第十八話 夢追い人
十七歳になった。あれから研究は少しずつ進展をみせはじめている。
本当にほんの少しの進展だけど、でも全く進歩していないわけじゃない。最近になって、エルフの血を使って蘇生を試みる時は、血を直接使うのがタブーだと言うことが解った。どんなことをしても、どんな状況でしても、血を直接使った実験はことごとく失敗した。
血が勝手に暴走し、被験体が臓腑をぶちまけて砕け散って、飛び散った硝子の破片で僕自身も傷をおう。何度もそんな場面に遭遇してしまった。やっぱり僕は、肉料理が極端に駄目になったよ。
マーティンは人を洗脳する魔法を覚えたといっていた。その魔法で操ってもらったエルフに魔力を使わせたところ、生き返るか生き返らないかの所まではちゃんと行った。僕は勿論、躍り上がる勢いで喜んだよ。操られているエルフを激励して、どんどん魔力を注ぎ込ませた。
だけどその実験は失敗してしまったんだ。エルフが魔力を使い果たし、死んでしまったから。やっぱり混血児の強い魔力がなきゃだめなのかな。とぼとぼと廊下を歩いていると、ノーチェに出会った。
「あら、ミンイェン。元気ないね」
ノーチェはいつも僕に声をかけてくれる。その明るい笑顔のおかげで、研究所の中も大分和んでる。洗脳されているとはいえ、研究員たちにはちゃんと意思がある。だから、ノーチェに特別な好意を持っている男性も少なくはない。だけどノーチェは、言い寄ってくる男を片っ端から振ってひとりでいる。もしかしたら、どこかに彼氏がいるのかもしれないね。
僕はノーチェを見る。ノーチェは僕と身長が同じくらいで、ヒールを履けば僕を抜かすくらいの女の子だ。
今の時代、女の子も長身で当然だって誰かが言っていた。だけどこの場合、多分単純に僕の背が小さいからノーチェに抜かされてるだけだと思う。
「また失敗しちゃった。まだ足りないんだ」
そういってみれば、ノーチェはふわりと優しい表情を浮かべる。どきっとした。だって、こんな美人が僕のとなりで僕に向かって微笑んでるなんて。緊張しちゃうのも無理ないことだと思う。
そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、ノーチェは優しい表情のままやわらかな声で言った。
「人は失敗の数だけ大きくなっていくの。ミンイェンも、きっと失敗の数だけ階段を登ってるよ。だから元気出して」
失敗の数だけ大きくなっていく、か。それなら僕は、かなり大きくなれているはずだ。そう思うと、段々リィに近づいていけている気がして嬉しくなった。
「ありがと、ノーチェ」
彼女にそう言って笑ってみれば、本当に嬉しそうな笑みが返ってきた。最近、ノーチェはよく笑うようになったと思う。何でだろうね。嬉しいことあったのかな。
「私もたくさん失敗した。でも、今日オーディションに合格したの!」
嬉しいことがあったのかなという予想は的中した。そうか、夢がかなったのか! よかったねノーチェ、本当におめでとう。
僕の夢はまだかなえられてない。だけど僕も、着実に夢にむけて進んでいるよ。リィと一緒に月を見る。それが、今のところ僕のただひとつの夢。
「よかったね、おめでとう」
心からそう思って、僕は笑みを浮かべる。するとノーチェは無邪気に笑い、ふと足を止めて廊下に飾ってあった絵画の額縁の角度を直す。この絵は研究員の誰かが書いたもので、廊下が殺風景だからといってノーチェが飾ったものだ。
「これからセルジのところに行くの。セルジに励ましてもらえたから、私は頑張れた。あの人、私より年上だって思えないくらいやんちゃなんだよ。そのくせ、時々すごく大人びたことをいうの」
楽しそうに笑いながら、額縁から少し離れて角度を見て、また微調整するノーチェ。セルジのことを語るとき、ノーチェの表情が本当に優しげだった。そして、とてもいとおしげに見えた。
僕はちょっと考えてから、呟いてみる。
「セルジのこと好きなんだね」
ノーチェは、一瞬動きを止めた。そして、僕の方を振りかえって軽く頬を赤らめる。
「内緒よ、皆には。勿論セルジにも」
とりたて特徴的なところがないセルジだけど、内面は誰にも真似できないほどの情熱と信念でできている人だ。ノーチェとセルジは結構つりあっているんじゃないかな、と思う。
ちょっとセルジがうらやましいな。こんな美人を惹きつけることができるなんて。だけど、僕はノーチェとは友達のままでいいや。
「セルジのどこが好き?」
興味と好奇心に任せ、僕はノーチェにそう問いかけた。するとノーチェはふと無表情になり何かを悩んで、それからまた柔らかな表情に戻る。
