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暗殺者と姫君
作:ばいばるす



閑話 『シルヴィア』について (2)


予告したとおりバレエの『シルヴィア』の話です。
とはいえ前話でも告白したとおり、音楽やバレエ、その他芸術全般に関してはまったくの門外漢なので、ここではもっぱらバレエそのものではなくバレエが演じるお話の筋のほうを追っていこうと思います。

バレエ作品『シルヴィア』。
正式な題名はもう少し長めで『シルヴィア、またはディアヌのニンフ』。
ドリーブ作曲。ルイ・メラント振り付けによる三幕のバレエ作品として発表されたらしいです。

原作は16世紀のイタリア、ルネッサンス後期の叙事詩人トルクァート・タッソの牧歌劇『アミンタ』。詩人タッソ自身はギリシア神話を題材にしています。

正式題名のほうにある『シルヴィア、あるいはディアヌのニンフ』のディアヌというのはローマ神話の月の女神で、ギリシア神話でいうとアルテミスに対応します。
アルテミスは他にも狩りや貞潔をつかさどる女神として知られています。シルヴィアは彼女に付き従うニンフ(ギリシア語でニュムペー)で、シルヴィア自身、狩の女神とされています。
ニンフについては、後でもう少し詳しく説明します。

この話、ぶっちゃけていえば、シルヴィアとアミンタの恋物語です。
アミンタという純朴な羊飼いの青年が、ニンフのシルヴィアと禁断の恋におち、色々な試練の果てに結ばれるという話。
人間と妖精、あるいは人間と精霊の恋物語とでも言えばいいのでしょうか。

実をいえばこの話、調べるたびに話の内容の細部が変わり解釈もさまざまなので、正直、正統な原型がどうであるのか当方には分かりません。また説明が無味乾燥で解釈が難解なところも多々あります。

というわけで、後世の演目で加えられたアレンジなども考慮し面白いと感じたバージョンを継ぎはぎして紹介してみようと思います。
いたるところに当方の独断的解釈や捏造を断りなしに加えますが、それも創作の一環ということでご容赦ねがいたいです。

物語は、まだ恋を知らない石のような心を持つニンフ、シルヴィアに、アミンタが恋をする所から始まります。
どう始まったのかというとアミンタが偶然、シルヴィアの水浴の姿をのぞいてしまった事からです。

水浴びの姿を見られたシルヴィアは怒り、この事態をまねいたに違いない愛の神エロスの戯れを呪います。呪って、エロスに向かって矢をはなちますが、どういう訳かこれがアミンタに当たってしまう。
シルヴィアが狙いをあやまったのか、アミンタがエロスを庇ったのか、だとしたらその動機は利他的な自己犠牲の精神なのか、それともシルヴィアの手を血で汚したくなかったのか、はたまたそれでシルヴィアが神の報復を受けることを恐れたのか……なんであれ不幸な男と申せましょう。

そういうわけでシルヴィアが放った矢はアミンタを殺し、エロスはそんな事態を引き起こしたシルヴィアに向かって矢を放ち返します(罰を与えたつもりだったのか、それともこれがシルヴィアを恋に突き落としたキューピッドの矢だったのか不明)

シルヴィアの傷はさほど深くなく、すぐに起き上がり、自分のせいで死んだアミンタのために涙を流します。この時点ですでにアミンタに恋をしている模様。

そんな傷心の彼女を、やはり以前からシルヴィアに目をつけていた狩人オリオンがさらって監禁します。略奪愛のすえオリオンは、酒やら宝石やらでシルヴィアの心を誘惑しますが、彼女の心の中にはすでに故人となっていたアミンタが住んでいたのでなびきませんでした。体が誘惑されたのかどうかは調べた限りでは分かりませんでした。
オリオンは、ギリシア神話では海神ポセイドンの息子で、逞しく美しい偉丈夫とされ、好色でも知られているので、適当な役まわりといったところでしょうか。

場面はもどってアミンタの死体へ。
アミンタを不憫におもった愛の神エロスが彼を生き返らせ、オリオンがお前の愛しいシルヴィアをさらったよ、と焚きつける。

しかし意外にもシルヴィアを救い出すのはアミンタではなく、シルヴィアは彼女自身の機転と行動力でオリオンの監禁から逃れる。最終的には、一度はみずから矢を向けたエロスに救いを求めるんですが……
そうしてエロスの配慮でよみがえったアミンタと再会し、愛を誓い合います。

二人の再会の場所は、シルヴィアが仕える女神ディアヌの神殿。そこでシルヴィアを連れ戻しにきたオリオンと、アミンタが決闘。決着はつかず、結局オリオンを追い払ったのは、シルヴィアの主人である女神ディアヌ。

