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都立第三中学シリーズ 作者:和泉葉也
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第七話 金持ちと保健医の関係

「仕事を頼まれてくれないか?」
 木陰で寝転んでいたところを邪魔され、彼は少し不機嫌になった。
 ゆっくりと視線を動かせば見知った顔が不思議な格好をしている。
 高校、大学と一緒だったのだが、就職してからは人間が変わってしまった悪友の麻紀である。
 いや、変わったと言うより猫かぶりが強くなった。まあ、どちらにせよ彼的には話し掛けられて迷惑な人物だ。
「一つ、探し物を見つけて欲しいんだけど」
 予想通りの厄介事。彼、鴉楼は嫌々ながらも起き上がって白衣の男性に向き合う。
 よくもまあ、飽きないものだと鴉楼はため息を漏らした。
 麻紀は大企業の御曹司で親戚も多く敵が多い、そのためのカモフラージュとして養護教諭まきちゃんとして活動している。
 最初それを知った時は、くわえタバコをポロっと落としてしまった。
「何をだ? それにもよる」
 胸ポケットから、パイプを付けたショートピースを取り出して吹かす。
 たいしたこともないと思ってはいるが、頭痛の種には変わり無い。
「俺の奥方」
「手前で探せ」
 コンマ単位で即答する。
 とすると、その麻紀ちゃんは目を潤ませて鴉楼の腕に絡み付く。
「だ、だって。もう一週間も実家に帰らないのよ。子供は泣き出すし、私じゃお乳でないし、ちょっくら女引っ掛けてくるかと思っても、とてもとても」
「どうせ、原因は他の女に手を出したからだろ・・」
 何だか女装が板についてきたようで、麻紀を可愛いように思い始め不快感を覚える鴉楼。
「あ、ろう~。今回は歌舞伎町回ってきただけなんだよ。俺の奥さん妊娠三ヶ月目だから、精神不安定だったんだよ~」
 妊娠中の奥さんをほって、遊び回るコイツが悪い。
「また、妊娠か! 何人目だこれで。ゲット君で終わりだろ?」
「ミスったんだ」
 うわ。最低男などと鴉楼は毒を吐く。
 きっとコイツは、次の子供にミスリとか付けるはずだろう。
「探すのは構わないが、浮気は止めとけ糸倉。お前の奥さん、棒術得意だろ」
「あ、鴉楼。頼む、プリーズ。キスでもデートでも何でもするよ~」
 あのな。
 言いかけて言葉をつぐむ。麻紀の奥さんに対する愛情の強さを思い出し、鴉楼は仕方なく分かったと告げた。
 秋風が吹くさなか、何でこんな事を頼まれなくてはいけないのかね。と思いつつ結局は引き受けてしまう。
 自分はお人良しなのか。思いついた疑問を打ち消すように鴉楼は煙を吐き出した。


