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暗殺者と姫君
作:ばいばるす



第七章 髪には紅あざみを飾り (1)


 
 シルヴィア皇女は、たっぷり一刻をかけて身支度をととのえた。
 衣装箪笥の中からもっとも露出の激しい、肩の開いた真紅のドレスを選びだし、それにあわせて髪を高く結い上げて、幾房かを肩にたらす。
 装飾品は極力控えめに、肌の白さを際立たせるよう首に黒いチョーカーをまくだけとした。
 最後にドレスと同色の真っ赤な紅を唇にひいたところで、耐え切れなくなったパニエラがおずおずと口を出した。
 「シルヴィア様、これ以上ラバウル公にお待ちいただくのは……公をお待たせしてから、これでもう一刻にはなります」

 パニエラの催促に、皇女はどこ吹く風だ。
 「あらそう。怒っていらっしゃるようならこう言っておきなさい。女性の身支度は時間のかかるもの、もし不都合があられるようならどうぞいつでも気兼ねなくお帰りください、と」
 「いえラバウル公は一言の文句もおっしゃられずに、お待ちになっておられますが……」
 「なら問題ないではないの」
 臆面もなくそういい捨てると、シルヴィアは等身大の鏡に向かってくるりとワルツを踊る。
 「もう一つ、何か欲しいわね。このままだとかえって白百合が映えてしまうわ」
 パニエラもそれ以上の苦言は無駄だと諦めたか、あるいは一刻も早く皇女の身支度を整えさせるのが最善の策と考えたのか、助言を惜しまなかった。
 「では御髪おぐしに何か飾りましょうか? 今の所すべてが赤ですので、それを緩和するために、もう少し淡い色を混ぜて……そうですね。リボンを、赤、ピンク、白とグラデーションをつけて編みこむというのは…? きっと、それならきつくなりすぎずに清楚で愛くるしく仕上がるのではとパニエラは−ーー」
 「却下ね」
 どうやらパニエラにはシルヴィアの意図が理解できていないらしい。

 シルヴィアは振り返ってアシャンを向く。
 アシャンは、着替えの衣装を手にささげもって部屋の脇に控えていた。
 もっとも視線は部屋のどこをも見ていない。いつもよりも陰りを帯びた緑の瞳は、そつのない侍女の仮面もかぶり忘れて、ここではないどこかを彷徨っていた。ついさっきラバウル公を目にして以来この調子である。


 −−俺の一番大事なものを奪った男の顔だ。

 その言葉の意味するところをシルヴィアは聞いていないし、また聞いたとしても素直に答えてくれる相手でもないだろう。
 だが仮に自分の婚約者と女装の暗殺者の間に、どんな過去の因縁があるにせよ、こんな状態のままラバウル公の前に出られてはシルヴィアが困る。よもや会った途端、斬りかかるような馬鹿な真似はしないだろうが。
 
 「アシャン、お前に何か考えはない?」
 中空をさまよっていた緑の瞳が、そこでようやく我にかえる。
 「久しぶりに婚約者殿に会うのですもの、いつもいただく白百合の返礼もかねて、せいいっぱい着飾ってお迎えしたいものではないの。そう、“失礼”のないように」
 今までの話の流れを補足する傍ら、釘を刺すようにそういった。相手が助け舟に感謝する様子はなかったが、シルヴィアの憂慮は伝わったらしい。
 そつのない侍女の仮面が、アシャンの顔に戻ってくる。
 「……そうですね。確か公は花言葉に通じているとか。では殿下の公に対するお気持ちを花に託して返せばよろしいのではないでしょうか? 目には目を、花には花を返すのが王道かと」
 アシャンの提案に、パニエラが真っ先に賛同を示す。
 「まぁ、それはとても洒落た趣向ですわ。よろしいのではないのですか、殿下」
 シルヴィアもまた少し考える振りをした後に、その考えを入れた。
 「それなら、いい花があるわ。中庭にいけば、きっとどこかに咲いているはずでしょう。庭師に撲滅ぼくめつされていなければ、だけど」
 にこり、と笑ってシルヴィアは花の名を口にした。

 「まぁ、そんな野花を髪に飾るなんて聞いたことありませんわ……でもあの花に花言葉なんてあったかしら」と眉をひそめるパニエラ。
 「花言葉に詳しいロマンチストのアシャンなら知っているわ、ね?」

 アシャンは、何ともいえぬ笑いを漏らした。
 「殿下もまた、ずいぶんと痛烈なものを選ばれますね」
 「あら、お前にもぴったりの花よ、アシャン」
 「……」
 「では早く行って集めてきて頂戴。花言葉だけでなく摘むのにも手痛い花だから、またすこし公を待たせる事となるでしょう」

 

 ■  ■  ■
 
 
 
 「やあ、私のシルヴィア、元気にしていたかい?」
 両腕を大きく開いて入室したシルヴィア皇女を出迎えたのは、いまだ往年の伊達男ぶりがかおる、年の割には浮ついた雰囲気をまとう壮年の男だった。
 
 シルヴィアは自分に向かって開かれた腕を無視して、真紅のドレスをつまみ上げて一礼した。
 「お陰さまでつつがなく。ラバウル公のいらっしゃられない間も、シルヴィアは孤独を感じることなく幸せで平穏な日々を過ごしておりました。公に置かれましても、以前と変わらずお元気なご様子、心より安堵いたしました」
 そこに込められた皮肉に気付く風もなく、ラバウル公は大きく頷いた。
 「それは何より」
 「先触れの使者を頂いていたにも関わらず、長らくお待たせしました非礼をお詫びします。少々、身支度に手間取ってしまいました」
 「いや気にすることはない。レディの身支度の時間に腹を立てているようでは紳士は務まらないからね。それに美しいシルヴィアを見られたほうが私も嬉しい」
 屈託なく笑うラバウル公に、シルヴィアは屈託をこめた微笑で返した。
 「まぁ、お優しいお言葉。でも公があんまりお優しすぎると、かえってこちらがいたたまれませんわ。少しくらい怒っていただけなければ……」
 張り合いがないというものだ。

