神殺しの剣と救世の果て
初めての短編小説になります。
現在連載中の『そして今日も俺らは地平を目指す! ~レガ子と旅する異世界ドライブ~』で使用している、無数の次元世界が集まって世界樹の形をなしているの世界観を共有しており、『レガ子と・・・』とは別の世界樹を舞台にした物語となっています。
大通りを歩く人々が、〝救世〟の話題を口にする。
『神官様が、救世のお告げを聞いたらしいぞ』
〝ちがう・・・・・〟
飢餓や疫病に絶望した人々が、〝救世〟の話題を口にする。
『神様がこの苦しみから救ってくださる』
〝そうじゃない・・・・・〟
戦争で家族を亡くした人々が、〝救世〟の話題を口にする。
『きっと神様がこの理不尽を正してくださる』
〝そうじゃない、そうじゃないんだ・・・・・〟
「・・・おじちゃん、トーマのおじちゃん。
もう朝だよ。
起きないと朝ごはんなくなっちゃうよ」
小さな女の子が自分を呼ぶ声で目を覚ます。
窓から差し込む日差しに眩しさを感じながら部屋の中を見渡すと、下宿先の大家の娘さんが、ベッドでまどろむ自分を揺すって起こそうとしていた。
「おはよう、ニーナ。
あとそれと、僕はおじちゃんじゃなくて、お兄ちゃんだ!」
いくら周囲から〝お前は老けて見える〟と言われているからといって、18歳でおじちゃんと呼ばれてしまうのは納得がいかない。
たとえ7歳の娘さんから見れば、18歳が大人に見えるからだとしても、その呼ばれ方はやはりショックだ。
「キャハハハ」
僕の抗議に笑いながら逃げるニーナを追って下に降りると、大家の奥さんであるキャシーさんが台所で食事の用意をして僕を迎えてくれた。
鍛冶師としての僕の師匠でもある彼女の夫は、戦場に行っている。
「トーマ君、冴えない顔しているわよ。
悪い夢でも見た?」
そんなキャシーさんの問いかけに、あいまいな笑みを浮かべて受け流す。
もう何日も胸の奥がザワつくような、内容がつかめない夢を見続けている。
そう・・・
あのお告げが神殿にもたらされた、あの日からずっと・・・・。
「今日は、お告げがあった〝救世の日〟よ。
もっと笑顔で迎えないと罰があたっちゃうわよっ」
キャシーさんが口にした〝救世〟という言葉に、また心がザワついた。
「ママ?
きゅうせいって何?」
母親に意味を問いかけたニーナの〝救世〟という言葉にも胸が苦しくなる。
「救世はね、神様が私たち人間を苦しみとか悲しみとかから救ってくれることなの」
キャシーさんの説明に、自分の中にいるもう一人の自分が〝違う、そうじゃない!〟と悲鳴を上げている。
僕にも良く分からない、制御できない負の感情が心の中を蠢いている。
〝僕は何か大切なことを忘れているんじゃないのか?〟
そんな僕の疑問は、
ニーナの「じゃぁ、パパ帰ってくるね?」という問いかけと、
陽だまりのような彼女の笑顔に掻き消されてしまった。
食事を終えた僕らは、3人で〝救世〟のお告げがあった神殿に向かっていた。
そして神殿前の巨大な広場には、救世の瞬間をこの目で見ようとする住民らが数多く集まっていた。
皆、広場中央にあるオベリスクに祈りをささげながら、神による〝救世〟の瞬間を待ち望んでいた。
〝ダメだ! 神に救世を求めてはダメだ!!〟
僕の心の中で、もう一人の僕が叫び声をあげた。
途端に胸が苦しくなった僕は、キャシーとニーナに休息を取る旨を伝え、広場脇の静かなところに腰を下ろした。
その瞬間、身に覚えのない惨劇の風景が次々と脳裏浮かんでは消え、僕は貧血にも似た眩暈を覚えてその場にうずくまった。
意識が朦朧としていた僕の意識を引き戻したのは、〝救世〟の予兆を目にして歓喜の声を上げる群衆の声だった。
群集らが見上げていた空を見ると、それまで青かった空の色が一瞬で茜色に染まっていた。
「きれい・・・」
近くにいた女性が、空を見上げながらそんな言葉を呟いた。
