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  幻影 作者:水島佳頼
第十九話 派遣社員
「誰かアンシェントタウンに行ってくれない?」
 その日の夕方、『会議室』で僕は言った。いつものメンバーであるハビとレンティーノとマーティンに新参のセルジとノーチェも加えて、僕らは混血児捕獲のための会議をしていたんだ。
 皆、真面目に聞いてくれた。洗脳してもいないのに、まじめに僕の話を聞いてくれた。
 そして僕の話を聞いたマーティンは、神妙な表情で何度か瞬きをしてこう言った。
「そこは、俺の故郷だ」
 え、それ初耳! マーティンの故郷って、あのアンシェントタウンなんだ。ということは、クライドのことを…… しってるはずがないか。
 マーティンがアンシェントタウンで暮らしていたのは、十一歳まで。だから知っていたとしても、クライドはその頃とっても小さかったと思う。議論の結果、僕はマーティンにあの町へ行ってもらうことにした。
 マーティンが留守の間に、僕はいろいろとやらなきゃならないことがある。ほら、前に砕けてしまった水槽を改良してもう一度作らなきゃならないし、水晶の欠片が入ったコードも調達しなきゃならない。保存液もまた作らなきゃね。
 実験台はいつでも調達できるから良いとして、会社の方はしっかりやっておかないと資金調達が出来ない。
 勿論、本業は研究員だよ。でも、社会に公開してる僕の姿は、何てったって社長なんだ。会社をしっかり経営しなきゃ、研究も続けられなくなっちゃうし。
 最近開発した新しい風邪薬の売り上げも好調だし、CMもテレビでじゃんじゃん放送されてる。けれど、気を抜いていたらライバル社に売り上げを持っていかれちゃう。
 やること、いっぱいあるね。だけど全部こなして今までやってきた。これからも、僕はこんなふうに多忙な人生を送るのだろう。
 リィが蘇生したら、リィを社長にしてあげたいな。でも、社長の仕事も結構大変なんだよね。やっぱり、リィの人生はリィに選んでもらおう。それが一番いい。
 次の日、朝起きてすぐに誰かが僕の部屋に来た。ドアを開けると、白い壁をくぐってレンティーノが入ってくる。
 手には一輪の薔薇の花。真紅のその花は、僕が彼とであった日に友情の印として貰い受けたものと同じ。レンティーノの家には温室があって、そこなら一年中薔薇を見ることができるという。彼はわざわざ家に行って薔薇をとってきてくれたんだ。
 彼の家は、ハビの喫茶店がある島にある。ミンは蘇生する前まで、そこにすんでいたという。レンティーノは、ミンの死後正式にその家を受け継いだ。だから、時間に余裕があるときに時々家に帰ったりしているんだ。
 とはいっても、レンティーノはここで暮らしている方が楽しいといっていたんだけどね。
「ミンイェン、お誕生日おめでとうございます」
 薔薇を差し出してきながら、レンティーノは言う。あの日と同じシチュエーション。
 だけどレンティーノは僕を数段抜いて長身になったから、あの日と同じように微笑んでいるその瞳ははるか上の方にあった。
 僕は薔薇を受け取って、何も入っていない花瓶にそれを挿した。そして、思い出したように言う。
「今日だったね、そういえば」
 適当に決めただけ。それでも、この日は僕の特別な日。
 四月の始まりの日は、僕の誕生日。この日に生まれた人は、学年で一番幼い人間に該当する。だから僕の誕生日はこの日が妥当なんじゃないかと思って、僕は四月一日生まれになった。
 リィ、僕はリィがいない間にもう十八歳になったよ。リィが止めてしまった年齢を、もう三つも上回ってしまった。 
 年齢だけは成長してるけど、僕はまだまだ子供だよ。だからリィ、僕よりも幼い姿で生き返っても、リィは僕のお兄ちゃんでいて。 
「マーティン、早く帰ってきてくれると良いですね」
 レンティーノはベッドのふちに腰掛けながらそう言った。僕も頷いて、レンティーノの隣に座る。
「うん、何だか皆が揃ってないと調子狂うんだ」
 薔薇の花を挿した花瓶を枕元におき、僕はため息をつく。枕元にはリィもいる。
 リィには、薔薇の花が良く似合った。だけど彼には、とても控えめで大人しい花も似合う。何でも似合う人なんだ、リィは。
 だけど、間違ってもマーティンみたいに多数の女の人をとっかえひっかえして連れまわしているような印象だけは受けないな。
 実際、リィは十五年生きていた中で彼女なんて一度も作っていなかったし。よく考えると、それって僕のせいだよね。僕がいたから、リィは恋なんてしてる余裕すらもっていなかったんだ。
 ごめんね、リィ。
「そういえば、ハビが明日から一週間ほどカフェの方に行くそうです。多忙すぎるのでここに顔を出せないと、ハビは言っていましたよ」
 思考に沈む僕を、レンティーノが現実世界に引き戻した。その言葉はとても現実的で、なおかつ衝撃的でもあった。
「ハビもいなくなっちゃうのかあ」
「ノーチェもです。コマーシャルの撮影に出ると仰っていましたから、恐らくハビと同じくらいここを空けることになるでしょう」
 納得してしみじみした直後に更に衝撃的な発言を聞き、僕は頭を抱える。うわあ、皆どこかに行っちゃうの?
