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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第一章 魔女見習いジル[11歳]
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はじめての遠出と荒野の宝探し

 見渡す限りの赤茶けた荒地と草木の生えない岩山が連なる乾いた大地。

 空の青さと雲の白、そして大地の赤という基本三色で構成されただけの単調な風景を眺めながら、断崖の間を縫うように走る隘路(あいろ)を、四騎の騎影が黙々と進んでいました。


「………」

 行けども行けども変わらない荒涼たる山道を進むこと丸1日。騎鳥(エミュー)の背に揺られて、同行している私、チャド、エレン、アンディ、ブルーノの5人は、心身ともにげんなりです。


 元気なのは、マーヤに乗って先頭を歩いているレジーナと、私が乗る騎鳥(エミュー)の足元を行ったり来たりしているフィーアくらいでしょう。


 ちなみに騎鳥(エミュー)というのは、地面から頭の先端まで軽く3mを越える巨大な鳥で、その名の通りに騎乗して、人間や荷物を運ぶことができる鳥です。他の騎獣(馬、走騎竜(ランドドラグ)平甲獣(ウィルダーシェル)等々)に比べて、成長が早くて、比較的安価で粗食にも耐える、ということで辺境では割と多く見られます。


 まあ、その代わり重い荷物は持てない、短命、気性が荒い、文字通り鳥頭……という欠点があるそうなので、他の騎獣に比べて一長一短で、どれが優れているというわけでもないようですが。


 そんなわけで本来であれば、素人の私が手綱を握ったり、肉食高位魔獣であるマーヤやフィーアの傍に居るなどとなれば、その場でパニックになって暴れ出すそうなのですが、現在はレジーナの支配魔術で完全に服従状態となっているので、唯々諾々(いいだくだく)と私たち――と言うかレジーナ――の指示に従って、一列になって歩いています。


「なんかいつまでも同じ風景で飽きてきたなあ。なんだってこんな場所に“(ゲート)”を作ったんだ、昔の人は?」

 いい加減飽き飽きした口調で、アンディが駆る騎鳥(エミュー)の後ろに座ったブルーノが、愚痴をこぼしました。


「いや、昔はこの辺りは緑豊かで自然の宝庫だったそうなんだ」

 慣れた手つきで鞍に跨り、手綱を握っているアンディが、後ろを振り返って苦笑すると、ブルーノは半信半疑という顔で、周囲の生き物の気配すらない、死の大地を見回します。

「まあ、おれも親父から聞いた話だから見たわけじゃないけどね」


「て、ゆーかさ。頼みもしないのにくっついてきて、文句言うんじゃないわよ」

 チャドの騎鳥(エミュー)に同乗しているエレンが、面倒臭そうに後ろを振り返りました。


「なんだよ、お前だって似たようなモンだろう!」

「あたしは父さんの代わり、村長代理として同行してるんだから、あんたとは立場が違うのよ、立場が」

 勝ち誇った顔で、胸を張るエレン。


「……子供は元気だなあ」

 疲労困憊の様子でそうため息をつくチャド。相棒のアンディ同様、今回のレジーナの手伝い兼子供達の保護者役として同行している彼ですが、アンディと違ってあまり騎鳥(エミュー)に乗るのが得意ではないみたいで、かなり神経を使っているようです。


「そろそろ見えてきたみたいだね」

 使い魔のマーヤに乗って先頭を歩いていたレジーナが、誰に言うともなく普段通りの不機嫌そうな声を張り上げ、手にしていた長杖(ロッド)の先端で道の先を指しました。

 見れば崩れた岩のように見えたそれは、倒壊した都市の残骸でした。


「やっと着いたか……」


 チャドの安堵の声は、全員の共通した感想でしたが、レジーナは鷲のような鋭い目で振り返って、高々と鼻を鳴らしました。


「ふん。これからが本番だよ。言っとくが、あたしは大人も子供も仕事に関しては同等だと思っているからね、チンタラしてるとその場で豚か野良犬でも変えて放り出すよ!」


 にこりともしない真顔での恫喝を受けて、その場にいた全員が背筋を伸ばして、猛烈な勢いで頷きました。実際に昔、ヤンチャが過ぎて豚に変えられたというブルーノは、すでに蒼白の顔で必死な様子です。


