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王太子とダジャレ侍女 作者:菜宮 雪
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5.王太子の心配


 城内で働く侍女は大勢もいる。この王城で働く者たちは全員交代制であり、多くの者で仕事を分け与える仕組みになっていた。アンジェリンは王族の世話をする侍女ではあるが、フェールだけの侍女、というわけでもないので、フェールの世話役には、当然、別の侍女が来る日もある。

「アンジェリンはどうした。今日は遅いな。非番だとは聞いていないが」
「本日はザース殿下のお部屋の担当となっております」
 就寝前の茶の用意をしていたその日担当の侍女長、マリラが返答した。
「弟のところか。仕事終わりがいつもより遅いではないか。心配だからこちらから出向く」
 フェールはさっさと部屋から出て行こうとした。
「お待ちくださいませ。アンジェリンに御用でしたら、呼んでまいります」
 フェールは振り返り足を止めた。
「私に待てと命令するのか」
「恐れながら、王太子殿下ともあろうお方がただの侍女のために足を運ぶとは、いかがなことかと存じます。侍女の方からこちらへ伺うべきでございます」
 フェールは威嚇するような強い目でマリラを見下ろした。
 マリラは十五年以上城に勤めており、王族が不機嫌なことには慣れている。それ以上言わずにフェールの次の言葉を待ち、黙って立っている。

「そなたの言うことは間違いではない」
 やがて、根負けしたフェールは、ため息交じりに方向を変え、ソファに腰を下ろし、だらしなく背中から沈み込んだ。
「では、そなた、アンジェリンを呼びに行く前に、彼女のように何かおもしろいことを言ってくれないか。私はとても疲れている。今すぐばかばかしい駄洒落を聞いて大笑いしたいのだ」
「えっ」
 マリラはうろたえ、目をキョロキョロさせて室内を見回し、なにか言おうとしたが、なにも出てこなかった。

「王太子殿下、駄洒落なら私がアンジェリンの代わりに披露いたします」
 フェールが顔を上げると、マリラの後ろにいたココルテーゼが、自信たっぷりに大きな胸を突きだしてフェールの前に進み出てきた。
「【ちゃ】んとお【茶】を飲んでくださいませ」
 ココルテーゼは笑顔でフェールの反応を待っている。「王太子殿下、今、私、駄洒落を申し上げました。いかがでしょうか」
「残念だが、似たような駄洒落はすでにアンジェリンが披露している。人まねでない駄洒落を考えろ」
 ココルテーゼの自信満々だった顔は真っ赤になった。
「もっ、申し訳ありません。では別の駄洒落を――」
「もうよい。下がれ。やはりアンジェリンでないと面白みがない。彼女が上目使いでぼそりとつぶやく駄洒落が最高なのだ。他の者では務まらぬ。それにしてもアンジェリンは遅い。私は今すぐザースの部屋へ行ってくる」
 フェールは侍女たちを残したまま部屋から飛び出した。

 フェールの部屋と弟王子のザースの部屋は別棟で、小階段をいくつか上り下りし、つなぎとなっている細い建物を超えないと行きつけない。しかも、ザース王子の部屋は四階にある。それでもフェールは早足で弟の部屋を目指した。
 石造りの城内、フェールの硬い靴音が響く。たったひとりしかいない兄弟を今から殺しにいくと思えそうなほど、大きな歩幅に険しい表情。警備兵たちが遅れまいと後ろから付いて行く。ときおりすれ違う巡回兵が、驚いた顔で頭を下げる。

 やがて、フェールは弟の部屋にたどり着いた。
「ザース、私だ。入るぞ」
 前触れなしの突然の王太子の訪問に、ザース王子の部屋を守る警備兵たちは驚きあわて、取り次ぐ暇もなかった。
「兄上?」
 いきなり開かれた扉の中では、ザース王子がソファでくつろいでいた。
 フェールの二つ下に生まれたこの王子は、母親似で小柄。同母の兄弟でも、父親似のフェールとは、大きな身長差があり、顔立ちもそれほど似ていないが、ゆるい曲線を描く金色の髪と琥珀色の目だけは同色だった。

