ロマド市の南端に位置するキニッサの町に、五大陸中の名家の子息のみが集まる最高学府、エコルガルトは建てられている。世に聞こえた名門大学であるにもかかわらず、なぜこんな辺鄙極まりない場所に存在しているのか。それには二つの理由があった。
ひとつには、伝説によれば、ここにかつて聖木、世界樹が生えていたとされるためだ。そしてもうひとつは、ずばり辺鄙な田舎町だから。それに尽きる。
学府長でありロマド市長でもあるワンジオ翁は、毎年、十九歳の新入生を迎える親展式の席で必ずこう言うのだ。
これからの四年間、諸君の人生は女人禁制のタブーを背負うことになる、と。
ひとことで言って、姦りたい盛りのこの年代の青少年を集めて説くには酷な禁忌である。しかし、学府長は大真面目に続ける。ここに来た以上はしっかりとこのご禁制に励んでもらいたい。なぜならば、世界樹の人格神であるイグノディアスは女性神で、四年間の貞節を自分のために捧げることを強く望むからだ。そう締めくくられ、親展式は終わる。
古い慣習とはいえ、従わないわけにはいかなかった。三ヶ月に一度設けられる定期面談の席で、全学年二百名の学生は、一人一人学府長と対面を果たすのだが、その生徒が貞節を遵守しているか、或いはすでに違背したあとであるか、この老獪な人物はすべて見抜いてしまうのだから。
「まったく、やり切れないったらないよな。当然、入学審査も童貞かどうか、だろ。灰色の青春だぜ、親の見栄のせいで」
ジードの学友、ホルツェンはそう言って嘆いた。彼はオサイオン市の富豪の息子なのだが、名誉欲の薄いサバサバした性格の持ち主である。そのため、将来審議院で認められ、「天上の切符」を与えられるようなⅤIPになるための第一歩といった話には、まったくモチベーションをくすぐられないのだった。
ジードは曖昧に笑った。この日ホルツェンは、秋季休暇を利用して、友人の家に泊まりに来ていた。成り上がりであるためブランドへのこだわりが人一倍強い両親とは折り合いが悪く、一ヶ月にも渡る休暇を延々と実家で過ごす気にはとてもなれなかった。
ところが、いざ来てみると、ジードの様子がどこかおかしい。彼は始終上の空のように見え、ホルツェンの言葉にも熱のない答えを返すばかりだ。さすがに怪訝に思ったホルツェンが変異の理由を問いただそうとした時、ノックの音が響いた。
「ジード様。お茶、お持ち、し……ました」
たどたどしい口上が聞こえ、ドアが開いた。現れたメイドを見、ジードの頬が紅潮する。
入ってきたのは未明だ。長い髪をアップにまとめ、リボンのついた白いヘアバンドで留めている。彼女は含羞みながらも給仕に集中し、なんとか粗相なく小卓の上にポットとティーカップを並べ終えた。お茶を注ぐとすぐに部屋を出て行こうとする彼女の腕を、ジードは咄嗟につかんだ。
「あ、の……」
未明は戸惑いを隠さずに彼を見上げた。入り口付近には監督役のパドマの気配はない。ジードは素早く告げた。
「ミハル。今夜、晩餐が終わり次第お前の部屋へ行くから、用意をしておきなさい。いいね」
理解できたかどうかは不明だ。未明は肯いたが、きちんとわかっているのかどうか。ジードはとりあえず彼女を解放した。未明は顔を伏せたまま、逃げるように退出した。
一部始終を見ていたホルツェンが口笛を吹く。
「おいおい、おいおい! なんだよいまのは。今夜? 用意? お前まさか、あのメイドにお手つきしちまったんじゃ……」
下世話な言い方にジードは眉をしかめた。
「勘違いするな。彼女はこの間来たばかりのメイドだが、事情があって言葉が不自由なんだ。だから私が時々勉強を教えてやっている。それだけだ」
ホルツェンはにやにやと意味深な笑みを浮かべている。
「ま、真実は、女神イグノディアスとワンジオ翁がよくご存知だからな。お前、下手したら休暇明けに即退学ってこともあり得そうだな」
ジードは学友を睨みつけた。「ばかを言うな。なぜこの私が」
「なぜって、お前、いまのメイドに惚れちまってるじゃないか。見てれば一目瞭然だよ。そんな相手の部屋を夜訪ねるなんて、お前って意外に蛮勇の持ち主だったんだなぁ」
「……!」
ジードの顔がさっと赤らんだ。ホルツェンは真顔になり、さらに続けた。
「俺はいいと思うぜ。好きな女ができるのなんて普通のことだろ。俺たちは若いんだ、なんで現実を差し置いて偶像の女に貞節を誓わなきゃならないんだ? なぁジード。本気で好きなら、タブーでもなんでもとっとと犯して、その女と添い遂げろ。なにしろ俺たちの修道期間はまだあと一年もあるんだ、その間彼女が誰のことも好きにならないなんて保証はどこにもないんだからな」
ホルツェンの言葉には妙な重みがあった。ジードは反論する気概を失くし、先ほど未明が淹れてくれたお茶をただじっと見つめていた。
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