しかし、その言葉は次の瞬間、悲鳴へと変わった。
茜色の空に雷の光が無数に走った。
そして、大地が大きく揺れ、地面が割れ、多くの建物が倒壊する音が聞こえてきた。
突然の天変地異に、人々が悲鳴を上げながら逃げ惑う姿を見て、僕はすべてを思い出し、そして理解した。
〝救世は人の世を救うものではなく、人を滅ぼして世界を救うもの〟
僕はこれまでに何度も生まれ変わり、そのたびに〝救世〟の惨劇に立ち会い、何度も死んだのだ。
過去に起きた〝救世〟で・・・
親を失い・・・
妹を失い・・・
弟を失い・・・
友を失い・・・
恋人を失い・・・
何度も何度も大切な者たちを神に奪われ続けた。
「今回も・・・
今回もなのかぁぁぁぁ!」
神に対する絶望の声を上空に向かって叫ぶ。
今回も同じ結末を迎えようとしていたことに絶望していると、自分を呼ぶ声に気が付いた。
声のする方向を見ると、ニーナが泣きながら瓦礫だらけの地面を這い、僕に助けを求めていた。
もう大切なものを失いたくない。
その思いだけでニーナに駆け寄ろうとするが、地面の揺れが激しく思うように前にすすむことができない。
それでも必死に進み、ニーナのところまであと少しというところまで近づくことができた。
「トーマおにいちゃぁぁん」
ニーナが僕に向かって手を伸ばし、僕もニーナに手を伸ばしたそのとき・・・
崩れ落ちた教会の鐘がニーナを押し潰した。
僕に向かって協会の瓦礫と、かつてニーナの一部だった腕が飛んできた。
「もう止めろぉぉ!
止めてくれぇぇぇぇ!!」
ニーナの腕を抱きしめながら神への怨嗟を叫ぶ僕に向いオベリスクが倒れ、この時の僕は絶命した。
『救世ノ予兆ヲ確認』
『神殺シノ剣ヲ覚醒サセマス』
無機質なアナウンスの声で僕の意識が目覚める。
何十回、何百回と〝救世〟の惨劇に立ち会わされた僕は、神への恨みから独学で魔法学と錬金術を学び、神を殺すことができる剣「神殺しの剣」を完成させた。
そしてその剣の中に自分の意識を転生させて閉じ込め、剣と同化した。
平時は霊脈の中にその姿を隠し、神による〝救世〟の兆候を察知するとその世界に剣を顕現させ、その使い手となる人間を探しては、〝救世〟を阻止するために神に立ち向かってきた。
しかし残念なことに何十回と挑んでいるにもかかわらず、僕の一撃はまだ神には届いていなかった。
〝今度こそは・・・〟
その思いを強く願い、新たな主となる人間の元へ転移するのだった。
「これで終わりだ、神よ!」
すでに100回くらいは〝救世〟を阻止するために神に挑んだだろうか。
今回は剣の主となった少年・・・ヨハンのスペックの高さにも助けられ、僕の願いを乗せた一撃がようやく神に届いた。
〝救世〟の天変地異を起こすために霊脈の中でマナを操作していた神に深い一撃を入れた僕らは、その場から逃げた神を追って霊脈の中を移動し、神の住処と思える場所まで追い詰めていた。
「これまでの救世によって滅ばされた人々の恨み、思い知るがいい!」
剣に姿を変えてまで神を憎んだ僕の心をヨハンが代弁し、神にとどめの一撃をいれた。
剣になった僕の身体が神の身体を貫いた瞬間、神の意識と僕の意識が混ざり合った。
「そうですか・・・
アナタはかつての救世で滅んだ人の思念なのですね」
女性の姿をした神は、剣を持つヨハンではなく僕に問いかけてきた。
「私を殺すことで、剣士である彼の世界は今は救われたのかもしれません。
しかし、管理者がいなくなった世界樹は、いずれゆっくりと滅びの時を迎えます」
〝どういう意味だ?〟
ヨハンの同意のもと、彼の身体を借りて質問をする。
「そもそも〝救世〟とは、古くなり活力がなくなってしまった次元世界を摘み取り、
その分のマナを若く活気に満ちた次元世界に送ることで世界樹そのものを救う行為なのです」
初めて聞くこの世界の成り立ちと、救世の真の意味に言葉をなくす僕とヨハン。
