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分析魔に恋して2
作:広瀬 由一



シャッフル



5月30日。
 ナミヘイ・コンプレックスが50個完成したところで、由一は3人を招集して役割分担の変更を告げた。
「佳苗はアンテナ設置方法とカウンターの作成方法を僕と松本に教えてくれ。それが終わったら、集積したデータを分かりやすくパソコン上に表示するプログラムを組み立てるんだ。その間に残りのアンテナは僕と松本が手分けして設置していくから」
 放課後、モスバーガーの窓際席にて、由一は3人を見回しながらそう言った。佳苗は即座にOKと言った。恵那は小さく頷いた。
「俺は?」
 本居健二が聞いた。
彼は今日、茶色のサングラスをかけてきていた。
松本恵那はそれを見た瞬間に「外せば?」と言って睨みつけた。しかし本居は両手をピストルの形にして腕を胸の前で交差させるという謎のポーズをとって微笑んだだけだった。  
およそ5分前の出来事である。
「君は僕と松本と行動を共にして、僕たちがアンテナを設置している間、ひたすらスコップで穴掘りだ」
 由一はそう言って『現代穴掘りテク』というタイトルの小汚い古本を、本居の前に差し出した。
どこから探してきたのかしら? と、佳苗は思った。
本居健二は「ふ〜」とため息をつき、サングラスを外した。そして窓の外をちらりと眺め、再びサングラスをかけた。
「今なんでサングラス取ったの?」
 恵那がすかさずつっこんだ。
「まあ、筋トレと思えば、そう悪くないか・・」
 本居健二は達観したような表情でそう言った。
「了解。これも絵の訓練だ」
「なんで穴掘りが絵の訓練になるの?」
 恵那は本居の服の袖にむかって無表情にそう言った。
「まあまあ」
 佳苗は苦笑いしながら恵那をなだめた。
そのとき突然、窓の外からガシャガシャと大きな音が聞こえてきた。モスバーガーの前は道路を挟んで駅の自転車置き場(違法)になっていたのだが、ちょうど目をやると、小学生の女の子が自分の自転車を引き抜こうとして、両隣の駐輪自転車の列に、激しいドミノ倒しを展開した様子だった。
突然、本居がイスをはねのけて立ち上がった。
「こんな初歩的な失敗劇を今まで忘れていたなんて・・・俺はどうかしていた。ちょっとあの子にお礼言ってくる」
 そう言って、唖然とした表情の3人を残して店から走って出て行った。
「でた」
 佳苗が小さく呟いた。
 ガラの悪そうな見知らぬ男が「おーい」と言って手を振りながらダッシュしてきたので、女の子はびっくりして自転車を放り出したまま一目散に逃げてしまった。本居は人ごみの中に取り残され、右手で頭をかきながらしばらく佇んだ後、その場の雰囲気に従うことにした。
 40台ほどの倒れた自転車を一人で起こしていく本居を窓越しに眺めながら、3人は無言でポテトを食べていた。
「佳苗、松本、あの自転車屋さんを手伝ってきてあげて」
「嫌よ」
 佳苗は即断した。
「私も」
「・・分かったよ」
 由一は仕方なく席をたって本居の所に向かった。
「放っておきゃいいのに」
 由一はそう言いながら自転車を起こしにかかった。
「サンクス」
 本居は嬉しそうな顔でお礼を言った。新たな失敗を発掘できたことで上機嫌だったのだ。
「どうしてそんなに人の不幸が好きなんだ?」
 由一は率直に聞いた。誰もが前から聞きたかった事だった。
「人の不幸って言うか、失敗だな。失敗の瞬間っていうのは、人が自分の素の姿を表にさらけ出す瞬間なんだ。だから面白いんだ」
「・・なるほど」
 由一は納得した。同時に記憶の片隅にあったユーモア補助理論からいくつかのメソッドを取り出してきて、簡単な分析(確認作業)を施した。
 素の姿をさらけ出す・・・すなわち、『今、何を考えているのかが一見して見て取れる状況』ということだから、つまりこれは、絵という表面的な視覚情報を読み取るだけで、人の思考という論理的な内面情報が引き出せるということになる。
要するに、本居健二はかなりの情報伝達率が見込める絵の描き方を十八番として身に付けているということだ。単なる変態的性格だけから編み出した方法では無かったのだ。
 由一は確かめることにした。
「ちょっといいかな。例えばさ、白い壁に傘が一本立て掛けている絵を想像してみてくれないか」
「なんだよ、突然」
 本居は変な顔をした。
「いいから、思い浮かべてくれよ」
「別にいいけど・・」
 本居は手を止め、視線をアスファルトの上に落としてイメージした。
「思い浮かべたぜ。これがどうかしたのか?」
「じゃあ次に、その傘に水滴を付けてくれ。傘の下には滴によってできた小さな水溜りもね。他のものは一切描かれていない」
 変な注文だと本居は思った。
「・・はい。思い浮かべたぜ」
「じゃあ、二つの絵を見比べてみて、どちらの方が絵画として芸術価値が高いかと聞かれたら、君はどちらを選ぶ?」
 しばらく間があった。由一は腕時計に目をやった。
「水滴のついているほうだ」
 12秒後、本居はそう言い切った。めずらしく真面目な口調だった。
「はい正解」
 由一はそう答えた。
 本居は真剣な眼差しで由一を見据えた。
「名取、お前は何で、こっちの絵がより芸術的だと分かるんだ? それほど芸術に興味のあるような顔していないお前が」
 失礼な奴だ。しかし正論だ。由一は心の中でそう思った。
「君は100%感覚的に芸術を評価するんだろうが・・」
 由一は『芸術』に関しての自分の見解を述べた。以前、佳苗に話して聞かせた内容とほぼ同じだった。
「情報伝達率?」
 本居は急には理解できない様子だった。
「つまり水滴を付けることで、これは誰かが直前まで使用していて、ここに置いた、置き去りにされた(寂しさを表現)、あるいはすぐに誰かが戻ってくる、今日は雨の日、などという莫大な情報が添加される事になるということだ。傘に水滴を付けるというただそれだけの事でね。実用的な道具である印象も強くなる。例えばこの絵が電子情報だとすると、水滴の有無なんて数ビットの差しか生じないはずなのに、呼び起こされるイメージ量は数メガバイトの動画として変換可能なまでになる。情報伝達量および率は単純計算でも数百倍以上になるので、これはより芸術的になったと言える」
 由一がすらすらそう言うと、本居健二は眉をひそめた。
「なんとなく分かるけど・・よくそんな方法で芸術が理解できるな? 絵なんて、美味しいか美味しくないか、それのどちらかだろう。いい絵を見ると、最高のステーキを食べたときと同じ感覚になるんだ。そんでもって最高の絵が描けたときは、そうだな・・・片思いの同級生と強制的にチームを組まされて、何か困難なミッションをやり遂げた、みたいな時と同じ感じになるんだ。分かる? この悶えるような感覚」
 おそらく感性はピカソ級なのにも関わらず、言語をつかさどる脳の部位が平凡なのだろう。由一は本居をそう評価した。
「なんとなく分かるよ」