 急に寂しくなってきちゃった。マーティンもハビもノーチェもいなくなるなんて。残ったメンバーが不満なわけでは決して無いけれど、抗議したくなる。
 勿論、三人には仕事があるんだから無理を言うわけにもいかない。でも、やっぱり寂しいから。
「えーっ、マーティン早く帰ってきてえ!」
 そう叫んでみれば、レンティーノはおかしそうに笑う。ため息をつく僕をよそに、暫くの間腹を抱えて笑っていたレンティーノ。彼にしては珍しい行動だ。
 やがて笑いがおさまってきたころに、ずれた眼鏡を直しながらレンティーノは呟いた。
「私がいますよ。貴方は一人ではありません」
 なぜだかその言葉は、胸にすっと届いてくる。乾いた大地に染み込む雨のように、穏やかに、しかし確実に。
 僕の心になじんでいったその言葉には、確かに魔力があったと僕は思う。
「そうだね」
 答えた自分の声は、自分の声だとは思えないくらい穏やかだった。僕はまだ頑張らなきゃ。寂しいとか退屈とか思っている暇なんてない。早く自分のやるべきことをやらなくちゃね。
 それから五日位して、マーティンが帰ってきた。だけど、何故かげっそりとしていて口数も少ない。帰ってきたのはマーティンのみで、クライドの姿は無かった。
 僕は、詳細を尋ねる前にマーティンに休養をとらせた。マーティンの部屋にお見舞いに行ってみると、彼はベッドの上で布団もかけずに眠っていた。
 寝相の悪いマーティンは、ベッドに大の字になっている。乱れたパジャマの下から覗く彼の腹にはあばら骨が浮いていて、ろくに食べ物を食べていなさそうにみえた。
 僕は少なからず驚いた。以前のマーティンはとても健康的で、太ってこそいなかったけれどこんなに痩せてはいなかったのに。
 今の彼の目の下にはくっきりとくまが出来ているし、眠ったその顔はとても疲れているように見える。一体、マーティンに何があったんだろう。
 相変わらず居心地が悪くなるポスターがべたべた貼られた彼の部屋に、僕は珍しく長居したと思う。だってマーティンの様子が尋常じゃないから。誰かが見ていないうちに手の届かないところへ行ってしまいそうで、僕は怖かった。
 一週間近くも待って、やっと帰ってきた彼がこんなにやつれていたんだ。心配するのも無理ないことだと思わない?
