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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第二章 令嬢ジュリア[12歳]
33/337

王子様の告白とお姫様の勘違い

今年最後の更新となります。

 昨日、私が通された応接室。

 決して広くも華美でもありませんが、落ち着いた色合いで統一され、塵一つ落ちていないその場所で、昨日と違って今日は、私がお客様をお迎えする立場として、応接セットのソファーに腰を下ろしています。


 ちなみに衣装は普段着ている黒のドレスのままです。他にまともな着替えもないですし、さすがに新調や仕立て直しは一晩では済みませんから、ぎりぎりフォーマルでも違和感のないこれで望むことにしました。


 そして、曇り一つないテーブル越しに、昨日とは逆の立場で、ソファーに浅く腰を下ろしているのは、淡い金色(オフゴールド)の髪をした同い年の少年ルーク(ルーカス)君です。


 彼と会うのはおよそ10ヶ月ぶりくらいでしょうか。

 以前はどちらかといえば中性的で、可愛らしい印象がありましたけれど、いまはずいぶんと背丈や胸幅が増して、驚くほど男性的になりました。

 とは言え厳つくなった……というわけではなく、顔立ちは甘く優しげな雰囲気を残したままですので、順当な成長と言えるでしょう。


 その彼が、私の対面でにこにこと屈託のない笑みを浮かべています。

 初めは久しぶりの友人との再会に喜んで、つい嬉しくて……と思っていたのですが、軽く雑談をしている間中も、トロけるような笑みは変わりません。


 にこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこ

 にこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこ


 その曇り一つない笑みを前に、私の胸に困惑が広がりました。


(……あれえ? 今日は意に沿わない縁談の件で、悩みに悩み抜いて相談に来たんじゃなかったの?)


 その筈が、なんかもう全ての問題が片付いたような、清々しい笑みを前に、私は小首を傾げます。

 現実逃避しているのか、一周回って現実を受け入れたのでしょうか?


 その心境が気になるところですが、だとしても「ブタクサ姫との縁談のお話はどうなりましたの?」と直球で聞くわけにもいかないので、当たり障りない会話――どちらかというとルークの話す世間話に、私が相槌を打つ形ですけれど――に終始する形になっています。


「ジルはこの1年どんな生活をしていたの?」

「私は相変わらず『闇の森(テネブラエ・ネムス)』で、師匠(レジーナ)に怒られながら修行と勉強の毎日でしたよ」

「ふうん。僕は父上にお願いして本格的な竜騎士の訓練を始めたんだ」


 ちょっと誇らしげに胸を張ったルークは、なぜか頬を赤らめ、なにげない風に聞いてきました。

「そ、そういえば、僕が最初に送った手紙の内容は覚えている……かな?」

「ええ。お父様のような立派な竜騎士になる目標のお話ね。勿論、覚えているわ」

「ああ…うん、それもあるけど……その、最後に」


 妙に歯切れの悪い彼の態度を訝しげに思いながら、私は手紙の内容を思い出して大きく頷きました。


「“必ずいつか僕が自分で手綱を握る飛竜(ワイバーン)で、ジルのもとへお伺いします。”ってあれね。忘れるわけないじゃないの!

 その時が来るのを、楽しみにしているわ。だから決して諦めないで頑張ってね。応援していますから」

 つまりあれですね、免許を取って愛車を見せびらかしたいという男の子の感覚でしょう。

 わかります。


 私の返答を聞いて、ルークの顔が眩しく光り輝きました。

 それから、ほんのりと上気した顔で、真っ直ぐ私の目を見詰めます。


「待っていてくれるのですか、ジル! その時が来ることを!?」

「ええ、楽しみにしています」


 ふと、気が付くと部屋の中に待機していた家令(スチュワード)のロイスさんやメイドたちが、微笑ましいものを見るような、妙に生温かい目で私たちを注目していました。


 はて? 私はなにか変なことを言ったのかしら、と顎のあたりに人差し指を当てて首を捻ったところで、ルークは決然とした口調で、突如爆弾発言をしました。


「わかりましたっ! もう迷いません。リビティウム皇国オーランシュ辺境伯のご息女シルティアーナ姫との婚約は、断固としてお断りします!」


「は…はぃ……?!」

 ちょっと待って! なんで単なる世間話から、そこまで話が跳躍するわけ!?