「この世界樹は、他の世界樹に比べ古く、大きく育ちすぎました。、
不要な次元世界を間引かないと、世界樹を維持するためのマナが足りずに朽ちてしまうのです」
〝そんな・・・・
俺たちはいったい何のために!〟
「さぁ、自分の世界に戻りなさい、人の子らよ。
私が消えれば、この管理区画も消滅してしまいます。
今なら私の残った力で霊脈をたどって元の世界に送り届けることくらいはできるでしょう」
〝ま・・・待ってくれ神よ!〟
「あなた方の時間で、数百年くらいなら世界樹は大丈夫なはずです。
残された時間、悔いがないように生きなさい」
次の瞬間、僕はヨハンに握られた状態で、ヨハンの生まれ育った世界に戻っていた。
救世による天変地異はほんの一瞬だったため、人々の生活圏に大きな被害は出ていなかった。
僕たちは、たしかにこの世界を守った。
しかし同時に、大きな十字架も背負ってしまった。
そう・・・
いつになるかは分からないが、この世界を含めてすべての世界が終わる時がくることを知ってしまった。
そしてその原因は僕たちにあることも・・・・。
僕とヨハンが神を殺してから数十年の年月が流れた。
あれから僕とヨハンは何度も霊脈に潜って、この世界・・・
僕らの次元世界を支えている世界樹の救済策を探し回った。
しかし、神が消えた後は世界樹の中枢部には入る事ができず、そのための手がかりすら掴む事はできなかった。
分かったことは・・・
世界樹には幾千万の葉が芽吹いていて、そのひとつひとつが僕達の世界のような次元世界だということ。
神はこの世界樹を管理するための存在しており、次元世界に生まれた命を守る存在ではなかったこと。
世界樹の外の空間には、同じような世界樹が無数に存在していること。
この3つだけだった。
そして昨日・・・
友であり、戦友であり、共犯者でもあったヨハンが天寿を全うしてこの世を去った。
ヨハンは最後まで伴侶を作らず、自分の子孫を残すことをしなかった。
そう遠くない未来に起こるであろう世界の破滅を知っていたからこそ、子供を求めなかったのだろう。
剣の身体となり、特定の条件を有した人間としかコミュニケーションが取れない僕にできることは、もうほとんど無いだろう。
僕は深い森の奥へとその身を転移させ、全てを忘れるかのように長い眠りについた。
あれから何百年が経ったのだろうか・・・・
僕は剣の姿で虚数空間を漂い、自分が生まれ育った世界樹の輝きが消えていく瞬間を眺めていた。
肉体を捨ててしまった僕は、次元世界が壊れて虚数空間に投げ出されても死ぬことはできなかった。
今この瞬間も、あの世界樹では残された次元世界が滅びの時を迎え、そこに暮らす人々の命が消えている。
あの時、神を殺したのは間違いだったのだろうか?
それとも、神の定めた運命に従い〝救世〟によって滅びればよかったのだろうか?
あの世界樹の神は、本当に悪だったのだろうか?
僕はいまだにその答えを見つけられないでいる。
周囲の空間を見渡すと、大小さまざまな大きさの世界樹の輝きが無数に存在していた。
あの世界樹一つ一つに幾千万の次元世界が存在し、さまざまな生命の営みが育まれている。
このまま漂っていれば、いずれ他の世界樹にたどり着くのかもしれない。
でも疲れた・・・
今はもうこのまま眠りたい・・・
意識の回路を閉じようようとした僕の脳裏に、はるか昔に一緒に暮らしたことのある少女の陽だまりのような笑顔が浮かんだ。
これから見る夢の中で彼女らに出会えることを願って、僕は意識を閉じて神殺しの剣を待機モードに移行させた。
ただ漂い、流されていくだけの、
長い、永い旅が今はじまった・・・・。
主人公の最後が少々悲しいものになってしまいました。
剣に姿を変えてしまったこの彼には、いずれ他の世界樹群の次元世界を描いた別の作品に登場してもらい、少しは幸せな人生(?)をおくってもらいたいと考えています。