分析魔に恋して2(13/35)PDFで表示縦書き表示RDF


これまでに、何らかの犯罪に巻き込まれ、被害者となった経験のある方は、読み方によっては不快な思いになる可能性があります。ご注意ください。この物語は全てフィクションであり、作者の独断と偏見によって作成されております。
分析魔に恋して2
作:広瀬 由一



雨の日の河原で



 数日前。
 山梨県某所を流れる川の上流で鉱石探しをしながら、恵那は由一に質問した。
「この前のメールだけど・・」
「メール?」
 由一は虹色に光る石ころを拾い上げた。
「うん。あの、『世界が滅茶苦茶』ってやつ」
 恵那は緑色の丸い石を拾った。
「ああ、あれ? あれがどうかしたの」
 由一はただの貝殻だと気づき、向こう岸に向かって投げ捨てた。
「興味がわいたの」
 恵那は、今度は紅色の滑らかな石を見つけた。
「それは良かったね。今は石を探そう」
 今日中に5箇所の採石ポイント(前もって調べておいた)を回り、20種類以上の鉱石や結晶石を見つけるのが今回のミッションだったのだ。無駄にする時間など無かった。
「探しながらでも話せるでしょ」
 恵那は両目ともに視力2.0だった。喋りながら次々とめずらしい石を見つけていた。
「まあね」
「あの、よく食べよく動きよく考えるってやつは、何なの?」
「何といわれても。とらえかたは色々あるよ。姿勢、目標、正義、ポリシー、プライド、義務、エトセトラ」
「どうして、よく食べよく動きよく考えることが良い事なの? 考える内容や行動の種類は関係ないの?」
「あんまり無いね」
「どうして?」
 由一は河原の石から恵那の顔に視線を上げた。
「最大限動いたり考えたりしようとしたら、自然と『善い』行いになるはずなんだ。他人の邪魔をしたり敵を大勢作ったりしていては、何かと制限や不便が増えるし、ダメージも負う。下手をすれば殺される。死んだら考えられないし、動けないだろう?」
「・・・なるほど」
 恵那は頷いた。しかし少し腑に落ちないようだった。
「それだけであのメールを打ったの?」
「違うよ。でも、ここから先は難解だけど。五里霧中みたいな感じかな。それでも聴きたいかい? 頭痛くなるかもしれないよ」
「話してよ」
 恵那はそう言って大きな岩の上に座り込んだ。話すまで石は探さないといった顔だった。放って置くと3日ぐらいそのまま座り続けそうなので、由一は仕方なく自分も恵那の手前の岩に座り、話を始めた。
「君も相当変わってる」
 変わっていないほうが異常だと恵那は心の中で呟いた。何度も何度も繰り返しひつこく悪夢にさらされ続ければ、誰だって変になる。ついには「またか」と内心ため息をつくくらいまでに。
「死刑制度には反対かい?」
「・・・はい?」
 恵那には話の展開が読めなかった。剣道の試合中に真空飛び膝蹴りを喰らったような気分だった。
「賛成だけど」
「僕は反対なんだ」
「そうなの」
 恵那は視線を下げた。顔を上げると、表情から「それがどうかしたの?」と思っていると思われるのが嫌だったのだ。
「わざわざ殺さなくても、完全に隔離して何らかの生産的作業に従事させるべきだと思うんだ。そもそも死刑判決を受けるような人間はほとんどの場合、まともに育っていれば大企業の部長クラスになれるような強いエネルギーと能力を持って生まれているに違いないんだからね。相当いい働きが期待される。何らかの創造的発明が生まれる可能性も否定できない。凡人よりも気違いのほうが突飛な発想が生まれるからね。唯一の問題は凶悪犯罪者の働きによって善良な一般市民の雇用が減少しないかどうかという問題だけど、それは工夫次第でどうにでもなる。問題といえるほどのものではない」
「・・・一般市民の雇用?」
 よく食べよく動きよく考えることと何の関係があるのだろうか。恵那は座ったまま、心の中で首をかしげた。
「あれ・・雨?」
 雨が降り始めた。二人は急いで移動し、大きな木の下で雨宿りをすることにした。
「天気予報、大外れだな」
 由一は呆れ気味にそう言った。
 3分後には大粒の雨が滝のように降り注いでいた。重くて生ぬるい雨粒だった。
「そう言えば、地震予知は天気予報に似た形になるのよね?」
 由一の隣で恵那が言った。
「そうだよ」
「じゃあ外れることもあるんだ?」
「当然さ」
「それじゃあ・・」
意味無くない? という言葉を恵那は飲み込んだ。
 意味を考えるのが現代人の悪癖だと、例のメールに書いてあった。私はそれに賛成だったじゃないか。
「・・なんでもない」
