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勇気の厄日(2)
 夕陽に染まる寂れた公園。
 走り回る子供の姿はなく、だみ声のカラスが鳴いている。手入れが行き届いてないブランコがキィと揺れる度に泣いている。俺の心も泣いている。
 ガサガサとレジ袋が風で音をたてる。一応は温め済みの弁当も既に冷めてしまっているだろう。
 もっともこうして斜線を背負いながらブランコを漕いでいなくとも、帰路に着く間に冷めてしまうだろうけど。
 部屋に電子レンジはない。お隣さんに行けば、最新鋭のレンジで弁当の美味しさを一番引き出してくれる温度にできるが、今は行けない。行きたくはない。
 もし氷のように冷たくあしらわれたら、俺のガラスのハートはハンマーで叩かれたあげく、すりこぎで粉末状にされたかのようになってしまうだろう。修復不可能だ。
 コンビニで偶然会った榊さんにも傷つけられたしな。
 声を掛けたら見ず知らずの人を見るような目をして首を傾げられ、オレオレ詐欺みたいに名乗ってみたらそれでも、記憶の片隅にすらないようで覚えてないの一点張り。終いには柔和な笑みで謝られてしまったし。
 榊さんの物忘れがこうも酷くなってるとは思わなかった。
「はぁ……」
「はぁ……」
 もうため息を吐くしかない。ん……何か二倍重苦しく聞こえなかったか。
「はぁ……」
「はぁ……」
 ほら、重なって聞こえる。
「あ」
「あ」
 横を向いて気付いた声が重なった。
 グレーのスーツ姿の冴えないサラリーマンがいい年してブランコに座っていた。背中を丸め斜線を背負っているかのように哀愁が漂っている。
「…………」
「…………」
 まるで鏡を見るようである。姿は違うが、脇に置いた鞄の茶色が哀しげに見えるし、内面が今の俺と似ているように感じた。
 数秒見つめ合った後、互いに前に向き直る。相手が心に闇を抱いた美女だったならドキッとするが、見た目アラフォーなサラリーマンである。ときめきはない。
「……仕事辞めさせられそうなんですよ」
 ブランコを揺らしながらサラリーマンが言った。呟きでもなくこちらに語るような声量だし、
「そうなんですか」
「会社の経営が苦しいらしくてね。退職者を募ってるんですが……上司に言われましたよそれとなく……ね」
 勢いの着いたブランコに揺られながらサラリーマンは続ける。
「……当然の話なんですよね。年相応のポジションに居るわけじゃないですし、何かを切り捨てるときには真っ先に対象になる気はしてましたが……いざ、そうなると……」
 漕ぐのをやめたブランコは徐々に振り幅を小さくしていき、ユラユラとした動きになる。
「妻や子にどう伝えたらいいんでしょうね……」
 自虐的な痛々しい笑みを浮かべこちらを見ないでくれ。どう答えればいいかなんて妻も子もおらず人生の経験値も少ない俺には、
「……きっと、分かってくれますよ」
 根拠もない無難な言葉でしか返せないな。
「そうだといいですが……」
 僅かに表情を曇らせ言って、サラリーマンは次はあなたの番ですよと、無言で促してきた。
 あなたに聞かされた話と比べたら大した重さのある話でもない気もするんだが……

「……そうですか。大変でしたね」
 哀しみ二割り増しくらいやや大げさに心情を告白し、サラリーマンが真摯に受け止めてくれた。
 しばし、沈黙が夕闇に染まり掛けてきた公園を支配した後、カラスのだみ声が合図になったかのように、サラリーマンが立ち上がった。
「互いにいいことがあるといいですね」
 鞄底に付いた砂を払いながら、空元気にも見える表情をサラリーマンは浮かべた。
「そうですね」
 俺は頷いて、ブランコを揺らしやや助走をつけて飛ぶ。
 レジ袋を拾って後にした公園からは、もう一度だみ声のカラスの鳴き声が聞こえた。



