悲願花
毎年この時期になると、彼岸花を傘とかその他棒状のもので伐採しにかかるクソガキが居る。
まぁ、気持ちはわからんでもない。
唯一の防護服である「葉」すらない、細く長い茎が、ある一定のラインに整然と立ち並んでいる。決してしなることなく垂直にそびえ立つその様は、見る者に「はやく居合い斬りカモオオオオオンッ!!」と言っているように聞こえるのかもしれない。いや、知らんけれども。
だけどだ。別名「死人花」とか言われている彼岸花を、というか彼岸花でなくても花がクソガキの道楽で滅茶苦茶にされている様は、傍から見ていてあまり気持ちの良いものではない。
「なぁ君達」
私の影が少年達に降りる。
一切の遠慮もない怪訝な目が向けられる。
「……毎年毎年、このお彼岸の季節に絶妙なタイミングで忽然と現れるこの花を、少しは気持ち悪いと思わんのかね」
「何オッサン、不審者?」
「君達が不審者と言うなら、私は不審者だ」
どっこいしょ。
私は水田のほとりに腰を下ろす。
夕焼け背に受けて更に赤を映えばえとさせた彼岸花が、水田を囲むように真っ直ぐと、遠い遠い田んぼの向こうまで咲いている。それはもう、どこまでも、先が見えないほど連なって。
その、小一時間ほど景色だけを眺めていそうな私の空気を察したのだろうか…… 美しい景色を堪能していた私の眼前を覆い尽くすのは、警戒心の消えた汗臭い小さな頭がひぃふぅみぃ。
どうやら、哀愁を漂わせ過ぎたのか、コイツは誘拐を企てられるほどOUTな方向で元気じゃねぇと評価して頂けたらしい。結構な事だ。
この中で一際声のデカいクソガキが喋る。
「おっさん、怒りにきたのかと思ってたんだけど」
少しは気持ち悪いと思わんのかね―― 私は数分前に言った事を思い出す。
「それはそれは、怒られるという自覚があったなら私は」
「じゃなくて…… なんか、怪談じみたものがあんの…?」
ひゅうっ、とひんやりとした風が通り抜ける。
急に上目づかいになった子供。先程までの覇気は無く、どうやら私の意味深な言葉が、彼らの中でリフレインしているのが見て取れて、
「ああ。それでは君達の期待にお応えして、このお彼岸の季節に、狙ったように咲く彼岸花がもっと気持ち悪くなる話をしてあげよう」
楽しくなった私は、その不安を煽ってみることに決めた。
子供たちが喉を鳴らす。
「秋分の日…… 君達は、どうしてこの日に、お墓参りに行くか知っているだろうか」
「オレん家墓参り行かない」
「……そうか、可哀想だからいってやってくれ。今日は俗に言う、『あの世』と一番繋がりやすい日だからな」
「えっ、そうなの!? 」
「気持ち悪ッ!! 」
西方にあると言われている、『あの世』。
そしてこの日は、昼と夜の長さがほぼ等しくなるので、太陽が真西に沈む。つまり、あの世とこの世が交わる日、ご先祖様と通じ合いやすい日だ。
「主な彼岸花の分布地は、水田の周りと、墓だ。墓の周りに彼岸花を植えたのは、来訪者が道に迷わないようにする為もあるが―― 第一に、その毒性から、モグラ等の動物を退ける為に植えられていた。昔は、死体は殆どが土葬だったからな」
日が沈む。
子供達の顔が土気色になっている。
そのご先祖様のご遺体を守る花を伐採するなんて、罰当たりもいいところだろう。
「それに、彼岸花はあの世とこの世を司る花だ。下手なことをすると、あの世とこの世の間に囚われてしまう。気を付けるといい」
「……ねぇ、オレらどうなっちゃうの?」
おっと、少しやりすぎたらしい。
「なーに、もうやらなければいい」
私は大層ご満悦だった。
あのクソガキどもが終始無言で立ち尽くしてるからだ。これで私も安泰と言ったところだ。
「でもさ」
「ん? なんだ? 」
「水田に植えられてるのはなんで? 」
「そりゃあ、モグラから田畑を守る為だわな。あと、まじで食べるものが無くなった時、最終手段で毒を抜いて食すとも言われている。意外とデンプンたっぷりだからな、彼岸花」
「まじで!? おい、ちょっと取って帰ろうぜ! 」
「あっ、ちょまっ」
私が手を伸ばすや否や、クソガキ共は新たに数本彼岸花を伐採しながら採取し進み、もう手の届かぬ水田の向こうへと駆けて行った。
私はふぅっ、とため息を一つ付く。
そして、伸ばしたその手をそのまま静かに横に引いて、水田を『閉じた』。
あの子供たちが、同じところをぐるぐるしているのに気づくのは果たしていつになるだろう。
何、飢えて死にはしない。
ここには、私がこんなに生えているのだから。