冒険者の手伝いと仕事の報酬
苔むした岩場の間を、中型犬程もある不定形の蛙――スライム・トード(見た目は緑色のスライムに蛙のような手足が生えている)――の群れが、意外な速度でピョンピョンと跳び回りながら、逃げ回っています。
「ライカは右に回って追い込んでくれっ、エレノアは弓でこのまま頭を押さえる形で牽制。俺はこのまま左を抑える!」
「任せておけ!」
「こいつ矢を当てても、効いているか効いてないのか、イマイチ手応えがないのよね」
スライム・トードの群れは全部で12~13匹ほど。
ちなみに普段は水場や湿度の高い森の中に隠れていますけれど、春先になると繁殖行動で人里近くまで降りてきて、家畜や人間を襲うため、例年この時期に駆除の依頼が頻繁に出るそうです。
見た目は普通のスライムとあまり変わらず、ゼリー状の体内に青い核がありますが、目も鼻も口もない代わりに、短い前足と折り畳まれた長い後足を持っているのが特徴的です。
倒す場合は、通常のスライム同様に、内部の核を破壊すれば生命活動が停止します。ただし、普通のスライムと違ってかなりの高速で移動するため、的に命中させ難い上に、油断すると思いがけない反撃を受けますし、また逃げ足もご覧の通り相当なモノなので、厄介この上ありません。
「ちっ! マズイ群れがバラけ始めた。エレノアっ、なんとか囲い込めないか?!」
「無理! こいつら弓矢がたいして効かないのわかって、無視するようになったわ!」
「くそっ!」
ジェシーが歯噛みした瞬間、
「がうっ!」
ガサッと目前の木立の梢が揺れて、葉擦れの音とともに、美しい金色の毛並みをした〈天狼〉フィーアが飛び降りてきて、電光のような動きでバラバラに逃げ出しかけていたスライム・トードを、まとめて跳ね飛ばしました。
「よしっ! ナイスだ。――ジル、そっちに行ったぞ、準備はいいか?」
「ええ、いつでもいいわ。それと術の効果範囲に入らないように、もうちょっと下がって!」
「おうっ」
次の瞬間、茂みを割ってピンポン玉みたいに、次々とスライム・トード達が私の前にある、ちょっとした広場に飛び出してきました。
「“氷雪の息吹よ彼の者達を永久の眠りに導け”」
準備しておいた……まあ、私はこの程度の魔術は事前準備なしで連発できるのですが、あまり常識ハズレのことをすると悪目立ちしそうなので、今回は普通の魔女・魔術師の真似をしてみました。
「“氷結陣”」
その呪文を発した瞬間、およそ半径10メルトの範囲の気温が、氷点下――水が凍る温度――を遥かに越えて、一気に下がりました。
「うおーっ、さ、寒い!」
「これはキツイな」
「で、でも、見て、ネバ蛙がカチンコチンよ」
エレノアが指差す通り、術の効果範囲内に追い込まれたスライム・トードの群れは、まとめて凍り付いて身動きが取れなくなっています。
「おっ、本当だ。すげーっ、こんな簡単に一網打尽か!」
「まったくだ。魔法使いが一人居るだけでこうまで違うとはな」
「ジルちゃん、今回だけなんて言わないで、また一緒にパーティ組んでよ!」
三人に褒めちぎられて面映い思いで、なんとなく手持ち無沙汰に自分の髪をいじったりしました。
「お役に立てたようなら何よりです。皆様には本当にお世話になりましたので」
「立ったなんてもんじゃないぞ。俺達三人でも昨日は7匹しか倒せなかったのに、今日はいきなり……14匹! 倍じゃないか!?」
「そんなに義理堅く考えることもなかったのだが……おっと、融けない内に、核を取り出しておかないと、討伐証明にならないぞ。喋ってないで、さっさとトドメを刺してしまおう」
苦笑するライカに促されて、私やフィーアも混じって、全員で凍ったスライム・トードの解体を始めました。
◆◇◆◇
現在、午前中に宿の支払いを済ませ、案内してくれた冒険者三人と昼食をともにした後、三人とともに私とフィーアは帝都に隣接する沼地へと、魔物の討伐のため来ています。
