トーカの里帰り(4)
「……ゲホッ、ぅぐ……」
暗い森の中、彼が膝をついている地面と、彼が身につけている銀の甲冑に、鮮血が滴り落ちた。
慌てたように甲冑の血を拭う。
血は、彼の口から出ていた。
眉間に皺を寄せ、必死で血を止めようとする。
「……はぁ……まだ、駄目だ……死ねないんだ……知られたら、駄目だ……」
キッと前を見据えて。思い浮かぶのは、何より愛しい、血のつながらない妹の事。
自分と同じ過酷な時を一緒に過ごして、幼い時に経験した事は、今でも彼女の心に傷を付けている。【自分の中に別人を作り上げてしまう】程。
その別人は少しおかしくて、怖い。けれど、普段の彼女よりは強い。
近頃は、別人が前に出ている事が多くなった。
時々発作のように現れる、本当の彼女を見るのは自分だけ。
誰も知らない。
知らないからあそこまで残酷になれる。
荒い息を吐いて、血を飲み込んでから、騎士は妹の元へ帰る。
たった一人の、愛する家族の元へ。
〜〜〜
「よう! らっさい!」
二カッと笑ったのは、緑の髪の女性だった。
後ろで一つにまとめられていて、ちょっとだけ親近感を覚える。
「久しぶりです、スザリアさん」
「やっ! トーカちゃん、まーた可愛らしくなって!」
「ぇぅ……」
「で、恋人は出来たのかい?」
「え、ええ!?」
スザリアの言葉に、トーカが赤面する。
おばちゃんと姪っ子って言うと、かなりそれっぽいかもしれない。
「そ、そんなぁ……」
「ぉおっと? さては、気になる人はいるんだね? ……んまー、連れは格好良い男の子ばっかり! 選り取りみどりねぇ!」
見た目は結構若いのに、なんでこんなにおばちゃんくさいんだろう。
「で、何の用だい?」
「ぶ、武器をね」
「おっ! そりゃまた良い時に来たね! ……じゃ、ちょっと待ってな」
スザリアは、スタスタと地下室らしきところに降りて行った。
「……なんて言うか、強烈だね」
「うん、まあね。優しくて良い人ではあるんだけど……」
「……あのー」
セルスが手を上げた。
「もしかして、スザリアさんって、同じ名前なだけかと思ってましたが……スザリア=スティアーロって名前じゃないですか?」
「え? うん、よく分かったね」
トーカが不思議そうに、続けて質問する。
「何で?」
「……いや、ちょっと。まあ、その家系には詳しくて」
何なんだろう。
「待たせたね! ほら、これさ」
それ程待ってはいないが、地下室から戻ってきたスザリアが出したのは、手のひらサイズの緋色に輝く丸い物体。
光の加減で透けたりしていて、かなり綺麗だ。
「【ヒュラレットミュー】。世界で六番目に強い物質さ」
「うわあ、微妙……」
「これでもかなり貴重なんだよ」
思わず呟いたフィーネの口調を遮る様にスザリアが言う。手の中のヒュラレットミューを転がした。
「こいつで武器作ってやるよ。誰の何を作ればいいんだい?」
「あれ? スザリアさん、代価は? それに、こんな貴重な……」
「勿論ちょっとやってもらうさ。ただ……」
スザリアが息を吸う。
「ほとんど全員、人間じゃないだろう?」
『!?』
「まあまあ、隠すなって。それに、武器もとんでもないねえ。その杖は仕込み杖だろ? 材質は杖が【銀かしぎ】、剣が【黒雷蒼】。貴族かなんかかい? その糸は【雪簾】だし、あんたの中に入ってるのは【神覇架】。また特殊だねえ。そのボウガン、【ソーイルクェル】だろ。木刀は【サクレイ】の木から削りだしか。大剣は【鳩羅】から……後、ナレーターに【魔女】に……おっと、隠してるのもいるな? 【鬼神】憑きまでいんのか」
「な、何でー?」
「こういうろくでもない仕事してるとね。……でもあたしが見た所、武器職人はあんまり良い奴じゃなかったみたいだね? 特別サービスだ、強化してやるよ。……そこの青髪の少年かい? 武器が必要なのは」
「は、はい」
「よーし。ま、全員分一日で終わるだろう。武器をあたしに預けて遊んできな。こんな里だし、大丈夫だろうよ」
