないことには分からないなー」
由一は他の事を考えながらそう言った。
実際、成功するかどうかはどうでも良かった。今回の行動での最高の戦利品はあの二人、本居と松本だった。由一は、彼ら二人と知り合うことが出来て本当に良かったと思い始めていた。
「恵那ちゃんと、なんかあったの?」
佳苗が聞いた。ニヤニヤしている。
「? 何も。ちょっと話したくらいかな」
「何を話したの?」
「佳苗には分からないよ」
佳苗は口をとがらせた。
「どうして?」
「ジャンルが違う」
「何のジャンル?」
「思考のジャンルだよ。例えるなら、福沢諭吉にマキシマム・ザ・ホルモンのベストアルバムを聞かせて・・・いや、なんでもない」
由一は途中で言葉を切った。
佳苗はムズムズした。
「私にも聞かせてよ。瑠璃もどっか行ったことだし」
「分かった」
と言いつつ、由一は違う話をすることにした。由一は自分の理論が否定されることが一番嫌いだったのだ。それは自分の考えがこの世で一番正しいという純粋な絶対的自信から来るものだった。変態十二か条その一、他人の言動は気にしない。
「人類が、どうすればもっとよく動き、よく考えられるかについて」
「で、どういう結論が出たわけ?」
由一はしばらく考えた。
「今、考えてない?」
さっそく突っ込まれたが、由一は首を振った。
「同じ話を繰り返すのは疲れるからね。やっぱりやめにしようかな」
と言いつつ、由一は頭をフル回転させて話の先を考えた。考えながら、もう少し簡単な議題にしておけばよかったと後悔した。これは確かにこの前、松本恵那に話した内容とは少し違ってはいたが、突き詰めて考えると、同じような展開になることは明白だった。
佳苗が『善と悪の戦いは人類にとって必要不可欠な遺伝的宿命』という文章の意味を、性格上の理由からほとんど理解できないという事は、火を見るよりも明らかである。結論をそこに導かないように気をつけながら、さらに『創造性』のある話を展開しなければならない。ただの無意味な雑談や、以前に地球上のどこかの誰かがすでに考えたことのあるような話をするというのは、由一の変態的プライドが許さないからだ。
20秒後、由一は突破口を思いついた。
「なぜ好き嫌いがあるのか分かるか? 」
「好き嫌い? 何の? 」
「今回は分かりやすく、あえて食べ物、それも野菜についてだけ考える。体に良いはずの野菜は、最も好き嫌いの激しい食べ物だ。なぜだ?」
由一の謎かけに、佳苗は首をかしげた。
「・・・なぜと言われても。シイタケの存在は許せないとしか言えないわ」
佳苗はシイタケが大嫌いだった。理由は不明である。
「これが・・・『どうすれば人類が、よく食べよく動きよく考えられるか』に繋がるわけ? って言うか、よくこんな話したよね」
佳苗は眉をひそめながら言った。
「まあね」
由一は話を続けた。
「簡単に言うとこの答えは、多様性を促進させるための変化を生じさせるためだ」
「どういうこと?」
佳苗はさらに眉をひそめた。
「要するに、『ある特定の食物を摂取していなかったおかげで、体の一部分が退化あるいは進化し、致死率80%のとある疫病の一つにいつのまにか強力な耐性がついていた』みたいな状況を偶然に生み出すことで、種の全滅を阻止するために遺伝子にプログラムされている『特定栄養素排除促進機能』だ。これのひどいやつがアレルギーなのかもしれないな」
「・・・」
佳苗は考えた。
そして理解した。この事については。
「だから私はシイタケが嫌いなのか」
「たぶんね。だってそうだろ? 『好き嫌いがある』という属性が本当に不要で劣等的なものだったら、世代を経るごとにそういう子供たちは自然淘汰されて、いなくなるはずだろ。全員が何でも食べる万能の味覚センサーみたいなものを持つに至るはずさ。その気配すらないって事は、『偏食』は必要だということ。何のためかというと、考えられる答えは多様性しかない。個人を犠牲にして種を保存するという、生命体の基本構造だ。まあ、物理的な流れみたいなものだな」
「で、ここからどういう話の展開になるのかしら?」
佳苗はそう言って机に頬杖をついた。
由一は佳苗の背後、黒板の上の時計に目をやった。
「今日、塾は?」
「8時からよ」
佳苗はため息混じりに言った。今は6時である。
いくらなんでも、2時間もかからない。由一は話を続けようとした。その時、
コンコン
学年主任の佐川が開いている教室の後ろのドアをノックした。
「早く帰りなさい」
彼女はそう言って立ち去った。
由一は気が変わった。
学年主任の佳苗を見る目が気に入らなかったのだ。
4年ぶりの現役東大入学確実の優等生を注意する口調が、その他の生徒への口調と明らかに違っていたからだ。
由一はそのことに多少の苛立ちを感じ、同時に少しだけ佳苗を苛めてやりたくなった。
論破してやる。
論理の限界を試してみよう。
「実は本当はこんな話しなかったんだ」
正直にそう言うことにした。佳苗は目を細めた。
「何を話したの?」
「それは」
由一は鞄を肩にかけて立ち上がった。
佳苗も同じく立ち上がった。
「例えば国連の常任理事国5カ国が、世界中に武器弾薬を売りさばいて、世界中で戦争孤児を生み出すのに積極的に大貢献している状況を『理解』するのに役立つ屁理屈について、聞きたければ話すけど、嫌ならわざわざ話さない」
由一はそう言って、鞄からケン玉を取り出した。
「到底、理解なんて出来ないと思うけど」
佳苗はそう言って短い髪を左手でかき上げた。
「聞かせて」
「OK。じゃあ聞くけど、死刑制度には反対かい?」
10分後、そこには与党本部に死刑制度撤廃および、『更正プログラム廃止と途中釈放完全禁止』、『刑務所内完全自給自足競争社会制度樹立』を求めて直訴しようとする優等生を、なんとかなだめようとする冷や汗まじりのケン玉マスターの姿があった。
「・・・やりすぎた」
由一は国会議事堂の200メートル手前で佳苗を羽交い絞めにしながら、心の中でそう呟いた。
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