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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第一章 魔女見習いジル[11歳]
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門の修復と廃墟の亡霊

「どうしてこうなったのでしょう……」

 いまさらながら私は後悔に苛まれました。


 取りあえず町の中心部を基点に『転移門(テレポーター)』探して、見つからなければ、私の魔力探知(サーチ)の限界ぎりぎり50メルトの範囲で、ぐるりと螺旋を描く形で徐々に範囲を広げて、都市全土をしらみ潰しに当たるつもりだったのですが、おまけが付いて来るのは予想外でした。――言うまでもなく、おまけというのはエレンとブルーノです。


 フィーアと一緒に歩き出した後から追ってきて、

「なにがあるかわからないから、一人じゃ危ないわ! あたしも一緒に行くっ」

「力仕事が必要になるかも知れないだろう、俺も付いて行くぜ」

 私のローブの袖を引っ張って聞かず、しばらく押し問答をしたのですけれど、「うるさいんで、さっさと連れていきな!」と、耳を押さえて、渋面のレジーナに投げ遣りに命ぜられたため、結局、私が折れる形で同行を許可したのです。


 その結果――。


「な、なんか動いた、ジル! ご、幽霊(ゴースト)?!」

「どこだ?!」

「あれはただの狭霧」


「な、なんか声が聞こえる! もしかして死霊の囁き?!」

「俺に任せろ!」

「あれはただの枯れ葉のざわめき」


「ひっ! ジ、ジル。そこに妖霊(スペクター)がっ!!」

「そこか!? てやーっ!」

「あれは枯れた柳の幹よ」


 なにか動いたり、変わったものがあるたびに、エレンが私のローブの袖を引っ張りながら、必死に注意の叫びを上げ、ブルーノは刃の潰れた練習用の剣を振るって、遮二無二立ち向かうという……疲れる上に無駄な時間ばかりが過ぎる、頭の痛い状況となってしまいました。


(これは、1時間以内に探すのは無理かも……)


 既に体感で30分以上経過しています。

 で、ありながらいまだ町の中心部にすらたどり着けない状況に、私は意気込みと、気合ばかり空回りしている二人と並んで歩きながら、フードの下でそっとため息をつきました。


(物見遊山に来たわけじゃないんだけど、そうよねえ、二人ともまだ11歳だものねえ……)


 考えてみれば日本でしたらまだ小学校高学年です。一緒に遊ぶことで、なんとなく私も精神的に引き摺られて同等に見ていましたが、こちらは仮にも中身は高校生――と思うんですが、そもそも前世らしい記憶の最後の方が曖昧なので、実は「おじいちゃん、ついにボケたか?」の状況で青春時代の記憶だけ鮮明なボケ老人と化して、最期大往生を遂げた可能性もあるかも知れません――並みの知識と判断能力がありますから、仕事として割り切って行動しています。

 ですが、二人にとっては、まだ仕事とごっこ遊びとの違いを明確に意識して、行動に移せる年齢ではなかったというわけですね。


(しかたないわね、まだ精度が曖昧だけど、いまのところ安全みたいだし。……考えてみれば、あの術を試す絶好の機会かも知れないわね)


 そんなわけで時間もないことですし、私はやむなく最後の手段を採択す()ることにしました。


 立ち止まって魔法杖(スタッフ)の先端を地面に突き刺し、エレンとブルーノ、そして私の役に立とうと、災害救助犬みたいに必死に瓦礫の間を跳ね回って嗅ぎ回っている――健気で役に立つ子です――使い魔の〈天狼(シリウス)〉フィーアに呼び掛けました。


「これから全力で魔力探査(フォース・ソナー)という術を使うので、しばらく全員その場でじっとしていてください」


「うん、わかったわジル!」

「おう。じっとしてればいいんだな!」

「がうっ」

 三者三様の返事をして、その場に立ち止まる2人と1匹。


 周囲に動くものがいなくなったのを確認して、私は丹田に溜め込んでいた魔力の塊を、

「はああああっ――はっ!!」

 瞬間的に逆腹式呼吸を行う呼吸法――流派によっては『爆発呼吸』とか『雷声』『気合』と呼ばれます――を行うことで一気に解放し、魔法杖(スタッフ)を中心に、主に地中に向かって魔力波動(バイブレーション)として放ちました。