スザリアはペラペラと喋り終わると、ほぼ全員から武器を奪い去るように持ち、俺達を小屋から追い出した。
抗議も聞かずに、「あー忙しい忙しい」を繰り返す。
『……』
「ま、しょうがないし……里、見て回るか(つーかオレの中のアレって取れるんだな)」
「そうだね」
沈黙する俺達を後目に、エリカとフィーネはさっさと里の方へ行ってしまった。
〜〜〜
目に痛いほどの蛍光ピンク。フリルやレースだらけの部屋。
部屋や家具と似たようなひらひらの服を着て、可愛らしいベッドに横たわる自分。
「……スオウ=ガーディン様ー……」
ポツリと呟いてから、私―――マリーナ=エルデッサは、むくりと体を起こす。
「暇……」
拘束具みたいな服を一瞥して、ベッドから降りる。デカイくまのぬいぐるみを踏ん付けた。
「脱ぎてえ……」
服の裾を引っ張る。
これを着せたのはエナリアーヴァ=ドルキューグで、そそのかしたのは仮面……キース=レノットで、この部屋は【愛らしい部屋】。何せ組織の施設が広いので(勿論魔法で拡張されているんだけど)、こんないらん部屋もある。
で、私は何をしているかと言うと。
部屋のドアを開ける。
「あら、休憩はもういいの?」
「……」
「あーでも可愛い!」
優しく聞いてくるエナリアーヴァ=ドルキューグに、無言でカメラを構える黒フード……シンディア=クレナハードに、顔を綻ばせている(ように見える)キース=レノットに、……顔が思いっきり引きつった。
「ちょっと、そんな顔してちゃ駄目よ!」
「可愛いのが台無しだ」
「笑ってる方が可愛いよぉ〜」
まあ、組織も案外ヒマなわけで。
【撮影会】という名目で遊ばれてるというわけだ。
ちなみにさっきは休憩を入れられた。でも暇なだけだった。さっさと三人を満足させて、これを終わらせたい。
「可愛いから、スオウもきっと惚れるわよ〜」
「ぅ……」
そう。こんな事抵抗せずにやってる理由。
流石にスオウ=ガーディン様がぬいぐるみ抱いて物凄く可愛く寝てる写真見せつけられたら(ぬいぐるみに嫉妬した自分を殴りたくなった)、スオウ=ガーディン様が可愛い物好きっていうのも認めなきゃいけないし、まあそれでこんな事になってしまった。
シンディア=クレナハードの方が絶対似合うのに……。それに、こんな服大っ嫌いなのに……。
「次は、ちょっとエロティックなんかどうだ?」
「いいわね! じゃあ、こう、服をはだけさせて上目遣いで……」
「ハァ、ハァ……嫌がりながらも従順なマリーナちゃん萌え……」
……もうどうにでもしてください……。
〜〜〜
「ほっ、ほっ、ほっ」
ぎしぎしと、体中が締まる感じがする。
2004、2005、2006……
「……筋肉馬鹿」
「……なんやて?」
腕立て伏せを止めて起き上がり、目の前の人物を見る。
体全てを覆う黒いローブにフード、全体的に細くて小柄。
勝手に俺の相棒に認定した、シンドがそこに居た。
汗が滴る。
「丁度ええわ。飲みもん作ってー」
「……いいけど」
予想より素直に、しかしムスッとした雰囲気を崩さずに、シンドはローブを翻して部屋から出て行こうとした。
「……こういう時のウルって格好良すぎっつか綺麗すぎっつーか……」
「は、何て?」
「な、何でもない! 後八十回!」
追い討ちか。やっぱり殺す気か。バタンと扉が閉まる。
ま、なんだかんだ言って優しいんやけど。
「……あー、これでシンドが女の子やったらなぁ」
流石に男趣味は無いし。あーあ、勿体無い。
ホント、女の子やったらなあ……素直じゃないのに優しい、なんて本当ストライクゾーンど真ん中やのに。
何年も付き合いあるし、「実は女でした」なんてーのも期待できへんからなあ……そうやったら即交際申し込むんやけど。
気も知れてるし、ちらっと見える鼻筋も通ってるからかなり顔いいんやろうし、細くて小柄やし、なんつーか運命感じるし……やべ、シンドなら男でもいいかも。
また今度、駄目元で好きとか、冗談混じりに言ってみよーかと思いながら、腕立て伏せを再開した。よし、八十回やー! |