 不機嫌な女主人と、それに率いられる奴隷集団……という趣の私たちは、その後、無言で目的地へと向かったのでした。




 ◆◇◆◇




 さて、私たちが森を離れてなぜこんな荒野に来ているかと言えば、発端はレジーナ宛に帝都のご親族――竜騎士でルークの父エイルマー氏からの手紙が着いた事にまで遡ります。


 今回届いた手紙は、名目こそ全てエイルマー氏個人名義になっていましたが、実際には『エイルマー氏と家族の近況』『帝都の最近の情勢』『レジーナへの依頼』に分かれていたようで、後半に行くに従って、どんどんレジーナの機嫌が悪くなっていきました。


 ちなみに『エイルマー氏と家族の近況』を読んでいた時に、

「ジル。あんた歳の近い姉妹か、親戚に同じ……シルティアーナって名前の娘はいるかい?」

 不快と不審が満杯の声音(こわね)で尋ねられて、首を捻ったものです。


「えーと……姉妹って、シルティアーナの姉妹ですよね? 別腹ですけれど、姉妹は6人で5女ですから、いちおう上に4人と下に1人いますけれど、近いのは2~3歳年上の姉と3~4歳年下の妹だったかしら……あと、親戚はわかりかねます」

「ふん。じゃあ、人違いかね。ルークにリビティウム皇国オーランシュ辺境伯の娘シルティアーナとの縁談の話が舞い込んでるらしいんだけどさ」

「ルーク君に縁談ですか!? それもオーランシュ辺境伯の娘って、それはまた……」


 ずいぶんと急な話というべきかしら、それとも、奇縁というべきでかしら?


 とは言え『シルティアーナ』との縁談というのは、おそらく何かの行き違いでしょう。奴はとっくに死にましたから。


「――真偽は不明ですけれど、まあ少なくともブタクサ姫を嫁にすることはないので、ルーク君も気楽でしょうね」


 多分、お相手は異母姉妹の誰かでしょう。

 心当たりの相手を思い出そうとしましたけれど、たまに廊下ですれ違っても、汚物を見るような目で、ちらりこちらを見るだけでほとんど会話なんてしたことがないので、中身の方はまったく記憶にありませんが。


「とはいえ、少なくとも外見(ガワ)は、私と違ってまっとうだったと記憶しております。確か、十把一絡げ……いえ、まとめて『オーランシュ家の麗華たち(ただしブタクサは除く)』と謳われていましたので」


「ふん。馬鹿馬鹿しい。美しい顔っていうのは人格や経験、年月によって作られるのさ。たかだか皮一枚で美醜やら、人間の価値やら決められるもんかい!」


 きっぱりと切って捨てるレジーナ。

 確かに正論で真っ当だとは思いますけれど、実際に見た目で価値を左右され、醜いというだけで人間性や人格まで否定されていた私としては、素直に賛同もできないものがあり……複雑なところです。


「そう……ですか?」

「そうとも。だいたいブタクサだって花は咲くんだし、若葉を食うこともできる、薬草にだってなるんだからね。“雑草”なんてひとまとめにして、いじけてると余計にひどい顔になるよ!」


 吐き捨てるようにそう言い放って、手紙をテーブルの上に放り投げると、レジーナは2通目の手紙に手をやりました。


「………」

 どうでもいいですけれども、いまのはひょっとして私を励ましてくださったのでしょうか? どちらかと言うとブタクサを強調された気が致しましたけれども……。


 2通目の手紙にざっと目を通したレジーナは、眉間に皺を寄せて、叩き付けるようにそれをテーブルに投げ出し、忌々しげに呟きました。


「……まったく、いい年こいた大人が、いちいち引退した年寄りに泣きついて来るんじゃないよ。少し甘やかし過ぎたかねえ」


 別に私の同意を求めてのことではなさそうなので、無言でいると3通目の手紙に取り掛かり……読み進めていくうちに、どんどんとレジーナの顔つきが険しく――大鬼(オーガ)でさえも裸足で逃げ出すレベルに――なったところで、マーヤがそっと足音を忍ばせて退散し、顔を見合わせた私とフィーアも恐る恐る部屋の外へと逃げ出しました。


