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第四話・魔界荘での生活
 一時的にだが、天涯孤独の放浪人になりはて、いずれは野垂れ死にを迎えるはずだった俺が、魔界荘というアパートに住むことになって一週間が過ぎた。
 魔界荘の住人はいい人ばかりで、特に隣人である雪乃さんにはかなりの世話になっている。
 朝食を用意してくれるし。
 昼食も用意してくれるし。
 夕食も――
「このままじゃ、マズいよな……」
 これだと、以前の生活と変わらない。ひきこもる部屋が変わったのと迷惑をかける相手が変わっただけだ。というか、雪乃さんの収入源も未だ謎だ。
「何がマズいの?」
 大工の黒木さんの手作りちゃぶ台に腰掛けながら麻衣は首を傾げた。
 幽霊はいいよな。飯も食わなくても死なないし――いや、既に死んでるか――
「バイトでも探すかな……」
 不安だがな。今まで経験ないし。
「バイトって、お金稼ぐために働くことだよね。ユウくんにできるのー?」
 馬鹿にするな……と言いたいが、不安だらけだ。とにかく、町にでも行ってみるしかないか。

 と、部屋をでると、雪乃さんに会った。いつもながら美しいその姿は、いつ見ても飽きない。とりあえず、雪乃さんに事情を話したところ、
「あ、それでしたら――」



 魔界荘はこの町の外れにあり、周囲には人が住んでいるような建物は少ない。
 ここから、人通りのある通りまでは、三十分はかかる。駅まではもっとかかる。立地条件は最悪だ。その分家賃はタダ同然らしい。大家が未だ帰ってきてないから詳しくはわからんが、雪乃さんは何年も払ってないと言っていたな。
「……ここか」
 雪乃さんの教えてくれた建物は、『魔界カフェ』と看板が掲げられていた。……直球だ。魔界を隠すつもりは更々ないらしい。
 この店は、雪乃さんの友人が経営してるとのことだ。実際、接客業というのは苦手……だと思う。経験はないが、得意だったら今までの人生、こうはならなかっただろうし。
 でも、やらないとな。このまま雪乃さんに世話をかける訳にもいかんし。メイドでもなんでもやってやらあ。



 店内はいたって普通の喫茶店といった印象。
 人通りもまばらの道に面した窓からは、道路を挟んで、今は身を纏う葉がなくなり裸になった街路樹が望め、その景色を活かすようにテーブルが並べられている。が、椅子はまだ壁端にまとめて置かれている。
 まだオープン前らしい。
「すいませーん」
 誰も人が見あたらないし、カウンターの方に声をかけてみる。カウンターの奥にある棚にはコーヒー豆が入った容器がたくさん並べられている。俺は違いがわからん男だから詳しくはないが。
「はーい」
 間延びした声が店の奥から聞こえ、少ししてエプロン姿の女性が出てきた。水晶玉のような大きな瞳でこちらを見て、
「すいませんー。まだ開店してないんですよー」
 癒し効果抜群の微笑みを浮かべる女性。この人が雪乃さんが言っていた友人だろう。見た目からして間違いはない。
「あの、ここでバイト募集してると……雪乃さんが」
 女性は小さく小首を傾げる。その仕草に俺は萌えという感情が実在することを実感する。だって耳がピクリと……。
「雪乃さん……?」
 と小さくつぶやき、少しして、
「あ、もしかして、雪乃って魔界荘の――」
 俺は頷き、
「そうです」
 それを聞いて女性は、耳をピンと突っ立て、カウンターから出てきて、
「初めましてー、このカフェの店長の猫俣なつき(ねこまた なつき)ですー」
 深々と礼をする。俺も自己紹介をして、
「えっと、ここで働きたいんですが」
「はいー。雪乃の紹介ですしー、オッケーですよー」
「え……あ、ありがとうございます」
 案外あっさり決まったな。雪乃さんに感謝しなきゃな。一つ聞いとこう。
「店長の、その耳と尻尾は……」
「あ、コレですかー」
 と、頭に対になるように生えた三角形の二つ耳と、正面からだと見えないが尻のあたりから生えているだろう、細長い茶色の尻尾を動かした。尻尾は二つ見えており、それぞれ自由に動かせるようだな。
 店の名前や、魔界荘の住人と同じで名字などから考えるに、店長は猫又――確か尾が二つに分かれている猫の妖怪――だろう。
「それ隠さないんですか?」
「え、何でですか?」
 意味が分からないと、キョトンと首と耳を傾げる。その仕草がカワイくてすごく癒される。
「あ、いや、別に」
 まあ、本人が気にしてないならいいか。いまの世の中だと、注目はされるがコスプレだと思われるだけだろうし。



 それから、なつきさん(名前で呼んで欲しいと言われた)から簡単に説明などを受けて、家路に着いた。
「バイト、決まってよかったですね」
「雪乃さんが紹介してくれたおかげです、ありがとうございます」
 俺は今、雪乃さんの部屋で昼食を食べている。見た目は普通のチャーハン。一口食べれば、中国人もびっくりの味だ。『ウマいぞぉー!』と叫びたくなる美味さだ。
「ユーキおにいちゃん、バイトするの?」
「ああ、一週間後からだけどな」
 雪乃さんの娘、雪香がほっぺに米粒を付けながら聞いてきた。将来は雪乃さんのような美しい雪女になるだろうな。
「頑張ってくださいね」
「あ、はい」
 その柔らかな微笑みで言われたら、オリンピックで金メダル取れと無理難題だされても頑張れますよ。



