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ゲームの世界へようこそ(7)
「ここが魔王城なわけね……」
 真剣な面もちで三神さんは言った。
「はいー。不穏な魔力を感じますー」
 口調は変わらないながらも、なつきさんの表情は緊張しているように見える。
 目の前にそびえ立つは、黒雲に包まれた、薄暗い中でも圧倒的な存在感を漂わせる城。ここは魔城と言うべきか。鬱蒼とした森の中の洋館にも似た不気味さがある。
 稲光が城の輪郭をくっきりとさせる。
 上を見上げれば空を覆い隠すかのように高く、左右を向けば城壁がどこまでも続くように映る。
 そして正面には重厚な門。それだけで二階建ての家くらいの高さがある鉄製の門扉には赤い字で大きくこう書かれていた。

『魔王城』と

 これだけ大きく目立つように書かれていれば間違っても『鈴木さん』の家と勘違いする人はいないだろう……
「だせぇよ!」
 我慢できずにツッコんでしまった。
 何故わざわざ門扉に書いちゃうの? センスを疑っちまうよ。
 魔王城へと繋がる石橋の辺りにでも木札とか立てとけばいいと思うが。そんなに自分の城だと主張したいのかよ。
 それにしても俺に対しての行為については、二人とも流すつもりなのかね。
 確かにワープした先がこの荘厳な城の前だと、俺よりもそちらに目が奪われるだろう。俺もRPGで見るようないかにも魔王が住んでいそうという城に、テンションが上がったし。
 それにしても、危機一髪だったな。
 ワープゾーンの出口は人の背ほどの高さにあって、俺は入るとき頭から突っ込んだわけで、もしワープゾーンの中で体勢が変わってなかったら、石畳に頭突きすることになってたのかと思うと背筋が凍る。
 尻を打っただけで、真っ二つに割れるような痛みがあったからな。この程度ではHPは1しか減ってなかったが。それを目安として三神さんの苦痛を想像すると、よくあんな自信が維持できるなと尊敬する。
 ちなみに二人は俺が無事消えたのを見届けた後、足から飛び込んだらしくしっかりと着地してた。
 体験版で魔王城とは行き過ぎじゃないかね。あのワープが体験版だけの物だとは思うが、いきなりラストダンジョンを思わせる城とは。
 病気の少女のために山の頂上に生えてる薬草を摘みに行く程度でよくないか。
「じゃ、行きましょ」
「はいー」
 三神さんが意気揚々とした足取りで城門へと向かい、なつきさんもそれに続く。
「…………」
 俺も一抹の不安を感じながら二人の背中を追う。異様な威圧的な雰囲気を纏う城を前にしたら当然感じることだ。二人はRPG未経験者だからこそ、不安感はないのだろう。
 これまで現れたモンスターは、いわゆる通常攻撃しかしてこなかったが、魔王城を守るモンスターとなると厄介な特殊攻撃を持ってると予測できる。
 一応注意するよう伝えた方がいいか。
「あ――」
『待ちわびたぞ』
 ふいにそんな声が聞こえてきた。渋みを感じさせる重低音。前方を歩く二人は足を止めて声の主を探そうと視線をさまよわせる。……多分、アレだろう。
『お前が魔王様を倒そうとしている愚か者か』
 さっきとは違う低音ボイス。ところで複数形じゃないのは、一人でのプレイを想定してるからかね。
『城に入りたくば、門番である我々を倒していくがよい』
 二人とも声の主に気付いたようで、門の左右に立ち並ぶ石柱の上に視線を向ける。
 石柱の上には、凛々しい表情をして羽を休めるワシを模した石像……いや、翼はボロボロで体も四つ足の獣に近いから、正確にはワシじゃないのだが、実在する生物で表すならばやはりワシに近い姿と言うのが一番伝わり易いか。
七宝玉セブンススフィアを手にしたその力、見せてもらうぞ!』
 そう叫び、“ガーゴイル”とモンスター名が頭上に表示された石像は体を起こし、生き物のように朽ちた翼を大きく広げ、眼が赤く発光する――つか、
「セブンススフィアってなんだよ!?」
 そんなもん手にした覚えはないんだが。
『ああ、本来は最後に来る場所らしくてな、台詞は変えられてないとのことだ』
 天の声が疑問に答えた。
 体験版でラスダンを登場させるなよ。壮大なネタバレじゃねえか。
「って、だとしたらモンスターの強さとかどうなってるんです?」
 本来ラストダンジョンといったら文字通り物語の最後に来る場所で(隠しを除くと)、そこに出現するモンスターは今までのどのモンスターよりも手強いのが常識。
 たどり着くまでの過程でレベルの上がった主人公たちとはいえ苦戦は必至だ。その過程とは本来通る長い道のりのことで、一つの村からワープしただけの俺たちじゃ、苦戦というより圧倒されるだろう。
『それは調整されてるはずだ』
 なんだ、それなら安心か。『はず』というのが気に掛かるが。今はツッコんでる場合じゃない。戦闘は既に始まっている。
 朽ちた石の翼で羽ばたいたガーゴイルAが、三神さんを狙って急降下攻撃をしかける。
 石造りでも鋭さを感じさせる鉤爪を向けながらターゲットに高速で降下するガーゴイルAを、三神さんは寸でのところで体をよじって避ける。急ブレーキをかけ地面一歩手前で止まり再び高度上げるガーゴイルAを一瞥して、三神さんは鞘から剣を抜いて構えた。
「ど、どうしま――きゃ!」
 ガーゴイルBが同じように急降下攻撃をなつきさんめがけて仕掛け、咄嗟になつきさんが前に突き出した杖で受け止めた。ガーゴイルBは宙返りをして距離を取った。
 もし、なつきさんに傷をつけたりしたならば、これが終わったらお前のデータを消去してたところだ。
「ソニックスラストッ!」
 三神さんが叫んで宙に浮かぶガーゴイルへと剣をなぎ払う。刃は当然空を切ったが、見えない真空の刃が飛んでいく。
『グヌゥ……』
 まさしく石を剣で叩いたような甲高い音が響いた。一見ダメージがないようにも思えるが結構なダメージ量を与えている。それを表すようにガーゴイルAも石の体が空中で仰け反っている。
「技名叫ばないと出せないって、ふざけてるわよね」
 三神さんは不満げに言うが、結構サマになってたと思うぞ。より女剣士としての凛々しさが増して同姓からも人気が出そうなくらいに。
 村までの道中でモンスターを倒しながら進んだおかげで、俺たちは幾つかレベルが上がっている。三神さんは特技を、なつきさんは魔法を覚え、能力値も上昇した。筋トレをしたわけでもないのに腕力が増し、三神さんの剣の振りも見違えるほど早くなった。
……それを思い出すと忘れようとしてた不満まで蘇ってきた。俺もレベルが上がったのはいい。一番低かったから二人よりも上がったのだが、能力の上昇が軒並み低いのは『ニートは全然成長するわけがないからな。それを上げてやった慈悲に感謝してほしいね(笑)』みたいなスタッフの会話があったからに違いない。
 まあ、俺もいつまでもパーティのお荷物ではないことを見せよう。特技は結構覚えたからな。