 あいつとの出会いは最悪だった。
 そう、あれは高校に上がったばかりの頃だっただろうか?
 女としけ込んだ帰りに、俺はいけないものを見てしまった。
「・・やあ」
 ホテル内。通りすがりの部屋。ベットの上には男子生徒。
 そして、軽い挨拶。
 緊張も焦りも見えない、素のままの気持ちで奴は言う。
 俺は目を疑う。そりゃそうだ、同じ学校の生徒が両手足縛られて座っているのだから。
「御遊びでやってるのなら、ほっておくぞ」
 一見すると、女性のようにも思えた。
 そいつは俺と同じく長い黒髪で、しかも似たような薄布で束ねていた。
 奇妙な親近感を覚える。
 ただ俺と違うのは、そいつの髪はまるで女のようで、その時は背も低かった。
 どことなく中世的な顔立ちをしている。
「ご学友のピンチ。救ってくれよ、隣のクラスじゃないか、鴉楼君!」
 その軽薄そうな言葉遣いで、こいつが誰かやっと思い出す。
 糸倉。たしか、そんな名前の奴だった。
 お気楽な大会社の一人息子で、非常におちゃらけた性格のため、名ばかりの名門を持つうちの学校では、厄介物扱いだが寄付金は多く貰える生徒。
 という存在になっていると聞いたことがある。
 一年なのに、生徒会選挙に出馬して見事落選した男だ。
「君呼ばわりされるのは不服だが、人として縄をはずしてやる」
「いやー。ありがとう」
 そこまで愉快に言われると、逆に気分が良かった。
 幾重にもくくられた縄を解いてやると、相当長い間そのままだったのか手足をぶらつかせ始めた。
 学生服で縛られてるのも珍しい話だ。
「ワケを聞く時間はあるか?」
「無いね」
 言いながら、糸倉はドアを指差す。
 緊迫した空気、数々の足音。
 探してるものはここに居る疫病神ただ一人。
「本当は隣の部屋に居たんだけど。隙を見て海老歩きでこっちに移ったんだ。でも、結構この歩き方疲れるもんで、危険を承知でご休憩を取っていた」
「そのままご宿泊してればいいものを、俺を見つけやがって」
「海老のまま、物を投げるのも結構疲れる・・・」
 そのおかげで俺はコイツに気づき、こいつを捕まえていた奴らはコイツに気がついた。
 おかげで俺は、今日一日を棒に振ることになる。
「明らかに疫病神だ」
 まだ歩き方がぎこちない糸倉に肩を貸し、俺達はベランダに向かう。
 ベランダと言うのは少し問題がある場所だが、いくら高級でもベランダはベランダだ。
 窓を開け、俺は絶句した。
 この部屋は建物の角の部分だったようで、左側には壁しかなかった。
 それよりも俺を驚かせたのは、繋がりの無いカド状態の壁の先にある部屋から、それも海老の様に縛られた身体でここまで来たコイツだ。
「お前、大道芸の方が向いてるな」   
 糸倉は迷惑なことに力尽きているようだった。
 顔色も良くない。おまけに、腹まで鳴る。
 どうも、食事ですら満足に与えられていないようだ。
「素敵な7階のベランダ。ほんと、羽が欲しいね。イカロスになった気分だ」
 荒荒しくドアを叩く音がする。
 鍵をかけて正解だ。鍵自体はホテルに言えば何とかなるが、チェーンだと機械関係が必要になってくる。
 無関係の俺が、こんなめんどくさい事をやらないとか。
 俺って良い人なんてつぶやきながら、さっきまで糸倉を縛っていた縄を持ち出して手かせに縛り付ける。
 嫌々ベルトを外し、俺と糸倉の腰部分が離れないように固定した。
 外から機械音がする。
 このホテルの警備はどうなってるやら?
 持ってあと三分。糸倉のベルトを縄の先端に縛り付け、強度を確認するとベランダのてかせ部分に立つ。
 縄一本だけでは、人間一人支えられない。
 なら、縄に負荷がかかる前に逃げればいい。死なんて物は覚悟しちゃいないが、震えは止まらない。  
 一瞬。糸倉を渡すという考えも浮かんだがそれを打ち消した。
 ここまでやったら、最後まで。一応これでも男だ。
 飛ぶ。
 それより、落ちるのが正しいかもしれない。
 風圧で舞い上がる縄が伸び終えるまでに逃げ出す。
 思考より身体が勝手に動き、俺達は五階の窓を蹴破った。