 静かに扉を閉めて、廊下へ出た瞬間――。


「あの糞餓鬼ァ――ッ、あたしを便利屋に使うつもりかいっ!!!」


 傾きかけた小屋を一発で倒壊させかねない、猛烈な怒号が鳴り響き、私とフィーアはその衝撃をもろに背中に受けて、前のめりに弾き飛ばされ、その場へ突っ伏したのでした。




 ◆◇◆◇




 そのレジーナを激昂させた手紙の内容に従って、私たちは現在、この廃墟と化したかつての交易地へと、はるばるやって来たのでした。


「それにしても(ゲート)――いえ、『転移門(テレポーター)』でしたかしら、そんな貴重な魔法装置があるのに、どうして帝国はいままで修理もしないで放置しておいたのでしょう?」


 ほぼ原形もとどめないほど破壊された都市――この規模なら確実に『町』と言える瓦礫の墓場――を間近に眺め、尋ねた私に対してかそれとも別な誰かに対してでしょうか。マーヤの背中から――触手によって恭しくエスコートされるように――降りたレジーナが、嘲笑を放ちます。


「決まってるさ、直せる人間がいないからね。あたしだって完全に壊れてたらお手上げさ。そうなったら、超帝国の魔導工匠(メイガス・マイスター)じゃなきゃ修理は不可能だね」

「でしたら、師匠ではなく超帝国へ依頼するのが筋では?」


 あ、まずいこと言っちゃった――ぴきんっ!と音を立てて血管の浮き出たレジーナのコメカミを見て、私は地雷を踏んだことを理解し、密かに慄きました。

 気配を察した他の人たち――アンディとチャドは、騎鳥(エミュー)から降りて、荷物の整理をするフリをして距離を保ち、ブルーノは即座に回れ右をして――この場から離れました。唯一、エレンだけがその場に残って、私の手を掴んでくれましたけれど……無茶苦茶震えているのが伝染して、私まで不安になってしまうので、できれば手を離して欲しいところですね。


 やがて引き結ばれたレジーナの口元から、おどろおどろしい、聞いているだけで呪われそうな怨嗟に満ちた笑い声が漏れ出しました。

「ふっふっふっふ……まったくその通りだけどねえ。どっかの馬鹿の不手際で、竜王に吹き飛ばされた門を直してくれと、超帝国に言えるわきゃないし、馬鹿の寝言を聞いてくれるとも思えないからね。姑息にもなかったことにしてたんだよ。それを、こともあろうに、このあたしに尻拭いをしろって言ってきやがって、あの青瓢箪騎士が!!」


 怒りに震えるレジーナですけれど、結局、ここまで足を運んだってことは、なんだかんだ言ってやる気があるってことですよね。

「……あー、でも、動かせれば使える可能性はあるんですよね?」


「ふん。動けばね。あたしにできるのは起動と調整くらいだから、壊れてりゃ知らないよ。せいぜい自力で、帝都からここまで歩いてくるがいいさ、馬鹿弟子がっ!」


 今度の怒りの矛先は、現在帝都に居を構えるという弟子――私にとっては魔術の兄弟子に当たる人物――に向けてのものでした。


 転移門(テレポーター)――帝都とこの地を一瞬で結ぶ魔術装置――の修理については、実はいままでも内密の話として、レジーナに依頼が来ていたそうですが、自分にも他人にも厳しい彼女のこと、「自分らでなんとかしな!」と一蹴していたそうです。


 ところが最近になって、長いこと空位になっていたこの地域の領主を任命しようという動きが出てきたそうで、その下準備として領主に代わって任地の事務を司る統治官(代官みたいなものですね)――それが選任された、と手紙には書いてありました。


