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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第一章 魔女見習いジル[11歳]
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幕間 新米冒険者たち

 オーランシュ辺境伯領クルトゥーラの街に数多くある酒場(多くが宿屋を兼用している)のひとつ。

 上等とは言えないまでもまずまず料理と酒は旨いと評判のその店の一角で、まだ宵の口だというのに3人の若い男女が陽気に――と言うかどこか捨て鉢な態度で――テーブルを挟んで、運ばれてきたエールのジョッキを、勢い良く打ち合わせた。


「失業記念に」

「お払い箱に」

「明日からの無職に」


「「「乾杯――っ!!」」」


 口々に絶望を語りながら、一気飲みをする3人。

 その内訳は、革鎧を着て腰に古びた長剣を佩いた剣士風の少年と、手足や胸、腰周りなど必要な部分だけに防具を付けただけの扇情的な恰好をして、年季の入った棍棒をテーブルに立てかけてた――兎の獣人族らしくロップイヤーの耳が垂れている――女戦士と、弓矢を持ったこちらは猫らしい獣人族の少女という、少々目立つ取り合わせだった。


 ちなみに少年が一番最年少で14~15歳ほど。女戦士が最年長だが、こちらもまだ17~18歳ほど。弓使いらしい少女が15~16歳といったところである。


「……これでまた明日からギルドの掲示板通いか。このまま『疾風の刃』に残れるかと思ったんだけどなぁ」

 愚痴りながら豆と干し肉を混ぜて焼いただけの所謂『安くて腹に溜まる』料理を口に運ぶ少年。


「はん。アタシはさっぱりしたけどね、あいつらいっつも人のことを嫌らしい目でジロジロ眺めやがって!」

 サラダを口に運びながら、思い出して憮然と柳眉をしかめる女戦士。大柄で膂力のありそうな見た目と違って、上流階級出身なのかスプーンを持つ手つきが一番優美であった。


「……いまだから言うけど、あそこのリーダー、わたしとライカにはグループに残っても構わないって言ってたのよ」

 ちびちびとジョッキを傾けながら、ショートカットに理知的な顔をした少女が、周囲を見回し声を潜めるようにして告白する。


 途端、酢を飲んだような顔をする少年。

「――んだよそれ!? 俺には『これ以上、大人数のグループを維持できないから、悪いが抜けてくれ』って言ったのに!」


「だから最初からあのリーダーは信用するなって言っただろう、ジェシー。そもそもあの年でまだCランクってことは、ろくな実績がないってことだ。どんな甘い顔をしても、ランクは正直さ」

 ライカと呼ばれた女戦士がエールの追加をしながら、憤慨する少年を宥めた。


「大方、お荷物を捨てて、わたしたちを愛人にでもするつもりだったんでしょうけどね。まあ、良い経験だと思うことね」

「そういうこと……いや、今回は運が良かったと言えるな。3ヶ月も食っ逸れがなく、連中の懐も潤ったからこそ、すんなりアタシらのことも諦めたんだろうし」


 毎晩毎晩、色街に繰り出しては乱痴気騒ぎを繰り広げていると、いろいろと評判の冒険者グループ『疾風の刃』。

 ひょんなことから――魔物の森である『闇の森(テネブラエ・ネムス)』に生えている『マンドラドラ』という魔草(一部好事家が珍味としている)採取の依頼を受けた『疾風の刃』だが、場所が場所だけに追加人数を募集したところへ、もともと同郷の新米冒険者集団であるこの3人が応募した――行動を共にした彼らが、偶然遺棄された貴族の馬車を発見し、念のため――リーダーは面倒臭がったが、ライカが強固に主張したため――証拠を持ってクルトゥーラのギルド本部へ報告した。