こうなった経緯はといえば……。
あの後、冒険者ギルドで出会ったジェシー、ライカ、エレノアの三人に案内されて、私は2ブロックほど離れた『商業ギルド』へと行くことができ、そこで手持ちの魔石や薬草を売って(こちらは特に申請しなくても自由売買可能です)、取りあえず半金貨で10枚、銀貨で20枚、その他半銀貨と銅貨何枚かの現金を手にすることができました。
その足で宿屋に戻り――帰り道が一緒だということで、そこまで三人に先導していただきました――無事に宿泊費を払い終えたところで、お昼時だということで三人が知っている『安くて美味くてボリュームのある』露天の屋台へと案内されて、串に刺したお肉や野菜を焼いたケバブのような料理を食べました。
焼いたお肉や野菜を薄いパンに挟んで食べる形で、香辛料がちょっと独特でしたがなかなか美味しかったです。屋外ということでフィーアの分のお肉を切り分けて、食べさせることもできましたし。
「ジルちゃん、そんなんで足りるの?」
私の3倍くらいお肉の量があるケバブ(正式名称がわからないので、私の中ではそう呼ぶことにしました)を頬張りながら、猫耳ショートヘアのエレノアが首を傾げました。
カロリーをガン無視したタンパク質の塊を、内心恨めしげに眺めながら、私は主に野菜を中心に挟んだケバブを口元に運んで答えます。
「ええ。私はもともと小食ですので、お気になさらず。美味しく食べさせていただいています。ただ……」
「ん?」
三人の顔を見渡して、思わずため息をこぼしてしまいました。
「――今日は皆様にお世話になりましたので、せめてこのお支払いは私にさせていただきたかったのですが」
最初に私が全員分の支払いをしようとしたところ、やんわりと断られてしまいました。
結局、全員のジュースを奢ることで妥協させられたのですが、どうにもこの程度では申し訳なさが先に立ちます。こういうところは、前世日本人の性でしょうか。
「子供がそんなに気を遣うことはない」
「ジュース美味いぞ」
苦笑する女戦士のライカと屈託なく笑うジェシー。
食べながらこの街のことや、最近の話題などを取り留めもなく話していたのですが、ジェシーがいかにもウズウズした様子で、私の恰好と傍らでお肉を頬張るフィーアとを見比べて尋ねてきました。
「なあなあ、ところで、ジルはひょっとして魔法使いなのか?」
「ええ、まだ未熟ですけれど、一応〈火〉と〈水〉の魔術の使い手――魔女です」
取りあえず単なる『魔女』という形で、頷いておきます。本当は他にも〈空〉と〈光〉を使えるのですが、レジーナとの旅の間に学んだこととして、私くらいの年で魔術を実践できて、なおかつ多属性まで過不足なく使えるのはかなり稀――というか、ぶっちゃけ異常らしいです。その上、治癒術まで使えるとか異常さをアピールすることはないでしょう。
「ほう。その若さで大したものだ」
それでも、軽く目を瞠るライカ。
エレノアもうんうん頷いて同意します。
「わたしらのパーティにも一人、魔術師がいれば戦略の幅が広がるのにねえ」
「だなぁ。いま受けてるスライム・トード退治も、ずっと楽だったろうに」
「そうよね。あれ物理攻撃ほとんど効かないし……」
「仕方ないさ。手持ちの戦力で遣り繰りするのが冒険者というものだ」
ライカの取り纏めの言葉を受けて、一斉にため息をつく三人。
「あの……?」
「ああ、悪い悪い。こっちの話なんだ。いま依頼受けている魔物が、弱いくせに妙に扱い辛い相手で」
「わたしらって、全員、剣とか弓とか物理攻撃メインだから、ちょっと手間取るのよ」
肩をすくめるジェシーとエレノアの言葉を聞いて、私はひとつの決意とともに確認しました。
「……それを倒すのに、魔術師がいれば良いのですか?」
「そうだけど。――えっ?!」
三人の視線が私に集まります。
