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王太子とダジャレ侍女 作者:菜宮 雪
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3.ケイシュカの鉢植え


 セヴォローン王国は、横に並んだ三つの国の真ん中にある。
 西にはシャムア国、東にはザンガクム国。この三国は、どの国も、北は険しい山脈が連なり、南は海が広がる。人々のほとんどは、海沿いから山に向かう間の平地や丘陵地で暮らしている。三国は、もともとひとつで、現在でもその名残は残っており、言語、取引貨幣は同一である。

 最近、西のシャムアとの国境とされているガルダ川下流に海賊が頻繁に出没するようになり、セヴォローンは治安維持の為、ガルダ川河口付近の中州に監視用の砦を建設した。ところが、シャムア側がこれに反発。国境となっている川の中にセヴォローンが砦を勝手に建設した行為は、海賊を口実にしたセヴォローンの戦略だと主張し、砦の撤去を要求してきた。
 シャムアは、六十日以内に砦を撤去しないならば、武力的手段で砦を破壊することを一方的に宣言し、シャムア側の川岸に兵を集結させたのである。

 セヴォローン国王であり、フェールの父であるラングレは、専門家たちを集めて毎日夜遅くまで協議していた。
 砦を今後どうすべきか。
 シャムアの言いなりになって砦を撤去することによる国民の心情や行動の予想、このまま砦をシャムアの攻撃にさらし、全面戦争になった場合の勝算など、さまざまなことが議論されていた。
 その中で、西隣のシャムアとの開戦にふみきるならば、セヴォローンが左右から挟み撃ちにされないための策として、東隣のザンガクム国から、王太子妃として王女を迎えて二国同盟を強化する、という案も何度か出ていた。
 しかし、当の王太子のフェールには話し合いの内容は、あいかわらず何も伝えられていなかった。

 ◇

 アンジェリンにとっては、緊迫する世界情勢よりも、王太子向けの駄洒落を考える課題の方が重要だった。
 侍女部屋で頭を抱える。
「困ったわ……」
 一晩考えてもいい駄洒落を思いつかなかった。これまで他の兵士に披露したものと同じものならいくらでもあるが、使いまわしの駄洒落で尊い人が笑ってくれるものだろうか。王子の部屋の前で兵士たちと私的に駄洒落を楽しむ行為は、兵たちの方から望まれたこととはいえ、冷静に考えれば無礼すぎた。
「高貴な方に披露する駄洒落なんて……高貴な……後期……好機……工期……好奇……」
 言葉をくるくる回しても、うまくつながらない。
「【高貴】な方が【好機】を迎えて……こんなのじゃだめ。面白くないし、失礼よね。どうしよう……思いつかない」
 侍女長のマリラが遠くから呼ぶ声がする。
「アンジェリン、何をしているのです。時間ですよ。早くしなさい!」
「はい、すぐにまいります」 

 アンジェリンはマリラと共に、フェールの部屋のそうじを始めた。幸い、この時間は、部屋の主は食事で自室を留守にしている。今のうちに本日二度目のそうじを済ませなければならない。
 そうじは朝のうちに終わっているが今日は風が強く、バルコニーが落葉だらけになっていること間違いなし。季節は秋で、ただでも多い落ち葉が強風で舞い積もる。窓枠にも小さな落ち葉がくっついてしまうため、頻繁なそうじはかかせない。
 バルコニーに落ちている木の葉を集めているうちに、食事を終えたフェールが戻って来た。

 フェールは、窓の外にいるアンジェリンを見るなり、室内から声をかけてきた。
「アンジェリン、清掃は切り上げて中へ入るがよい」
「あっ……あの……申し訳ございません。お約束した件ですが、今日はまだ思いつかなくて……」
「そうビクビクしなくてもよい。そういう日は共に考えると言ったではないか」
 アンジェリンは、マリラの不思議そうな視線を背中にちくちくと感じながら、室内に入った。

 フェールは窓際に置いてあった鉢植えを手に取り、アンジェリンに向かって差し出した。
 一抱えもある大きな鉢には細かい網目模様が入っており、赤く太いリボンがかけられていた。鉢の中には、大小の丸い葉がついた見たこともない花がちょこんと座るように植えられている。
 八枚の白い花びらににじむように中心からピンク色が広がり、黄色く小さな花芯がそこにかわいい色合いを添えている。花は半分ほど開花しており、ふわりと甘い香りがした。
「そなたにこれを与える。先日の駄洒落の礼である」
 アンジェリンはすぐ後ろに来ていたマリラの顔をうかがった。このちょっと怖い中年侍女長――体がふっくらして貫禄たっぷりの――は無言で頷いている。受け取ってもいいということらしい。
 アンジェリンは恐る恐るフェールに訊ねた。
「私などがいただいてもよろしいのですか?」
「そなたのために選んだ花だ。そなたに似合いそうな色だと思う。これは今年の冬祭りに出品される予定だった新種で、まだ誰の庭にも咲いていないものだ。花の名は異国の水鳥の名、ケイシュカという。寒さに強い品種で外に植えれば大木になるらしい」
「そのような貴重なものを……」
 戸惑うアンジェリンに、マリラが横から口をはさんだ。
「アンジェリン、王太子殿下がじきじきに選んでくださったお花ですよ。ぐずぐずしないで受け取りなさい」
 マリラの声にアンジェリンは、失態のないように気をつけながら植木鉢に手を伸ばした。
「ありがとうございます。いただきます」
 フェールは満足そうに微笑んでいた。
「気に入ったか?」
「はい、とてもよい香りがします」
「【花】に【鼻】を突っ込んでみたら……どうだ?」
「えっ……あの……それは……」
「ははっ、このような初歩の駄洒落ではそなたにはつまらぬか。これでも一生懸命考えたのだが」
 フェールはほんのり頬を染めて照れるように笑っていた。