 結果、あれよあれよというまに領主様の愛娘を助けた英雄として、多額の報奨金及びギルドでの特別待遇を得ることができたのだ。


 もっとも甘い汁を吸えたのは『疾風の刃』のメンバーだけで、もともと部外者だったこの3人は、おこぼれも良いところ――それでも、治療中の領主様のお姫様の世話役を請け負った女性陣2人は、そこそこの報酬を得られた――であったが、お姫様の治療も一段落着いたということで、揃ってお役御免となった。


「そりゃ俺だって、そうそう旨い話が転がってない事くらいわかってるし、少なくとも人助け――それも子供でお姫様を助けられたって言うんだから、文句を言うのは贅沢だってのも理解しているけどさ」


 どうにも釈然としない顔で、小麦粉を練って僅かばかりの豚肉と香草を挟んで焼いた、パンとピザの中間のような味気ない料理を切り分けて、憤然と辛味調味料をかけまくるジェシーと呼ばれた少年。


「そのお姫様が『リビティウム皇国のブタクサ姫』だったわけだけどね」


 軽く肩をすくめる少女を睨むジェシー。

「ブタクサとか関係ないだろう、つまんない事言うなよエレノア」


「おおぅ、さすがは勇者の子孫だけあって言うことが恰好いいね~っ」


 茶化す口調のエレノアと呼ばれた少女の言葉が気に触ったのか、それとも単に調味料を付け過ぎたせいか、料理を口に咥えたまま盛大に顔をしかめるジェシー。


「ジェシー、あんまりかけるなよ。辛すぎると頭がパーになるぞ」


 追加のジョッキを豪快に傾けながら、年長のライカが気楽な調子でジェシーに声をかけ、場の雰囲気を和らげた。


「……勇者とか、豚草(ブタクサ)とか、そういうレッテル貼りは嫌いなんだよ、俺は」

 弁解するように付け加えて、エールで料理を流し込むジェシー。


 さすがに調子に乗りすぎたと思ったのか、悄然と視線を下げるエレノア。気持ちに合わせて頭の上のネコ耳も垂れていた。


「というか、そもそもウチの曾祖父さんが『勇者ジョーイ・アランド』とか絶対嘘だと思うぞ。確かに同姓同名で冒険者だったらしいけど、子供の頃、曾祖母ちゃんに聞いた話や、祖父さんから聞いた人物像って言えば、『やることなすことピントハズレ』『思いついただけで実行する考えなし』『良かれと思って空回りする阿呆』と散々だったし。で、最後はいい年こいて「未知の大陸が俺を呼んでいる!」と言って暗黒大陸へ渡って、そのまま行方不明。報せが届いたら、冒険者仲間が喝采を叫んだ……なんて、ある意味伝説があるくらいだしなあ」

 どう考えても別人だよ――と締め括って、本日の料理のメインディッシュである野鳥の丸焼き(ロースト)に手を伸ばす。


 そんなジェシーの話を聞いて苦笑しながら、同意するライカ。

「確かに。アタシも冒険者を始めて2年程度だが、その間に自称『勇者ジョーイ・アランドの子孫』ってのに5人は逢っているしな」

「あーっ。そういえば、わたしも2人に逢ったことあるわ」

「だろう? そもそも曾祖父さんが女神様から貰ったって与太話で言っていたこの剣だって、そこそこ上等な魔剣ってなだけで、古代武器エンシェント・ウエポンでも神話級武器(レジェンド・ウエポン)でもなんでもないんだぜ」

 そう言って腰に佩いている剣をポンと叩くジェシー。


「なんだ残念。本物の勇者の子孫だったら、お姫様を救っていかにも新たな伝説の幕開け……かと期待したのに」

「そうそう演劇みたいな筋立てがあってたまるか」


 そっけなく応じるジェシーに対して、「それもそーか」とあっさり納得するエレノアであったが、ライカが妙な顔をして考え込んでいるのに気付いて、怪訝な顔になった。


「どうしたのライカ?」

「いや、筋立て……という言葉がどうにも引っ掛かってな。なんとなく今度の一件、妙に出来すぎていて誰かが台本を書いて、アタシらが踊らされた気がするんだ。――いや、まぁ、気のせいだろうが」