 「なるほど。君の気持ちを軽くするためには、もう少し分らず屋になった方がいいのかな」
 そう言ってラバウル公は、目を細めてシルヴィアを見た。
 「いい色のドレスだね。君の黒髪に良く映える。でも全体的に貴女には少し大人っぽすぎるかな。それと無垢な貴女には自覚がないかも知れないが、そんなに肩が開いていては引く気もない男の気をひいてしまうよ」
 「まあ、おかしなことをおっしゃる。私はもう今年で十七です。十七といえば結婚をして子供を産んでいてもおかしくない年でしょうに」
 「私にとっては、シルヴィアは永遠の少女だよ。だからお願いだ。私以外の男の前で、そんな風に惜しげもなく肌をさらさないでおくれ。でなければ私は嫉妬に狂い死んでしまうよ」
 さすがに『では死んでください』とは言えなかったので、シルヴィアは答えずに先刻からラバウル公が手に放さず握り締めているのもに、視線を移す。
 「美しい白百合ですわね。それはもしや私への?」
 「ああ、もちろん」
 ラバウル公は白百合の花束をシルヴィアに向かって差し出すが、シルヴィアは指一本動かさずに、自分の目の前に差しだされた白百合を見つめて言った。
 「パニエラ、ラバウル公より贈り物です。丁重におあずかりしなさい」
 「いやちょっと待って」やんわりとラバウル公は制止し、「花瓶にさしてしまうくらいなら、いっそ君の髪にさしてしまおう。いま貴女の髪をかざっている花を外してしまってもいいかな?……おや、これは見かけない花だね」
 返事を聞くこともなく伸ばされてくる指を、シルヴィアは止めなかった。
 シルヴィアの黒髪に、散らした紅く小さな花。しかし、その一つに触れようとしたところでラバウル公の動きは止まった。笑みが消える。
 「この花は?」
 「まあ、公ともあろう方でも、野の花にはお詳しくありませんか? 『紅あざみ』でございます。別名『血あざみ』とも申しますが」
 シルヴィアは言葉を切り、頭上で硬直したままのラバウル公の手をやんわりと遠ざける。
 「あざみの花言葉は、厳格、気品、満足、安心、独立、そして……」

 −−『私に触れないで』

 一瞬、鉛をのんだようなラバウル公の顔を見て、多いに溜飲をさげる。
 「他にも色々な言葉がありますが、たまには野の花をあしらってみるのも一興かと思いまして」
 「……そうですね、独立心旺盛な貴女には似合いの花だ。もっとも雑草の花言葉が気品というのは少々釈然としないが」
 「まぁ、私に品が足りないと?」
 「いやそう言うことじゃない。そんな安っぽい花を身につけて欲しくないと言いたかったんだ」
 シルヴィアは、取っておきの微笑を浮かべる。
 「でも残念ながら、私にはその安っぽい雑草が似合っているのです。公の白百合などではなく」
 「これは……参ったな。我が姫君の舌鋒は、あざみ以上に棘だらけだ」
 表情を取り繕ったラバウル公はシルヴィアから体をひき、パニエラに白百合に花束を渡した。

 しばらくして気を取り直したように、ラバウル公が口を開いた。
 「実は今日ここに来たのは、貴女に大切なお話があったからなのです。二人の未来に関わる重要な話です。この報せを伝えれば、きっと貴女も喜んでくださると思ってここまでやって来たのですが……正直、今はそこまで自信がありません」
 シルヴィアは小首をかしげて、笑みを作る。
 「まあ、それは一体どんなお話かしら?」

 ラバウル公はどこか悲しげにそんなシルヴィアを見つめ、言った。
 「急な話ですが私達の婚姻の日取りが決まりました。秋の月見祭の前には私達は正式な夫婦となっていることでしょう」
 シルヴィアは何かを聞き間違ったとでも言う風に、オウムのようにラバウル公の言葉を反芻した。
 「婚、姻……?」
 「じきに陛下からも直接お言葉が下ると思いますが、その前に、どうしても私自身の口から貴女に伝えたかった」
 ラバウル公は呆然とするシルヴィアの前に膝まづき、その手をさらって唇をおしあてた。
 「我が最愛の姫君、どうか私の妻になってください」
 シルヴィアは答えなかった。いや答えられなかった。
 いましがた放たれた言葉の威力にうたれて、真っ直ぐ立っているのでやっとだった。
 この男の妻になる。
 それは婚約成立以来、当の昔に覚悟し割り切っていたはずの、何の変哲もない未来予想図であった。むしろ遅すぎた感さえある。
 にも関わらず、いま実際に目の前に像を結ぼうとしているその未来を前に、動揺し、足をすくませ、返事をすることすら出来ない自分がいた。

 

 長い沈黙の末にすぐには答えが得られぬのを悟ると、ラバウル公は立ち上がって窓の外に視線を流した。
 「少し外を歩きましょうか? ちょうど散策には良い日和です」








※お断り

 作中のあざみの花言葉は実際のものに則して使っていますが、“紅”あざみや“血”あざみなどという種類のあざみは実際には存在しません。名称は作者が適当に創作したものです。






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