「バイト決まったんだ。よかったねユウくん」
 雪乃さんの部屋で昼食を食べた後、俺の部屋に戻り、ちゃぶ台に寝転がりながら本を読む麻衣に報告した。今後じっくり、マナーについて話し合いたいと思ってる。
 俺も読みかけの小説を手に取り、畳んだ布団をクッションにし読み始めた。二件隣の荒木さんから借りた本だ。荒木さんはアシュラとかいう妖怪らしく、一週間ごとに性格が変わるらしい。だから、今週は顔を合わせないようにしようと思う。怖いから。
 読んでいる小説は今人気の推理小説だ。実に面白い。
 そして、今恐れているのはこの小説の下巻を今読んでいる麻衣の存在だ。数日前、この口軽幽霊に、別の推理小説のネタバレをされ、続きを読む気をゼロにされたからな。今回は麻衣が読み終わった後、どうにかして口封じしとこうと考えてる。



 さて、暇を持て余した俺は夕方、雪乃さんの作る夕食の放つ鼻孔と腹の虫をくすぐる匂いで目を覚ました。
 麻衣は押し入れて寝息を立てている。押し入れの上段には布団が敷いてあり、麻衣はそこを寝床にしている。雰囲気が気に入っているらしい。某猫型ロボもそんな気持ちで押し入れで寝ているのだろうか。
 ちゃぶ台の上には、もう読むことはないだろう推理小説が置いてある。
 まさかあんな意外なトリックであの人が犯人だったとはな。麻衣よ、口頭で教えてくれてありがとう。俺はもうお前の近くで小説は読まないよ。

 トントン。
 と軽く二回壁を叩く音が、夕食の合図になっている。そのうち自炊でもしないとな。



 雪乃さんの料理は『美味い』という単語以外は必要ないな。今日の夕食も美味でした。
「ユーキおにいちゃん。お風呂いこー」
 という言葉がだいたいお風呂に行く合図だな。そして雪乃さんと三人並んで行くのがいつもの光景になりつつある。
 ま、別に雪乃さんと同じ湯につかるわけではない。いや、入れるのなら一緒に入りたいが。
 魔界荘はボロい見た目通り、部屋も六畳一間だ。トイレはあるが、風呂はもちろんない。そのため、魔界荘から数分歩いた銭湯に行く。その名も『地獄湯』最初は赤い湯がゴポゴポ煮えたぎっているのを想像したが至って普通の銭湯だ。
 普通のちょうどいい温度の湯。
 普通に湯上がりに飲む牛乳が置いてあり。
 普通に番台には、とんがりコーンのような角が額に生えてる肌が青い鬼が座っている。
 ま、利用するのは魔界荘の住人だけだからな、普通だ。どうやって経営が成り立ってるのかは謎だが。
「おう、いらっしゃい」
 相変わらずいい肌の色をしてるな。
 ちなみにここの銭湯はカウンター式だ。俺のなりたい職業トップ10にランクインしている番台さんはこれとは違う形式だ。

 男湯には誰もいない。
 荒木さんも黒木さんもここをよく利用していて、二人の裸に、俺は自信喪失した。魔界は恐ろしいと感じた。
「あ、黒いおねーちゃん」
「こんばんは。沙羅さん」
 ベルリンの壁よりも乗り越えるのが困難な壁の向こうから声が聞こえた。どうやら先客に俺の隣人の死神、魅栗沙羅さんがいたらしい。
「雪乃さんに雪香ちゃん、こんばんは」
 相変わらずの感情の薄い淡々とした口調だな。
 魅栗さんのスタイルは抜群だ。いつも着ている黒いワンピースから伸びる手足の色白さから察すると、芸術作品のように美しい身体なんだろう。想像することしかできないが。
 俺の観察眼によると、一〇二号室に住んでる、天使てんし天使あまつかさんに次ぐ胸の大きさだろう。それにしても紛らわしい名前だ。
 雪乃さんは日本人体型だが、雪のように白い肌が美しい。
 この世に法律という壁がなければ、今すぐにでも向こうに広がる桃源郷に行きたいと考える俺はおかしいでしょうか。



 風呂上がりの牛乳というのは何故こんなに美味いのだろうか。それより、この白い液体は牛の乳なのだろうか。魔界の家畜から搾り取った怪しい液体ではなかろうか。
 いや、考えるのはよそう。味は慣れ親しんだ味だし、何よりタダだ。この銭湯の資金源がわからない。
「いいお湯でした」
 と、雪乃さんたちが女湯から出てきた。まだ湿った髪が艶っぽい。魅栗さんの長い髪を見てると、ホラー映画を思い出すな。井戸から出てくる奴。髪がまだ乾ききってないから余計に。



 部屋に戻ると、麻衣はまだ寝ていた。というか一日の半分は寝ている。まるで猫だ。
 昔の俺も、そんくらい寝ていたな。暇だったから。あと、このまま目が覚めなければいいとも思っていた。
 麻衣と俺は似ているのかもしれない。
 ずっと部屋で時を過ごしている。
 それを、自主的にするか、強制的にするかの違いだな。



 この魔界荘での生活も慣れてきたな。今は俺を追い出してくれた親に感謝したくなるくらいに。
 バイトが始まるまでの一週間何をして過ごそうか。ここでなら暇になることはなさそうだがな。



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