トーカの里帰り(3)
「少しだから、来ないで」
そう言って、トーカは駆け出した。
俺は迷わず、ナレーター本来の姿である黒い布に戻る。
これ以上、本業を無くしてたまるか!
トーカの走る先に居るのは、沢山の人々。
ただし、全員が女。それぞれ格闘の構えをとっている。
でもって、真っ直ぐ進むトーカ。
最初は上段回し蹴り。
それを二十代ぐらいの女性に躊躇なく決めると、勢いよく地面に下ろした右足を軸にして、向かってきた同じく二十代ぐらいの女性の腹に左足でミドルキック。
女性を踏み越え、木製らしい短剣を持った双子であろう少女二人に、容赦なく両腕ラリアート。
で、跳躍して三十代ぐらいの女性の顔に、まったく躊躇わず、鈍い音を立てて頭突き。
その人の肩に両手を置いて、くるりと回りながら前方に飛ぶ。
両足を揃えた形で、十代後半だろう少女の頭に突っ込んだ。
トーカは四十代に見える女性の右の手刀をあっさり左腕で防御し、ハイキックを決める。
握りしめた右拳で、三十代が近そうな女性にクロスカウンター。
それから、五十代前半っぽい女性の服の襟を掴んで地面に叩きつける。
同時に襲いかかって来た女性二人には、トーカから見て右側の女性のパンチを右手で受け流した後、頬に左の平手。
その女性を思いっきり突き飛ばし、もう片方の女性にローキック。
後ろから殴りかかってきた女性に、即座に振り向いて前蹴りをお見舞いした。
とりあえず、そんな感じ。
ほぼ全員をなぎ倒し、女性は後一人となった。
「……まずはお帰りなさい、灯火」
「ただいまです、師匠」
【師匠】と呼ばれたどう見ても若く、二十代にしか見えない黒髪の女性はカッとその金目を見開いた。
「バカモノめええぇぇぇぇぇぇ! 何度、その丁寧微妙に媚びへつらってるようにしか聞こえない口調を止めろと言ったらわかるんじゃあああぁぁ!」
物凄い剣幕で一気に捲し立てる。
怖い。
「す、すいません師匠」
「【すいません】じゃねぇだぁるぅぉおおおおおおおおお! 灯火! しかもどうせ自分の名前が気に入らねぇとか言って発音やら変えて名乗ってるな!?」
「だ、だって……」
「だってじゃねぇんだよぅおるぁ! 伝統行事、【出迎え戦闘】の前にまぁた修行が必要だなぇえおい!? さあ、来やがれ! その根性ンミッッッッッッッッチリと叩きなおしてくれるわぁああああ!」
「し、ししょ」
「ぁあっ!?」
「ひぅっ。な、仲間が、来てて……」
沈黙は一瞬だった。
「な、何!? お前に仲間!? お前に!? 根暗に!?」
「ぅっ……ね、根暗は酷いです師匠ー……。ホントです。今呼んできます」
「なるべくゆっくりな! 分かったか!」
しくしくと泣きながら、トーカが皆の元へ。
「ぐすっ。師匠が呼んでるから、来て」
あんまりと言えばあんまりな漂っている悲壮感に、何も言えずについてくる仲間達。
「いらっしゃいませ、我等の里へ。灯火に友達ができて嬉しいですわ。何も無いところですが、ゆっくりしていってくださいな」
「二重人格おばけ……」
「何か言ったかしら灯火」
「ごめんなさい」
俺と、ヴィルドには見えたらしい。灯火の師匠の袖口からちらりと覗いたクナイが。
ヴィルドは何も言わなかった。ていうか言えなかったんだろう。俺も無理。
「まあまあ。それにしても、若くて美味しそうな―――……いえ、可愛くて格好良い男の子がいらっしゃいますわねじゅるり」
食われる。
率直にそう思ったのは、どうやらグレンとヴィルドとセルスだったようだ。エリカは別に気にしてない。
