第十二章 それぞれの (6)
髪すき係の侍女が髪をすき終わり部屋を辞してもマファルダ皇后は、鏡台の前から動かなかった。
中背中肉。
やや骨太な感じのする硬い骨格に、短めの首と、ずんぐりとした印象を与える肩。
そこにのっかっている丸い顔。
鏡に映る化粧を落とした後の中年女の素顔。わずかに鷲鼻がかった鼻と、酷薄な印象をあたえる薄い唇、一重のまぶた、その下に男のように鋭い眼光を放つ灰緑色の瞳孔が一対。
醜いといわないまでも、我が事ながら、とても魅力的とはいえない女がそこにいた。
そんな容貌でも、若い頃は年相応の張りと水水しさに満ち溢れていたものだが、気がついてみれば首筋にも目元にも皺が目立つようになっていて、指を押してみても返してくる肌の弾力は日に日に衰えていく。それをいえば太ももや下腹部を中心にした下半身も大分たるみはじめている。
――老いというものは女にとっては死よりも恐ろしいものだ。
と、どこかの詩人が言っていたか。
して見ると自分は幸運な部類だろう、とマファルダは一人こちる。
若い頃から世辞以外で外見を褒められた事のない自分は、仮にその容色が衰えたところで失うものは少ないのだった。
男にしたところで、知っているのは夫である皇帝一人。
それも月に一度、侍従長オンジューの諫言のみを理由にマファルダの寝室に通ってきていたあの男は、表面ばかりの愛情や熱意すら取りつくろう事なくマファルダを抱き、行為が済んだあとはそうそうに白磁宮に帰っていった。口直しのつもりだったのか。
そんな屈辱的な逢瀬も子供を産む適齢期を過ぎた時点でなくなり、マファルダとしてはむしろ心の底からせいせいしたものだった。
皇帝が月に一度の寝所の責務を倦んでいた以上に、彼女はそれを憎んでいた。
今も昔もこれからも、この体に惰性や義務以外の精がそそぎこまれる事はないだろう。だが別にそれを不幸だとは思わない。
美しくもなく愛されもしないからこそ、容色を維持するための煩わしさ、衰えに対する不安、それに縋り付く妄執や、閨房にとられる時間から無縁でいられるのだから。
老いが本当に怖いのは美しい女にとってだ。
美しく、そしてそれのみが価値であるような女。外見だけが存在理由であるような……そう娘のソフィアや亡きイン・シァン妃のような女達だ。
しかし娘のソフィアは老いを恐れるにはあまりに若く、そしてイン・シァン妃は美しいまま死んだ。
いや――とマファルダは首を振る。あの、むごたらしい死に様は、とうてい美しいとはいえなかったか。どころか、人間とすら言いがたかった。
水を吸って膨れ上がり、眼球や唇を喰いつくされ、蟲のたかった肉袋。
死体が上がったと聞いたとき、しばらくマファルダを迷ったものだ。見に行くべきか行かざるべきか。皇后として、また女としての矜持を保つならば、見に行かないほうがいいと分かっていた。
それでも結局、足をむけた理由は、おそらく月に一度ただ義務のみで自分の寝所におとなう男が、自ら毎晩のように抱きにいっていた愛妾の体を、その死体という在り様までつぶさに見学してみたかったからだと思う。
結果、あまりのグロテスクさに嫌気がさしたが、それでも周りの人々の反応は興味深かった。
どこから嗅ぎ付けたのか、マファルダ同様、物見遊山気分でやってきた愛妾たちの潜めた眉のうちにある奇妙な優越感。
正視にたえられない惨状に、たまらず顔を覆った指の隙間にかいま見える嗤笑。
悔やみの言葉に滲む、長年の鬱憤を解消した人間の爽快感。
面白いことにその場に寄り合った愛妾たちは生前のイン・シァン妃に他の愛妾ほどの悪意を抱いていなかった者ばかりで、しかもそうした悪意の表情は当の本人達ですら気づいていないのではないかと思う程ささやかで、本物だった。
自分の中にもあるそうした心理を冷静に観察しつつ、人間という存在が潜在的に保有する酷薄さと愚かさ、醜さに食傷気味になっていた頃。
誰が連れてきたのかイン・シァン妃の一人娘のシルヴィア皇女がいる事に気がついた。
まず驚いたのは、ああいう死体を肉親、ましてや十を幾つも過ぎていない子供に見せ、しかもそれを誰も止めなかった事に対してだ。
次いで、その娘の姿形が母親によく似ていることに驚いた。イン・シァン妃の幼い時分はきっとこんなだろうとの想像を絵に描いたような少女だった。
