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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第一章 魔女見習いジル[11歳]
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肥料の相談と親友の進路

 午前中に収穫した薬草類を分別して調合部屋へ運び込んだ後、少し早めの昼食を摂りました。

 メニューは自家製――実験菜園で秋に収穫して、保存しておいたトウモロコシと南瓜――を使った、コーンスープと南瓜のバター煮というお粗末なものです……が。


「なんだいこのトウモロコシの甘みは!? 身もたっぷりで柔らかいし! こっちの南瓜も甘い! 皮までトロけるみたいじゃないの!?」


 口に含んだ途端、クリスティ女史が目を白黒させて、大絶賛を送ってくださいました。

 こう手放しで褒められると、頑張って肥料から作った甲斐があったというものです。


「ふん」

 一方、にこりともしないで鼻を鳴らしたレジーナは、特に感想もなく大皿によそられた南瓜の柔らかそうな部分を選んで、自分の小皿に山盛りにしては、パクパクと口の中に放り込んでいます。


「ああっ、師匠! 一人で7切れも独占しているじゃないですか。あたしだってまだ4切れしか食べてないのに!」

「おやそうかい。あんまり食が進んでないようだからね。代わりに処分してやったんだよ」


 自分の分の小皿を両手でしっかり確保して、取られないようにした上で、因業(いんごう)そうな笑みを浮かべるレジーナ。

 なんだかんだ言って、不満はない……どころか、相当気に入っているのではないでしょうか、このお野菜と料理を。


「あたしは美味しいものは後に残して、じっくり味わう主義なんです!」

「かかかっ。あんたはそれでいつも大事なモノを失うよねえ。婚期とか」

「け、結婚は関係ないじゃないですか! それを言うなら、そもそもの原因は師匠が行方不明になったせいで」

「いやだねぇ。モテない女の僻みは。ジル、あんたはこうなるんじゃないよ!」

「……はあ」


 なんで南瓜の1切れ2切れで、こんな騒ぎになるのでしょう? と、余計なトバッチリに頭を痛めながら、私は南瓜のお代わりを取りに厨房へと向かいました。


 結局、魔女二人はとんでもない健啖家ぶりを発揮して、軽めの昼食の筈が、大鍋一杯のスープと南瓜丸ごと2つ、さらに茹でたトウモロコシ4本を胃に収めて満足したのでした。

 ちなみに私はスープと南瓜1切れで済ませました。リバウンドが怖いのですよ、ええ。




 ◆◇◆◇




「西の開拓村へようこそ、統治官様。私は村長のアロルド・バレージと申します。こちらは妻のカリーナです」


 大慌てで玄関の外まで、クリスティ女史を出迎えに出てきたエレンのお父さんが、夫人ともども一礼しました。


「はじめましてアロルド村長。私は現帝国魔法学院で教鞭をとるクリスティアーネ・リタ・ブラントミュラーです。皇帝陛下より男爵位を賜っておりますが、統治官としては未だ就任予定ですので、その称号で呼ばれるのはいささか時期尚早でしょう。そのため本日は公務と切り離した私人として、現地の実情を確認に参りました。ご協力いただければ幸いです」

「は……はい。その……わかりました、ブラントミュラー男爵様」


 立て板に水ですらすら言われたアロルド村長は、たじたじと恐縮した様子で頷くばかりです。

 まあ見るからに『出来る女』『才媛』というクリスティ女史が相手では、朴訥な田舎の村長さんでは荷が重いでしょうね。明らかに最初から飲まれています。


(中身は、南瓜の煮っ転がしを巡って、師匠と掴み合いの喧嘩をする大人気無しさんなんですけどね)


 一歩離れたところから、このやり取りを眺めながら、私は密かにフードの下で苦笑して、手持ち無沙汰に両脇に控えるマーヤとフィーアの背中を擦りました。


 さすがに森からこの開拓村まで、延々とクリスティ女史を歩かせるわけにもいかず――最初に森にやって来た際は、【転移門(テレポーター)】から竜騎士であるエイルマー氏の駆る飛竜(ワイバーン)吹雪(ふぶき)の背中に同乗したそうです――解決策としまして、女史はマーヤの背中に、私はフィーアに乗る形で村まで移動することになったのでした。

 その間、庵の周辺の警戒は、バルトロメイが快く買って下さっています(レジーナは「辛気臭い!」と嫌がりましたけれど)。


「まずはこの村での農作物の種類と状態について確認したいのですが。どうですか?」

「あ、はい。主に穀物類……米、麦、トウモロコシを中心に、他は比較的手間の掛からない南瓜や豆、芋、それと何種類かの野菜を作っております。収穫に関しましては、5年ほど前に冷害による不作がありましたが、以後はどうにか順調です」

「ふむ。不作の時はどのような対応を?」

「基本的に畑を休ませて、自然な回復を待つしかありません。とは言え、新たに畑を(おこ)すのも大変ですし、休耕地をこれ以上増やせば村としても立ち行きませんので、畑を騙し騙し使っている状態でございます」

「なるほど。今後は非常時に備えて休耕地の確保が急務ですね。ある程度余裕を持たせられるよう、一定期間の租税の減免、もしくは各町村の状況に応じて食料の輸入と配布を検討してみましょう」