 目を見開いて絶句した私の顔を見て、ルークは安心させるような笑みを浮かべて一つ頷きました。


「安心してください。確かに父上の意向に逆らう形になるでしょう。また、この縁談に際しておそらく僕如きでは理解できない、様々な思惑が錯綜しているのだと思います。ですが僕は自分の心を偽ってまで、愛してもいない女性を妻に迎えるつもりはありません。

 貴族や王族の婚姻に関しては、当人の希望よりも己を支える民衆や全体の利益を尊重せよ、とおっしゃったのは太祖……大祖母様ですが、一人の女性を幸福にすることも出来ずに、なぜ国民全体を幸福に出来るのでしょうか。意に沿わぬ婚姻などお互いに不幸ですし、そもそも相手に対して失礼ですから」


 決然と決意表明をするルーク。

 いやいや、もうちょっと冷静に考えましょうよ。貴方、成人前の扶養家族で、貴族でしょう!? まずはご家族と話し合って結論を出すべき問題じゃないの。なぜ、いまこのタイミングで、私の前で軽々しく人生の分岐点ともいえる重大な決断をするわけ?!


「正直ずっと悩んでいました。でも、まさか、今日ここでジルに逢えるなんて思ってもいませんでした。しかもクリスティ先生の養女におなりだとか。先生も人が悪い。前もって教えてくれていたら、こんなに思い悩むことはなかったのに」


 ええ、まあクリスティ女史の人の悪さは、私も異論を挟む余地はないところですが。

 ですが今回はまったくの不可抗力です。なにしろ私が養女になったのは、昨日の夕方のことですから。


 ちなみに家令(スチュワード)のロイスさんに案内されて、この部屋に入ってきた当初は、まるで塩を振られた青菜のように萎れていたルークですが、いまではまるで別人のように溌剌(はつらつ)と、全身から生気を放っています。


 どうしたものでしょうね。なんか途中の会話の流れに意味不明な断絶がありましたけれど、なぜか私のせいで、いい感じにルークがイケイケGOGOにはっちゃけた気がします。

 ここは軽く(たしな)めておいた方が無難でしょうか? 後から責任の所在を追及されると辛いので。


 でも、会話で変なツボ押すと、またしても超理論で取り返しのつかない事態に陥りそうな、嫌な予感がヒシヒシといたします。


(う~~ん。ルーク君はまともだと思ってたのですけれど、案外面倒臭い性質(たち)なのかも。考えてみればレジーナの血族ですものね……)


 言葉を選んで悩む私の機先を制して、ルークが話題を振ってきました。

「ところで、ジルはかのシルティアーナ姫のことはご存知ですか?」

「ええ、まあ、知ってような知らないような……案外、近すぎると見えないものですわ」

「はあ……?」

「ああ、いえ、旧型の話ですのでお気になさらず。ルークがお見合いされた新型の話ではないので」

「?――よくわかりませんが、実は昨年から彼女とは3度ほど、お会いする機会を設けられたのですが」


 ほほう。結構な頻度で顔合わせをしているのですね。なんというか……オーランシュ辺境伯領と帝都とは、相当な距離があることを思えば、お父様――辺境伯とエイルマー氏の本気度がわかるというものです。


 と思ったらこれは私の早計で、確かに最初の1回目こそ――『闇の森(テネブラエ・ネムス)』と帝都近郊を結ぶ【転移門(テレポーター)】を使ったものの――遠距離の移動で大変だったらしいですが、2回目以降は【転移魔法陣(シフトポーター)】を利用したため、先方は割と苦労なく訪問できるようになったそうです。


 ちなみに【転移門(テレポーター)】と、【転移魔法陣(シフトポーター)】の違いですが。

転移門(テレポーター)】というのは、連動した門が設置された特定の2点間の空間を繋いだ近道――いわば断崖に作られた橋であり、場所が固定されていることを除けば自由に人員・物資の移動が可能なのに対して、【転移魔法陣(シフトポーター)】は、その端末が設置してある場所に、特定個人を自由に送れるFAXのようなものです。


 一見【転移魔法陣(シフトポーター)】の方が利便性がありそうですが、直接本人が現地に行って登録した場所にしか行けませんし、また個人レベルでしか移動できない他、重い荷物は持ち込めない等の制限があります。

 どちらが優れているか、ではなくどちらも一長一短というところでしょう。

 

