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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第二章 令嬢ジュリア[12歳]
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幕間 ブルーノの悩み

 冒険者ギルドの研修生――その第一期生に当たる7人――が受けた、『ハンネスの地下迷宮(ダンジョン)』を使っての進級試験。

 結果、俺とリーンの二人だけが、無事に通過できたということで、ここギルド直営の宿屋兼酒場である『鉄の風見鶏亭』に集まった冒険者の先輩や、顔馴染みの常連客、それに単なる通りすがりの酔っ払いまで混じって、ささやかながら俺達の祝宴を開いてもらった。


 で、案の定と言うか途中からただの酒盛りへと変わって、「もう一人前だ!」だの「冒険者は酒が飲めないとな!」だの言われて、未成年の俺とリーンのコップにまで酒が注がれる事態となった。


 まあ俺は村の祭りとかで、こっそりエールを飲んだことがあるので――あまり美味いとは思えなかったけど――勢いもあってなんとか飲めたけど、リーンの奴は一口飲んで辟易したようで、途中でさっさと部屋に戻ってしまった。


 夜半近くに解放されて――と言うか、宿の親爺さんに「いつまで半人前に酒を飲ませておるかっ!」と、周りの酔っ払いどもが一喝されたお陰で――ややふらつく足で、宿屋の二階にある自分の部屋に戻ってみると、部屋の明かりがついていた。


 あれ?と思ったけれど、そういえば今日からリーンと二人部屋を使うことになったのを思い出して、納得した。

 これまでは大部屋に雑魚寝状態だったんだけど、今後はリーンを相方にした研修内容に変わるということで、少しだけ奮発して個室に変えたのだった。


 さっさと二階の階段を登っていったので、てっきりもう寝ていると思っていたんだけど、どうやら俺が戻るまで起きていたらしい。


(……律儀な奴だよな。そこまで気を使うことないのに)

 と、思いながら部屋のドアを開ける――一瞬、『ぽちゃん』と水音が聞こえた気がした。


「悪い、遅くなっ……た?」

 言いかけた声が尻つぼみになる。ドアのノブに手を掛けた姿勢のまま、俺の動きが止まった。


 見れば部屋の中にリーンが立っていた。素っ裸で。

 足元に湯気の沸き立つタライが置いてあり、手にタオルを持っていることから、どうやらお湯で身体を拭いていたらしい。胸の辺りを洗った姿勢のまま硬直していた。


 白い肌が角燈(ランタン)の明かりに照らされて、やけに眩しく見える。タオルの下では膨らみかけの胸が、(つつ)ましやかに自己主張をしていた。

 視線を下に逸らすと、見慣れた遮るシロモノはなく、足の間から向こう側の壁が透けて見えている。


 ――ぽちゃん。


 こぼれた水音が、やけに間延びして聞こえた。

 湿り気を帯びた髪を垂らしたリーンは、ぽかんと口を開けて、ドアを開けた姿勢で戸口に凝固する俺を見ている。


 思うに……お互いに余りの事に現状把握ができなかったのだろう。なんとなく普段の日常をなぞる様な口調で、リーンが口を開いた。


「……あ、あの。部屋に入るときはノックして、一声かける約束だよね?」

「……そうだったな。悪い」


 俺はそう答えて、一度開けたドアを改めて閉じた。すると、中でお湯が跳ねる音と共に、ドタバタと動く気配がして、ガチャと鍵が掛けられる音がした。


 薄暗い廊下に呆然と立ち竦みながら、深呼吸をして現状を理解する。

「どええええぇぇぇぇぇぇっ!?」

『にょえええっぇぇぇぇぇっ!!』

 俺の叫びに被さるようにして、扉の向こうからも珍妙な悲鳴が聞こえてきた。




 ◆◇◆◇




 さて、これからどうしたものかと、すっかり酔いの醒めた頭でもって、ドアの前で呻吟(しんぎん)していると、内側から軽いノックの音がして、ゆっくりとドアの鍵が開く音がした。

 着替え終わったらしいリーンがおずおずと顔を覗かせる。


「――ご、ごめん。もう大丈夫だから、入って」

「お、おう」


 促されるまま再度部屋に入った俺の目には、自分のベッドに腰掛ける、普段の動きやすい服装に着替えた男装の少女――リーンと、部屋の隅に片付けられたタライが見えた。

 こうしてみると少年のようにしか見えないけれど、あれが夢や見間違いでなかった証拠である。

 よくよく見れば、平静を装ってるリーンの頬がやけに赤い。

 