 僕はじっとマーティンを見つめていた。すると、今まで死んだように眠っていた彼が急に動き始めた。
「ううっ」
 両手で自分の腹を抱きかかえるようにして、呻くマーティン。僕は咄嗟に身を乗り出して、マーティンの額に触れる。熱はない。
 長らく呻いていたマーティンだけど、やがて落ち着いて荒くなった息をしずめる。彼が口を開くのを、僕はせかさずに待っていた。
「悪いな、連れて来れなくて」
 申し訳なさそうな声と顔で、マーティンは言う。自分を責めているようだったから、僕は「とんでもない」と首を振る。
 苦しそうな彼が目の前にいるから、混血児がどうこうよりも彼がどうしたのか気になった。大丈夫なのかな、マーティン。
「うん、それはいいんだよ。でもどうしたの?」
 訊ねてみると、マーティンは無理に身体を起こそうとする。僕は慌ててそれを止め、寝たまま話すように言った。
 それでも身体を起こそうとするマーティンは起き上がろうとして呻き、結局は僕が言ったとおり寝たまま話すことにしたようだ。
「町に入れなかったんだ、クソッ。弾かれた」
 舌打ち混じりにそう言い、自分を罵る言葉を呟くマーティン。僕は彼の言葉から不可解な単語を見つけ、おうむ返しに問うてみる。
「はじかれた?」
 彼は重々しく頷いた。
 どういうことだろう、弾かれたって。まさか町の入り口に屈強な男がひしめきあっていて、それでマーティンは弾き出されてしまったとか? そんなガードがあるなんて聞いてない。
「そうだ。見えない壁があった。何度も入ろうとしてみたがこのザマだ」
 見えない壁、か。古い本で読んだ、結界みたいなものなんだろうか。この世に魔法があるぐらいだから、そういうものもありそうだ。
 考え込む僕をよそに、マーティンはひどく自虐的になっていた。何度も何度も自分を蔑む彼は、苛々をぶつけようと枕に頭を打ち付ける。
 僕はそんな彼をそっと寝かせて、何も言わずに傍にいた。責めるつもりなんてないよ、大丈夫だよ。彼が自分を蔑む発言を繰り返すたびに、僕はそういった。
 それでも彼はとても屈辱的な顔をしたまま、悔しげに虚空を睨む。何を言っても、何をしても、いくら僕が微笑みかけても、その表情が和らぐことはない。悲しくなった。折角マーティンを元気付けようとしてるのに。こんなの、マーティンじゃないよ。
 マーティンはいつでもからっと乾いたドライな感じで、こんなにうじうじ悩んでいたりしない人だから。相当ショックだったんだろうな、町に入れなかったのが。
 僕はそっと彼の部屋を抜け出して、レンティーノのところへ相談に行った。すると、思いも寄らぬ答えが返ってきた。
「彼が町に入れなかったのは、恐らく魔力を持っていたからなのですよ。アンシェントタウンには、魔力封じの結界が張ってあるという神話があるぐらいですから。彼はそのうち立ち直りますから、放っておきましょう」
 人一倍心配性な彼が、マーティンを放っておこうといった。冷静に考えたら、確かにマーティンは芯が強い人だから放っておくのが正しいのかもと思えてくる。
「次は私が行きましょうか、ミンイェン」
 何が? といいそうになって、僕はそれがクライドの捕獲のことだと気がづいた。折角申し出てくれたけれど、レンティーノだって忙しいんだ。だから、今のところ一番手があいてるセルジに行ってもらう事にした。
 僕はマーティンの回復を待った。マーティンは研究所内にある医務室で、栄養剤の点滴を受けていた。時々酷く頭痛がすると彼は言い、殆ど病室から出ない日々が続く。
 十五日程度たって、やっとマーティンは歩き回れるほどに回復した。僕はセルジの会社での仕事をマーティンに代わって貰い、セルジを『おつかい』に出した。
 マーティンが無事に治ってよかった。あとは、リィが生き返れば全てのことが上手く運んでいく。
 早くかえってこないかなあ、セルジ。彼がクライドを連れてきてくれたら、僕はどんなお礼をすればいいだろう。そうだ、美容室を経営させてあげよう。
 お金なら幾らでも手に入るんだ、だって僕は社長だから。後はセルジ本人が頑張って美容師になれば、セルジの夢がかなう。僕は、セルジの夢をかなえる手伝いをしてあげるんだ。セルジが帰ってくるのが待ち遠しくてたまらない。
 今日は四月の二十日。アンシェントタウンまで片道で四日から五日くらいかかるようだから、四月の終わりごろになったら彼が帰ってくるだろう。
 これから、カレンダーを見てにやつく毎日が始まりそうだ。


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