「どうやら、恩返しができそうですわね」
微笑む私から視線を外して、困惑した様子でジェシー達が顔を見合わせました。
◆◇◆◇
そんなわけで、素人の小娘を連れて行くことに渋る三人を説得して(フィーアが一緒ということでどうにか納得してくれました)、お手伝いの名目でスライム・トードの討伐に参加したわけですが、思った以上にお役に立てたようで、私としても一安心です。
「いやーっ、本気でジルちゃんがギルドに登録できないのが残念だわ。登録できるなら、すぐにでもあたしらのパーティに入って貰うのに!」
「まったくだ。ただでさえ魔術師は引く手あまただが、ここまで実戦慣れして使えるとなれば、冒険者グループとしては喉から手が出るほど欲しい人材だな」
「なあ、来年13歳になって冒険者に登録したら、俺達のパーティに入らないか?」
「おーっ! 賛成っ。大歓迎だよ!」
いきなり青田刈りの勧誘を受け、私は苦笑いたしました。
「お気持ちはありがたいのですが、私自身、いまだ自分が何者か……いえ、何者になりたいのか手探りで探っている状況ですので、将来のことはこの場で確約はできません。勿論、冒険者になるという選択肢も、今回皆様に同行させていただいて視野に入れさせていただきますが」
私の曖昧な返答に、残念な顔をするジェシーとエレノア。ですが、ライカは力強く頷いて同意してくださいました。
「うん。それでいいと思う。様々な経験をして、本当になりたいものを探す、いまはその時期なのだろう」
「ええ、でも今日は取りあえず、頑張ってこのお仕事を手伝わせてくださいね」
そう言うと、ライカはにやりと好ましげな笑みを浮かべ、
「その意気だ。さくさく次に行こう。なにしろ数をこなせばそれだけ依頼料が増えるからな」
愛用の棍棒を一振りして、再び沼地の方へと足を向けます。
「そうだね、この調子なら今日中に40匹くらいはいけそうだね」
「1匹の報酬が7銀貨だから……えーと……」
「280銀貨、金貨で9枚以上ですね」
指折り数えているジェシーへ、暗算して答えました。ちなみに銀貨1枚が、だいたい1000円くらいなので、4人がかりとは言え一日の報酬が約28万円と考えれば、なかなかの効率ですが、場合によっては大怪我や命の危険もあることを考えれば微妙なところでしょうね。
「おーっ、すげえ!」
素直にはしゃぐジェシー達も、ライカに続いて沼地へ戻っていきました。当初の予定通り、またこの場所にスライム・トードの群れを誘導してくる筈です。
「フィーア、あなたもお手伝いしてね」
「あぉん!」
尻尾を振ってフィーアも木立の中へと消えていきました。
そして――。
結局、私たちは夕方近くまでかかって、44匹のスライム・トードを退治したのでした。
◆◇◆◇
スライム・トードから取り出した核を『冒険者ギルド』へと持って行き、その場で換金したところで、
「じゃあ、これ、ジルの分の分け前だな」
そう言ってジェシーが、小分けに分けた硬貨を差し出してきました。
「そんな……受け取れませんわ。もともと、お世話になったお礼として、勝手にお手伝いしただけですのに」
固辞する私の手を取って、ライカが強引に硬貨の入った革袋を握らせます。
「いや、その気持ちは充分に受け取ったよ。……だけど、幾らなんでも貰い過ぎだ、今日だけでも昨日の6倍以上の成果なんだから。だからまあ、これはプロの冒険者として、一緒に戦った仲間への報酬と考えてくれ」
「そそっ、ジルちゃんがいなかったら、こんな大儲けできなかったんだし! ホント、ジェシーなんていらないから、ジルちゃんが仲間になってくれたらいいのに」
「なんだと、こらっ!」
他意のない三人の様子に、しばし躊躇して……私はその袋を大事に胸元へと抱え込みました。
「……ありがとうございます。師匠のお手伝いではなく、こうして仕事をして報酬をいただくのはこれが初めてです。今日のことと皆さんのことは決して忘れません」