「……あー、やっぱ俺、元の大部屋に戻って寝るわ」

「ま、待って、先輩! な、なんか誤解してるかもしれないから、ちゃ、ちゃんと話し合いましょう!」


 取りあえず自分のベッドの脇に置いてあった着替えなどが入った頭陀袋(ずだぶくろ)を抱えて、部屋から出ていこうとしたところで、慌てたリーンにすがり付かんばかりの勢いで止められた。


「うううっ……」

 と捨てられる小犬みたいな目で見上げるリーンを見て、出て行きかけた俺は喉の奥で「くっ」と呻りながら部屋の中に取って返した。


 ため息をついて、リーンと向かい合う形で、荷物を降ろしながら自分のベッドに腰を下ろす。


 どうにもこいつのこの目に弱いんだよね。無視しようとしても、すげー罪悪感がこぼれるというか。結果、二人揃って最初の試験に合格できたんで、悪いことばかりじゃないと思ってたんだけど……。

 なんのことはない、今になってわかった。単に俺が女に弱い――元凶は故郷の村での幼馴染との力関係が染み付いている――からだったからなんだなあ。


「……えーと、まあ、その、悪かったな」

「あ、いえ、もともと鍵を掛けていなかった僕が悪いというか……騙していたのは、僕の方なので、謝るのは僕の方だよ」

「そういや、そうなるのか。ああ、うん、でも一応謝った方が良い様な気がするんで、やっぱり……ごめん」

「わわわっ、謝らないでよ!」


 お互いに何となく頭を下げあっている内に、どうにか頭が冷えたみたいで、俺はいまさらながらリーンの胸を服の上からちらりと眺めた。こうして改めて見ても、ほとんど真っ平らにしかみえないけど、これはサラシかなんかで縛ってあるんだろうか?


「あ、あんまり見ないで。なんか恥ずかしいから」

 俺の視線に気が付いたんだろう、もじもじと身体を揺するリーンの態度を見て、どうにもいたたまれない気持ちになってきた。

「あと、胸は女冒険者が防具の下に付けるサポーターで押さえているんだ。サラシとかだと膨らみ始めだから痛くて……」


「そ、そうか……」

 適当に話を合わせて返事をするけれど、正直自分でも何を言っているのか上の空だ。

「えーと、その……変な事聞くようだけど、趣味か?」


「ちっ、違うよ。ただ僕の住んでた村は貧しかったから、どうにかして割の良い仕事を見つけようと思って、こっちに働きに出てきたんだけど、何のツテも特技もない小娘じゃ、あまり良い仕事がなくて」

 しょんぼりと身の上話をするリーン。

「そんな折に冒険者の研修生を募集していて、卒業したら即座にFランクを飛ばして、Eランク冒険者になれるって聞いたので、有り金をはたいて参加したんだ。だけど女だとわかると馬鹿にされそうだし、その……ちょっと危なそうだったから、変装してたんだよ」


 なるほど、確かに冒険者には圧倒的に男が多いし、数少ない女は誰か仲間とくっ付いてるのが普通なので、子供とは言え――いや、だからこそ余計に変な奴に絡まれないように、警戒するのは当然の配慮だろう。


「――あれ? だったらなんで俺と同じ部屋になったんだ?」

 実際、そのせいでいきなり初日にバレたわけだし。


「それは、まあ、折半すれば部屋代が助かるし、そ、それにブルーノ先輩なら大丈夫というか、安心できると思ったから……」


「……俺ってそんなヘタレに見えるのかあ」

 なんとなく自覚があっただけに地味にショックを受けた。


「そ、そういう意味じゃなくて、仲間だって言ってくれたし、試験中も僕の面倒を見てくれたし、まあ……あのジルってお姫様に告白できないくらい、女の子にシャイなのは見てわかったし」


