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暗殺者と姫君
作:ばいばるす



第十七章 鳥篭の中で (1)


 ことり、と何かが置かれる音がした。
 すえた臭気、何かが腐りかけた臭いを感じて、薄目をあける。

 「飯だ、喰え」

 上方から降ってくる声を聞くも、顔を上げるだけの体力が惜しかった。
 視界の先には、生活のごみがこびりつき踏み固められた剥き出しの地面。その上におかれた素焼きの皿と、その中にある物体。異臭をはなち、蠅を引き寄せる、どろどろと白濁した流動物。
 雑穀の粥なのだ、と理性は伝えてくる。

 「腐りかけだが腐ってはいない。ちゃんと火だって通してある。俺達の飯だって、それとそう違いはしない。外では、こんな飯にさえありつけない連中がうようよしてるぜ。放り投げてやったら、奪い合って殺し合いがはじまるくらいさ。せいぜい神様にでも祈りをささげながら、味わって食うこった」

 少しの沈黙をはさんで声は続けた。笑い混じりに。

 「昨晩はお勤めご苦労様、お嬢ちゃん。といっても途中で気絶したから良く覚えてないか? まあ一度にあれだけの人数、相手にさせられたんだ。連中、油も何も使ってくれなかったもんな、途中でぶっ倒れたって何も恥じるこたぁない。今朝はゆっくり寝ていればいいさ。娼婦ってのはな、もともと朝は遅く昼はヒマなもんだ。やがて来る夜のために何か腹にためとくくらいしかすることはない。なに、遠慮はいらん。こいつは言ってみればお前の昨晩の稼ぎだ」
 
 視線の先、異臭を放つ流動物があった。稼ぎ、と声は言った。“これ”が稼ぎ。昨晩の稼ぎ。とすれば今夜も稼ぎ、こうして明日の朝また自分が稼いだ扶持ふちを鼻先に置かれるのだろうか。

 「正直、意外だったぜ。てっきりもうくたばってると思った。残念でもある。俺は、お前が今朝までに舌を噛んで死ぬ方に一口かけてたからな。お前は育ちも自尊心も高そうに見えたし……それにお前、あれだ」

 わらう。

 「はじめてだったんだろ?」

 声は哂う。

 「あの反応じゃそうだよな。にしてもとんだ読み違いだ。はじめてで女に突っ込む前に男に突っ込まれて、散々まわされて、まさか生きていられる神経を持ち合わせているようには見えなかったんでな。なんだかな……少しがっかりした。
 お前みたいに生っちろい、ろくろく働いたこともなさそうな……そう、手に剣を握った肉刺まめはあっても、あかぎれや霜やけの跡はない餓鬼。
 豪商の息子だか貴族の息子だか知らないが、とにかく俺達とは産まれも育ちも別格な人間はだ、そういう人間は俺たちとは違って、もそっとこう……そう、何かの“誇り”とかってヤツがあるんじゃないかと思ってた。みじめたらしい生にしがみつくんじゃなく、引き際のいい死を選べるような。それがどうだ」

 頭髪をつかまれ、ひきあげられた。その拍子に、後ろ手に手首を拘束する鎖が、じゃらりと鳴る。
 不鮮明な視界に大写しになる人間の顔を見て、相手が顔に傷のある男なのだと知った。昨晩ここで射精した人間の中に顔に傷のある男はいただろうか、それともただ見ているだけの顔の中にいたのか、分からない。

 「興ざめだ。とんだ期待はずれだ。男にまわされて、死ぬに死ねずに今夜もまわされるのを選ぶなんていう男は……腐れ坊主や貴族の愛玩動物ならともかく、真っ当な農夫の男には絶対にいないぜ。俺もな、こう見えてずっと昔は畑をたがやしてた」
 
 髪をつかむ手に力がこもり、下に押さえつけられる。

 「まあそんな事はどうでもいい。喰えよ、この先もみじめたらしく生きるために。こいつはてめぇがそのために男に尻をいじらせて稼いだもんなんだから」

 そうして先刻おかれた皿の上、流動物の中に顔を突っ込む形となった。頭を押す手の力は強く、息が出来なくなった。

 「それともあれか? 尻はあけわたそうと矜持はあけわたさない。貴族のお坊っちゃんは俺達のような下々の者のほどこしは受けないってか? こんな臭い飯は食えねぇってか? ご立派なことだ。
 でもこれはな、お坊っちゃん。お前達が第三身分と呼んでる人間がな一年間、やれ聖堂を建てろ、やれ城を直せだのといった賦役の合間をぬって、鋤をひいて、てめぇのものでもない畑をたがやし、種をまき、肥料をやり、水を引き、草をとり、空を見上げてはお天と様の、城を向いてはご領主様の機嫌をうかがい、毎日毎日毎日、天災が起こりませんように、不作になりませんように、税が上がりませんようにと祈りながら、傷だらけの手で丹精こめて作りあげられた大切なものなんだよ。腐ったって小便をひっかけられたって、それがなんだってんだ。お前が顔をうずめているものはな、お前なんかが想像もつかないくらい神聖なものなんだ。きんきらきんに輝くお城や、下布一枚の男がぶらさがってる十字架なんかよりも、よっぽど後光がさしてる」

 押さえつける手に力がこもり、その下で息を止める我慢は限界を超えた。鼻と口をふさがれたまま、むせ、咳き込み、流動物におぼれた。

 その様を見下ろす声は、上から降ってくる。調子をつけ、抑揚を増し、音量を上げて。

 「不作だろうと何であろうと、きっちりもってくものはもってかれる。地代、年貢、賦役、臨時の人頭税、教会の十分の一税。
 なにせ神につかえる司祭様でも、きちんと教会に十分の一税をおさめなきゃ破門にされるご時世だ。都での遊学費だのなんだのと色々な収入も確保しなきゃならんこと、取立てにも必死になるってもんだ。
 良作だったら? ご丁寧に傭兵やら盗賊やらが嗅ぎ付けて、ぶんどってくれるのさ。ついでに女達も犯してってくれる。一年もたてば、ふくらんだ女房の腹からてめぇの種でもない餓鬼がごろごろ産まれてきて、そいつらがまた飯をくらう。どうすればいいと聞けば、司祭様は神に祈ればいいという。そのためにも新しい聖堂を建てろとさ」

 なのに、とかつて農奴であった男は主張する。

 「お前ら貴族は何をしてくれた? 戦ってくれるんじゃないのか? 守ってくれるんじゃなかったのか? だって俺たちはお前たちに年貢をおさめただろう? ちゃんと言われたままに城をなおしただろう? 臨時の徴収にだって応じてやった。なのにおかしいじゃないか。なんで俺たちは傭兵どもに襲われた? なんで女房が犯されるのを目の前で見てなきゃならなかった? なんで麦一束分が未納だからという理由で、お前らに袋叩きにされなきゃならないんだ。それで今度は勝手に帝国を怒らせました。負けましただと? ふざけるな。なんで今度はよその国の連中にまで村や家族を焼かれなきゃならない? てめぇらだけじゃ飽き足らなかったとでもいうのかよ…………なぁ、お前が本当に貴族の坊っちゃんだったら教えてくれよ。なんでだよ。なんで、この国はこんな事になってる?」
 







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