 私が『魔力探査(フォース・ソナー)』と名付けたこの術ですが、基本は通常の『魔力探知(サーチ)』の亜流です。

 ただし魔力探知(サーチ)は、物質や生物の放つ魔力波動(バイブレーション)を探知する、いわばソナー元は音を出さずに相手の出す音や電波を拾い上げるパッシブソナーなのに対して、自らが電波や音波を出して、反射した音や電波から相手との距離などを知るアクティブソナーになります。


 毎朝の薬草・毒草採りの合間に思いつきで考案したのは良いのですが、実際に使ってみると欠点も多く――起動する魔力量に応じて感知できる範囲が限定される。相手の魔力波動(バイブレーション)が小さいと跳ね返って来ない。自ら魔力を発するため魔物に対してここにいるよと花火を打ち上げるようなもの。など――まず薬草採りの現場では使えないシロモノであったため、半ばお蔵入りになっていたのですが、この状況でなら使えるのではないかと考えて、ほぼぶっつけ本番で使用してみたのでした。


「……これ……かな? 南西方面80メルト先、地下5メルト地点に強力な魔力波動(バイブレーション)を感知……かなりの大きさね」


 大小の魔力反応はありましたけれど、圧倒的な魔力波動(バイブレーション)を放っているのはその一角だけです。


「見つけたの、ジル?!」

 顔をほころばせるエレンに向かって、私は苦笑しました。

「取りあえず行ってみましょう」




 ◆◇◆◇




 小一時間後――。


 発掘された『転移門(テレポーター)』を前に、私、エレン、ブルーノ、アンディ、チャド、そしてフィーアは疲れ切って、積み重ねた瓦礫を椅子や背もたれ代わりに、ぐったりとへたり込んでいました。


 まあ、もっとも大量の瓦礫を撤去するのにあたり、主に戦力になったのは、全長4~5メルトの〈黒暴猫(クァル)〉マーヤの剛力無双と、その場でレジーナが作った簡易ゴーレムの疲れを知らない働きぶりによるものが大きかったのですが……。


 とは言え、さすがに細かい作業は人力となりましたので、宣言通りレジーナは老若男女(自分も含めて)区別なく、均等に仕事を割り振り――結果、最後の方では、全員が口も聞けないほど疲労困憊して、ただ足を引き摺るように作業を繰り返すだけとなったのでした。


「まったく、若い者がだらしないこった!」

 そんな私たちを一瞥して悪態をつくレジーナ。


 同じように肉体労働に従事していた筈ですのに、疲れた様子も見せずに、邪魔な瓦礫を傍若無人に蹴飛ばしながら、顔を覗かせた転移門(テレポーター)へと、マーヤを引き連れ、大股で向かって行きます。


『………(バケモノ)』

 この人やっぱり人間じゃないな。と、改めてレジーナの魔女っぷりに戦慄する一同でした。


 金属とも石ともつかない材質でできた、縦5メルト、横4メルト程の文字通り(ゲート)の根元に屈み込んで、手にした長杖(ロッド)を押し当てたり、何かぶつぶつ呪文を唱えるレジーナ。

 見た感じは特に壊れたり傷ついたりはしていないように見えます。


 多少なりとも疲労が回復してきた私たちが、興味深く見ていると、やがて虫の羽音のようなブーンという(ハム)音が響いてきて、やがて転移門(テレポーター)全体が青白い燐光を放ち始めました。


「……ふん。起動したかい。丈夫なもんだね」

 余計な仕事を増やしやがって、という口調で口元を曲げるレジーナ。

 

 一方、私たちはこれまでの苦労がどうやら報いられたらしいことを知って、ほっと肩の荷を下ろして互いに顔を見合わせ、無言で微笑み合うのでした。


「……とはいえ、設定が無茶苦茶だね。一度、初期化してあちら側(、、、、)で調整しなきゃ、まともに使えないね」

「あちら側とは、どのような意味でしょうか?」

「決まってるだろう、(ゲート)の向こう側だよ」


 事もなげに光を放つ転移門(テレポーター)の内側を指すレジーナ。


「それは……危なくはないのでしょうか?」

 何十年と放置しておいた装置です、どんな不具合が発生するか想像もつきません。


「さて、こればっかりは実際に使ってみないと、あたしにはなんとも言えないね。まあ、見た感じは大丈夫だろう。一応、朝までには終えて戻ってくるつもりだけど、もしも戻らなかったら、ジル、あんたは村に戻って事の詳細を伝え、ジャンの孫――エイルマーの坊主に後は任せるんだよ」


