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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第一章 魔女見習いジル[11歳]
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庵の冬支度と各々の旅路

 朝晩がめっきり冷え込むようになりました精霊の月(12月)の1巡週のある日。

 私は朝から金槌片手に、半分傾いた庵の屋根に上って大工仕事をしていました。


「へっぴり腰だねえ。きちんと板を押さえて釘を打たなきゃ、補強にならないだろう。つっかえ棒の役にも立たないのかい、このブタクサは」


 離れた地面の上から監督という名目で、文句を言っているだけのレジーナに半分涙目で抗議します。


「怖いんですよ! ここ普通に立ってても妙な傾斜がついている上、体重をかけたらいまにも屋根が抜けそうで」

「その為の補強じゃないか! 抜けてるのはあんたの頭だけで充分だからね! あと万一にも屋根を踏み抜くんじゃないよ、その目方でっ!!」

「もうそんなに重くありませんわ! ウエスト50センチもキープしておりますもの!」

「はン! 下から見上げるとケツのデカさが際立って見えるけどねえっ。ケツのサイズは幾つなんだい?」

「うっ……!」

「そんなでかいケツが上から落ちてきたらマーヤでも支えきれないだろうね~。怖い怖い。せいぜい落ちないように注意するこったっ!」


 レジーナの隣で2本の触手を使い、黙々と補強用の板を準備していた黒暴猫(クァル)――レジーナの使い魔(ファミリア)マーヤ――が、困ったような顔で主人(レジーナ)と私の顔とを見比べ、軽く一声啼きました。


『気にするな』と慰めてくれているのか、『いざとなれば受け止める』と請け負ってくれているのか……ちょっと微妙なところですね。


 そこへ、追加の板を咥えたフィーアが、天狼(シリウス)の利点を生かして、背中の翼をパタパタはためかせ飛んできました。


「うう……ありがとう、フィーア」


 手近なところへホバリングするフィーアから板を受け取って、窓のところは二枚の板を交差させるように、他には屋根の傷んだところを、応急処置として上から補強する形で、釘(かなり古くて錆びています)で打ち付けるのが、本日の私の作業です。


 冬が来る前に家の修繕をしてしまおう。

 朝食の時に不意に言い出したレジーナの言葉に従って、いつもの恰好――寒くなってきたのでローブは手放せなくなりましたけれど、下はワンピースにエプロン姿――で表に出され、あれよあれよと言う間に金槌と古釘の入った箱を手渡され、気が付いたら吹きさらしの屋根の上です。

 泣き言を言いたくなるのも当然ではないでしょうか。


「しっかり直すんだよ! 出先から帰ってみたら、雪で小屋が潰れていた……なんてのはゴメンだからね」


 忌々しげに舌打ちするレジーナのお小言を聞きながら、いっそ綺麗さっぱり雪で潰れた方が、後腐れなくていいんじゃないかしら……などと黒い考えが浮かびました。


「ここってそんなに雪が降るのでしょうか? ――と言うか、どこかにお出かけになるのですか、師匠?」

「あんたの首から上に付いてるのは帽子の台かい! その耳は節穴かい!? 冬の間、南国へ行くって言っただろう!!」


 その怒鳴り声と内容に、危うく屋根から滑り落ちそうになりました。

 あれって、その場を取り繕う方便じゃなくて本気でしたの?!


「まあ、あんたは付いてこない。冬の間、雪に埋もれた小屋の中で過ごしたいって言うなら、あたしは止めないけどね」


 底意地の悪い笑みを浮かべるレジーナへ向かって、慌てて首を横に振りました。


「勿論、付いていきますわ師匠! 雪も寒さも真っ平です!」

「だったら、しっかり働くんだよっ!」

「は、はい!」


 やりました。これが終われば南国でのバカンスが待っています!


 そう思えば金槌を振り回す腕も軽くなるというものです。

 そんなわけで、私はレジーナの無茶な指示と簡単に折れる古釘に苦労しながらも、丸一日かけて建物の補修に努めたのでした。




 ◆◇◆◇




 さて、旅に出ると言ってもさすがに即決、即断、即行動とは参りません。

 長期に家を空けるとなると、霊薬(アムリタ)など変質する可能性がありますので、取りあえずそうしたものはまとめて長持の中に入れて、一括して『保存』の魔術を掛け保管することにしました。


 その為の仕分けや整理整頓で数日間が瞬く間に過ぎていきました。

 まるで年末の大掃除のようです。


「師匠、なんですかこの林檎(りんご)は?」

「そいつは安眠の薬だよ。一口食べればバッタリさ」

「……それ、本当に安眠の薬ですか?」


 実際、こんな感じでイロイロと怪しげなものが発掘されたり……。


 ちなみに、さすがにバルトロメイは【転移門(テレポーター)】の警備という本分があるため――その割には投げっ放しで私に取り憑いていた気もしますが――長くこの地を離れるわけにはいかないということで、しばしのお別れです。