(自棄)酒の席で不謹慎だと思ったのか、そう言って笑い飛ばそうとするライカを、今度はジェシーが制した。


「いや、待ってくれ。俺たちの中ではライカが一番経験が長いし修羅場もくぐっている。その勘に引っ掛かったことがあるんじゃないのか?」


 エレノアが虚を突かれた表情を浮かべた後、真面目な顔で考え込んだ。

「そういやそうよね。言われてみれば妙な話よね……そうよ。変よ。そもそもお姫様を直接助けた冒険者ってのが誰か、誰も知らないのが変よ。箝口令をひいても絶対にどっかから漏れる筈よ」


「ふむ。そういえばあのお姫様にも妙なところがあったな」

 改めて言葉に出すことで、喉の奥に引っ掛かった小骨のような違和感を整理するライカ。

「貴族の娘にしては動きに優雅さがなかったし、態度も愚鈍そのものだった」


「それは……『リビティウム皇国のブタクサ姫』って言えば、見た目は醜悪、中身は無知驕慢って有名じゃない。もともとなんじゃないの?」


 エレノアの疑問に「いや」と首を横に振るライカ。

「貴族というものは、どんな馬鹿な愚物であっても……いや、逆にそうであればあるほど、特有の思考と雰囲気というものをもっている、夜郎自大という奴だ。そういう中身のない高慢さが黙っていても臭うのだが、あのお姫様にはその手の気配がなかった。どちらかというとアレは売り買いされる――」


 そこで口を噤んだ彼女は、すっかり酔いの醒めた顔で素早く周囲を見回した。


「……今回の件は、我々の手に終えない、どうにも嫌な予感がする」


 エレノアも薄気味悪そうな顔で、さり気なく周りに視線を飛ばした。

「じゃあ、どうしたら良いと思うのよ?」


「少なくともこれ以上深入りしないことだな」

 難しい顔で苦々しく答えるライカ。

(とは言え、現時点でどのあたりまで踏み込んでいるのか……)

 もうすでに見えない糸に絡み取られているような気がして、彼女は眉をしかめた。


「いっそこの国を出ないか?」

 それまでじっと考え込んでいたジェシーが、唐突にそんなことを言った。


「……出るってどこに?」


 目を丸くするエレノアに向かって、悪戯っ子のような笑みを浮かべるジェシー。

「ここってグラウィオール帝国の隣なんだろう? せっかくだから帝都まで足を延ばしてみようぜ」


「――ふむ。いい考えかも知れんな」

 それを聞いたライカが、あっさりと賛成に回った。

「誰が脚本を書いたのかは知らんが、さすがに舞台を降りた端役まで始末しようとは思わないだろう。アタシは賛成だな。どうするエレノア、別に無理して付き合うことは」


「あー、はいはい、わかったわよ。この際大陸の端まで付き合うわよ」

 降参というように両手を挙げて、エレノアも賛同した。


「そうか、では失業記念の飲み会から、新たな土地への出発式へ変更だな」

「ああ。その方が気分も盛り上がるぜ」

「もう今日はとことん呑むわよ!」


「「「乾杯――っ!!」」」


 再びエールのジョッキが打ち合わされた。ただし最初とは違い、全員が憑き物が落ちたような晴れがましい笑顔であったが。




 ◆◇◆◇




 この2日後に、3人の新米冒険者がクルトゥーラの街を発った。


 さらにその3日後、冒険者グループ『疾風の刃』は、ギルド長の依頼により再度『闇の森(テネブラエ・ネムス)』の調査に出かけ、全員が魔獣に襲われ全滅するという悲劇に巻き込まれたのだった。

次回は「風の王子と卵の少女」(仮)の予定です。

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もよろしくお願いします。
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