ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
  センロノハテニ 作者:日比谷碌樹
第三部
第二十三話 神降ろしの儀
 

 ところ変わって、こちらはハーマッド島のイシオス神殿。
白螺(はくら)の間」に集まった三人の若者が、それぞれどこか神妙な面持ちでソファに掛けている。
 やがて焦れたように口を開いたのは、紅一点の姫巫女、レノラだった。
「なんども同じことを言わせないでくださいませ。わたくしはあなたに協力する気など、これっぽっちもありませんわ」
 わかったらさっさと出て行け。取りつく島もないその態度に、ジードはしかし、粘り強く食い下がった。
「君が私を憎むのは当然だし、私のしたことについては、一生かけて償おうとも思っている。……だが、今度だけは――頼むから力を貸してくれないか。さっきも説明したとおり、どうしても君の、巫女としての能力が必要なんだ」
「厭です」
 にべもなく言ってのけ、冷めたユニス茶を優雅に啜り込む。その様子に、傍観していたホルツェンは苦笑した。――彼女、明らかに面白がってやってるな。ジードのやつが必死になればなるほど逆効果ってことか。まったく、ドSのお姫様もいたもんだ。
 その辺が、どういうわけか、彼女との付き合いが誰よりも長いはずのジードには見抜けないらしい。ホルツェンはわざとらしく咳払いをすると、おもむろに口を開いた。
「姫。こいつをからかうのが楽しいのはわかりますが、もうそのくらいでいいでしょう」
 二人は同時にホルツェンを見た。図星を言い当てられたレノラの方は、うっすらと頬を染め、決まり悪そうにそっぱを向いている。わけがわからないのはジードだ。
「レノラ? 君……」
「からかっているつもりなんてありませんわよ。わたくしは、本心から……」
「確かに、ジード個人の頼みであれば、断ろうがどうしようがあなたの自由です。けど、いまの話を聞く限りでは、どうもそういうわけでもなさそうだ。つまり――巫女としての仕事の依頼、みたいなもんなんでしょう? ジードではなく、ノルド神官長の命だと思えば、受ける気にもなるんじゃないですか」
 正論を諭され、レノラは黙り込んだ。ジードは怪訝そうにホルツェンを一瞥した(のち)、ソファを降り、レノラの前に片膝をついた。思いもしない行為に、さすがのレノラも慌てたようだった。
「レノラ。ノルド家の歴史の中でも生え抜きの巫女である君に、あらためて助力を願いたい。『神降ろしの儀』のために、君のその力を貸してくれ。――このとおりだ」
 レノラは困惑してそんな従兄の姿を見下ろした。ふと視線を感じて顔を上げると、すました顔のホルツェンと目が合った。悪戯っぽく片目を瞑られ、つい彼女は苦笑していた。



 九刻(夜十時)ちょうど、中央殿舎の「主神の間」に、ジードをはじめとする一同は集められた。神官たちによる「奉献の儀」や、神官長みずからが行う祝詞の献上など、重要な祭祀以外には用いられることのない部屋である。広さはそこそこあるものの、外光を入れない造りになっているため室内は常に暗く、ちょっとした異空間の様相を呈している。
「『主神の間』って名前なのに、神像の類が置いてあるわけじゃないんだな」
「ああ。私も昔は不思議だった。偶像は置かず、天におわすはずの本物のイグノディアス神に語りかける、という意味があるらしい。もっとも、はっきりと理由を聞いたわけじゃないが」
 ホルツェンのつぶやきに、ジードが答えた。
 入り口から向かって北側に設えられた丸い祭壇が、姫巫女の座。すなわち、男性神の託宣をそこで受けるのである。
「相変わらず辛気臭いというか気が滅入るというか……ああ、もう、さっさと帰っていればよかった」
 禊を終えて「主神の間」に現れたレノラが、小声でぼやいた。生来華やかなものが大好きな彼女にしてみれば、そもそも、こういった儀式にまつわるすべて、気に喰わないものだらけなのだ。その色が魂魄を表しているという白衣(はくえ)(※袈裟に似た法衣。巫女の正装)も、身清めの名の下に全身に(はた)かれるヒジリギクの灰も、なにもかもが。
「レノラ、本当に君には感謝してる。審議院入りの件も……なんといって詫びればいいかわからないが……」
 神との直接的な交信を試みる『神降ろしの儀』は、本来神殿間ではタブーとされている。すなわち、優秀な巫女として将来を約束されていたはずのレノラの経歴に瑕をつける行為にほかならないのである。
「勘違いなさらないで。わたくしはあなたのために動くわけじゃありませんわ。それよりさっさと始めましょう、夜更かしは美容によくありませんもの」
 ジードに声をかけられ、レノラはことさら素っ気ないふりを装ってみせた。名誉欲はある方だが、審議院に取り立てられることで万一俗界の楽しみを棄てなければならないというなら、むしろ彼女には苦痛でしかない。むろんその真意をわざわざ告げてやるほど、彼女はお人好しではなかったが。
 レノラが――姫巫女が祭壇に収まったところで、四方を囲む燭台に火が燈される。扉が閉められ、香のような独特な匂いが室内に漂い始めた。
「よいかな、二人とも。これからしばらくの間は、なにがあろうと一言たりと喋ってはならぬぞ。……では、アーシア。入りなさい(・・・・・)
 イシュレーの厳かな言葉とともに、『神降ろしの儀』が始まった。



 はじめは、なんの変化も現れなかった。蝋燭の火はただ静かに燃え、時折頼りなく揺らいだ。すぐそばに座るレノラの呼気のためだろう。――やがて、ホルツェンはある「異常」に気づいた。

 火が……揺れなくなった。……なぜ? あれほど近くに、彼女がいるのに……いや、そもそも、あんな至近距離に火を置かれて、彼女は熱くないのか?
 
