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サイン
作:あきざくら



第三話


「つーかさ、工藤、お前このままでいいのか?」

 午前中の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、一斉に賑わいを取り戻した校内。購買へお昼ご飯争奪戦に向かう生徒で廊下は埋めつくされ、教室内には数人の生徒しか残っていない。そんな中、新一は机の上の教科書やらノートやらをゆっくりと片付けていた。
 そこへクラスメイトの北原が近寄ってきた。

「旦那なら、なにかする事あるんじゃないのか?」
「なにって何をだ?」
 ってか、旦那じゃねぇよと、新一は不機嫌そうな顔で話しかけてきたヤツを迎える。
「あのな? 仮にも毛利はお前の奥さんだろ? 他の男と付き合っていてもいいのか?」
 そう言いながら、北原は新一の前の席の椅子に逆向きに腰かけた。
「俺達は夫婦じゃない」
 どっかりと座って話込む事を決めたらしいクラスメイトに、新一は不快感をあらわにした。
「じゃあ、恋人!」
「付き合ってもない」
「も、もしや……あ、愛人!?」
「バーロ、んなワケあるかっ!! 飛躍し過ぎだろ!!」
 バカな事を言う親友にに思わず突っ込みを入れる。ここで『昼ドラか!』と突っ込めば"タカア〇ドトシ"になったのだが。

 はぁ、と、新一は顔に手をやり、わざと盛大なため息をついた。
 あまり、触れてほしくない話題だな……
 新一は指の隙間から北原に目をやった。すると、もうお手上げといったふうに天井を仰いでいる北原が写った。

「じゃあ、なんなんだよ〜…」
 北原に泣きが入る。
「ただの……。ただの幼なじみだよ」
 新一がポツリと言った。
 その台詞に北原は顔を元に戻すと、窓の外の遠くに視線をやっている新一が写った。その表情は、どこか寂しげで、切なそうだ。

「でもよ、幼なじみでも、好きなんだろ? 毛利のこと」
 コンビニ弁当を机の上に広げながら北原は言った。ズバリ、核心的なことを聞く。
「ったりめーだろ」
 野暮な事聞くなよ、という新一の声は聞き取れないほどに小さいものだったが、ようやく聞けた新一の素直な返事に、北原の表情は和らいだ。新一とは小学校からの長い付き合いになる。この台詞が出るまで、どれだけの時間がかかったことか。今までなら、蘭への恋心さえも完全に否定していたくらいだったから。
 へぇ…と、北原は静かに笑みを漏らした。
「珍しく素直な返事じゃねぇか。ようやく認めたか?」
「悪いかよ」
「いいんじゃね? 人間素直が一番さ」
 パキンと、北原はわりばしを割り、鶏の唐揚げを摘んで、口の中に放り込んだ。しっかりと咀嚼して飲み込む。

 そんな様子を見て新一もカバンから弁当を取り出した。よく見慣れた、ピンクの花柄のふろ敷に包まれた弁当。しばらくじっと見つめ、それからゆっくり固い結び目を解いていった。
「その弁当……今日も奥さんの手作りか!?」
 北原は驚いたように言う。
「……ったく、蘭のやつどういうつもりなんだか」
「彼氏が出来ても、弁当だけは作ってくれるんだな」
「みたいだな」
「……気持ち察するぜ、工藤。」
 北原はポンと、新一の肩に手を置いた。
 たとえ、幼なじみであったとしても、新一が一人暮らしで食べるものがおろそかになっているからと、理由をつけて弁当を作っていたのは、少なからず新一に対して恋心があるからと思っていた。しかし、新一に対して恋心がないとすると、ただ本当に哀れんでいただけなのか……。複雑な気持ちになる。

「で、これからどうするんだ? まさか、このまま他の男と付き合っているのを黙って見ているワケにもいかんだろう」
「そうだな……でも、蘭が決めた事ならしょうがないさ。」
「黙って見てるんだな?」
「いや、暖かく見守ってるよ」
「よゆーだな。旦那の貫禄ってやつか?」
「貫禄もなにもないさ。蘭が幸せならそれでいいんだ。」
 そう言って新一は弁当箱を開けた。中には新一が好きなダシ巻き卵が入っている。