「いかがなさいましたか、兄上」
「アンジェリン・ヴェーノはどこだ。彼女に用がある。ここにいるだろう」
 思いがけない訪問理由に、ザースは微笑した。
「その侍女ならば奥におりますよ」
 ちょうどその時、アンジェリンが、他の侍女と共に、空になったカップなどを盆に乗せて奥の部屋から運んできた。
「アンジェリン」
 フェールは彼女の方へつかつかと歩み寄った。
 アンジェリンは突然やってきたフェールに驚き、一瞬動きを止めたが、礼儀正しく頭を下げて敬意を示した。
「そなた、私との約束を忘れたか」
「はい?」
「非番の日以外は、毎日駄洒落を私に披露すると約束したではないか。そなたがなかなか来ぬから迎えに来た」
 アンジェリンは頬をひきつらせながら謝罪した。
「遅くなってしまい、申し訳ございません。この仕事が終わりましたら、すぐに伺うつもりでした。どうかお許しください」
 茶金色の髪が、いつかのように、フェールの前で何度もぺこぺこと上げ下げされる。
「ザースにも駄洒落を披露していたのか」
「いいえ」
「では、さっさと仕事を終わらせて、私の部屋へ来い」
「は、はい、急ぎ仕事をすませて伺います」

 二人のやり取りを見ていたザースは、即座に状況を察し、おろおろしているアンジェリンから盆を取り上げた。
「あっ、ザース殿下」
「片づけは他の者がやるからここはもういい。兄上、ここでのアンジェリンの仕事は終わりました。彼女をこのまま連れて行ってかまいません。先ほどまで客人が居座っていて侍女の仕事が長引いてしまいました。侍女を帰すのが遅くなってしまい、申し訳ありませんでした」
「そうか、遅いから何かあったのではないかと心配していたのだ。何事もなかったのならばそれでよい。行くぞ、アンジェリン」
 フェールはアンジェリンの手首をつかむと、軽くひっぱって扉へ向かった。アンジェリンはザースに軽く頭を下げると、手首をつかまれたまま出ていった。


 ザースは、他の使用人たちも引き上げて一人きりになると、こらえていた笑いをもらした。
「びっくりした。まさかのまさかだ。うわさは本当だった。どんな美女にもなびかなかったあの気高い兄上が、いやしい侍女などに思いを寄せるわけがない、情報には何か裏があるだろうと思っていたのに。信じられないけど兄上が恋に溺れて、ただの侍女をこんなところまで迎えに来るって……ありえないけど驚くべき現実だよ、これは」
 ザースは、ひとりになった室内で、しばらくの間、クスクス笑い続けた。
「兄上はいったいどうなさったのか。父上は兄上に政略結婚のことを知らせておられないのか? こんな情勢の時に恋なんて……あの真面目な兄上が恋! くぅ、おかしすぎる、だめだ、笑いが止まらない。ははは……」


 アンジェリンがフェールと共に王太子の部屋に戻ると、室内にはココルテーゼとマリラが待っていた。
「お帰りなさいませ」
 二人が頭をさげる。
 アンジェリンはフェールの後ろに隠れるように身を縮め、全力で走って逃げたい気持ちを必死で押さえていた。まだフェールに手首をつかまれている。ザース王子の部屋にいた使用人たちだけでなく、ココルテーゼも、侍女長も、すっかり顔を赤らめているアンジェリンを穴が開くほど眺め、それぞれに、いろいろな想像をしていることだろう。

「まだいたのか。もう下がってよいぞ」
 ココルテーゼとマリラが頭を下げて出ていく。
 ココルテーゼはアンジェリンの横を通るとき、ボソッとつぶやいた。
「王太子殿下は私の駄洒落じゃつまらないんですって」
「ココちゃん……」
 扉がパタリと閉まり、二人の姿は見えなくなった。

 二人きりになると、フェールはようやくアンジェリンの手を放した。
「そなたが無事で安心した。我が弟とはいえ、そなたが他の男の部屋に長くいると思うと心配でたまらなくなったのだ」
「ご心配をおかけして申し訳ありませんでした」
「そなたが元気ならよい」

 フェールは机の上に用意されていた冷めたお茶を立ったまま手に取り、一気に飲みほした。
「今日の駄洒落を披露せよ」
「はい……『野菜はとがった石【で切る】ことも【できる】のです』……失礼しました。すみません、今日はこんなのしかなくて……」
 アンジェリンは赤い顔を隠したくて深く頭をさげた。つかまれていた手首の部分は熱い。

 フェールは軽く噴き出し、笑いながらアンジェリンに近づくと、すっと身をかがめた。
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