そして最後に、目を見開いた以上の表情はなく、涙の一滴すら流す気配もなく、母親のむごたらしい溺死体から目をそらさない十二歳の少女自身におどろいた。
放心状態というわけではなく、ただひたすら憑かれたように死体を観察する眼差しは、どこかマファルダの心境に通じるものがあったから。
目の色は母親ゆずりでも、そこに宿す光の鋭さと冷たさは父親似だと思い、なんとなくあの娘の父親は皇帝に間違いないだろうと思ったものだ。いや、あれは事によると父親よりも気丈夫かもしれない。
なにせ皇帝……イン・シァン妃の情人にしてマファルダの夫であるあの男は、死体を確認したのち数ヶ月は女を抱けない体になったというのだから面白い。まったくもっていい気味である。
だがそうしたシルヴィアに対する認識も結局は錯覚であったのかもしれない。
無残な死体を前にした動揺が見せた幻と感傷。古い記憶が焼きなおされる内に生じた、微妙な齟齬の蓄積。
と、マファルダ皇后は今日謁見の間で久しぶりに見た彼女の姿を脳裏に描き出す。
皇帝の前にはじめて舞を披露したときのイン・シァン妃よりもまだ若く初々しく、だがはっきりと母親に生き写しのシルヴィア皇女からは、あの夜マファルダが見たと思った強さの片鱗もうかがえなかった。
むしろ気弱で意志薄弱。
すこしつついただけで青ざめ、あたり障りのない返答をかえして他人の助け舟を待つような、つまらない女。
母親そっくりだ。
苦しげに寄せられた眉根が、耐えるような表情が、追いつめられ心もとなく彷徨う視線が、あえぐように震え、わずかに開いた薄紅色の唇が、女の自分からみてもぞくりとするほど艶っぽく、加虐的な気分にさせられた。
そしてそれはマファルダが彼女を追い込めば追い込むほど強くなっていた。
最初は、やせっぽちで初々しいとすら思った、いたいけな少女のような外貌は、不幸の香りを放ちはじめるほどに、妖しく燻り始め、媚薬のような芳香に代わっていく。
あれを見れば皇帝のイン・シァン妃に対する愛し方も、おのずと想像できようというものだ。
なぜイン・シァンという女が皇帝の愛妾という、いわば娼婦としての頂点を極め、権勢におぼれ奢りたかぶって当然の立場にあったにも関わらず、それを楽しまずいつも薄幸そうであったのか分かる気がする。
本能的にそうある事が自分の魅力を際立たせると知っていたからだ。だから無意識下に不幸をもとめ、関わる男達もこぞってそれを与えようとする。
ああいう女はおそらく、不幸になればなるほど美しくなるという救われない特性の持ち主なのだ。造物主にそうである事を義務付けられたかでもあるかのように、目の前にある幸福を見つけることができず、不幸を求めてさまよい歩く。
そしてその娘も……
あの場にいた男二人、強烈なまでに彼女から視線を放せない瞬間があった。壮年を当にすぎ、精の枯れ果てただろうオンジューですらそうなのだ。
あの男の心境はいかばかりであっただろう。
夜毎愛さずにはおかれなかった女が、見初めたままの姿で忽然とたち現れたのだ。その媚態も、誘うような香りもそのままに。
そして皮肉なことに、その相手は己が死ぬまで愛し続けた女の、恐らくは自分の種になる子供なのだ。
あの男は欲しただろうか? 目の前の娘を。
戸惑っただろうか? そう感じる自分に。
惜しんだだろうか? 他の男にくれてやらねばならぬ事に。
マファルダは哂う。
あの男はあながち『自分の娘ではないかもしれない』という理由のみであの娘を遠ざけていたわけではないかもしれない。
父親が誰であろうと、あの体に流れる血はやはり娼婦の血だ。それも皆が言うような男狂いの血ではなく、男を狂わせる血。なまなかな経験や性技では太刀打ちできない天性の性分。
しかも、あれでまだ女になってないというから驚きではないか。いや多分もう一生ならないだろう。直に十七にもなるにも関わらず月のしるしを見てないというなら、まず産まず女で確定だ。
女として当然の機能も持ち合わせていないくせに、ふとした拍子に見る者の劣情をあおる不可思議な体質。正に男に抱かれるためだけに、神の禁じるという子を成さぬ姦淫のためだけにでも存在しているかのような女。
一見、無垢な微香で男を狂わせ、陵辱を誘い、それを美しさの糧に成長していく食虫花。
そう。あのシルヴィアという娘は母親そっくりの娼婦だ。
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