 自室にて冷たいままのコンビニ弁当を食った、床に仰向けになり薄汚れた天井をぼんやりと俺は眺めていた。
 そういえば今日は雪乃さんの見てはいない。朝方行ったときには雪香の冷めた顔しか見なかったしな。道理で身体が気怠いわけだ。雪乃さんの笑顔が一日一度は拝見できないと、そうなる身体になってしまってんのか。いわば雪乃さん中毒。
 そして朝からいまいち気合いの入らない俺に、闘魂注入ビンタじゃなく、言葉の槍を心臓に突き刺してくれたのが、なつきさんの一言か。
 三神さんの推理によると、俺に十割の原因があるようだがそれは否定しない。一割でも、なつきさんが悪いこととするのは余計に心苦しくなる。
 でも、鬱憤が溜まっていたとはいえ、なつきさんの口からあんな言葉が出てくるとは、おとなしかった女子が突然金髪に染めてメイク全開で登校してきたような衝撃があったね。そんな経験したことないが。
 まあ、精神を傷つけられた慰謝料をなつきさんに請求はしたいね。金ではなく、メイド服を着てくれるだけでいい。それだけで精神的ショックは完治どころか、癒しオーラでコーティングされるだろう。
 魅栗さんに、天使さん、榊さんに付けられた傷までも綺麗サッパリ無くなるな。
 しかし、何故皆が結託したかのように俺に精神攻撃を仕掛けてくるのは偶然で流していいのか。
 帰り道でも黒木さんに会って声を掛けたが、終始無言で、なまはげに劣らない泣く子も黙る形相だったのは、どういうことだろうか。元々か。
 だけど、無言なのはおかしい。黒木さんは喋ったり豪快に笑ってるのが常時だ。そうじゃなきゃ、単なる怖い顔のオッサンだ。
 コレでまだ今日は会ってない荒木さんを除き、魔界荘住人の9割に普段とは違う態度をとられたということか。
「……これは何かの陰謀か」
 起き上がり、部屋中に視界をさまよわせる。押し入れからライトの光が漏れているな。ここ最近の麻衣はああして押し入れに篭もり何かをしているようだ。
 絶対に入るな、と恩返ししにきた鶴のような事を言われ、そう言われたら“入れ”というフリだと思い、開けようとしたら超能力めいた力を使ってるのか、戸が接着剤で固められたかのようにビクともしなかった。戸を相手に四苦八苦するのも馬鹿らしいし早々に諦めたが。
 そんな、幽霊が押し入れで何をしていようがどうでもいいが、雪乃さんやなつきさんの態度がこのままなのはよろしくない。主に俺の精神的に。
 なつきさんも、あれから何となくではあるが俺に対する接し方が透明な壁を挟んでいるような、どこかよそよそしさを感じるし。
 だが、三神さんに対してはいつもと変わりはなかった。これはつまり、機嫌を損ねているわけではなく、俺にだけ……こう、何か思うとこがあるのだということ。直接的に言えば嫌……やめとこ。
 そういえば、あの発言の後コソコソと三神さんと話してたのも気に掛かる。生憎、小声を聞き取ることができる聴力は持ち合わせてなかったが、想像するにこのような会話が交わされていたのではなかろうか。

「ついに言えましたー」
「日野くんかなりショックみたいでしたよ」
「はいー。これで自主的に辞めてくれるといいですけどー」
「ですね。私一人いれば十分ですし。あ、辞めたら時給上げてくれます?」
「いいですよー。早く辞めてくれたらいいんですけど」
「いざとなったら、クビで」
「そうですねー」

 ……誰かありえないと言ってくれ。
 だが、あの発言が最後通告みたいなものだとしたら、いずれクビが現実になってもおかしくはない。自主的に辞めはしないが。あのような理想的なバイトは中々巡り会えないだろうし。
 理想的と言えばここもそうだ。
 間取りは一昔前のフォークソングにでも出てきそうな六畳一間だが、何よりは住人に恵まれている。
 目の保養になる美しき女性が三人に、見た目は怖いが良い人とか、キレなければ家賃滞納しようが温和でいる大家とかな。あと、魂を送ってくれるだろう死神に、天界にでも白い翼を広げ運んでくれるだろう天使もいるし、死後のアフターケアも万全だ。
 それなのに、今日会った住人達の俺を傷つける応対はどういうことだろう。
 もしかしたら、俺の知らないところでこのような会話が繰り広げられていたのではなかろうか。

「そろそろ、自分で炊事してほしいんですけど……毎日家に来られるのもいい加減迷惑ですし」
「そうそう。迷惑だよねー。アタシの事すんごく子供扱いするしさ」
「……キエテホシイ」
「何ならヤっちまうかァ!?」
「ウザいったらないわね」
「存在感薄いんですぐ忘れてしまいますね」
「日野は一々、オレを見る度にビクビクしやがるからな。失礼ったらねえな」
「家賃も払って欲しいんですけどねえ」
「すみません。私が払う必要ないと言ってしまったんで」
「いえ、白峰さんは悪くないですよ。人としてのモラルの問題ですから」
「……出て行ってほしい」
「ヤっちまおうぜぇ! ヒャハハハ!」
「そうね。いくら名称だけとはいえ、ここに人間なんているのがおかしいし」
「でも僕、出て行くように強く言うのは苦手なんですよ……」
「でしたら、自主的に出て行くようにしたらどうでしょうか? ここに居づらくなれば勇気さん自身で出て行きたくなると思います。街中からも離れてますし、生活上なにかと不便な場所ですから」
「ですが、家賃を滞納されたまま出て行かれても……」
「それならオレに任せときな」

 ちと後ろ向き過ぎる考えだが、これならば皆の態度にも納得がいくが、
「ま、ありえないな」
 たかだか一日二日程度、皆が団結したように冷たい態度を見せつけられたぐらいで考えが突飛しすぎだ。
 皆既日食みたいに、ご機嫌メーターが偶然悪い位置でピッタリと重なっているに過ぎない。
 数日経てば、雪乃さんの手料理が復活するだろうし、魅栗さんは淡々としてるだろうし、天使さんは……まあ、多少は温もりのある言葉が出てくるようになるだろ。

 要は明日だ。明日。
 まずは寝て、明日を待とう。元に戻るまでいくらでも待つさ。



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