「つまりシルティアーナ姫は、その【転移魔法陣(シフトポーター)】を使ってルークに頻繁に逢いに来るわけですか。愛されてますね」

「……どうなんでしょうか?」


 私のやっかみ混じりの合いの手に、微妙な顔で眉を寄せるルーク。


「なんというか……いつ会っても、僕を見ているような、見ていないような、話しかけても反応が薄い……いえ、外界に対してどうにも興味がない印象ですね」

「それは、単に緊張しているせいではありませんか?」

「う~~ん、緊張している様子もないんですよね。泰然自若という感じでもないし、どうにも捉えどころのない……内向的というのともまた違うような」


 どうにも歯切れの悪いルークに、いろいろと質問をして聞いてみました。

 やはり“シルティアーナ”に関することですので、興味はあります。


 まず初対面は『オーランシュ辺境伯』を歓迎する宴の会場で、宴の前に挨拶をしたそうですが、返事は「はあ」だったそうです。

 さすがに慌てた父であるオーランシュ辺境伯や、侍従たちが、「ルーク様にお会いして緊張しているようですな」「長旅の疲れがあるのでしょう」などと取り繕ったので、そんなものかとその場では納得したそうですが、その後のパーティの本番でも態度は変わらず。


 ルーク君が社交辞令で、ドレスや装飾品を褒めても、「そうですか」「ありがとうございます」と素っ気無く応えるばかり。その度に周りの随員が、会話に割って入って、代わりに歯の浮くようなお世辞を並べるばかりで、肝心の本人はぼんやりと明後日の方を向いているだけだとか。


 これは嫌われているのかな、と思って観察してみたそうですが、これが誰に対しても同じ調子で、話し掛ければ最低限返事はするけれど、自分から話題を振ることは皆無……ということで、どうやらフリではなくて、これが素だと納得したそうです。


「……まさかとは思っていたのですが、彼女に関する噂はある程度真実だったと認めざるを得ませんね」


 愚鈍、愚図、愚昧、愚劣――シルティアーナに関する、どんな噂が彼の耳に届いているのかはわかりませんが、軽く肩をすくめたルークの表情を見て、私の胸が痛くなりました。


 本来、その評価を受けるべき当人は私です。

 その私が別人の顔をして、シルティアーナを名乗る見も知らぬ相手に私の罪を擦り付けている。

 最低です。


「どうしました、ジル。お顔の色が優れませんが?」

 ルークの気配りも、いまは少々重荷に感じます。


「いえ、こうしてシルティアーナの噂話に興じる自分に、自己嫌悪を抱いているだけですので……申し訳ございません。私から話を振っておきながら、勝手なことを」


 私の言い訳を聞いて、ハッと胸を突かれた顔でルークは目を見開きました。


「そう……ですね。なんて失礼なことを。仮にも縁談の持ち上がった相手の噂を、本人の居ないところで、親しい女性に話して愚痴るなんて、紳士として最低の行いですね」


 悔やむルークの独白を聞いて、そういえば私って女の子だったなぁ、と、いまさら自覚するのでした。

 つまり、告白してきた女の子を振る相談をボーイフレンドから受けて、陰口叩いて溜飲を下げている女の構図ですね。

 ……うん、客観視すると軽く殺意が湧きますわ。


「やはり、きちんとケジメをつけるために、彼女とは直接会って、正直な自分の気持ちを伝えたいと思います」


 伝えるのは構いませんが、その前にエイルマー氏の説得とかお家騒動とか、いろいろクリアすべき問題が山積していると思うのですけれども……と、ツッコミを入れようとしたところで、いつの間にか傍らに立っていた灰色の髪と髭をたくわえた初老の紳士――家令(スチュワード)のロイスさん――が、そっと私へ目配せしました。