 雨がどんどん強くなってきていた。スカートの裾から下が横殴りの風によってずぶ濡れになっていく。由一の足元もすでにドロドロになっていた。
「犯罪者がまともに働くかしら?」
 恵那は素朴な疑問を口にした。
「完全な競争主義にすればいい。働きの良い順番に刑務所内での待遇が上がるようにすればいいんだ。一番いいやつはベッド。次が布団。ドベが新聞紙とダンボールみたいな感じ。食事もステーキ定食から煮干一匹まで、バリエーション豊かにすればいい。必死で働くさ。あっはっは」
「面白いわね」
 恵那は本当に面白く感じていた。足元の雨粒がくすぐったいこととは別に。
「全ての国民が毎日毎日、一日中、家でゴロゴロする状況が人類史上最低最悪の国家の日常風景だ。要するに、国民全員が極度の怠け者でいるよりは、全員が活発な凶悪犯罪者でいるほうがどちらかと言えば正しいってことだ」
「・・それはそうね」
 これは戦国時代発生の根本的原因の最有力説として最近注目され始めてきている学説だった。しかし今は話のジャンルが違うので由一はスルーした。
「犯罪者を死刑にすれば犯罪は減るか? NOだ。また新たな犯罪者が絶対に出てくる。犯罪は永久に無くならない。というか、無くなってはならない。犯罪がなくなるって事は、人間同士の争いが無くなるって事だ。これは闘争本能の退化および自然消滅を意味する。飛べなくなった鳥みたいなものだ。安全が退化を引き起こすんだ。闘争本能を失ってから、その後に何らかの外敵・・突然変異、宇宙からの襲来、あるいはその他の原因によって圧倒的な強敵が現れたらどうなるか。一瞬にして全滅だ。規則に逆らう力、他人を殺す力、社会を敵対視する力、これらは遺伝子か、あるいは人間または生物の社会構造が種の保存のために備えている一種のシステムなんだ。天敵保存システムとでも言うべきかな。みんな潜在的に持ってるんだ。で、ある特定の条件を満たせば発症するんだよ。それがいわゆる『犯罪者』だ」
 由一はここで言葉を切り、恵那を見た。
「誰もが犯罪を犯し得るってこと?」
 恵那が呟いた。
 由一はその通りだと言った。
「人間は今や地球上で最強の生命体だ。だから、人の天敵は人なんだ。何百年も昔からね。君だって、同性異性関係無く絶対に一緒に居たくない奴、顔を見るだけで無条件に殴りたくなる奴、一人や二人はいるだろ。どうしても好きになれない先生、知人、親戚。恨む理由は全く無いにも関わらず、正直言って、消えてなくなって欲しいお笑いタレント。なぜか? それは、全員と仲良し子よしにならないために、あえて遺伝子に書き込まれている特定人物無条件排除促進システムのせいなんだ。これによって無敵の人間は闘争本能の低下および消失を防いでいるのでした。めでたし、めでたし。イジメが無くならないのもこのせいだよ。理屈じゃないんだ。遺伝子を書き換えない限り無理。言っても無駄」
「なるほど・・・」
 だから夜神月は悪なのか。恵那は思った。なんとなくLが正しいことは直感的に分かってはいたんだけれど・・・(夜神月、L・・・彼女が好きな集英社コミックス『Death note』の登場人物)
 同時に恵那は無条件に殴りたい奴というところで、本居健二の間抜けな微笑顔が脳裏に浮かび、気分が悪くなった。
「つまり、犯罪者も社会の一員って事なのね?」
「その通り。この理屈が理解できる人間はかなり限られてるけどね。だから死刑制度はまだまだ続くだろうね。残念ながら」
 しばらく沈黙が続いた。
 松本恵那の思考は比較的深く、ゆっくりだった。佳苗の恐ろしく早く、そんなに深くなく、の逆といえる。つまり、恵那は由一の思考タイプに近いとう事だった。
 10分ほどは、川の音と雨音しか聞こえなかった。
「非の打ち所の無い理屈ね。これを文章化して発表すれば、死刑制度は無くなるんじゃないかしら?」
 恵那はそう言って横目で由一の横顔を見た。眠りかけていた由一は目をこすり、あくびをかみ殺しながら返答した。
「だから、みんな思ったよりもアホだから、理解できないんだよ。悲しいことにね。理性よりも感情が先走るんだ。悪いことじゃないけどね。後、2,30年は無理だと思うよ」
「・・・そう」
「実際、この考えに到達している人間はかなり少ないと思うんだ。地球上で数百人くらいじゃないかな? ある一定数以下の犯罪者、それの数千倍の予備軍が生物としての人間社会に不可欠だなんてこと書いてる論文、見たこと無いしね。どこかにあるとは思うけど。意図的に隠されてるのかな?」
「そうなの?」
「たぶんね。僕もけっこう適当に喋ってるから、詳しくは分からないけど」
「そう」
「雨、止みそうに無いな」