「おう。俺も楽しかったぞ!」
「なにかあったらいつでも相談にきてね。あたしたち南通りの『アカシア亭』って宿を定宿にしてるから」
「ああ、もうアタシらは仲間みたいなものだからね。いつでも来てくれ。歓迎するよ」
にこやかに笑う気持ちの良い三人と、最後に握手をして私はお別れをしました。
通りを曲がるまで手を振る三人に一礼をして、私はフィーアとともにレジーナの手紙に書いてあった、クリスティ女史のお宅を目指して、別れ際に三人に教えられた道順に従って、夕方の買い物でごった返す帝都の町並みを眺めながら、ゆっくりと進みます。
なんとなくですが、さっきまで見知らぬ異国としか思えなかったこの街が、少しだけ身近に感じられる……そんな気がするのでした。
◆◇◆◇
グラウィオール帝国の帝都コンワルリスは、おおよそ3つの市街に分かれている。
グラウィオール宮殿を中心として貴族が暮らす旧市街。
富裕層や中流階級までの市民が暮す新市街。
そして、日々拡張している一般市民が暮す新興市街。
さらに付け加えるならば、そのさらに外側に流民や市民登録されていない貧困層の暮す貧民街が存在するが、帝国としては公式にはその存在を認めていないため存在しないことになっている。
そんな貧民街にも程近い、新興市街に存在する酒場兼宿屋『アカシア亭』の酒場の一角で、まだ宵の口だというのに、テーブルを占有した3人の若い男女が、陽気にエールのジョッキを打ち合わせた。
「今日だけの稼ぎに」
「2ヶ月ぶりの大儲けに」
「明日のことは考えず」
「「「乾杯――っ!!」」」
やたら刹那的な囃子言葉を口々に語りながら、一気飲みをする3人。
「いやーっ、しっかし、ホントに今日はぼろ儲けだったわ。半日でほぼ10日分の稼ぎよ!」
「毎日こうだったらいいのになぁ」
「いっそ、明日もジルちゃんに頼んで手伝ってもらおうかしらね」
ソテーにされた白身魚を切り分けながら、まんざら冗談でもない口調で提案するエレノア。
「そういうわけにはいかないだろう。今日は彼女の好意に甘えたわけだが、こちらから強要すればそれは押し付けだ。甘えと依存とは違うぞ」
「そうだな。本来、俺達の問題は俺達が解決すべきことで、無理やり巻き込むのは良くないだろう」
ライカとジェシーに窘められて、エレノアは額を押さえて呻いた。
「うーっ、そうだね。ごめん。あんまり今日の儲けが良かったもんで、調子に乗ってたわ」
反省している彼女の様子に頷いてから、ライカはエールを一気飲みして、豪快に口元を拭いつつ、ため息混じりに同意した。
「確かに、あの年であれだけの魔力と技量……そして、なによりあれ程見た目が突き抜けていれば、誰でも惜しいと思うのは当然だが」
それから店員におかわりを注文する。
「見た目……? いや、そりゃ、可愛いほうだとは思うけど?」
自分の分のジョッキを傾けながら、ついでに首も傾けるエレノア。
「……そうか? 正直、アタシはあれほどの美貌はお目にかかったことはないが」
怪訝な様子で、こちらも眉をひそめるライカ。
「んー、まあ、その辺りの感覚は人それぞれだからねえ。ねえ、ジェシーはどう思った?」
「いや、普通に可愛いんじゃないか?」
「だよねえ。普通だよねえ」
ジェシーの同意を受けて、エレノア大きく頷いた。
「ふむ……」
こいつら目が腐ってるのか?と内心思いながら、ライカは追加で来たジョッキを煽る。
程なく、話題は「やっぱりパーティに魔術師が欲しい」という話になり、酒が進むに連れて、いつしかライカもその疑問を忘れていったのだった。
ライカは経験と観察力、そして潜在的な魔術師の血のお陰で、認識阻害を打ち破りました(もともと物腰や言動から、ジルを貴族の令嬢と目星をつけていたせいもあります)。
3/20 誤字の訂正をしました。
×好もしげな笑みを浮かべ→○好ましげな笑みを浮かべ