「本当ですか! そうなれば、どれほど助かることか……ありがたいことです」


 淡々と怜悧な口調で実務的に事を進めるクリスティ女史ですが、話している内容そのものは村民の側に立った、非常に好意的な内容です。

 当初、固い表情だったアロルド村長の肩が下がって、ほっと安堵が広がりました。


「ああ、申し訳ございません。このような場所で、立ち話もなんですのでどうぞこちらへ」


 村長の案内に従ってクリスティ女史と、ついでに私も宅内へお邪魔しようとしたところへ、

「ジル!」

 聞き慣れた声を耳にしてそちらを見れば、エレンが二人の兄と共に、籠一杯の穀物や野菜を持ってやってくるところでした。


「こらこら、なんだお前達。男爵様の前でそんなモノを抱えてきて」

 困惑した顔で子供たちを窘める村長の袖を、夫人がそっと引っ張ります。

「あなた、わたしが言っておいたのよ。男爵様に実際に収穫物を見てもらったほうがよろしいかと思って」


「なるほど。確かに“百聞は一見にしかず”ですね。ご配慮感謝します、ミセス・バレージ」


 なおも文句を言いたげなアロルド村長の口を遮って、微笑を浮かべたクリスティ女史が謝意を述べたことで、村長はもごもごと黙り込みました。


「それでは確認させていただきます」


 一歩進み出るクリスティ女史。

 長身の上に姿勢が良く、自然体なのに動作の一つ一つが鋭い刃物のような――私としては格好良い女性に見えますけど――彼女に気圧された様子で、兄二人がたじろいでいるのを横目に、エレンが進み出て持っていた籠を地面に下ろしました。


「どうぞ、男爵様」

「ああ、ありがとう。えーと「エレンです」」

 そう補足した私の方をちらりと振り返って、「友達かい?」と聞かれたので、私とエレンは同時に頷きました。

「はい」

「大親友です!」


 やたら勢い込んで強調するエレンに視線を戻して、楽しげに目を細めるクリスティ女史。

「どれどれ」

 それから、屈み込んで籠の中の農作物を実際に手に取って検分し始めました。


 しばし興味深そうに収穫物の吟味をしていたクリスティ女史ですが、だんだんとその表情が固い――困惑と不審に彩られた――ものになり、固唾を呑んで様子を窺っていた一同にも、自然と緊張が漂ってきました。


「……これは、普通に収穫したトウモロコシなのかい? 特に出来が悪いというわけではなく」


 手に取ったトウモロコシの太さと重さに首を捻り、皮を剥いてしげしげと中身を確認したクリスティ女史が、エレンの目を見て確認します。


「は、はい。ごく平均的か、少し出来が良いくらいです」


 さすがに緊張した面持ちで首肯するエレンを値踏みするように見て……どうにも釈然としない顔で、クリスティ女史は私を振り返りました。


「ジル。あなたが今朝茹でてくれたトウモロコシとは全然別物なんだけれど、これは種類が違うのかい?」

 そう言って差し出してきたトウモロコシは、なるほど私が作ったものより2回り細く、実もところどころスカスカで、なおかつ随分と硬そうなものです。

 ついでとばかり南瓜を地面に転がすと、まるで石のように硬質の音がしました。


「いいえ、同じ苗から育てたものです。ただ肥料の与え方など土壌の改良や育て方が違うので、その影響ではないかと……」


 私の答えに「素人の子供がなにを言ってるんだ?」という表情で顔を見合わせる、プロの農家の皆さん。

 ただしクリスティ女史とエレンだけは反対に目を輝かせました。

 もっともエレンのそれが純粋な賞賛であるのに対して、クリスティ女史のそれは、興味深い実験対象を目の前にした科学者のそれです。


「ジル、貴女……どんな魔法を使ったの?」




 ◆◇◆◇




 その後、村の主だった方々を交えて、私が試行錯誤した土壌改良方法――腐葉土と発酵肥料、そして鶏糞や追肥の必要性について――聞き取りと言う名の取調べとなりました。


 こちらとしては“前世”の記憶に基づく知識ですし、文化文明の安易な跳躍は危険という判断から、できれば時間をかけて慎重に事に当たりたかったのですが、クリスティ女史がやたら慣れた調子で、舌鋒鋭く……まるで詰め将棋のように、些細な私の言質を見逃さず取っては、逃げ道を塞ぐ論理構成で責めてくるため、洗いざらい自白を強要される形で――この方が勤務している学校の生徒さんは色々と大変でしょうね――現在の農業の問題点と、改良点について話すことになったのです。


「ですから植物も生き物である以上、充分なご飯を食べさせないと痩せてしまうわけです。その為の必要な栄養素を補給するために、現在は1年サイクルで休耕地を作って自然回復を待っているわけですが、それではあまりにも迂遠(うえん)ですし、土地を遊ばせておく形になるのでもったいないのではないのでしょうか? それを解決するために、肥料を与えることで農地を有効活用するとともに、収穫量を倍増させることも可能となるのです」