 由一は木の枝葉の間から真っ暗な空を見上げた。まだ昼なのに、夜みたいだった。雷が鳴る気配が無いことだけが不幸中の幸いだと思った。由一は雷にトラウマがあるのだ。半径10キロ以内に雷が一発でも落ちた場合、由一は恵那に抱きついているだろう。震えながら。
「話戻るんだけど、死刑制度うんぬんと、よく食べよく動きよく考えることとは、何の関係があるの?」
「これが難しい問題でね」
 由一は肩越しに恵那を見下ろし、にっこり微笑んだ。松本恵那が思った以上に自分の話を理解してくれるので、由一は上機嫌だった。佳苗だとこうは行かない。「犯罪者が必要」という件を彼女が理解するのは、20時間以上かけて討論したその5年後くらいだろう。話の種類によっては、相手は佳苗よりも松本恵那のほうがいい場合があるなと由一は思った。
「さっき話したように、闘争本能の維持、種の保存という観点から見て、天敵の存在、好き嫌いの存在、競争本能の重要性は理解できただろう。で、視野をここまで広げて考えた場合、いったい何が正義で何が悪なのか、はっきり分からなくなってしまう。個人レベルではそりゃあ、犯罪者や敵は悪だけど、それが遺伝子に組みこまれて今まで廃れることなく続いているシステムなんだから、種族的には当然の行動選択というか、当たり前の現象ってことになる。じゃあ、視野を最大まで広げて考えた場合の『正義』とは何なのか。それがこの良く食べよく動きよく考えろって事になるんだ」
「・・・・・・」
 恵那は黙っている。一生懸命に考えているのだった。
「分かりやすく別の視点から話せば、これはつまり、人はわざわざ悪と正義に分裂して、一見すると無駄と思えるような争いを延々と繰り返している(例・・宗教戦争、共産主義闘争、国家間戦争、冷戦、世界大戦、天下統一戦争、経済戦争)が、それによって逆に『愛情』『友情』『仲間意識』『愛国心』といった防衛概念も維持することができている。争いが無くなればおそらく、『仲間意識』なんてものは極端に低下して、それはすなわち脳の一部の機能を削除するに等しい結果を招く。たとえば寂しさを感じられなくなったり、友達といかに仲良くするか知恵を絞ったり、仲間外れにならないためにはどうすればいいか、とか考えなくなってしまう。これは『よく考える』事に相反する。よって『毎日毎日家でゴロゴロ状態』に近くなったといえるので、これは悪化指向にあると断定できる。つまり悪だ。これが真の悪だ。相対悪を弱めることは、絶対悪の促進につながるということだ」
「・・・・・・」
「矛盾しているようだけど、国際関係が平和になればなるほど、国内の犯罪は増える。そしてその凶悪性も増すということだ」
 再び熟考タイム到来だった。それから30分近く、恵那は沈黙した。由一は残酷にも恵那の横顔から、一昔前の処理能力が限定的だったパソコンを連想していた。彼女が口を開いたのは雨がようやく上がり始めたころだった。
「よく分かったわ」
 同時に、由一の携帯に佳苗からメールが入った。
『スギモト・アンテナ作戦成功。 PS、本居君、無理』
「佳苗チーム、実験成功だって。電波、ちゃんと届いたみたいだ」
「そう」
「僕たちもそろそろ再開しよう。もう小雨だ。あと4箇所回らないといけないから、時間的にもぎりぎりだ」 
「了解」
 恵那のスカートからぽたぽたと水滴が落ちた。彼女はそれを両手で絞った。由一は木の幹にズボンの裾をこすり付けて水気を落とそうとしたが、余計に汚れただけだった。
「5キロ東に、墓石の採石場がある。次はそこだ」
 由一はそう言って地図を広げ、歩き始めた。熊よけの鈴がリンリン鳴った。
「あなたと話すの、楽しいわ」
 恵那が後ろからそう言った。由一は振り返った。
「この地震予報の実験が終わっても、たまに会えないかしら。 二人で会ったら佳苗が怒るかな」
 恵那は目をそらせながらそう言った。
「さあ・・」
 由一は再び歩き始めた。
「でも、一緒に話すっていうだけの目的では、その関係はそう長続きしないよ。仲間の質と結びつきの強さは、そのチームが掲げる目標によって決まるんだ。それじゃあ、ちょっと弱いね。持って3ヶ月だろう。すぐに飽きるさ」
「・・つまり、具体的な目標が必要ということね? 今のこの状況みたいに」
「そうだよ」
「・・それじゃあ・・また、何かすることが出来たら、その時は・・」
「いいよ。また誘うよ」
 このとき恵那は初めて笑顔になった。
「ありがとう」
「どういたしまして」
 雲の隙間から太陽が見え始めた。












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