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暗殺者と姫君
作:ばいばるす



第十一章 湯殿にて (4)


 「そうやって一生、自分で自分を哀れんで生きるつもりか? あなたはそうやって悲劇の主人公にひたっていれば楽だろうが、心ならずもあなたに仕えている人間たちは、そういう訳にもいかない。
 本宮であなたが潰した体面は、あなただけのものではなく彼等のものでもある。だというのに当の主人は自分で自分の不遇を哀れんでめそめそと泣くばかり。彼等にとっては、それこそたまった話ではないな」

 胸の中に奇妙にもつれてしまった感情がある。
 怒りと打算と、そして――

 「だが、そうだな。ソフィア皇女のいう事も大筋では間違ってない。
 『高貴な血など一滴も流れていない紛い物の皇族』、産み月から逆算しても可能性はある。なにせ母親は春と踊りをひさぐ異国女で、当然、後宮入りの直前まで皇帝以外の客をとっていただろう。
 ……なんて顔をしてる? 自分でいったんだろう? 娼婦で踊り子だと。俺がそう思っていると。それとも何か? ここで否定してもらえると、慰めてもらえるとでも期待していたのか?」

 こういう言葉なら湯水のように湧いて出てくるものだ。
 何をどうすれば相手が傷つくか、どんな風に言えばより効果的にその心をえぐる事ができるのか、手に取るように分かる。
 ましてや有難いことに、この女はみずから己の急所をさらけだして見せたのだ。

 ならば、何をためらうというのだろう? 迷わずにそこをつけばいい。
 その心の一番もろい部分を暴き出し、えぐり出し、徹底的に破壊しつくしたその後に、耳に言葉をささやけば、それは驚く程たやすく人の心に浸透していくものだ。傀儡とは大体そのようにして作りあげられる。

 「知っているか? 踊り子という職業にとって舞はいわば品定めのためのお披露目会。本番の稼ぎは寝台の上でとる。いわば娼婦のほうが本業で、踊りは値をつりあげるための道具ということだ。踊りの技なぞ、客引きのための化粧や装飾品となんら変わりはしない。少なくとも客にとってはそんなものだ」
 
 わななく肩を、見開かれていく瞳を冷然と見おろし、アシャンは矢のような言葉を放ち続ける。嗜虐と憎悪に塗れ、打算に裏打ちされた、あながち本心でなくもない言葉を。

 「そんな生業をしていれば当然子もはらむが、しょせんは産んだ当人にさえ元となった種の分からぬ父無し子。なにより母親にとっては商売の邪魔。望まれぬ子供のたどる運命は……」

 「やめて」
 シルヴィアは首を振る。それ以上は聞きたくないと全身で言っている。
 
 「産んで人知れず捨てられるのはいいほうで、下手をすれば羊膜もはがされぬうちに産婆か母親の手で絞め殺される。
 あんたは運がいい。こうして無事に生れ落ち、あまつさえ皇女として育てられてきたんだからな。母親に聞いたことはあるか? 自分はいったい何人目の子供で、一体そのうちの何人が捨てられ、何人をその手で――」

 「もうやめて! もう、もう分かった、分かったから……お願い」

 およそこの女らしくもない嘆願だった。まるでそれが今の上下関係を象徴しているようで、笑えた。彼女は気づいただろうか? もうアシャンが『あなた』とは呼ばないことに。

 両手で耳をふさぐシルヴィアを、アシャンは愛おしむように見つめ、浴槽の淵から腕を伸ばして彼女に触れた。
  
 「そんな不幸そうな顔をするな。あんたはまだ幸運なほうだ」
 
 湿った感触の黒髪をかきかわけて一房をとり、ビン、と引き寄せた。

 「踊り子の娘、シルヴィア」

 引き寄せた相手の顔を覗き込んで、アシャンはいっそ穏やかといっていいほどの声で言葉をついだ。

 「父親が誰か分からないといって嘆くことはない。あんたは金品と肉欲を取引する寝台の上で生まれ、母親の子宮の中、彼女を買った男たちの混ざり合った精から作りあげられた。あんたの父親は金であんたの母親を抱いた男、全員だ」

 髪を引き寄せる手に少し力を込めると、振りほどこうともがく手。
 その手を掴み上げて女を湯から引きずりあげた。濡れた裸体をタイル地の床にころがす。
 起き上がろうとする肩をおさえつけ、そのまま床に押し戻し、覆いかぶさった。
 
 「いつぞやと同じだな。あの時は泉の水で今日は湯。ああ、もう一つ。服を着ているものと着ていないものが逆転してるか……」

 「どう、して……?」

 見上げる漆黒の瞳はこれ以上ないほど大きく見開いて自分を見返し、そこには、どういうわけか陵辱への恐怖よりも色濃く、信頼を踏みにじられた人間の痛みが滲んでいた。
 かつて何度も見た同じ表情にそうしたように、アシャンは今回も笑いかける。

 「娼婦なんだろう? あんたは」

 組み敷いた体は、ちょうどあの夜のよう震えていた。
 違う点があるとすれば、シルヴィアは萎縮しきって抵抗すらおぼつかず、口をふさいで悲鳴をおさえる必要もないという事だ。喉元に刃をつきつけずとも、今日の彼女は従順だった。

 体の下、ただなす術もなくあえぐ女の肩、唇、息。
 あの夜おじずに見上げてきたはずの黒眼に今、理不尽な暴力にたいする憤り、状況を打開しようとする意志の光など見当たらない。
 ただ、どうしてと、どうしてなのか、と問い続けている。
 最初から裏切るものなど何もなく、また彼女自身そうと分かっていたはずなのに、その目は確かにアシャンの裏切りを見つめて傷つき、無残なまでに傷口を露呈していた。
 
 こわばった胸元の両腕をつかみあげ、むりやり体を開かせると、アシャンはその白い体に視線を落とす。

 「男に裸をさらすのは、初めてか?」








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