「なに話してるのかな?」
 窓越しに二人を眺めながら、佳苗は呟いた。
「ねえ、ちょっといい?」
 恵那が言った。
「なに?」
 佳苗はオレンジジュースを飲みながら聞いた。
「佳苗、名取君と付き合ってるの?」
 佳苗は意外な出来事に少し驚いた。目をそらしながらそう言う恵那が、少しだけ恥ずかしそうな顔をしたからだ。
「だったらどうする?」
 佳苗はニヤニヤしながらそう言った。
「べつに」
 恵那は横を向いた。
「奪ってみる?」
 佳苗はテーブルに頬杖をつき、にやけたまま言った。恵那は一瞬、ぴくっとした。
「気が向いたらね」
 恵那はそう言って、ぷいと壁のほうを向き、ストローでコーラを吸い込んだ。

 由一と本居が戻ると、4人掛けのソファーの上で、佳苗が恵那に抱きついて押し倒していた。恵那はジタバタしてなんとか抜け出そうともがいている。
「は・な・せ〜」
「何してんだ? お前ら」
 本居が馬鹿を見るような目つきで二人を見下ろしながらそう言った。
「いや、エナちゃんがあんまり可愛かったから」
 佳苗は満面の笑みでそう言って、恵那を放した。
 恵那は真っ赤な顔で起き上がり、小さな声で起こったように「もうっ」と言った。
 何があったか知らないが、確かに可愛い。由一も一瞬、頭をなでてやりたい衝動に駆られた。逆鱗に触れるだろうから止めておいたが。
「役割分担はさっき言った通りだけど、何か質問無いかな?」
 由一は立ったままそう言った。3人はそれぞれの言い方で「無い」と言った。
「じゃあ、今度の土曜日からスタートするから」
「OK」
「それじゃあ解散」


感想でも今日の天気でも何でも良いので、何か書いてくれると嬉しいです。お願いします。それから、少しハードな職場に就職しましたので、今後、執筆ペースは下がるかと思います。すみません。











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