 で、選ばれたのが宮廷魔術師でもある『クリスティアーネ・リタ・ブラントミュラー女男爵(バロネス)』。レジーナの直弟子で私の兄弟子(姉弟子?)に当たる人物です。


 その関係で、しぶしぶレジーナが重い腰を上げることになり、

「……あの子は修行途中で、放り投げた負い目があるからねえ」

 心底、嫌そうな顔でため息をついたのが印象的でした。


 そんなわけで遠出する準備の為、久々にレジーナともども西の開拓村を訪問したところ、新しく統治官様がやってくる、これは点数を稼がねば……ということで、村からも人手を出すことになり、結果、なんとなく予想していた通りにアンディとチャドが選ばれました。


 そこへなぜかエレンまで立候補し、ついでにブルーノもやたら張り切って同行を希望――理由を尋ねたところ、例の『財宝の地図』の場所と近いから、ということだったみたいです(が、レジーナは古地図を一瞥して、「昔使っていた転移門(テレポーター)までの案内図だね。安物さ」と一刀両断しました。)――その勢いに押される形で、さらにアンディとチャドの口添えもあり、最終的に全員一緒に行動するようになったのです。


「それじゃあ、まずは埋もれている転移門(テレポーター)を探すとしようかい。ジル! あんた、いまは魔力探知の範囲はどのくらいだい?」


「地表ならだいたい50メルトで、地中だと15メルトがいいところです」

 唐突な質問を受けて、非常に嫌な予感を覚えながら、私は正直に現在の能力の限界を口にしました。

 一応、3ヶ月前に比べれば範囲と精度は倍以上に上がっています。


「ふん、充分さね。1時間以内に見つけな。できなかったら……」

 レジーナはそろそろ西に傾いてきた太陽を見て、盛大に鼻を鳴らしました。

「今夜はここで夜明かしだね」


 顔を見合わせて、周囲に広がる瓦礫の山々を見渡す面々。

 灰色の瓦礫と降り積もった赤茶けた砂以外何もない広大な廃墟を、乾いた風がまるで人間の悲鳴のような音を立てて、通り過ぎていくばかりです。


「ま、安心しなっ。このあたりにはさほど強力な魔物は棲んじゃいないからね」


 気楽な調子で肩をすくめるレジーナに向かって、エレンが恐る恐る手を上げました。

「あの~ぉ。ここらへんは、例の森の主の怒りを買って全滅させられたところですよね。夜になったら、住人の幽霊(ゴースト)とか出ません……よね?」


 途端、歯茎まで見せてにんまり邪悪に微笑むレジーナ。

「安心おし、30年以上経ってるんだ、そうそう根性のある幽霊(ゴースト)はいないさ。……まあ、妄執が酷過ぎて妖霊(スペクター)になった連中は居るかも知れないけど、どうせくたばった連中の成れの果てさ。気にすることはないよ、お嬢ちゃん」


 いいえ、気になります! いまの言葉で無茶苦茶怖くなりました!!


 刹那、みんなの心が一つになって、アンディとチャドが笑い顔で――目だけ怖いほど真剣に――私の肩を、同時にぽんっと叩きました。


「頼んだぞ」

「ジルならできるよ」


 取ってつけたような信頼ですね。


「……わかりました。それでは、探してまいります」


 早速私は魔術探知を最大に広げて転移門(テレポーター)を探しに向かいました。大規模魔術装置ということであれば、現在停止中で地面の下でも、かなりの魔力波動を放っていることでしょう。


 取りあえず町の中心部に当たりをつけて、そちらへ向かいました。


 転移門(テレポーター)を中心に発展した町と言うことでしたら、そこら辺が怪しいと思ったのと、なにより、この近くで師匠やアンディとチャドのプレッシャーを背中に浴びながら探すよりも、瓦礫の間で妖霊(スペクター)を相手にする方が、遥かにましだと思えたからです。

ちなみにブタクサ=薬草は迷信です。

学名の「Ambrosia」=神の食物

古来、不老不死の薬の材料とされていました。


あと、シルティアーナの異母姉妹姫たちは、一般的に外見は普通、良くて雰囲気美人ですね。

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