「そういえば、鈴木と奥さんは?」
「弁当食いに屋上まで行ったんじゃねぇ? つもる話もあるみたいだからな」
 新一はダシ巻き卵を一つほおばった。
 いつもと変わらない、蘭の作るダシ巻き卵の味。シンプルだが、新一が一番好きなもの。一番食べ慣れたもの。しかし、今の新一にはあまり美味しくないように感じた。

「まぁ…さ、お前はどう考えるか知らないけどよ、俺なら、そんなやつやめて俺の所へ来い!って言うかな…?」

 新一は顔をあげた。

 真剣な表情の北原と目が合う。


「他人の幸せを考えて自分な気持ちを抑えるなんて、それは本当の幸せなんかじゃない。
お前も、そろそろ自分の幸せを考えたらどうだ?」


 北原の台詞が新一の心にこだました。

 少しだけ、心にかかっていた霧が晴れた様な気がした。



 ブー、ブー……
 突然新一の胸ポケットに入っている携帯が振動する。新一は素早く取り出し、ディスプレイに映し出した文字を見るなり顔を引き締め、通話ボタンを押した。
「もしもし、工藤です」
 普通の高校生から、一瞬で探偵の工藤新一に変わった。
「……分かりました、すぐ行きます」
 そう言うなり、新一は再び携帯を胸ポケットにしまうと、机に広げていた弁当を素早く片づけ始めた。結局、食べたのはダシ巻き卵、一つだけ。
「事件か?」
「あぁ」
「ったく、いっぱしの高校生なのに、探偵は大変だな?」
 北原は皮肉を込める。
「まあな」
 担任に伝えておいてくれと、カバンに荷物を突っ込みながら新一は言った。そして、片手に鞄を持ち、もう片方の手で椅子をしまうと、すぐに身体の向きを変え教室を出ようとした。

 だか、なにかを思ったように、はたと立ち止まる。


「北原っ! ……サンキュな」


「おうっ! 頑張って行って来いよ!!」

 新一は教室を後にした。


 * * * *


「なるほどね〜。事情はよく分かったわ」

 雲一つない空の下、園子の言葉は透き通るような青に吸い込まれていった。校内のざわめきはここまでは届かず、まるで外界から隔離されたかのように静かだ。校舎の屋上にいるのは、園子と蘭の二人だけで、他に人影は見当たらない。

 園子は屋上のフェンスにもたれかかって、蘭の話を聞いていた
「わかったわ、蘭。事情はよ〜くわかった」
「園子に相談なしでごめんね」
 蘭は、フェンスを両手でつかみ、すぐ下にあるグランドを見下ろして言った。
「謝んなくてもいいよ。安心して、私は蘭の味方だから。」
「園子……」
 蘭は隣で空を見上げている園子を見た。
 その視線に気付き、園子はニシシと笑った。

「まっかしときなさいよ! この天下の鈴木園子様に出来ないことはないわ!」
 エッヘンと、胸を張る。

「ありがとう園子!」
 蘭は園子に抱きついた。

 この子が幸せになるんだったら、なんだってやってやるわ! 園子はそう心に決めた。

 ふと、目の端に移る人影が気になって、グランドの方に視線を動かした。
「あらあら、やつはまた呼び出しをくらったみたいよ」
「さすが、大馬鹿推理之助、あいつは事件が好きなのよ」
「こんな時に、まったく忙しいやつね」


 二人はそっと、校門から出で行く背中を見送った。



 柔らかな風が吹く。



ご愛読ありがとうございます!

第三話目でございます。
今回の話は主に、新一とクラスメイトの北原で進んでいますが、なんか淡々としているというか、話の動きがあまりなくて、きっと物足りなさを感じた読者様が大勢いらっしゃると思います。
ん〜……精進します;
次回もよろしくお願いいたします。











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