間違い合ってる
「あの…すいません、ここドコですか?」
扉が開き、目の前に現れた男が不安そうに私に尋ねた。薄暗い玄関をきょろきょろと見渡し、カウンターに座っている私を怪訝そうに覗き込んでいる。私は机に広げてあった名簿の写真と、男の顔を見比べてあっと声を出した。
「あれっ!? すいません、間違えました。あなたじゃなかった!」
「え?」
「人間界の今日、交通事故で死ぬのは別の人間でした!これは申し訳ない!」
男はまだ事態が飲み込めていないようで、眉を潜めた。私は引き出しの中から名刺を引っ張り出した。
「申し遅れました。私、ここで死者の行き先案内をやっております、死神課の田畠です」
「シシャ?」
「ええ。とんだ間違いで。今日四つ角に行かれたでしょう?」
「ああ。それから、急に目の前が真っ白になって、そこからどうも記憶が…で、気がついたらこの廊下に立っていたんだ」
男が首を捻った。私はゆっくり説明した。
「死んだんですよ、あなた。四つ角の交通事故で」
「なんだって!?」
「怒るのも無理はない。だって予定だと、死ぬのはあなたじゃなく、あなたの目の前を歩いていた男の方でした。本当に申し訳ない」
「申し訳ないって…どうしてくれるんだ」
ようやく理解した彼は、途方に暮れて弱弱しい声を上げた。私はどんと胸を叩いた。そして引き出しの中から、今度は緊急用のスイッチを取り出した。
「安心してください。さあ、目を閉じて。気がついたらあなたは、事故に遭う前に戻っていますよ」
説明が聞きたそうに顔をしかめる男を無視し、私は笑顔でスイッチを押した。静かになった入り口のカウンター内で、私はため息をついた。長年この仕事をやっていると、こういう間違いもたまに起こってしまう。これだから鬼の連中に、役所仕事だなんだと陰口を叩かれるのだろう。大体、上の奴らがもっと現場との連携をしっかりとらないから…。
「…っとと」
私が頭の中で愚痴を渦巻かせている間に、また扉が開く音がして次の死者が死役所に入ってきた。
「あれっ!?」
私は驚いた。目の前に立っていたのは、先ほど生き返らせた男だったのだ。
「またあなたですか! 事故に遭うべきはあなたじゃない。あれは我々の間違いだったと教えたのに!」
「確かに、お互い間違い合ってるかもしれねえが」
男は諦めたように肩をすくめた。
「でも目の前で轢かれそうになってる男がいたら、何回時間を戻したって、やっぱり助けちまうもんだろう?」