『友人が段々と減っていく。泣きたい』
『リア充死ねと言ってみた、泣きたい』
『気が付いたらもう一年経つのか。時が過ぎるのは早いなあ……ああ、泣きたい』
『もう人生に取り返しがつかないな、死に……泣きたい』

 これらの特技は虚しさがこみ上げてくるという、全く持って役に立つことはない無駄な特技だ。身に覚えがありすぎて俺には笑えない。
 覚えた特技の中で、モンスターに効果があるのは今のところは一つしかない。
「ノート!」
 そう叫ぶと、まるで手品のように手元に真っ黒な表紙の手帳サイズのノートが出現する。タネも仕掛けもないが。
 俺はページをめくり、そこに書かれてある魔法を唱える。いかにも熟練の魔法使いがごとく重々しく言うのがコツだ。

『常闇をも切り裂く天空の雷よ――我が呼び声に応え罪深き愚者へと裁きを下せ!
“裁判の雷鎚ジャッジメント・ライトニング”』

 今にも三神さんめがけて再び急降下しようとしていたガーゴイルAの体が急ブレーキを掛けたように止まる。そのスキに三神さんが攻撃を加えようと詠唱を始めた。
 よし! もう一丁。

『永久なる氷の牢獄。時をも凍てつかせる絶対零度の氷塊に包まれ己がカルマを悔いよ!
“永劫の凍結エターナル・ブリザード”』

 なつきさんを狙い飛びかかろうとしていたガーゴイルBが凍り付いたように空中でピタリと停止した。
 効果は上々のようだ。更に続ける。

『神をも灰と化す究極の火焔
 魔王をも吹き飛ばす究極の疾風
 全てを浄化せしめん究極の豪雨
 我が魔力を糧として今宵具現せん!
“《アルティメット・フォース》”!』

 俺の力を込めての叫びが闇色の空へと吸い込まれていくのをゆっくりと感じた。実際は数秒も経ってはないのかもしれないが、音を失った世界が何分も続いてるように俺は感じていた。
『さっきから何なのだそれは』
『恥ずかしいと思わないのか』
「気が散るからやめて」
「あのー、えっとー、凄く格好良いですよー」
 俺の耳に届いたのはそんな言葉の数々だった。なつきさん、すいません無理にほめさせてしまって。困ったように言われると余計に傷口が広がります。すいません。
 特技『黒歴史』
 ノートに書かれているのは、過去にプレイヤーが思い浮かべていた詠唱魔法や設定――という設定で、それを読むことによって一定確率で敵の動きを止めることができる。俺が覚えている技の中ではマシな効果がある技である。
 代償としてプレイヤーに精神的なダメージが残る。諸刃の剣だ。俺は今すぐここから消え去りたい気持ちでいっぱいだ。
 書いてある詠唱に設定は開く度にランダムに変わるため、その中から読んでも大丈夫そうなページを選ぶことはできない。果たしてあるのかは分からないが。試しに次のページを開いてみる。

『紅と蒼のオッドアイ。その理由は天使と悪魔のハーフだからなのだが本人はまだ知らない。クールを気取っていて周囲から冷徹な印象を持たれているが、根は優しく困ってる人を放ってはおけない。
 学園一の美少女であるヒロインを助けた時に自らに秘められた力が暴走する。それはまさしく悪魔のような力。
 その力に戸惑い苦悩するがヒロインに慰められて自らの力と向き合う。力の謎を解き明かすために学内で新たな部をヒロインと立ち上げる。入部してくる生徒にも人外な力が宿っている。
 それを危惧した悪の手先(詳細は後で考えることにしよ)が送り込んだ異能力者と戦う最中再び悪魔の力が目覚めて――


 グワァァァ! 目が! 目がぁ!
 最凶最悪の黒歴史が襲ってくるうぅ。
 消えちまえ過去の俺。忘れちまえ今の俺。と、頭を抱えて俺は膝を付き石畳に頭を擦り付けるようにうなだれる。
 俺が書いた覚えがないのに、何故か俺が書いた記憶があって――頭が混乱してきた。とにかく恥ずかしすぎて俺は貝になりたくなってきた。
『痛々しい過去を呼び起こす諸刃の剣である。』

――俺はそんな説明文を脳内で復唱しながら目の前が真っ暗になっていくのを感じていた。




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