「言いきれないな。でも、ひたむきに夢を追いかけてる姿にどきっとしたの」
今のノーチェは、完全にただの女の子だった。だけどノーチェだって、僕の実験を手伝ってくれたりするんだ。
そんな時、彼女はこんなに綺麗な笑みなんか浮かべてくれない。ノーチェはセルジの傍だったら、本当の自分に戻れるのかもしれないね。
恋をすることは人を変えること、なのかなあ。僕にはよく解らないや。だけど確かに、セルジが夢を追いかけている姿ってとても格好良いって男の僕でも思うよ。恋はしてないけど。
人によってはセルジのことを、格好悪いとか無様だと言う人もいるだろう。もっと楽な生き方だってあると言う人だっているだろう。だけど、自分の信念を貫いて家族まで捨ててここに転がり込んできたセルジは、少しも格好悪くなんてなかった。
僕は、ノーチェと並んでのんびりと廊下を歩いた。セルジのいる部屋の近くにきたから、お邪魔な僕は退散する。
これから二人でべたべたするんだろう。まあ、それは別に羨ましくもなんともないな。ノーチェみたいな人に好いてもらえるのはとてもいいと思うけど、だからってべたべたするのは好きじゃないから。
僕は歩きながら、色々なことを考えていた。混血児を探さなきゃ。エルフの血じゃ、魔力が弱すぎるんだ。
どうすればいいかな、まずはネットに頼ろう。銀色の目をした人を探すんだ。何としてでも。
僕は部屋に帰ってパソコンの電源をつけると、インターネットのブラウザを開いた。現時点で僕が扱えるのは、ディアダ語とエフリッシュ語。あとはコンピューター言語。高水準言語なら大抵の種類をマスターしたよ。でもまだ全ての関数を網羅してるわけじゃないから、ちゃんと勉強しないとね。まあ、こんなところかなあ。
さすがにコンピューター言語で検索かけても意味ないから、実質的にはディアダとエフリッシュの二つの言語しか使えない。だけど、その二つの言語を調べつくすつもりで頑張ろう。
『銀色の目』や『銀目』、それから『銀の瞳』……他にもたくさん。
そんな言葉で検索をかけ続ける。出てくるのはファンタジー物の小説サイトやイラストサイト、それから魚類図鑑のページばかり。
首が痛くなってきて、僕は大きく後ろに反った。なかなか銀色の目をした人にめぐり合えない。
だけど、あるサイトで僕はやっと銀色の目をした人の情報を見つけた。そこは歌手志望のグレン(仮名か実名かは解らない)と言う人が運営しているサイトだった。
ディアダ語で構成されたそのサイトは、日記や掲示板、それから彼自身が歌っている歌がメインの個人サイトだ。サイト名はナイトメア。全く、ナンセンスなネーミングだね。『悪夢』だなんて。
写真で見たグレン本人は金髪で青い目をしていたけれど、同じ写真に写っていた彼の友達がなんと銀色の目をしていたんだ。友達の名前は、クライド=カルヴァート。
僕は部下に情報を探ってもらった。その結果、グレンはおそらくラジェルナの田舎に住んでいるだろうと言うことが発覚した。
なおかつ、彼の友達のノエルと言う少年が飛び級で大学に入学したと言う話を日記から見つけた。この大学を調べれば、クライドのすみかが解る。僕は様々な大学のホームページをしらみつぶしに調べて回った。
結果、アンシェントタウンと言う小さな町にある大学のホームページに「異端の少年」という見出しでこの大学を卒業したノエル=ハルフォードという少年のことが書いてあった。彼は現在十五歳。この冬に卒業したらしい。
まったく、グレンは本当に愚かな人だ。自分のことも他人のことも、こんなに簡単にネットに流してしまうなんて。まあ、おかげで助かったけどね。
感謝するよグレン。君が住んでいるのは、ラジェルナ国の山間部にあるアンシェントタウンだね。そしてそこに、君のオトモダチであるクライド=カルヴァートという混血児もいるんだ。リィを生き返らせるために必要不可欠な、混血児がいるんだね。
僕はグレンのサイトに掲載されていた写真をプリントアウトした。そして、クライドをじっと見てみる。本当に銀の目だ。僕が欲しいと思い続けている、銀の目だ。
それにしても彼、本当に楽しそうに笑ってるね。とても幸せそうだ。リィが生き返ってくれれば、僕だって負けないくらい幸せそうな顔で笑ってみせる自信があるよ。
だからクライド、僕にその魔力をぜんぶちょうだい。
そうしたら僕は、君をたくさん褒めてあげるから。君にたくさん感謝してあげる。君にたくさん良い思いをさせてあげる。
ね、だからちょうだいよ。くれないなら奪うよ。どうしても欲しいんだ、リィを生き返らせたいんだ。
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