 軽く肩をすくめてのレジーナの言葉に、はじめて私はこの仕事が命懸けなのだと、下手をすればこれがレジーナとのお別れになるのかも知れないのだと、理解して顔色を失いました。


「――ッ!?」

「なんだいその顔は、まさかあたしに何かあるとでも思っているのかい? お生憎様、あたしは周りの連中に『あの婆あ、まだくたばらないのか?』って陰口叩かれながら、しぶとく生き延びて、諦めた頃にポックリ大往生する予定なんだからね。こんな半端なところで死ぬつもりはないよ!」


 そう言って呵呵大笑しながら、レジーナはまるで散歩にでも出かけるような足取りで、マーヤと連れ立って、呆気に取られる私たちを置いて、(ゲート)の向こう側へと消えていきました。


 その途端、転移門(テレポーター)全体を覆っていた燐光とノイズが消え、それはただ廃墟の中に佇む、変わった形をしたただのオブジェと化したのです。


 転移門(テレポーター)の光が消えたせいでしょうか。急に周囲が薄暗く、また肌寒くなってきたような気がして、少しだけ身体を震わせたところで、チャドが途方に暮れた顔で、夕暮れに染まる空を見上げて呟きました。


「明日の朝までってことは、結局、この廃墟で夜明かしってことだよなぁ?」

「そうだねえ。ここを離れるわけにもいかないからね。とりあえず俺たちは町外れに繋いである、騎鳥(エミュー)を連れてこよう。あと、キャンプを張れる場所を確保しよう。――そっちの方は頼めるかな、ジル。あと二人とも」

 

 アンディも不承不承同意して、置いてきた騎鳥(エミュー)を取りに、チャドと一緒に町外れへ戻っていきました。



「それじゃあ、念のために私とフィーアは、この周辺に簡易型の魔除結界を張ってくるので、二人とも邪魔な瓦礫の撤去と、瓦礫で火を焚く(かまど)を作っておいてくれないかしら?」

(かまど)を作るのはいいけど、薪はどうする?」

「そっちは私が持ってきているわ」


 薪代わりに森で拾い、『収納(クローズ)』の魔術で仕舞っておいた、枯れ枝や倒木をその場で取り出して、目の前に並べます。


「あとは、水と調味料と、一角兎(ホーンラビット)のお肉と……」


 皮袋に入った水と、岩塩の詰まった麻袋、皮を剥いで内臓を取った兎を3羽、その他調理器具など。最後に結界に使う杭を1ダースばかり取り出します。

 それらを見て、エレンとブルーノが目を輝かせました。


「すげえ、魔術って便利だなあ、俺にもできないのかな」

「馬鹿ね、あんたにできるわけないじゃない。それに凄いのは、魔術じゃなくて前もって準備をしていたジルの方よ!」


 まるで我が事のように自慢げに話すエレンですが、不意に「あらっ?!」と素っ頓狂な声を上げました。

「どうかしたの、エレン?」

「あ、ううん、多分見間違いだと思うんだけど、なんかそこの瓦礫のところに、青い炎みたいなのが見えた気がしたから」


 バツが悪そうに答えるエレンを、小馬鹿にした態度で嗤うブルーノ。

「まーた見間違いかよ。大方、鳥でもいたんじゃないのか?」


 それから始まるいつもの口喧嘩に辟易しながら、私は結界杭を持って、この周辺を一回りすることにしました。


「時計回りにだいたい12本打てば充分かしら。――フィーア、いくわよ」


 と、呼んでもついてこないフィーアが、低く唸りながら、尻尾と背中の毛を逆立て、じっと一箇所を睨んでいることに気が付きました。

 見れば、先ほどエレンが『青い炎』を見たと言っていた辺りです。


「どうしたのフィーア。あそこになにがあるの?」


 私の問いに答えるように、フィーアが鋭く一声吠えた――その瞬間、夕暮れの薄闇の中、瓦礫のそこかしこに、青い炎の塊が次々とまるで漁火(いさりび)のように浮かび上がり、私たちの周囲を取り囲んだのでした。


「「なっ……?!」」


 恐怖と混乱で絶句するエレンとブルーノの傍に、小走りに駆け戻りながら、手早く周囲の地面に魔除結界杭を打ち込んだ私は、魔法杖(スタッフ)を構えて、体内の魔力を練り上げました。