「いや~~っ。さっぱりするねーっ!!」


 それを聞いた時のレジーナの晴れ晴れとした顔が忘れられません。彼女の満面の笑みなんて初めて見ました。

 普段の言動はイロイロと捻れているレジーナですが、この時ばかりは素直に本心を(さら)け出したみたいで……まあ、気持ちはわかりますが、わざわざ本人の前で公言するところが彼女らしかったです。


 もっとも、バルトロメイはバルトロメイで、

「うむうむ。魔女殿は良くわかっておられる。古来より“君子の交わりは淡きこと水の如し、小人の交わりは甘きこと(れい)の如し”と申しますからな。

 すなわち小人物の交際は、まるで甘酒のように甘い馴れ合いであり、一見して濃密に見えても、長続きせぬもの。しかるに君子のそれは水のように清らかで、さっぱりしているように見えても、その友情は永久に変わることがないということ! されどこの騎士バルトロメイ、友に対する配慮は行動で示す性分。魔女殿。後は任せられよ! この館は我が力の限りお守りいたそう! たとえ攻め入る敵全てを皆殺しにしてでも!!」

 なにか盛大に勘違いして、一瞬にしてレジーナを渋面に戻しました。


 それからお世話になった方々への挨拶回りとして、私はフィーアとバルトロメイを連れて西の開拓村へ行きました。

 門のところでアンディとチャドに挨拶をしてから、まずはエレン……というか村長さんのお宅へ。


「……そうですか。冬の間、賢者様はご不在ですか。少々不安ですが、止むを得ませんね」


 村長でエレンのお父さんのアロルド氏は、そう言って軽くため息をつきました。

 この間、クリスティ女史と訪問した時に比べて、若干、精彩がないのは、やはりエレンの女中奉公の件があるからでしょうね。結局、夫人と本人に押し切られる形で了承したそうですので。


「念のため、不在の間に必要な予備の結界杭と魔除鈴、それと何種類かの薬は預かってまいりましたので、お渡ししておきます」

「ああ、それでは納屋の方に。ついでに『発酵肥料』の按配(あんばい)もご確認お願いできますか? 一応、言われた通り毎日掻き回していますが、あれで良いものかどうか」

「わかりました」


 連れ立って歩いて、納屋に『収納(クローズ)』の魔術で持ってきていた荷物を並べ、発酵肥料の様子を確認して、何点か助言をしていたところに、エレンとブルーノが連れ立ってやってきました。


「ジル! 冬の間、旅行に行くって聞いたんだけど、本当?」

「ええ、本当よ。師匠(レジーナ)について南の方へ行く予定なんだけれど、春先には帰って来るので、エレンがクリスティ様のお屋敷へ行く前には戻れると思うけど……どうかしたの?」


 私の言葉を聞いているうちに、なぜかエレンの表情がどんどん暗くなります。


「……あのね。あたしも今月中に村を離れて、コンスルの町へ行くの」

「!? どういうこと、まだ町にはお屋敷も使用人も誰も居ない筈だけれど?」


 自分でも顔から血の気が引いたのがわかります。

 性急な私の問い掛けに、エレンは視線を落として呟きました。

「お母さんが、貴族様のお屋敷に勤めるのなら、最低限の礼儀作法と常識を身に着けなさいって、コンスルの町にある商人の伯父さんにお願いして、男爵様の準備が整うまで、そこで働くことになったの……だから、多分、今日お別れしたらしばらく逢えないと思う」


 あまりにも唐突な話に呆然としていると、ブルーノが不貞腐れたような顔で、そっぽを向いて吐き捨てました。

「なんだよ、お前ら。揃って勝手に居なくなるなんて……誰が、チビどもの面倒見るんだよ! 誰が剣の相手をしてくれるんだよ!?」


「「………」」


 言葉にならずに俯く私たちの中で、空気を読む気ゼロの巨体が動きました。


「心配するな我が弟子よ! その間は、それがしがじっくりとおぬしに武の真髄を伝授して進ぜようぞっ。『男子三日会わざれば刮目して見よ』と言うではないか。この先、男子として恥じない修行の成果を見せる、またとない好機なのである!!」

「……えーと、つまり、すげー強くなって、ジルたちを見返せってこと、骸骨先生?」

「その通りである、我が弟子よ! 修行は厳しいぞ、しかとついて来い!」

「お、おうっ!」


 なんか適当に盛り上がっている男子は放置して、私はエレンの潤んだ瞳を覗き込んで言葉を重ねます。

「いいの、本当に? 決意は変わらないの?」


 一瞬、躊躇ってから、エレンは首を縦に振りました。

「ええ。決めたことだから……そう決意できたのはジルのお陰よ。ありがとう、ジル」

「………」

 私が何したのでしょうか? 困惑する私の顔を見て、エレンは微笑を浮かべるだけです。


「ねえ、離れていても、ジルとずっと親友でいられるよね?」

「もちろんよ! “大”親友でしょう!!」


 その瞬間、とうとう我慢しきれず泣き出したエレンが私にしがみ付き、受け止めた私の頬にも涙が流れ落ちました。


 抱き合って泣きながら、私は私の中で、ひとつの時代が終わった事をおぼろげに感じていました。

 私はシルティアーナとしてこの世界に生まれ、一度死を迎え、前世の記憶を呼び覚まされたことで、本来の自分ではない……いわば、大人と遜色のない意識を持っているのだと、ずっとそう思い込んでいました。