 よほど情けない顔をしていたのか、慌ててリーンが言い訳を始めたけれど、聞けば聞くほど自分の眉根が寄って、口元がヒクつくのがわかった。


「ほっとけ。つーか、そんなことまでわかるもんなのか」

「そりゃ、見れば普通に……まあ、相手はわかってないみたいだけど。あの天然ぽいお姫様相手だと、先輩も大変だねえ」

「それって、結局、ヘタレって言われてるわけだけど」

「あ。あれ、そうかも?」


 瞬きをして、そして、なんとなく楽しげにリーンが笑う。

 それから憮然としている俺の顔を見て、ハッとした顔で首をすくめた。


「ご、ごめんなさい。調子に乗っちゃって。あと迷惑なら僕の方が出て行くよ。迷惑をかけてごめんなさい、先輩」

 ベッドから立って頭を下げて、荷物をまとめ始めるリーン。


「いや、別に迷惑なんて思わないし、はじめての仲間だと思っていたから、俺としては一緒に居られて嬉しかったんだけど」

「ほ、本当に?! 僕のこと軽蔑しないの?」

「当たり前だろう。それどころか、男女とか関係なしに、できればこれからも組んで冒険者を目指したいくらいだけど……駄目か?」

「だ、駄目じゃないよ! 全然、オッケーだよ!」


 萎れた花みたいだったリーンだけど、その途端、目に見えて生き生きと瞳を輝かせた。

 とは言え、流石に男女が同じ部屋で暮らすのは問題あるよな。


「それじゃあ、どうする。ちょっと割高だけど、今後はお互いに個室をとるって事にするか?」

「――へっ? あ、いや。大丈夫だよ、ブルーノ先輩さえ良ければ、僕はこのまま同じ部屋でも問題ないよ。仲間として男女関係ないんでしょう?」


 全面的に信頼した目付きで、そんなことを言ってくるリーンを前に、「いや、俺の理性が保てる自信が……」と、いまさら言い訳する訳にもいかず、「おう。勿論だ!」と頷いて、俺は表面上はにこやかに右手を出した。


「そっか。じゃあ、改めてよろしく」

「うん! よろしくね」


 ひんやりと冷たくて柔らかいリーンの右手がそこに添えられて、晴れやかな笑みと共に上下に振られたのだった。


「えへへっ」

 照れたように笑う彼女を前に、一瞬鼓動が早くなった俺は、早くも同室の件を早まったかもしれないと、後悔し始めていた。


「でも、良かった。女のくせに男の恰好とかしてたら、国によっては異端者とか……少なくとも、気持ち悪がられるかと思って、ドキドキしてたんだけど」

「別に男装したからって、気持ち悪いとか思わないな。ま、逆ならちょっと引くけど」


 俺の素直な感想に、リーンの笑いが苦笑に変わる。




 ◆◇◆◇




「……あんたもホント、お約束を外さないわねえ」

「事故だよ事故」


 しみじみとした幼馴染――エレンの感想に、俺は憮然と返した。

 翌日、偶然町で出会った買い物中のジルとエレンに捕まって、無理やり荷物持ちをやらせられながら、俺は問われるままに事の顛末を語っていた。


 驚いたことに二人ともリーンが女だって最初からわかっていたそうで、逆に「気が付かないあんたが悪い」と弾劾されたのだった。

 事実、俺一人がわからなかったため、ぐうの音も出ず、黙ってにやにや笑うエレンの顔を睨むしかできなかったけど。ま、確かにこれは俺が悪いんだろう。


 一方、ジルはなぜか「女装は引くわよねえ。うん、わかるわ。わかってたんだけど」と、話の途中からなぜかあらぬ方向を向いて、ブツブツ言いながらフラフラ歩いていた。


「だけど、なあ、俺だって男だぞ。何かあったらマズイと思わないか?」


「大丈夫だいじょーぶ。あんたにそんな甲斐性はないわよ」

 俺の懸念はエレンに一刀両断にされた。

「――ま、逆にそれがあんたの良いところでもあるんだけどね」


 笑って背中をどつかれて、危うく荷物を取り落としそうになった俺は、エレンの顔を睨み付ける。

「危ねえなあ。まったく凶暴な女だぜ」


 だけど、エレンのその目が、普段と違ってどこか優しげに見えて、俺はなぜかドギマギしながら視線を逸らせて、いつものように憎まれ口を叩いた。


「あんたはもうちょっとレディーに対する配慮を覚えるべきよね。リーン君も苦労するわ」


 そう口を尖らせるエレンの向こうでは、ジルが相変わらず「別に趣味じゃないし」と黄昏ている。


 リーンにしろ、エレンにしろ、ジルにしろ、どーも女は訳がわからんなあと思いながら、俺はため息と共に重い荷物を改めて抱え直した。

昨日の続きを書き直し中なので、取り急ぎ幕間を入れてみました。

なお、前回の試験は卒業試験ではなく、あくまで最初の試験です。これで合格して、より上級の手解きを受けられます。


3/22 誤字の修正をしました。

×夜半近くに開放されて→○夜半近くに解放されて

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