 そう言っても半信半疑……どころか胡散臭そうな顔を見合わせる皆さん。まあ、普通はそうでしょうね。疑いもしないで、スゴい良い笑顔で頷いているエレンは、ちょっと素直すぎます。


「その結果が今朝のあのトウモロコシと南瓜なわけね」

 クリスティ女史の方は、実体験としてその収穫物を口にしているわけなので、疑いよりも興味の方が勝ったようです。

 しばし黙考していましたが、やおら鋭い目でアロルド村長を一瞥しました。

「アロルド村長。正式な依頼は来年、私が赴任してからになりますが、空いている休耕地を使って、試験的にジルの言う“肥料”を使った作物の栽培をお願いしたいのですが、よろしいでしょうか? 無論、必要な経費はお支払いします」


「それは構いませんが……」

 村長が私の顔をちらりと見ました。


「勿論、私の妹弟子たるジルも全面的に協力するでしょう」

『妹弟子』を強調する姉弟子。どうやら私に拒否権はないもようです。


「ハイ、ワカリマシタ。クリスティお姉さまの仰せのままに」


 心の篭らない私の同意の言葉に、満足そうに頷くクリスティ女史。

「【転移門(テレポーター)】も付近にあることですし、今後、私の仕事場であるコンスルの町に造られる館と、この村との連絡は密にする必要があるでしょう。――そうですね。この村にこれはという人材が居れば、私の処で雇用するのも良いかも知れません」


 最後は世間話のような話題で締め括って、集まった一堂を見渡すクリスティ女史。

 それを受けて、どうやら話が一区切りついたらしい……と判断して、村人達の緊張の糸が緩んだのですが、その中でなぜか一人、エレンが興奮した様子で身を乗り出してきました。


「あの男爵様! それってあたしが侍女……えーと、奉公するのは可能ですか!? あっ、あたし読み書きはできます!」

「えええっ、エレンどうしたの?!」

「なにを言ってるんだ、エレン! いくら貧しくても、お前を家事奉公に行かせるほど困窮してはないぞ!」


 驚愕する私や、父親のアロルド村長を無視して、クリスティ女史に詰め寄るエレン。

 一瞬、眉をひそめながらも、すぐに気を取り直したらしいクリスティ女史は、面白そうにエレンの真剣な顔を眺めて、にやりと――レジーナそっくりと言ったら、多分双方から猛烈な反論が出るのでしょうけど、どう見ても瓜二つの――黒い笑みを浮かべて頷きました。


「面白い。いきなり侍女に取り立てるのは無理だけど、まずは住み込みで下働き女中(トウィニー)から始めて、見込みがありそうならうちの家令(スチュワード)と相談して取り立てるよ。まあ、やる気がないようなら即座に追い出すけどね」


「わかりました! 誠心誠意働かせていただきますっ!」


 唖然とする周囲を無視して、完全に話はまとまったとばかりに深々と一礼するエレン。


「正式にコンスルの屋敷が出来るのは来年の春以降だからね。まあ、それまで気が変わらなかったら、身支度と荷物をまとめてあたしの処に来るんだね。ああ、後で紹介状を書いてやるよ」


 楽しげに肩を揺らすクリスティ女史に向かって、「はい!」と元気よく返事をして、そのまま輝くばかりの笑顔でもって、エレンは私のところへ走り寄って来ました。


「聞いた、ジル!? あたし来年から男爵様のところで働けるのよ! これで侍女になる夢に一歩近づいたわ」


 そのまま私の両手を掴んで、ブンブン勢いよく上下に振るエレンに困惑しながら尋ねます。


「あの、初耳なんだけれど、エレンは侍女になりたかったの?」

「ええっ。きっと立派な侍女になってみせるわ。待っててね、ジル!」


 なにを待てばいいの?と、聞く前にエレンの両親の村長夫妻がやって来て、家族内の話になったため、なんとなく釈然としないながらも私はその場を後にしました。


 ちなみに漏れてきた会話からして、アロルド村長は娘を身売りするようで気が進まないようですが、夫人の方は意外と乗り気です。

 と、なればエレンのあの勢いと性格からいって、ほぼ確実に彼女の将来の進路は決まったようなものでしょう。


「………」

 私としては親友と離れ離れになり、なおかつ彼女が自立の道を選んだことに羨望と、一抹の侘しさを覚えて、なんともいえない気持ちですが……。


「さて、そろそろ帰ろうか。いや~。なかなか収穫が大きかったね」


 ただ一人、上機嫌なクリスティ女史が、そう言って私やマーヤを促して席を立ちました。


「……はい」


 ため息とともに、私は蜂の巣をつついたような騒ぎになっている村長宅から、レジーナ達の待つ闇の森(テネブラエ・ネムス)へと帰路についたのでした。

下働き女中トウィニーは料理人と女中の手伝いをする仲働きです。


なお、農業に関しましては、単純に肥料を与えれば良いものではありませんし、作物に応じて適切な管理をしないといけません。

また、輪作などで毎年違う種類の作物を植えるなど手間隙がかかりますが、とりあえず簡単な基礎の部分だけを触れた形としました。


12/25 作中の表現を「陸稲」から「米」に変更しました。

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