「お嬢様。男子たるもの、このように後先考えずに前を向いて走る時期がございます。かくいう私もかつてはそうでした……」

 そうして、懐かしむような、悔やむような眼差しで付け加えます。


 ため息をついた私は、カップの香茶(こうちゃ)で口を湿らせて、話題を変えました。

「そういえば、ルークには私の使い魔(ファミリア)のフィーアをまだ紹介してませんでしたね。よければご紹介したいのですが」


「ああ、父から聞いています。なんでも天狼(シリウス)だとか! ぜひご挨拶させてください」


 目を輝かせるルークの様子を見て、私の頬にもいつの間にか笑みが浮かんでいました。


「それでは、あの子は私の寝室……と言っても、先ほど準備ができたということで、ロイスさんに案内されたばかりですが、そこにいますのでご案内しますね」

 立ち上がって先導しようとしたところで、ルークが顔を赤らめているのに気が付きました。

「どうかされました?」


「あ、いえ、寝室…ですか」

「ええ、3階にあります」


 ちなみに建物の3階に位置する角部屋で、小さい窓が1つあるだけです。何かあったら逃げられない場所ですけれど、別に何もないでしょう。




 ◆◇◆◇




 グラウィオール宮殿には“開かずの門”“主天の廊下”と呼ばれる施設が存在する。

 それを使用することは、たとえ皇帝であろうと許されず、常に施錠され秘匿された場所。

 1巡週程前に主である皇帝ジャンルーカが亡くなって後、久方ぶりにこの場所が開放され、待ち人を得たのだった。


 白い。そして壮麗としか言いようがない。

 それが初めてこの場所に足を踏み入れたエイルマーの感想だった。


 すべて大理石で作られた柱と壁。アーチを描く天井には緻密な黄金の装飾が施され、長年閉ざされたままだったというのに、どこにも埃一つ、塵一つ落ちていない。

 そこだけ赤い絨毯はまるでいま織り上がったばかりといような弾力で、足の裏を押し返している。


 表の宮殿内部がまるで玩具に思える、絢爛たるこの空間に言葉もない皇族たちの中で、ただ一人平静を保っていた彼女――太祖帝とも国母とも謳われ、もはやその存在は伝説となっている老女――先々代皇帝オリアーナは、真っ白い法衣と宝冠を被った在りし日の姿のまま、廊下の先を見据えていたが、

「どうやら、いらっしゃったようです」

 静かにそう呟いて、ゆっくりと廊下へ片膝を付いた。


 慌てて周囲の面々もその背後に付き従う形で、同じように膝をついて俯いた。

 先頭に立って腰を折ったオリアーナだけが、僅かに顔を上げて見詰めるその先――“開かずの門”がゆっくりと開く。


 そこから現れた一団の先頭を見て、この場で唯一直奏を許された身分である、先々代皇帝オリアーナ・アイネアス・ミルン・グラウィオールは、懐かしげに声をかけた。


「このたびはわたしの不肖の孫の葬儀の為、足をお運びいただき誠に光栄でございます。神帝陛下」


 その挨拶を受けて、くすりと微笑むような気配とともに、柔らかで且つ冒し難い気品を伴った銀鈴のような声が、静まり返った廊下を通り過ぎた。


「お久しぶり……このたびはご愁傷様、と言うべきかな?」


 明瞭なその声を耳にした全員が、俯いたまま目を瞠った。


 ――神帝陛下とは、こんなにも幼い声の持ち主なのか?


 俯いて廊下を見詰めながら、エイルマーは視線を上げて確認したい誘惑に必死に抗った。


 限られた皇帝や王以外はここ数十年、誰一人としてその素顔を見たことがない(また、勝手に見た場合その場で処分される)と言われる、この大陸全土を支配するカーディナルローゼ超帝国神帝陛下。

 不変不滅にして永遠の姫とも謳われる彼女の外見について、エイルマーは漠然と20代だと想像していたが、これはまるで10代の前半……息子のルークとたいして変わらないような声ではないのか!?


 それからふと『姫』という単語から、連鎖的に一人の少女を思い出した。

 現在、婚約交渉をしているオーランシュ辺境伯のシルティアーナ姫ではない。自分達の頭越しに、楽しげに神帝陛下と談笑をしている、オリアーナ太祖帝様がレジーナと名を変えて、魔術を教える弟子としている娘のことである。


 太祖帝様がここにいるということは、彼女もこの帝都に来ているのかも知れない。

 だとして、もしも運命の糸が、彼女と息子とを結びつけるようであれば……それはそれで、一興かも知れないな。

 そう思って、密かに苦笑を漏らした。

1/4 脱字修正しました。

×免許を取って愛車を見せびらかしたという→○免許を取って愛車を見せびらかしたいという


3/20 誤字の修正をしました。

×久方ぶりにこの場所が解放→○久方ぶりにこの場所が開放

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