 笑っていいものかアンジェリンが迷い、再びマリラの顔をちらりと見ると、怖いこの侍女長も、笑いをこらえているように口角をひきつらせていた。
「笑いたければ笑うことを許すぞ」
 フェールの言葉にアンジェリンが恐れを含んだひきつり笑いを漏らすと、こらえていたマリラも声を出して笑い始めた。「ほほほ……おかしゅうございます。殿下がそのようなことをおっしゃるともう……いったいどうなさったのでございますか」
「アンジェリンの妙な駄洒落に毒された。兵たちといつも駄洒落を披露しあっていると聞いて、私も参加したくなったのだ」
 マリラは、うつむいているアンジェリンの顔をじろじろと眺め、唇をすぼめてあきれた顔をした。
「このアンジェリンが殿下に駄洒落を……でございますか?」
「そうだ、毎日考えてきてくれと私が頼んだ。鉢植えはその報酬のようなものである」
 アンジェリンは真っ赤になったままひたすら、床の絨毯の網目模様を追うように目を走らせているしかなかった。


 アンジェリンが侍女部屋へ戻ると、同僚のココルテーゼがめざとく植木鉢を見つけ、大きな胸を揺らしながら駆け寄ってきた。
「ちょっと、アンジェリン」
「あ、ココちゃん」
「そのお花、王太子殿下からいただいたの?」
「うん。枯らしてしまわないよう気をつけなきゃ」
「王太子殿下がお花を取り寄せていらっしゃったから、どなた宛てかと思ったら、アンジェリンにだなんて。しかも鉢植え。男性が女性に鉢植えを贈る意味、わかっている?」
「えっ? 意味があるの?」
「知らないの? もうっ、鈍感ね。切り花でなくて根の付いた花……それはね、『あなたとずっと長く付き合いたい』ってこと。ということは、あの赤い衣装はアンジェリンのためだったってわけ? 人が悪いわ。それならそうと言ってくれればいいじゃない。いつのまに王太子殿下とそんな関係になったのよ」
 アンジェリンは大声で笑い飛ばした。
「そんなわけがないでしょ。お声をかけていただいたのも先日が初めてだし、これは駄洒落のお礼というだけなんだから、殿下の赤いお衣裳とは関係ないわ」
「へえー、これが駄洒落のお礼? 本当に駄洒落を王太子殿下に言ったの?」
「今日は思いつかなかったから言わなくて済んだけど、これからも毎日言いに行くように命じられているの。でも、ひらめかなくて、困っていて……」
「ふーん……」
 ココルテーゼも、先ほどのマリラと同じように、茶色の目を細め、少し唇を開いたあきれ顔になっている。

「ということは、例の赤いお衣裳はやっぱり政略結婚用に決定ね。知り合いから聞いたんだけど、王太子殿下、ザンガクム国の王女様とのご結婚が決まったみたいよ」
「……そう……」
「仕方ないわよね、西と戦争をしたいなら、政略結婚で東を固めないとこの国はどうしようもないもの。私たちがいくら頑張ってお近づきになろうとしても、王太子妃にはなれないのよ。がっかりよねえ」
「私、殿下のご結婚のことよりも、明日の駄洒落を考えるだけで頭がいっぱいよ」
「あら、アンジェリンは殿下の御結婚が悲しくないの? 王太子妃の座を狙っていたから王族の世話係をしてたんでしょ」
「そんなことは……」
 ココルテーゼは、アンジェリンの話など聞かず、一方的に話をしてくる。
「ああ、残念よ。すてきな王太子殿下はあきらめるわ。でも、まだザース殿下がいらっしゃる。まだまだ王族の妻になれる機会は残っているわよ。アンジェリン、がんばりましょう! 目ざせ王族の妃の座、そして廃貴族脱出よ!」
 あいかわらず早口で、立ち直りが早いココルテーゼの勢いに、アンジェリンは苦笑いしながら話を切った。
「私、このお花を自宅へ持って行くから、またね」

 アンジェリンは、鉢植えを抱いたまま城を出た。
 ――私は身分の高い男性との結婚なんて考えられない。ココちゃんには養女であることを話していないし。
 彼女に下品な出自のことを打ち明けたら、たぶん口もきいてもらえなくなると思う。
 ――殿下が政略結婚なさる。駄洒落を披露できるのはたぶんご結婚まで。ご成婚後、たぶん戦争が始まって殿下はお忙しくなって駄洒落どころじゃなくなるわ。殿下はこのごろとてもお疲れだから、せめてひとときでも笑ってもらえればいい。こんな私でもお役にたてるなら。

 いつのまにか自分の顔が勝手に笑っていることに気が付いた。
「にやけている場合じゃない」
 意識して顔を引き締める。
 花をもらってそれで終わりではない。明日も駄洒落を考えるという大仕事がある。明日も、その次の日も続くなら、たくさんの駄洒落を考えておく必要がある。

 アンジェリンは抱いている花の甘い香りを吸い込んだ。
「【花】に【鼻】を突っ込んで……がんばって駄洒落を考えるわ」
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