(まずいわね。さっき全部放出しちゃったから、使える魔力が少ないわ)


「ジル。こ、これって……?」


 ローブの背中に軽く取りすがるエレンの質問に、私は端的に答えました。

鬼火ウィル・オー・ウィスプ、死者の魂とも言われているわ。私も見たのは初めてだけど」


「な、なんだって、こいつら俺たちの方へ来たんだ?!」

 怯えながらも必死に剣を構えるブルーノが、悲鳴にも似た声をあげます。


 おそらくですが、私たちの一行の最大戦力であるマーヤとレジーナがいなくなり、大人二人が席を外したことで、子供ばかりが残り――与し易いと見て、ここぞとばかり亡霊たちが襲い掛かってきた……いえ、それにしては少々数が多すぎますね。

 レジーナも「30年以上経ってるんだ、そうそう根性のある幽霊(ゴースト)はいない」と太鼓判を押していたくらいですのに、これではまるで残っていた幽霊(ゴースト)が、この場に勢ぞろいしたような……あっ!!


「……もしかすると、私のせいかも」

 転移門(テレポーター)を探すために私が使った『魔力探査(フォース・ソナー)』。あれは山彦が返ってくるように、山に向かって大声を出すような魔術です。

 魔力を持った存在に対して、自分から居場所を教えるのと同じ、つまり、この亡者たちはそれを頼りに、周辺から集まってきた……ということではないでしょうか。


 いまさらながら頭を抱える私を、二人が怪訝な顔で見ていました。




 ◆◇◆◇




 切り出した黒曜石とも金属ともつかぬ、燐光を放つ謎の物質で作られた高さ7~8メルト、直径30~40メルトはある巨大な環状列石(ストーンサークル)群。

 それが地平線の彼方まで、規則的に立ち並んでいる広大な空間――恐るべきことにここは戸外ではない、途方もない広さの建造物の内側である――を形作る、継ぎ目一つない白い大天井や、塵一つ落ちていない純白の静謐な空間をぐるり見渡して、レジーナは面倒臭げに鼻を鳴らした。


「ふん、やっぱり初期化されていたかい。超帝国本土……ここに来るのも久しぶりだね」


 やれやれと緩やかに首を振った彼女の足元に控えていたマーヤが、ぴくりと背後に視線を巡らし――その瞬間、弾かれたかのように、空中で半回転しながら飛び退いて着地すると、尻尾を丸め全身を地面に擦り付けるようにして、その方角に向かって恭順の姿勢を示した。


 地上では災害(S)級魔獣と怖れられる自身の使い魔が見せる、完全な降伏の姿勢を見て、不機嫌そうに眉をひそめ、その見詰める視線の先を追って、振り返ったレジーナの仏頂面に……微かに笑みがよぎる。


 軽やかな羽音が静謐な――時間すら停止していたような、この場の空気を震わせ――停まっていた時計の針が、再び動き出したかのような錯覚を覚えた。


「――使われなくなって久しい、東部方面転移門(テレポーター)が稼動した気配がして来てみれば……なるほど、貴女でしたか」


 その瞬間、銀鈴のような涼やかな声とともに、三対六翼の純白の翼をはためかせ、美貌という言葉すら生温い――清楚にして可憐、優美にして典雅な――黄金律によって生み出された、眩い銀髪の熾天使(セラフィム)が、何処とも知れぬ虚空から、レジーナたちの眼前へと舞い降りてきたのだった。


 年齢は……よくわからない。

 少女のような無垢さと、成熟した女性の思慮深さが同居しているが、そもそも明らかに人外――それも“天の使い”と呼称される存在に対し、人間の尺度を当てはめるのが土台無理な話であろう。


「お久しぶりです〈白〉。それと真綾(まあや)、あなたも息災そうですね」


 レジーナたちの視線を受けて、その銀髪の熾天使(セラフィム)は、床の上に爪先を着けるのと同時に、柔らかく微笑みながらロングスカートの裾を抓み、優雅に一礼した。

一応、超帝国のこの後の交渉もありますが、ジル本人と関わらないお話なので、レジーナの場面はここで切り上げて、次はジルたちの戦いとなります。


12/19外伝として、この後のレジーナの行動を描きましたので、興味のある方はご照覧ください(前作「吸血姫は薔薇~」を見てたかた向けですね、こちらは)。


3/16 誤字の訂正をしました。

×ラビッド→○ラビット

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