第十七章 鳥篭の中で (2)
没溺から引き上げられ、放り出されてしばらく。「何も答えられねぇのかよ」という呟きが落ちた。
「それとも男にやられた衝撃のあまり唖にでもなっちまったか、ええ? どこぞのお坊っちゃんは?」
露出したままの腹部をけりあげられ、またもや窒息する。顔に傷のある男は続けた。
「いいざまだ。ざまぁみろだ。俺はてめぇが可哀想だなんて思わない。なぜって今お前が味わっている屈辱も痛みも、それはかつて俺たちが味わったものに違いないからだ。だから分かることもある……お前だって昨晩、思ったろ。なぜこんなにも痛めつけられきゃならない、やるならやるで、どうして普通にやってくれないんだって」
長靴のかかとが、肋骨をなぞり、みぞおちを探し出し、わずかに振りかぶって下ろされた。昨晩、執拗に蹴り付けられた場所の一つだった。
「そいつはな、お前が抵抗したらだよ。お坊っちゃんの手習いか何か知らないが、そいつを披露して身の程知らずに抵抗した。馬鹿だよ、お前。勝てるはずがないだろう? お前みたいなひょろっとした餓鬼が、大人の男を多勢に相手どって何か出来るとでも思ったのか? それがまぁなまじっか少しばかり動けるだけに、いきがって抵抗するから、このざまだ。抵抗して、しかも汚いものでも見つけたような目で俺たちを見た。だから、こうなった」
内臓をえぐり、沈み、食い込む痛みの中で、ほとんど習い性となったように歯を食いしばる。
「もう一つ。悲鳴をこらえるのも、いけない。人間が人間に暴力を振るうのはな、とどのつまり泣き叫んで痛がって、惨めな姿をさらして欲しいからなんだよ。だからお前みたいに意地でも声など出すものかと我慢すると、相手は鳴かせるために際限なく暴力の段階をあげちまう。今回はぶっ壊されなかっただけ運が良かったと思うんだな。
こいつにこりたら、次からは痛いと感じるまえに泣いちまえ。自分から足を開け。くわえろ。よがれ。犯されながら感じるフリをしろ。なに、いずれフリでもなくなるさ。肝心なのは相手以上に淫らに、醜悪に振る舞うことだ。そうしたら相手は満足する。お前を見下すことが出来るからだ」
足が離れていく。代わりに頭上でごそごそと何かが外される音がしはじめる。もう一度頭髪をつかまえられ、引き寄せられる。
「俺はあいつらと違って男の平たい胸や尻に発情する趣味はない。だがお前の面は女みたいだからな。正直、割と好みだ。まあ面を見てるぶんなら我慢できる。それに今は朝だからな。このままじゃ小便もままならねぇ……おっと、お前にはこんな事説明するまでもなかったな。昨日まではいちおう雄だったんだから」
くぐもった笑い声。鼻先に突きつけられたそれは自己申告どおり、すでに膨張状態にあった。
「歯を立ててでもみろ、殺すぞ」
唇にあてがわれた異物を受け入れる。昨晩と変わらない。違うのは自分から動かしているということだけだ。舌も唇もつかって、覚えたての奉仕で排泄行為をうながし明日という扶持を稼ぐ。
いましがた男に言われた言葉が浸透したのか、体がこれ以上の暴力を忌避したのか、それともまだ生にしがみつく心がどこかに残っていたのか。何であれ同じだった。死なないでいる事が絶対条件であるならば、その確率を上げるべきだという男の言辞に誤りはない。
「いつまでも下手糞だと、お前自身が辛いぞ」
そう言って、要領をえない動きに焦れたのか、頭に両の手があてがわれ、一気に喉奥まで挿入される。えづき、嘔吐を予感した体が飛び上がるが、頭を押さえつける手に留められ、いきおいそのままで嘔吐の発作と窒息、それにともなう痙攣を経験する。視界が赤く点滅するが、もう意識を手放すことはない。
それが相手にとっての快楽なのだと知ったのは口の中の感触と、そして今や己一人で動く男の勢いをました前後運動からだった。空っぽの胃からわずかに駆け上がった胃液が唾液とまじりあって、抽挿の度に口の端からこぼれた。揺らされるたび、手首の拘束具が後ろでじゃらじゃらと音を立てていた。
やがて男の動きが止まり、今度は男の痙攣がやってくる。壊れかけの噴水のように、頼りなく、間断をともなう放出が口腔に繰り返され、そこから粘性のある液体のぬるさ、味、臭いが広がっていく。口と鼻はつながった器官であり、味覚と嗅覚はやはり不可分だったと思い出す。
すべてを受けきると、かすれた声が頭上でうめいた。
「飲め」
要求を入れた。口内の一箇所に貯め、唾液や胃酸と共に一息に飲み込んだ。
ひたすらにまとわりついてくるような味と感触だけが口に残った。口壁や喉の管にはりつき、そこに留まり続けるような感覚。肌につけば、瞬く間に渇いて糊のようになる白濁色のぐずぐずとした液体を体内に取りこむ。飲んでも毒ではない、と昨晩教えられた。たとえば同じ場所から出る、もう一つの排泄物が人体にとって毒ではないのと同様に。
すべてが終わり男が前をなおすと、いま一度「喰え」と最初の流動物を指し示された。これも入れた。後ろでに縛られた姿のまま、犬のように顔を埋めて食った。
相手の満足をうながすのが得策だと思ったのか、本当に腐ってなどなく煮沸消毒がなされていると信じたのか、だから少しでも体力をつけるために必要だと判断したのか、そんな事は二の次の問題だった。
考えていた。これからいかにして振るまえば、この素焼きの皿を残していってもらえるか。そしてそれが割られて破片となった際、どれくらいの強度と鋭さを誇り、何の役に立ち得るか。それを考えていた。
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アシャンは目を開ける。
何を確認するまでもなく、背中にじっとりと張り付いた感触が寝汗の量をつたえていた。寝台を這い出す。だが隅にいくまで持たなかった。かろじて寝台の上ではなく、木目の床の上に嘔吐することに成功した。もっとも胃に大したものは入っていないので、出るのはもっぱら黄味がかった微量の胃液ばかりだった。
口をぬぐいながら、めずらしいと彼は思う。まだ何かをひきずっていたのか。あの頃の夢を見るのはめずらしい。こんな事で吐くのはもっとめずらしい。
そう思ったところで、そうでもなかった事に彼は気づく。確かにこの手の夢でそうそう吐く事はなくなっていたが、夢を見ること自体はめずらしくも何ともなかったと。そう。めずらしいと感じるとしたら、単にここ暫くこういった夢を見ることも吐くこともなかったせいだ。
窓に目を向けると、夜はもう白みはじめている。後半刻もしない内にフィオラが扉の前に立つだろう。
アシャンはわずかな吐しゃ物を片付け、たらいの水で寝汗を拭きとり、身支度をととのえる。少し寝過ごしてしまったようだ。急がなければならない。
フィオラが迎えにくるまでに、昨晩つくりかけで放置し、今日皇女に渡す予定になっていた教材の一覧表を作り終えておこう、と彼は思った。
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