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フランス人形
作:松本 由樹彦



チャプター5


 ひと月が過ぎた。
 この一ヶ月でわかったのは、吉川の言った『時々』が僕の思った『時々』よりも頻繁に訪れるということだ。 
 当日の授業中に吉川から僕の携帯電話に『4:30』や『5:00』といった数字と記号だけのメールが入り、その時間にロレンスに行くと吉川がいるのだ。僕と吉川はこのさびれた喫茶店の貴重な常連客となった。
 僕と吉川の間に共通の話題は何もない。僕は無趣味で、吉川のパーソナルなことを聞くつもりもないし、吉川もまた、個人的な話題を振ってこなかった。毎回ほとんど会話らしい会話もなく、ホットコーヒーとホットココアをゆっくりと飲み、三十分くらいで店を出てその場で別れた。
 それを週に二回は行った。


 ところが、今日はどういうわけか吉川が映画のフライヤーを持ってきていて、「これ観たいから」と、僕に渡してきた。
 単館上映のフランス映画で、聞いたことがあるようでやっぱりない、やはりフランス人の監督の最新作らしい。
「今週の日曜ね」
「僕と行くの?」
「岡部しかいないのよ。私の『お友達』はこういうのに興味ないの」
 僕だってない。
「こういう映画を観に行くことは私のキャラに反するの」
 それはわかる。この文面とスチールを見る限り、間違っても大ヒットする映画とは思えないし、小ヒットも望み薄だ。僕はチラシを適当に眺めてから、「日曜日は塾があるんだ」と言った。
 吉川は家の中で珍しい多足類を見つけたような顔付きで僕を見た。
「何?あんた高一のこんな時期から日曜に塾なんか行ってるわけ?」
「そうだよ」
「何で?」
「親に言われたから」
 吉川はあきれたような顔をして、何故か怒り出した。
「あんたには自分の意思ってものがないの?言われるがままじゃない」
「言われたとおりにしておくのが一番無難なんだよ。どんなことでもそう。もし何か問題が起きても他人の責任にできる」
 意味がわからない、というふうに首を振ってため息をつく吉川。
「じゃあ、私の言うとおりにしなさい。私のせいにしていいから」
「何を?」
「日曜の塾、休みなさい」


 そうして僕はいま、日曜なのに観客が十人もいない小さな映画館でローカルフランス映画を観ている。吉川と。まったく、何をやっているんだろうね。
 僕と吉川は朝の九時に地元の駅前で待ち合わせ、電車に一時間揺られて、隣県の県庁所在地まで出掛けてきた。僕たちの住んでいる辺りで少し本格的に遊ぼうと思うとここに来ることになる。
 肝心の映画はというと、シュールの極北に単独で位置する、というより行ってしまったようなカルトムービーで、はっきり言って面白くない。内容を簡単に説明すると、十歳の少年が祖父母を迫害し、それを知った両親に山に捨てられ、山の中でオランウータンと意気投合し、オランウータンの家族と共に育ち、少年が十八になったときに母親代わりのオランウータンが捕獲され街に連れて行かれたのを機に山を降り、腹をすかせてパン(フランスパンだった)を盗んでパン屋に蹴られ、そのパン屋が少年の実の父親で、二人は涙を流して再会を喜び合い、父親は「もうお前を離さない!」と雄叫び、少年は「お父さん!」と絶叫し、がっちりと抱擁を交わし、意気揚々と父親の暮らすマンションへと向かうのだが、実は父親はオランウータンの剥製マニアで、リビングルームには幾多の剥製と並んで少年の母親代わりのオランウータンの剥製が並べられているのだが、少年はそのことにまったく気付かず、そして翌朝、気がつくと少年も剥製にされていた、というか少年は生まれつきオランウータンだった、というつじつまを合わせることを最初から放棄しているとしか思えないとてつもなく意味不明な代物だった。それを僕の隣の殺人少女は、若干前のめりになりながら食い入るように見入っていた。どこが面白いのだろう。吉川はパンフレットまで買っていた。理解に苦しむ。
 

 映画館を出ると僕は、吉川の春服物色につき合わされ、CDショップで延々と視聴する吉川を待ち、書店で二万字インタビュー記事を全て読む吉川の真横に立って実らぬ抗議運動をして、ハンバーガーを食べて、また電車に乗って帰った。それからさらにロレンスにも行ったが、日曜は定休日だったので、いつも通りその場で別れた。







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