 ですが、私はこの瞬間に悟ったのです。私の子供の時間が、いま初めて終わりを告げたことに。


 11歳の秋の終わり。私達はまだまだ子供でした。ですが、否応なく別れと、新たな旅立ちを、受け入れなければならなかったのです。




 ◆◇◆◇




「……羽の生えた犬……?」


 ぽつりと呟いた“愛娘”の言葉に、オーランシュ辺境伯は読んでいた報告書から視線を上げ、相好を崩した。


「どうかしたかね、シルティアーナ? なにか面白いものでも見えたのかい」


 その視線を追って、揺れる馬車の窓から外を見ると、道の先にある分岐路のところに、黒いローブとフードを被った女性らしい、ほっそりとした人物が立って、こちらの車列を眺めているのが見えた。


「彼女がなにかしたのかい……?」

「……いえ、もう、飛んで行き、ました……」


 訥々(とつとつ)と、そう振り絞るように喋った娘は、再び焦点の合っていない、茫洋とした目付きで、流れる景色に視線を戻した。


「ふむ。そうかい。長旅で疲れたのかな? この先に開拓村があるそうだが、一度休んだほうが良いかも知れないな。どうしたいかな、シルティアーナ?」

「……そこには、なにか、美味しい物、ありますか?」


 そう言いながら手近にあった袋から、油菓子を取り出して、ピンク色のフリルやレースを満載した姫袖のドレスが汚れるのも気にせず、むしゃむしゃと口の中へ詰め込む。

 むしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃ

 むしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃ

 食べるたびに膨らんだお腹のあたりが、さらにぱんぱんになる。


 その様子を好ましげに、目を細めて見ていたオーランシュ辺境伯だが、困ったように首を傾げた。

「さて、開拓村など碌な食べ物はないだろうねえ。ならば、ちょっとだけ時間がかかるけれど、転移門の先にある、帝都の傍にある街に行った方が確実だろう。それでよいかな?」


 父親の問い掛けに、食べ物を口一杯に頬張りながら、シルティアーナと呼ばれた娘は、こくりと頷いた。


「そうだね。先方のルーカス公子もお待ちかねだろうからね。少しでも急いだ方が良いだろうからね。――では、予定通り真っ直ぐ転移門へ直行しよう。おい!」

「はっ」

 車内に控えていた侍従が素早く一礼して、御者へ指示を出した。


「この調子なら予定通り、明後日にはエイルマー殿下とルーカス公子にお会いできるだろう。楽しみだね、シルティアーナ」


 その声が聞こえているのかいないのか、無言のまま次のお菓子に手を伸ばす娘。

 なんとなく視線を外したその先――ちょうど先ほど見た分岐路に差し掛かったところで、件の女性と馬車がすれ違った。


「――ッッッ!! クララっ!?」


 刹那、血相を変えた辺境伯が、まるでバネ仕掛けのようにその場に立ち上がり……それから、ハッと冷静に立ち返って、馬車の座席へと腰を戻した。


「どうかされましたか、閣下?」


 侍従の問い掛けに、「なんでもない、見間違いだ」と返した辺境伯は、ため息を付きながら心中で苦笑した。


(どうかしている。あのような村娘をクララと見間違えるとは……)


 馬車が通り過ぎる瞬間、一瞬だけ垣間見えたフードの奥の顔が、かつての側室……そして、生涯ただ一人愛した女性に見えて、つい我を忘れたが、無論数年前に亡くなった彼女の筈はない。


(儂も耄碌したかな。この大事な時に幻影を見るとは……)


 この騒ぎの間も、周囲には無頓着な様子で、旺盛な食欲を見せているシルティアーナに視線を戻し、こちらに反応がないのを確認して……ふと気になって先ほどの女性を探して、軽く腰を浮かせた。

 だが車窓のガラス越しに通り過ぎた先を見ても、既に立ち去った後なのか、その姿を確認することはできなかった。




 ◆◇◆◇




「どこかの貴族の馬車かしら? それらしい紋章や旗はなかったけれど、お忍びなのかも知れないわね」


 いま通り過ぎた馬車の行列を振り返って、私は軽く肩をすくめました。

 なんとなく視線を感じた気がして、咄嗟に屈み込みましたが、特に不審に思われた様子はなさそうです。


「フィーア!」

 呼びかけに応えて、草原に隠れていたフィーア――さすがに子牛ほどもある天狼(シリウス)が道の脇に立っていたら騒ぎになるでしょうから、お願いして伏せていました――が、飛んできて私の足元にじゃれ付きます。


「さて、帰りましょう。旅行の仕度がまだまだ大変ですからね」


 相槌を打つように吠えるフィーアとともに、私は先ほど行き過ぎた馬車と反対方向へと歩き出しました。

いちおう、ここを締め括りとして次の章へ移る予定です。


12/27 誤字修正しました。

×あのような村娘をクララを見間違えるとは→○あのような村娘をクララと見間違えるとは


3/20 誤字の訂正をしました。

×淡さこと水の如し→淡きこと水の如し

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