 思わず隣に座るジードを見やったものの、この暗闇ではろくに表情も窺えない。咄嗟に開きかけた口を押さえようとした、その時だった。

 ――懐かしい……ここは……ここは、人界か……よもや、ふたたび(わた)ることがあろうとは。

 この場にいる四名の誰のものでもない、低い声が聞こえてきた。男の声だ。若いとも老いているともつかない、ゆったりと落ち着いた声音。イシュレー、ジード、ホルツェンは、いっせいに祭壇を見据えた。
 紫水晶の双眸が大きく開かれている。が、そこに輝きはなく、焦点も合っていない。
 巫女特有の現象――トランス状態に陥ったのだ。
 初めて見る、いや体験するこの出来事に、ホルツェンはごくりと咽喉を鳴らした。レノラの唇がかすかに揺れ、あの不思議な声がまたも空間を震わせた。

 ――我を召喚()び出したのは……ほう、魂の依子(よりご)か。灰色の髪の男……なるほど、お前が。

「直々に語りかける無礼をお赦しください。あなたは……かつて、世界樹(ラ・ミュゴン)が最初に生み落としたという男性神であられましょうか」
 イシュレーが問いかけた。温まった風がどこからともなく吹き、三人の頬をじっとりと撫でていく。

 ――いかにも。我が名はウルディノシス。(まこと)の統治、そして魅了の神。世界樹によって生み出された、この世で最初の生命でもある。

「声」は淡々と答えた。ウルディノシス。――まるで聞いたこともないが、それが、自分に宿っているという神の名か。ジードは心中で、なんどもその名を反芻した。
 そして、三人の前で、(ウルディノシス)は、創世とそれにまつわる秘された真実を語り始めたのである。


       *  *  *


 神代(かみよ)の昔、世界は混沌に覆われていた。やがて大地が形作られ、そこには一本の大木が生えた。大陸のすべてに根を這わせたこの巨木は世界樹と呼ばれ、長い時を経て、いくつもの実をつけた。
 実は弾け、最初の生命である我、ウルディノシスを生み落とし、その後も次々と新たな神を生み出していった。
 最後に生まれたのは女神だった。緑の髪と白い肌、黒い瞳。美しかったが、なににも増して嫉妬深い性質の持ち主。――それが、後に我の妻となる、イグノディアスだ。

 魅了の神である我は、万物すべてを愛し、またすべてに愛された。そのため、イグノディアスとの諍いはつねに絶えることがなかった。
 そんなある日、我は一人の娘に出会った。見たこともない黒い髪、イグノディアスよりもよほど美しい黒い瞳を持つ、異界よりの迷子(まよいご)……一目で魂を奪われた。我はその娘に夢中になった。イグノディアスのことなど、眼中から消え去るほどに。
 逢瀬を重ね、昼も夜もなく愛し合う我らを、イグノディアスが見過ごすはずもなく……あれの手にかかり、娘は呆気なく殺された。それだけでは気が治まらなかったのか、あれは、その後も罪を犯し続けた。人間の男と通じ、我にはそれを隠し、時には妻ある身の男を無理やり相手から奪った。ほかの神々と(まみ)える場では、おのれの矜持のために見栄を張り、その一方で、我を生み落とした世界樹の存在を堂々と呪った。それでも飽き足らず、最後にはとうとう、我を殺してこの身体を六つに裂き、大陸の各地に埋めたのだ。
 
 世界樹は、その命を終える前に我を哀れと思し召したか、いずれ時が来たなら蘇ることもできるよう、六つの肉片にそれぞれ魂を分け与えてくれた。そうして我の魂はその地に生まれた人間に宿り、転生を繰り返すことになったのだ。


       *  *  *


 そこまで聞いていたイシュレーは、大きく息を吐き出してから、ふたたび訊ねた。
「魅了の神、ウルディノシスよ。それでは、世に伝わる『天道の六罪(りくざい)』とは、人間の男が犯した罪ではなく……」

 ――どのように称され、伝えられているのかは知らぬ。が、あれはすべて、我が妻、イグノディアスの犯した罪にほかならない。我とあの異界の娘に対する憎悪のあまりに。

 ジードは思わず立ち上がっていた。制しようとするホルツェンの腕を振り切り、叫ぶように問いかけた。
「ウルディノシス神よ、それならば……それならば、異界から来た娘というのは……あなたとかつて愛し合ったという、黒い髪と瞳の娘とは――」
 脳裏に、含羞んだような未明の微笑が浮かんだ。一言も口を利くなという戒めを、完全に忘れ去っていた。

 ――イグノディアスはいままた、異界より依子となるべき娘を呼び込み、六人の人間に……我の魂を宿す六人の男たちに働きかけている。
 おそらくは、我と恋に落ちた娘と似た特徴を持つ娘を、同じ異郷より気まぐれに呼びつけているのだろう。
 その娘と触れ合った瞬間、魂を持つ男ならばすぐに心惹かれるだろう。

「ジード! 控えよ!」
 鋭い牽制が飛んだ。イシュレーだ。彼は(めし)いた老人とも思えぬ気迫でジードを睨みつけた。その理由はすぐにわかった。
 祭壇に座するレノラの様子がおかしい。トランス状態が解けたのか、全身から力が抜け出たかのように、白衣に包まれたその身体がぐにゃりと歪んだ。彼女はそのまま床へと崩れ落ちた。
 同時に蝋燭の火が消え、「主神の間」は完全な闇と化した。

★「ぽち」っといただけると嬉しいです★




↓ランキング参加中です。よろしければ1clickお願いします↓
恋愛ファンタジー小説サーチ


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。