しかしオリオンを駆逐してくれたディアヌは、二人の恋を認めない。己のニンフが人間なぞと恋をするのは認めない。
実をいえばディアヌ自身、むかし羊飼いの人間の青年と恋におちた過去があり、その悲恋の経験からかたくなになっている模様。
その心をほぐしたのは、やはり愛の神エロス。ディアヌの心に恋をしていた時の記憶と気持ちを追体験させることによって、考えをかえさせる。

結局ディアヌはシルヴィアとアミンタの交際を認め、二人の恋に祝福をあたえて、めでたしめでたしハッピーエンド。

以上。
すこぶる王道な恋愛譚だとは思いましたが、細部・設定・解釈・暗喩・元ネタなどに想像をふくらませる余地があって割合と好きな話です。
あと水浴のシーンだの、二人の間にたちはだかる好色で行動的なオリオンだのと言ったところに、なかばこじつけ的に拙作との共通点を見出し、一人楽しんでおりました。

あと水浴のシーンに関して言えば、たしかギリシア神話のアルテミス(作中にあるシルヴィアが仕える女神ディアヌ)にも似たようなエピソードがあります。
森のなかで水浴中、偶然そこにまよいこんだ狩人に裸体を見られたアルテミスは激怒し、のぞいた狩人を鹿にかえてしまうという話です。鹿にかえられた狩人は、自分が連れていた猟犬に食い殺されて、おしまい。
この顛末をかんがみると、覗きにはじまったシルヴィアとアミンタの恋はハッピーエンドもいいところですね。

ちなみにギリシア神話のアルテミスは、オリオンとも悲恋(この場合も彼女がオリオンを射殺してる)を経験してますんで、物語のなかでディアヌがオリオンを痛めつけているのも、意味深に思えます。
原作者である詩人タッソは、もちろんこうしたギリシア神話を元にして劇を書いたのでしょうし、やはり何か意味があるのだと思います。
ディアヌ(アルテミス)に仕えるニンフ、シルヴィアは、気位が高くツンデレなところといい、プチ・アルテミスと言った印象を受けます。

『ニンフ』(あるいはギリシア読みでニュンペー、ニュムぺー)はギリシア神話などに登場する精霊あるいは下級女神で、山や渓谷、樹木などの自然に宿り、これらを守護するとされています。歌や踊りを好み、高位の神に仕えたりもします。

その反面、人間に対して悪さをする妖精とされることもあり、ギリシア神話の神々同様、善悪さだまりません。
森を歩く旅人を迷わせたり、発狂させたり、時に人間の男に恋をして、さらって虜にしてしまったり……船乗りたちを美声でたぶらかし水底にひきずりこむ海妖セイレーンも、元はニンフだったとも言われています。
ニンフの恋物語は多々ありますが、おうおうにして悲恋で終わるようです。ですからシルヴィアとアミンタの恋物語は異例ということになりますか。

また『ニンフ』は女子色情症を意味するニンフォマニアの語源でもあります。ちなみに男子色情症はサチリアジスといい、これも名前からしてギリシア神話あたりに語源がありそうです。

上述の話ではエロスのことを、愛の神というタイトルで統一させていただきましたが、より正確に言うと、エロスはギリシア神話では恋心と性愛をつかさどります。
『エロス』の語源はギリシア語の『愛』を意味する普通名詞から。
愛は愛でも情動的にして根源的な愛、『受苦』(←キリストの磔刑のような)としての愛を意味します。
美の女神アフロディテの子供エロスはキューピッドとしても知られ、その矢にうたれたものは恋の虜になるばかりでなく、愛の苦しみも味わうことになります。

『エロ』というと『萌え』を連想しがちな昨今ですが、本来の意味では心の痛みを前提条件とした精神・肉体の両方をともなう複合的な愛。人に突如として襲いかかり、まどわし、時にその心をふるわす暴力的で原始的な、それゆえに純粋な情動の形とされております。
……別に何かを言い訳しているわけではありませんが(笑)

ではでは。本当に語りたいままに、つれづれに語らせていただきました。本編とまったく関係のない話を長々とすみませんでした。
次話からは本編に戻ります!



蛇足:四月二十六日の更新分は二話あり、第十六章『奴隷小屋で恋をせず』の(3)と(4)でした。アクセス数をみるところ、前話のアクセス数のほうが少なかったので、ひょっとして読み飛ばしてしまった方もいらっしゃるのでは……といらぬ気をまわしております。







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