「女の家だ」
 どこ。なんて質問してきたそいつに、俺は正直な答えを出してやる。
 驚きもせず「ああ、そうか」なんて言うと糸倉は図々しくも食べ物と聞く。
「主は出かけているから、好きな物食べとけよ」
 言い終えるより早く、糸倉は冷蔵庫に駆け出してハムだの食パンだのに齧り付く。
 それが終われば、トイレとシャワー。
 文句も言わず、俺は成り行きを見届けた。
「満足か?」
「生き返ったよ。三日も水しか与えられてないもんだからさ~」
 ポンポンと腹を叩く、三日も食ってないならそんな重いものはまずいだろと思ったが、こいつの身体なので忠告もしなかった。
「で、理由を話す時間が出来たぞ」
「ああ悪い。実はさ・・・」
 いつものノリで語り出す。
 会長である祖父が無くなった事。
 どうしてか、後継者に自分が選ばれた事。
 そして、自分は愛人の子供なのにグループの当代になるのはおかしいと親戚に反感を買ってしまった事。
 それだけなら何でもない、よくある話だが糸倉が会長印と遺言状を隠してしまったのには笑った。
 小物かとも思ったが、どうやらそうではないらしい。
「でもさ、俺のベットに隠したのに、何を考えたのかコインロッカーや貸し金庫を大々的に調査中。それを見ながら笑っていたら、捕まっちった」
「そんなもんだ。って、隠し場所を話したって事は、俺を抱きこむつもりか?」
「ん。そんなつもりじゃないけど、一晩寝かせてもらったら帰るよ。それよか、どうやってあそこから逃げ出したんだ?」
 やっと、この質問か。 
 俺は痛々しくなってしまった顔を付きつける。
「お前を背負って、俺は七階からダイビングだ。おまけに、窓ガラスを蹴破ったおかげで傷物になった」
「ええっ! そいつはすまない。ご希望とあらば結婚するぞ」
「いらん」
 俺は心から遠慮した。


 しばらくの間、お互いの疲れも忘れて語り合う。
 髪の長さだけでなく、鴉楼さんってやつ自身も金持ちと愛人の子供だったので、傷の舐め合いのような、馬鹿話が始まる。
 そして泥のように眠り、翌朝目を覚ますとヤツの姿は消えていた。
 律儀に、連絡先を明記しての御帰りである。
 逃亡劇を繰り広げ、最終的に勝つのはヤツなのだから心配は無用。
 その証拠に、ひと月後の経済新聞に自社の筆頭株主として麻紀の名前を見つけることになった。

 何だかんだもめても、結局あいつの親戚は糸倉に踊らされていたんだ。

 
 三軒目。
 鴉楼は古風な漫画喫茶に身を預けた。
 あの奥さんの行動は把握している。完璧に姿を隠そうとはせず、ちょっと考えれば見つかるような場所にいつも隠れているのだ。
 カラン。とドアに付けられた鈴が鳴る。
 人数の少ない漫画喫茶を見渡せば案の定、長い黒髪の女性が小説なんぞを片手にリクライニングチェアーとお友達をしていた。
 相変わらず、パワフルな女性だ。
「お嬢さん。魔法が解ける時間ですよ」
 我ながらバカらしいセリフだと思いつつ、鴉楼は女性の肩を叩く。
 はっ。となりその女性が振りかえれば、純和風な顔立ちを拝見出来る。
 俺が奥さんにしたいぐらいだ。鴉楼は内心ため息を漏らす。
「節操無し。少しは懲りたかしら?」
「真に愛を囁く相手は、あんただけだろ・・」
 これまでの麻紀の浮気は両手の指で数え切れない。
 けど、これはかなり減った方だ。麻紀の大学時代はその数倍の数を誇っていた。
「ま。本気でなかったら、ばれる浮気をしないわ。今回は布団叩きぐらいで許してあげる」
 女性は立ち上がり、カウンターで精算すると鴉楼の腕に絡まる。
 恐妻家でなければ素晴らしい奥方だ。
「さてと。おしめ替えに奮闘している宿六んとこへ、帰るか」
「そうね」
 麻紀の奥様をエスコートしながら、鴉楼は美人の奥さんと生活している自分を想像してしまう。
 悲しいかな、三十代の独身にはとてもつらい優雅な夢だった。
 終

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