「ゆ、勇士の方なんですね」
微妙に目を逸らしながら、セルスが言った。
確かに、彼女の瞳は鮮やかな金色。
それだけで、莫大な力の持ち主だという事がわかる。
彼女は困ったように笑った。
「ええ、そうですわ。……そういえば、自己紹介がまだでしたわね。私は涼夏=アルベルですわ。灯火の姉で、師匠でもあるので師匠と呼ばせてます」
「……ちなみに本当は亜流架蛇が名字なんだけど、こんな古臭いのは止めって師匠が―――」
「灯火ちゃん?」
「すいませんでした」
涼香はこほん、と咳をする。
「私はこの里の最高責任者でもあります。だからまあ、名字の付け方なんかも変えたのですが……それはそれとして、何かご質問や、して欲しい、させて欲しい事なんかはお有りですか? 泊まるところぐらいなら提供できますがうふふっ」
「姉ちゃ……師匠、よだれがたれてる。後鼻血。何を想像してるか知らないけど、やめなさい」
「灯火、親から貰った名前を変えてる灯火。貴方はいつから私に意見できるようになったのかしら? しかも命令で」
「いや私はよだれと鼻血はまずいと思っただけぃいぎゃあああああああああ!? ごめんなさぁい! ボキボキいってるぅううぅう!」
涼香がトーカに逆海老反り固めをかけた。ホントにボキボキいってる。
「えっぐ、えっぐ……」
「まあ、ゆっくりしていってくださいな」
正直、猫被りはそろそろ限界だと思う。ていうかもうみんな騙されてないし。
「あ、師匠……」
「なぁに?」
「ひっ……あの、スザリアさんとこで、武器、作ってもらおうと思ってて……」
「それで?」
「しょ、紹介状とお願い状を……」
「いらん」
「痛い痛いいたぁいいいいいい!?」
メキメキと音がするアイアンクロー。大丈夫かトーカ。
「ほら、案内してさしあげなさい」
「はいぃ……」
しゃくりあげながら、トーカが手招きして歩き出す。
俺達は、とりあえずついていった。
「……あのさ、涼香さんっていつもあんななの?」
「うん、鬼みたいでしょ……怖いし」
トーカは時々嗚咽を噛み殺しているが、なんとか楽に喋れる状態にはなったようだ。
ていうか、ここだけだとシリアスな雰囲気だな。
「でも、相当の実力者なんですね……怖いけど」
「勇士らしいしな……怖いけど」
二つ名に【恐怖の象徴】とかどうだろう。恐怖の象徴涼香。いいんじゃね?
「ちなみに下に見ると、キレるから気をつけてね……」
……失礼、【恐怖の象徴涼香様】に訂正する。うん、いいと思う。
「そういえば、スザリアさんって?」
「変わり者の武器匠。腕は確かで色んな人と関わりを持ってるんだけど……武器作ってくれる代わりに、無理難題をつきつけてくるの」
「面倒くさい人ってことか?」
「まあ、そんな感じ……」
フィーネの質問に答え、エリカの言葉に肯定する。
「竜七万匹狩ってこいとか、ヘッドフォン付けた最強君にラーメンの件で喧嘩売ってこいとか、異世界でドSにハゲって言ってこいとか、修道士さらうか殺人鬼襲ってこいとか、変な星の神離に蕎麦売ってこいとか、ほとんど異世界がらみの上に無理なのばっかり……」
うん、かなり危ないのが大量に含まれてたな。大丈夫かおい。
「オレならできそー」
「私やりたーい!」
やめれ。
「今回は何だろ……簡単なのだといいけど」
トーカは一人ごちた。
俺も心底、楽なのがいいと思うぞ。
「異世界系がいいな〜」
おいアーチェ。
「あ、見えてきた。あれだよ」
トーカの指差した方に、小さな小屋があった。
これだけなら普通だが……さあ、何が出てくるんだろうか……。 |